トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 5

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佐藤と親しくなったのは偶然だった。

佐藤がプロジェクトリーダーを務める水道公園の拡張整備で、水道局に提出する申請書類のブリーフィングがあった。
それは巴が転職して間もない頃で、タイトなスーツにトリコロールカラーのピンストライプのシャツを合わせ、鈍い赤銅色のタイを締めた佐藤との初めての打ち合わせだった。
その姿は際立ってみえた。

社内からはプロジェクトメンバー3人に加え、新人の巴が参加していたのだが、佐藤のSurface Proの背景がイリナ・イオネスコの写真であることに気付き、巴は驚いた。

密室でレースの下着を纏った少女の写真はイオナの娘エヴァで、後年成人したエヴァは、母親のイオナとの相克を映画にした。
ポリコレがたくましい現代なら、母娘による児童虐待として炎上ものであり、女流写真家として「バロックのエロス」と呼ばれカルトな人気を誇ったイオナは、今や微妙な存在になっている。

エヴァの写真は懐かしく、それは巴を惑乱させる。

大学生の頃、VILLAGE VANGUARDでバイトしていた巴は、同世代とおぼしき客が荒木経惟の写真集を買った時に「これ、いいですよね」と何の気なしに声をかけた。
男はよく店に来る客で、そんなきっかけで個人的な交流が芽生えた。

付き合うにはさして時間がかからなかった。
その男が好きなのではなく、その感性に惹かれたのだ。
巴は恋愛がいかなるものか、すでに幾人と関係を持ったことがありながら、自分の感情に曖昧だった。
異性そのものが感情の対象ではなく、自分の好奇心の対象以上にならなかったからかもしれない。

男は自分の一番好きなヤツといって、既に廃版だったイリナ・イオネスコの写真集を巴に見せてくれた。
巴は、かつて空山基に耽溺した時のように、そのふしだらで退廃的な美に激しくそそられた。

男は、捕食者だった。
マゾは、自分の欲するものを調教する。
サディストの退屈な性的調教とは違い、回り道を厭わず、その過程に目眩を覚えながら自分の理想の雇主を作り上げんとする。
目標に対しての完璧な献身を身に付けている。

男は巴に、赤いレースの手袋をプレゼントした。
アール・デコと未来派が合わさったようなクロムの時計と一緒に。
それを身に付けて性交を求めた。

性交?

男は絶頂に達する前に挿入を止め、自分の男性を手袋をした手で愛撫するように求めた。
そして情けない声を出しながら、いつも時計に射精した。

巴は、自分が被虐嗜好者ではなく、加虐嗜好者であることをこの時知った。
フェティシストはこの男だけではなかった。
私こそがフェティシストだった。

時計に放たれて輝く精は、私の装身具だ。
巴は自身の覚醒と共に、男を弄ぶようになった。
深紅のビロードの敷布をベッドに拡げ、男に耳打ちしながらひたすら焦らし、男が欲情する下着を纏って男に自身の写真を撮らせた。
しかし、撮らせるだけで、一度としてその写真を渡したことはなかった。

谷崎潤一郎の「刺青」の世界を、私は具現化してしまった。
男の烙印によって、女は目覚めるのだ。



「佐藤さん」
巴はブリーフィングが終わった後、皆が退席する頃合いを見計らい声をかけた。

「あの背景写真、イリナ・イオネスコですよね?」

佐藤は驚いて巴を振り返った。

「そういうの好きです。

佐藤さんがよかったら、今度一緒に食事でもしませんか?」
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