トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 4

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「桜を観ないか?」
終業の前に佐藤からメールが入った。

佐藤はLINEなどのチャットアプリは使わないので、メールかショートメールで連絡が来る。
「どうして?」と巴は聞いたことがある。
「逆にどうして使うのか、僕には不思議だ」と佐藤は答えた。
「便利とか言うけど、そこまで便利にこだわる必要も感じないし、やり取りしたい時は話したい」

「話しにくいことや、話せない時とかに使うんだよ」

「話しにくいことを字面で代用するのは楽なことでしょ。
リレーションシップというのは、不便を覚えながら築くものだよ。
話しにくいことを相手に言うのは、ちょっとした覚悟がいるってことだから。

それを不便ととらえるなら、そもそもそれほどの関係を必要としていないと思うんだけど」

佐藤は理屈っぽいところがあったが、なるほどなとは巴は思った。

そんな理屈っぽい男が、意外にも「桜」ときた。

「いいよ。意外だったけど」

残業はやめて知らぬ顔をして会社を出ると、佐藤が指定した地下鉄東山線の覚王山の東出口に向かった。
そこには、同じく知らぬ顔をして会社を後にしてきた佐藤が待っている。
付き合っている訳でもないのに他人から勘繰られるのは勘弁して欲しいけど、そんな風にみられたら嬉しいと思っている自分の浅はかさに巴は無自覚だ。
佐藤はきっと友達以上恋人未満の存在で、当の本人がいつもどんな気持ちで巴を誘うのかは、実際のところわからない。

たぶん都合のいい女なのだろうと、少し醒めた気持ちを持つように自分に課している。
私はちょっと面倒くさい女かもしれない。
佐藤にとっても、そして、自分自身にとっても。

佐藤は出口の横で待っていた。
この男は、時間潰しに絶対スマホを観ない。
電車で移動する時も開かない。
「人前ではしない」そうだ。
「なんか情けなくない?」とも言っていた。
どこかやせ我慢なところがあって、それはきっと面倒くさい。
やや古風なのかもしれない。

「で、何処に連れてってくれるの?」

「城山八幡宮だ。
この坂を東に下って、末森の交差点を過ぎた北側にある。
元々織田信長の父の信秀が築いた城跡で、当時の空堀も残っているんだ」
佐藤は話しながら歩き出した。

いつも気持ち速い足に、巴は合わせるように早足でついていく。
それでも二人は横並びで連れ添うのが常だった。

「本当はさ」
佐藤は巴を振り返り言葉を繋いだ。
「桜、あんまり好きじゃないんだ」
でしょうねと巴は思った。

「で、なんで一緒に見たいって思ったの?」

「たぶん桜が好きじゃない訳ではなくて、桜にいろんなものがぶら下がっているのが嫌いなんだ。

それは、卒業であったり新たな門出であったり、花なんか観ない癖に飲んで騒ぐ花見であったり、本当に下らない大量の桜ソングであったり、そこには桜なんて存在しなくて、だから好きになれないんだなって、今年は初めてその理由を自分で考えて気付いたんだ」

「好きじゃない理由はわかったけど、私を誘った理由はわからないわ」

「桜自体は、きっと嫌いじゃないと思って、それを確かめたいと思った時、巴ちゃんがいいなって。

だって、こういう面倒なところを話せる友達は、巴ちゃんだけだからさ」

それは、素直にとらえていいのかどうなのか巴にはわからなかった。
一番の友達、一番の理解者、なら、それはそれで嬉しく思う。
しかし、それ以上の感情だとしたら、私はどう感じたらいいのだろう。

「こないだのさ、"一万一千本の鞭"。
あれ、女の子に貸す本じゃないじゃん。
嫌いじゃないけど。

あと、誘ってくれて嬉しかった。
ありがとう」

巴は、曖昧な気持ちのまま佐藤の横についていった。

城跡だけあって、北と西から擂鉢状に下がった地形の末森に小高く競り出した城山八幡宮は、境内に上がる前に空堀跡の橋を渡って階段で登っていく。
桜が垣間見える境内の東側に、かなり旧い独特の建築物が姿を現した。
巴は、それはもしかしたら佐藤も一緒なのかもしれないが、桜よりその建物が気になった。

「これはかつて愛知県の教育機関として黒川紀章の父が設計したもので、近くにある愛知学院大学が一時所有していたんだ。
今はどうなっているのか知らないけど。

僕は子供の頃、この近くに住んでいて、ここによく遊びに来た。
もうずっと来てなくて、今日は本当に久しぶりに来れたよ」

佐藤は桜も巴も見ていなかった。

和洋折衷ですらない、エレクティックな意匠の尖塔の屋根を見つめる佐藤を、巴は横で見つめていた。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど

もう"巴ちゃん"はやめて、巴って呼んで。

あと、女の子を誘っておいて放置は無い」

佐藤は巴を振り返り、また境内に歩き出した。

「じゃあ、巴、ここの桜は良かった?」
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