エンジェルダスト

岡田泰紀

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エンジェルダスト 2

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「エンジェルダスト」 2

あの兄妹のことを書かないといけないと、山田は思っていた。

井上日出郞は、堕ちなかった。
それは、奇跡的とすら思えた
そんなエンディングがあるなんて、一体誰が考えられようか。

だから僕は、堕ちた井上日出郞を書きたかった。
ひとでなしだ。
いやらしい男だ。

オーダーメイドのポルノグラフィティを売って、生計の足しにしてるふりをしているが、そうじゃない。
ポルノが書きたいだけだ。

そのために文学を読んだ。
そのために絵画に勤しんだ。
自分の審美眼だけを信じて、これまで生きてきた。

妻とのことがなければ、その裡なる衝動を、抑えられたのかもしれないが、
抑えることはできなかったかもしれない。

好きな女を抱けないのは、肉体と魂の焦土だ。
あんな想いは、もう耐えられない。

僕のポルノは、裏切らない。
女たちは欲情する。
男たちは思いのままに振る舞う。
そこに愛はない。
ポルノに愛はいらない。
僕のポルノの中で、井上日出郞と井上日菜子は交合を果たす。
一番よこしまだったのは、僕だったのだ。

そうやって、ポルノを書くのに、どうして僕は、耐えられなかったのだ…

秋さんは、心を埋めようなどと考えもしない。
孤独は、常態だととらえている。
そんなことは可能なんだろうか。

あの、決して詰めようとしない、人との距離感は、どこからくるのか。
それを聞いても、あの人はきっと、笑って適当に流すに違いない。

内心の不在ではなく、内心の削除だ。

…魚は 影を連れて歩かない。
だけど 光だけが光じゃない ことだけは
太陽よりも知ってる…

山田は、シオンの「夜しか泳げない」の歌詞を思い出した。

太陽を知ってるのか、あの人は?
影を連れて歩かないのは、なぜ?

井上日出郞は、どうやってあの境地に行けたのか。
性的な人間が、欲望の橋を渡らずに、人生を選択したんだ。

月並みな「愛」ってやつなのだろうか?
ならば、月並みも、きっと悪くないんだ。

あの二人をみていると、堪らない気持ちになる。
お互いを想い続ける、悪あがきにも似た切実さは、誰でも体験できる訳じゃない。
少なくとも、僕の人生には、それは来なかった。

やさしい気持ちになるには、人とのつながりに温もりがなくてはならない。

僕はやさしい人間だけど、一人では、やさしさは、完遂できない。

泣きたい気分だけど、欲情してるよりは、きっとましなんだろうな。
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