トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 28

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姉と二人だけで会ったことがあるだろうか?
そんな記憶は巴にはなかった。

姉はもうあの許婚と一緒になったのだろうか。
たぶんあの人が普通に式や披露宴をすることはない。
そもそも姉に友人がいたのか定かではないし、それは巴には想像できない。
いや、大体からして姉が他人と人生を共にすること自体が想像の外にある。
父と母と私と、あの虚構の家族の中で姉だけが虚構を演じることなく、ひとり無関心を貫き通していたのだから。

だとすれば、正常だったのは姉だけで、私たちは偽善者だったのではないか。
薄々気が付いていながら、素知らぬ顔で普通の家族のふりをした。
悪辣で、そして優しさもぬくもりもそこにはないのに、落語家が扇子でもって蕎麦を食べる姿を演じるかの如く上手く立ち回ったつもりでいたのだ。

自分たちが見透かされていることすら気付きもせずに。

どうしてこんな家族になってしまったのだろう?

父は娘に惑乱した倒錯者だった。
それは最早「父親」ではない。
一匹の男だ。
実現しなかっただけで、思うだけでも犯罪ではないかと今になって巴は思う。
しかし、幼い頃から姉を差し置いてずっと可愛がられた巴には、父に対して曖昧な断罪すら取ることができず、距離を置くぐらいが自分にできる精一杯だった。

とんだ間抜けだ。
それがグルーミングというものだとやっと理解できたのに。

そんな娘に内心嫉妬を抱いていながら、狡猾にそれを隠そうとした母は、親である前に女だったのか。
それを薄々気付いていながら母を欺こうとした私は、父を独占する優越感に酔っていたのだ。
娘の前に女だったのは、私だ。

仮面家族の中で、きっと姉だけが私たち大根役者の愚かな幕間を醒めた目で見ていた気がする。
姉だけが「人間」だったのかもしれない。

巴はなぜかよく思い出す記憶がある。
あれは自分が中学で姉が高校の頃だったろうか。
その頃すでに家族と一緒に夕食を摂ろうとしなかった姉が珍しく家族と共に夕食の席にあった。
たぶん気まぐれだったのだろう。

食事をとりながら、普段決して父に話しかけたりしない静が唐突に話し出した。

「私の名前の"静"は、源義経の妻の静御前から、そして"巴"は、木曽義仲の妻の巴御前から取ったのでしょ?」

あの時父の文夫は平静を装って「さあ、どうかな」と笑って答えた。
図星なんだと感じ、巴はそうなんだと姉の発見に素直に感嘆した。
そして静を見た。

静は一度として家族を見ることもなく食事を続けていたが、文夫の返事を聞くと目を伏せたままなぜか小さく笑った。

その唇は、笑顔ではなく嘲笑にしか見えなかった。

姉はなぜそれを聞き、どうして嗤ったのだろう?

明日、そんな姉に会う私は、果たして最後まで正気でいられるのだろうか…
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