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トリプティック 9
しおりを挟む静に会うのは、何年ぶりだろう。
恋をすると女は綺麗になるという。
それは本当かもしれないし、そうではないかもしれない。
しかし目の前の姉は、以前にも増してエキゾチックな表情で、メイクやコーデでそうなっているのかもしれないとしても、きっと綺麗だ。
そして、以前より話かけにくい。
男は角田ですと名乗った。
「私が男なら」巴は思う「どうして君の妹と会うの?」
だって姉は、角田を両親にすら紹介していないのだ。
静から連絡があった翌日、巴は母に電話をかけた。
初田家は暗黙の裡に母と姉、父と妹という二つに別れていた。
きっと誰もがそれを望んだ訳ではなく、そして明確にそれを表にはできず、互いに何もないかのように普通の家族として振る舞い今に至る。
本当は誰もそんな風になりたくはなかったし、勿論そのような認識を意識してはいない振りをして家庭を演じていたのかもしれない。
齟齬も歪みも不信も破綻も、そんなものは全くありはしなかった。
しかし、何かが違うのだ。
何かが。
「昨日ね、突然お姉ちゃんから電話があって、いい人ができたから会わせたいって言われたんだけど、お母さん彼氏のこと知ってる?」
言わなければよかった。
母の時枝はそれを知らなかったのだ。
家族で唯一姉と信頼関係にある母、が。
そして携帯越しにも関わらず、明らかにショックを受けている様子がわかってしまった。
巴もまた、静が母にすら恋人の存在を知らせていないことを知りショックを受けた。
姉は一体、私に何を望んでいるのか?
「まあ、たぶん巴に紹介した後でうちに連れてくるんじゃないかな」
精一杯取り繕う母の言葉に、別に自分が悪い訳でもないのに深い罪悪感を覚えて、巴は姉の静の真意の解らぬ一連の行動にたまらなく不安を覚えた。
「で、巴はお姉さんをリスペクトしてるの?」
静から電話があった夜、佐藤を無理矢理誘って事の顛末を話した後、開口一番に佐藤から言われた言葉に巴は狼狽えた。
そんなことは考えたことがなかった。
嘘だ。
考えないようにしていたんだ。
静は巴にとって、不可思議で理解できない存在で、でも家族で、姉で、互いに距離を埋めぬまま大人になってしまった。
大人になった姉は、恋人を引き連れて私の目の前に現れようとしている。
私は…
巴は、佐藤を見つめた。
「そんな目で見られたら、ちょっとはドキっとするよ」
おどけないで欲しいと、巴は心の裡ではっきりと言葉にして、自分自身に愕然とした。
「からかわないで…」
無理に作った笑顔が不様なことぐらい、自分でもわかっている。
何もかも、こう、どうしようもない感じがして、もう言葉にする勇気が出ない。
「不安なら、俺も同席しようか?」
思いがけない提案に、巴は言葉を失った。
「彼氏って言っとけばいいじゃん」
佐藤は笑顔で親指を上げた。
この人はきっと、私が重たくならないように助けてくれているんだ。
でも、
言っとけば、なんだよね…
巴はそれでも、佐藤の言葉にすがるしかなかった。
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