トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 8

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携帯の着信画面に出た名前に驚いて、しばらく出るのを躊躇した。
姉の静から電話をもらったことなどない。なぜLINEでないなのかもわからない。
それは重大なことなのだろうか。

「はい」巴は小さな声で応えた。
それはいつもとは違い頼りなく、自信なさげだと自分でもわかっている。

「巴、久しぶり。元気?」

「うん…
お姉ちゃん、どうしたの?」

「そうだね、急に電話してきてゴメンね。
巴に会わせたい人がいるの」
静は単刀直入に目的を話した。
「いい人がね、私の…」

今までの姉の異性関係を巴はよく知らない。
というより、姉が実家を出てから巴は姉と会話する機会すらほとんど無かった。
だから姉に恋人がいてもおかしくなかったが、それを疎遠の妹に紹介したいという姉の真意が全くわからない。

「どうして、私に…」

静の声のトーンはとてもフラットで、それは殊更巴に緊張を強いる。

「私にいい人ができたら巴に紹介したいと、ずっと思ってた」

静は「ずっと思ってた」のくだりを、少しだけはっきりとしたアクセントで話したように巴には聞こえた。
気のせいならいい。
しかしおそらく、それは意図的である。

静は巴とまるで違っていた。
少し丸顔で好感のある巴と違い、細面で一重の瞳にさらさらのロングヘアーの静は、昔から人見知りの強いタイプで、家族にもあまり口をきかなかった。
二つ歳が離れているから、今年で30になる。
大学を卒業して家を出てからは、ほとんど実家にも帰ってはこない。
そんな姉は子供の頃から、巴と遊ぶこともほとんど無かった。

昔、それは巴が中学生の頃、珍しく静が巴に話したことを時折思い出す。

「巴はいいよ。二重の目だから」
そういう気持ちを持つのはわかるが、突然そう口にされたことに巴はどう返していいのかわからなかった。
ずっと思っていたのか?
ずっとうらやましかったのだろうか?
姉は姉で、私なんかより綺麗ではないのか。
持たざる者のそれは、無い物ねだりなのだろうか。

巴には静が苦手だったが、彼女もまた同じ思いだったのかもしれない。

「いつが都合がいい?」

こちらには断わる理由はなく、それでいて最初から決定権は向こう側にある。
電話に出た時から、二人の立ち位置はもう決まっているのだ。

「来月の日曜なら、そちらで決めてくれたら予定するよ」

お互い近況どころか、世話話一つない。
事務的な会話が終わり、巴はどうにも拭えない、言葉にはできないざわざわした感情に苦しんだ。

どうして「私にいい人ができたら、巴に紹介したいとずっと思ってた」のだろうか。
姉は、私をずっとどう思っていたのだろうか。

いや、少しだけ気がついていたのだ。
気付いていて、気付かぬふりをしていたのだ。

巴は父と仲が良かった。
それは人目にもうらやましい親子に見えた。
巴の感性は、父からの影響だ。
巴にとって父は、親であると同時に同じ価値観を共有する同士のような存在だと思っていた。

そこに、静はいない。
姉は、父との間に距離があった。

ではないとしたら…「あった」のではなく、「近づけなかった」のだとしたら

そしてそれが、私の存在によるものだとしたら…

巴はもう考えたくなくなって、まだ社で残業しているかもしれない佐藤に電話した。

「おつかれさま。どうした?」

「今から時間作れないかな。奢るから」
巴は柄にもないことを口にして、なんだか少し恥ずかしくなった。
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