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トリプティック 29
しおりを挟む佐藤以外、社の人間は誰一人自分の部屋を知らない筈なのだが、巴は詐病の身で外出することに気が引けた。
いや、それもそうなのだが、それ以上に姉の静に会うこと自体が気が引けるのだ。
何で自分から電話なんかしたのだろう。
何で自分から会いたいなんて言ったのだろうか。
これはホラー映画に出てくる定番のシチュエーションと同じだ。
主人公が得体の知れない存在に怖れおののきながら、逃げもせずにその気配の方へ確認しようと向かうあれだ。
蛇に睨まれた蛙なのだ。
巴は静から直接聞きたいのだ。
どう思っていたのか。
私を
父を
私と父の関係性を
知ってどうなるものではない。
もう終わったことだ。
私たち家族は、今、銘々に自分の人生を生きている。
あの頃のことが何にしても、もう覆水盆に返らずではないか。
でもきっと、姉はずっと思っていたに違いないのだきっと。
あの日、許婚を紹介したいと突然電話してきた。
違う。そんな理由ではない。
佐藤の申し入れに渡りに船とばかり飛び付いた私は間違っていた。
姉の断罪に独りで向かっていくべきだったのだ。
私はすべて間違っていた。
紙一重で地獄の門をくぐらずに逃げおうせたように思っていたけど、父の寵愛に独占と優越感がもたらす悦楽で溺れていたよこしまな娘は私だったのだ。
己の不甲斐なさを棚に上げて被害者の面を被ろうとしてきた。
でも気付いていたのだ。
自分は共犯者だという拭いがたい現実を。
気付かないふりをして、無かったことにして、普通の恋愛に恋い焦がれた。
家族から得られなかった愛を他者に求めた。
一体どの面下げてそんな悲劇のヒロインぶれるというのか?
これは一体何なのだ?
私は男といい感じになっていく筈だった。
佐藤と、言ってみれば相思相愛だと期待しながら、図々しくも女ぶって辛抱強く待っていたのだ。
何なんだその間抜けなプライドは?
しかもその男は私のことは好きだったが他に好きな人ができたとぬかす。
挙げ句の果ては相手は男だ。
そんな合間を縫うかのように避けていた姉が接触してくる。
今まで糊塗してきた家族の罪が甦る。
これは何の喜劇なんだ?
巴は自身に呪詛を浴びせながら、静の待つ店に向かうために部屋を出て玄関のドアを閉めた。
ドアの音が拘首台から落とされるギロチンのように思えたがそんな訳がない。
この21世紀にギロチンなんか見たこともないのだから。
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