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トリプティック 6
しおりを挟む巴は最初、佐藤に興味を持っただけだった。
仕事で使うパソコンの待機画像に幼女のゴシックな半裸象の写真を用いるのは、余程強固な自意識がなければやらないことだ。
そうでなくても咋今は、やれポリコレだ女性蔑視だと喧しい世の中になっている。
私は女性で、なるほど許しがたいセクハラに腹を据えかねて退社を余儀なくされ、今思い返してもあの理不尽さにはらわたが煮え繰りかえるのだが、この風潮が女性のためのものとも思えない。
人権を謳う人間は、人のやましさをスポイルすることが美しいと信じるカルトではないか?
光あるところに影は必ず存在し、影を消そうとするなら光も共に消える。
すなわち人は美しい存在などではなく、笑顔の裏で他人を貶め、酒を飲み性器を擦り合いだらしなく日常を生きさばらえる一介の糞袋に過ぎないのだ。
人を蔑ろにしてはならない。
しかし、人が愚かさの中で生きていくことを奪う権利も同時に在りはしない。
佐藤のSurface Proのイリナ・イオネスコの写真を見ながら、瞬きの間に巴はそんなことを思った。
娘の人権すら浸食して名声を得た母親は、今は何を思う?
そして、それを躊躇せずに掲げるこの男は、一体何なのだろう。
社に戻る道すがら、巴は佐藤の横を歩いた。
若手のホープと目されていようが、巴にはそんなことはどうでもよかった。
「イリナ・イオネスコを知ってる女性なんて初めてだよ」
口を開いたのは佐藤の方だった。
「でしょうね。
私も、私に彼女を教えてくれた人以外他に知ってる人に会ったことないですから
でも、びっくりしたんですよ。
だって誰でも見える待機画像に、あれを使うなんて…なんていうか、勇気があるというか…」
佐藤は少し笑った。
「勇気、ね…
いいか悪いか別として、そんなこと気にしないというか、他人がどう思おうがどうでもいいというところはあるかな。
時に注意されたりするけど、誰にも迷惑かけてない訳だし。
それはリトマス試験紙みたいなものかもしれない。
僕を本当に気にしてくれてる人と、外面しか気にしてない人を炙り出すような…」
巴は驚いて佐藤を見つめた。
「で、その試験紙で私の色は変わったんですか?」
佐藤はまた意地悪な笑みを浮かべた。
「さあ、どうだか。
僕の持っている試験紙は不良品だから、時たましか反応しないんだよねぇ」
佐藤の機敏の効いた反応に巴は連られて、二人で笑った。
巴はそれまで、どこかこだわりが強い、何かが片寄ったような、それでいて線の細いような男としか親交を持ってこなかった。
たまたまそんな人間と出会う機会が多かったのか、自分自身が片寄っているのか、その両方なのかは定かではない。
佐藤もきっとどこかで片寄っている。
でも、それ以上に浮き世に身体を預けているような、一緒にいて楽な感じが心地よかった。
それは、巴の刺を少し和らげるようにも思えた。
「という訳で、君のいうように今度一緒に食事でもしたら、試験紙も頑張ってきっと反応するんじゃない?
たぶんだけどさ」
佐藤の誘い方に、巴はまた笑った。
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