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Lady steady go ! 5
しおりを挟む浅い眠りから明けて、まどろみを断ち切るようにベッドから起きると、未環は朝の支度に取りかかった。
昨日早苗が遺した原稿とレシピ帖を持ち帰ったのだが、原稿はそのままにレシピのみ目を通した。
帰りの車の中でノートに目を通す母の佳苗に、そのレシピは一之瀬家の実家の味なのかと聞いたが、そもそも感覚で料理を作っている佳苗はレシピが合っているのかどうかよくわからないと答えた。
「ただ言えるのは、家では出なかったおかずがいくつもある気がする」
曖昧な返事をする佳苗に、ノートを私に託して欲しいと言った未環は、なぜそんなことを口にしたのか自分でもわからなかった。
佳苗を送ったあと自分の部屋に戻った未環は、早苗のインスタグラムを見ながらノートを手繰った。
毎日ではなく、不定期に上げられていた投稿の日付とノートのレシピはそのままのものだ。
毎回一汁一菜の静謐な食卓の写真から、敬虔な祈りのような何かを感じる。
未環は、これはメッセージで、ノートは日記だったのではないかと考え始めた。
なぜかノートを鞄に放り込み、未環は出勤した。
株式会社ハートフードは、比較的規模の大きい中小企業の経営計画、財務、ブランディングやSNS活用までをワンストップでサポートする異色のコンサルティング企業だが、未環は企業の財務サポートを担当する会計士だ。
包括契約を結ぶ時、計画、財務、広報、そしてトータルリーダーを含む4人一組のチームで動くが、金額が大きく動く包括契約だけで会社は回らない。
そのため、財務サポートを強みにした一般の経営コンサル業務を並行して行っている。
昨年、特に問題を抱える小規模事業所向けの事業セクションが立ち上がり、未環はその担当を指名された。
はっきり言って売上にもならず、当該企業の問題解決に結び付かないとしか思えないこの方針に対し、未環は社長に反発した。
「赤字で再生困難な企業支援を、自社が赤字を出してまで事業化する意味はあるのですか?」
代表の澤田は黙って聞いていたが、一言だけ言った。
「その赤字は俺が自分で稼いでチャラにする。
一年だけやって欲しい。君に。
一年後答え合わせをしよう。
その時に互いの気持ちに何かが生まれることを期待しよう。
Let's enjoy !」
最後のセリフは澤田がいつも口にする言葉だ。
この人はいつも説明をしない。
スタッフが自分で考え、自分で為す中で自分の仕事を作り出す環境を用意して、その時々でようやくフォローに入ってくる。
意味は必ずある。それは理解している。
「私、なんですね」
「そうだ。君にやってもらいたいんだ」
スタートすると、未環の想像していた通り、というよりそれはもっと過酷で、そもそもコンサル料を取るのが無理筋な案件の連続だった。
会計士からの紹介や支援要望を受けて向かう先はほとんどが債務超過で、市場競争力が脆弱なばかりでなく、高齢化や設備不足など複合的な負の連鎖に倒れる寸前の法人、個人事業ばかり。
決算書も読めず、身の丈に合わない顧問会計料を払っていたり、身内を保証人に立てているのに資産を抵当に入れてしまっている、経営のなん足るかなどまるでわかっていない人たちの姿に接する日々に、未環は心を削られていた。
今日向かう案件がせめて少しでも救われますようにと願い、未環はもう一人のコンサルスタッフと共に車に乗り込んだ。
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