トリプティック

岡田泰紀

文字の大きさ
4 / 29

トリプティック 4

しおりを挟む

「桜を観ないか?」
終業の前に佐藤からメールが入った。

佐藤はLINEなどのチャットアプリは使わないので、メールかショートメールで連絡が来る。
「どうして?」と巴は聞いたことがある。
「逆にどうして使うのか、僕には不思議だ」と佐藤は答えた。
「便利とか言うけど、そこまで便利にこだわる必要も感じないし、やり取りしたい時は話したい」

「話しにくいことや、話せない時とかに使うんだよ」

「話しにくいことを字面で代用するのは楽なことでしょ。
リレーションシップというのは、不便を覚えながら築くものだよ。
話しにくいことを相手に言うのは、ちょっとした覚悟がいるってことだから。

それを不便ととらえるなら、そもそもそれほどの関係を必要としていないと思うんだけど」

佐藤は理屈っぽいところがあったが、なるほどなとは巴は思った。

そんな理屈っぽい男が、意外にも「桜」ときた。

「いいよ。意外だったけど」

残業はやめて知らぬ顔をして会社を出ると、佐藤が指定した地下鉄東山線の覚王山の東出口に向かった。
そこには、同じく知らぬ顔をして会社を後にしてきた佐藤が待っている。
付き合っている訳でもないのに他人から勘繰られるのは勘弁して欲しいけど、そんな風にみられたら嬉しいと思っている自分の浅はかさに巴は無自覚だ。
佐藤はきっと友達以上恋人未満の存在で、当の本人がいつもどんな気持ちで巴を誘うのかは、実際のところわからない。

たぶん都合のいい女なのだろうと、少し醒めた気持ちを持つように自分に課している。
私はちょっと面倒くさい女かもしれない。
佐藤にとっても、そして、自分自身にとっても。

佐藤は出口の横で待っていた。
この男は、時間潰しに絶対スマホを観ない。
電車で移動する時も開かない。
「人前ではしない」そうだ。
「なんか情けなくない?」とも言っていた。
どこかやせ我慢なところがあって、それはきっと面倒くさい。
やや古風なのかもしれない。

「で、何処に連れてってくれるの?」

「城山八幡宮だ。
この坂を東に下って、末森の交差点を過ぎた北側にある。
元々織田信長の父の信秀が築いた城跡で、当時の空堀も残っているんだ」
佐藤は話しながら歩き出した。

いつも気持ち速い足に、巴は合わせるように早足でついていく。
それでも二人は横並びで連れ添うのが常だった。

「本当はさ」
佐藤は巴を振り返り言葉を繋いだ。
「桜、あんまり好きじゃないんだ」
でしょうねと巴は思った。

「で、なんで一緒に見たいって思ったの?」

「たぶん桜が好きじゃない訳ではなくて、桜にいろんなものがぶら下がっているのが嫌いなんだ。

それは、卒業であったり新たな門出であったり、花なんか観ない癖に飲んで騒ぐ花見であったり、本当に下らない大量の桜ソングであったり、そこには桜なんて存在しなくて、だから好きになれないんだなって、今年は初めてその理由を自分で考えて気付いたんだ」

「好きじゃない理由はわかったけど、私を誘った理由はわからないわ」

「桜自体は、きっと嫌いじゃないと思って、それを確かめたいと思った時、巴ちゃんがいいなって。

だって、こういう面倒なところを話せる友達は、巴ちゃんだけだからさ」

それは、素直にとらえていいのかどうなのか巴にはわからなかった。
一番の友達、一番の理解者、なら、それはそれで嬉しく思う。
しかし、それ以上の感情だとしたら、私はどう感じたらいいのだろう。

「こないだのさ、"一万一千本の鞭"。
あれ、女の子に貸す本じゃないじゃん。
嫌いじゃないけど。

あと、誘ってくれて嬉しかった。
ありがとう」

巴は、曖昧な気持ちのまま佐藤の横についていった。

城跡だけあって、北と西から擂鉢状に下がった地形の末森に小高く競り出した城山八幡宮は、境内に上がる前に空堀跡の橋を渡って階段で登っていく。
桜が垣間見える境内の東側に、かなり旧い独特の建築物が姿を現した。
巴は、それはもしかしたら佐藤も一緒なのかもしれないが、桜よりその建物が気になった。

「これはかつて愛知県の教育機関として黒川紀章の父が設計したもので、近くにある愛知学院大学が一時所有していたんだ。
今はどうなっているのか知らないけど。

僕は子供の頃、この近くに住んでいて、ここによく遊びに来た。
もうずっと来てなくて、今日は本当に久しぶりに来れたよ」

佐藤は桜も巴も見ていなかった。

和洋折衷ですらない、エレクティックな意匠の尖塔の屋根を見つめる佐藤を、巴は横で見つめていた。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど

もう"巴ちゃん"はやめて、巴って呼んで。

あと、女の子を誘っておいて放置は無い」

佐藤は巴を振り返り、また境内に歩き出した。

「じゃあ、巴、ここの桜は良かった?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...