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遥な夜 5
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「遥な夜」 5
最近は酒も美味しくなく、よく考えたら酒を売り付けててそれもないなとは思うが、世の中には刺身が嫌いなのに鮨屋をやってる変わり種もいるのだから、蓼食う虫も好き好きかなどと得心もする。
この季節は好きだ。
色褪せていく美しい落葉の様は、最後の輝きを放つ年増女のようだ。
踏みしだく葉蘭の感触は、かつての青春を自ら棄て去る不埒な想いにも似てるけど、年増女は自分じゃないかと突っ込みたくもなる。
私に色目を使う間抜けには、事欠かない商売ではあるけど。
「で、昨日こんな夢を見たんです」
男が勝手に喋るのを、エマは黙って聞いている。
そんな夜に限って、数組のカップル以外客はいない。
「その部屋の窓から、女がいつも僕を見てるんです。
部屋の前を通る度にね。
その眼差しが、どうにも蠱惑的な訳ですよ」
誰かと一緒とでも言いたいのだろうか。
「ついに我慢できなくなって、その部屋の赤いドアを開けたんです。
そしたら、何もない真っ白の部屋の真ん中で、女が一人立ってました。
それがね、僧衣をまとってたんですよ!」
だから何だと言うのだろう、などと、自称年増女は決して口にはしないが、できればモルトをやりたい気分ではある。
「で、彼女はこう言ったんです。
あなたが期待に膨らましたのは胸じゃないでしょ?
赤いドアを開けたからといって、真紅の淫らな部屋だとは限らないのよ。
女は全然笑わない。
そこで、目が覚めました。」
男はそう言うと、山崎のロックを空けた。
商売上置いてはいるが、エマは山崎がいけすかない。
いや、山崎を呑む客がいけすかないのだろう。
酒に罪などないから。
「で、その話を考えつくのにどれだけかかったのかしら?」
イヤ味を言うほど若くもないけど、カマトトぶるには遅すぎる。
「いや、夢ですよ。
ほら、よく言うでしょ?見た夢には深層心理の反映があるとかないとか。
あなたなら知ってるんじゃないかと思ってね」
男の口調は、おんなたらしの匂いがする。
「私がやってるのは、ご覧のとおりのバーテンで、心理学ではないわ。
知ってることは、ここにある酒と、自分の名前ぐらいね。
あなたに教えることはないでしょうけど」
男は、エマの醒めた茶色の目を見たが、その視線が伝播したのか、諦めに似た目に墜ちていった。
酒は、美味しく飲まないと酒に失礼よ、などと自称年増女は言わない。
隣にいたカップルが、ニヤニヤと笑った。
常連は、エマを知っている。
きっと、「遥」ではなくて「立て板に水」ぐらいに思っているに違いない。
まあ、僧衣は着てないが、赤いドアの女と同じようなものか。
「おやすみなさい。いい夢見てね」
男の背中にいつもの挨拶で送り出したものの、こればかりはイヤ味じゃないのになと、エマは思った。
最近は酒も美味しくなく、よく考えたら酒を売り付けててそれもないなとは思うが、世の中には刺身が嫌いなのに鮨屋をやってる変わり種もいるのだから、蓼食う虫も好き好きかなどと得心もする。
この季節は好きだ。
色褪せていく美しい落葉の様は、最後の輝きを放つ年増女のようだ。
踏みしだく葉蘭の感触は、かつての青春を自ら棄て去る不埒な想いにも似てるけど、年増女は自分じゃないかと突っ込みたくもなる。
私に色目を使う間抜けには、事欠かない商売ではあるけど。
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男が勝手に喋るのを、エマは黙って聞いている。
そんな夜に限って、数組のカップル以外客はいない。
「その部屋の窓から、女がいつも僕を見てるんです。
部屋の前を通る度にね。
その眼差しが、どうにも蠱惑的な訳ですよ」
誰かと一緒とでも言いたいのだろうか。
「ついに我慢できなくなって、その部屋の赤いドアを開けたんです。
そしたら、何もない真っ白の部屋の真ん中で、女が一人立ってました。
それがね、僧衣をまとってたんですよ!」
だから何だと言うのだろう、などと、自称年増女は決して口にはしないが、できればモルトをやりたい気分ではある。
「で、彼女はこう言ったんです。
あなたが期待に膨らましたのは胸じゃないでしょ?
赤いドアを開けたからといって、真紅の淫らな部屋だとは限らないのよ。
女は全然笑わない。
そこで、目が覚めました。」
男はそう言うと、山崎のロックを空けた。
商売上置いてはいるが、エマは山崎がいけすかない。
いや、山崎を呑む客がいけすかないのだろう。
酒に罪などないから。
「で、その話を考えつくのにどれだけかかったのかしら?」
イヤ味を言うほど若くもないけど、カマトトぶるには遅すぎる。
「いや、夢ですよ。
ほら、よく言うでしょ?見た夢には深層心理の反映があるとかないとか。
あなたなら知ってるんじゃないかと思ってね」
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知ってることは、ここにある酒と、自分の名前ぐらいね。
あなたに教えることはないでしょうけど」
男は、エマの醒めた茶色の目を見たが、その視線が伝播したのか、諦めに似た目に墜ちていった。
酒は、美味しく飲まないと酒に失礼よ、などと自称年増女は言わない。
隣にいたカップルが、ニヤニヤと笑った。
常連は、エマを知っている。
きっと、「遥」ではなくて「立て板に水」ぐらいに思っているに違いない。
まあ、僧衣は着てないが、赤いドアの女と同じようなものか。
「おやすみなさい。いい夢見てね」
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