アンチ・リアル

岡田泰紀

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アンチ・リアル 4

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「アンチ・リアル」  4

頼子は、あからさまに不快な表情で、何も言わないばかりか、日出郎と目を合わすこともない。

日斗志を保育園に連れて行くため、自転車に乗って家を出る。
自営業の日出郎は、現場がない日以外は、車で一緒に送っていくのだが、こんな日はもちろんノーサンキューである。

「そりゃ、そうでしょうよ」

窓から頼子の後ろ姿を眺めながら、怠惰な気分に任せたいのは山々だが、施工図も発注も待ったなしだ。

分譲マンションをスケルトンにして、一からリモデリングする、それは数年後、世の中では「リノベーション」と呼ばれる改修工事のジャンルになるのだが、そんな高級物件を抱えて、思いの外準備が進まない。

クローゼットのユニット以外、既製品を一切使わず、全てを別注で設計し、制作する。
造作詳細図から、家具、建具、配線図、設備配管図まで全て起こし、予算組をした上で各業者に分離発注するなどという総合業務を、一人でこなせる人間などそうそういないものだ。

買い叩かれたものである。

せめて契約額の7%ぐらいは欲しいものだと、後になって日出郎は思った。

頼子は、日出郎の仕事に何もシンパシーを持っていない。

かつて、同様の仕事を見事に納めたことがあり、嬉しくて、内覧会の前に内緒で頼子を連れていった。

確かに、ハウジングセンターでも見られない程のデザインは、良さげには思ったのだろうが、自分のパートナーの仕事には、さして感動はしなかった。

「自分の自慢をしたいの?
もう(これからこういうのは)いいから」

帰りの車中で、そう言い放った頼子の言葉に、日出郎は初めて、離婚が脳裏に浮かぶほどトラウマとなった。

この女は、感動がない。
それは、たまたま感性が合ってないとか、そういうレベルではなかった。

よくある話で、付き合っている時は、それほど気付かなかった。
自分自身を、パートナーの感性を変えることができるなどと、根拠もなく買い被っていたのだ。

今になってわかるが、それは、なんという思い上がりだろう。
血を分けた家族ですら、一人一人違った個性なのに、ましてや、元は赤の他人である。
自分の思うように誰かを変えようなどと、おこがましいにも程があるのだ。

だからこそ、気持ちの相違を、肌を重ねて和らげたかった。

頼子の、愛はないけど、情の深いところ
何につけても、ひたむきに一生懸命であるところ
そんな、自分とは違っていても、特別な感性などなくても、パートナーとして愛おしい良所を、日出郎は大切に思っていた。

しかし、頼子が、日出郎を大切に思っているようには、どうしても感じることができなかった。

きっとそれは、自分の思い違いなのだ。
あのこは、自分の感情を表現できないだけなのだ。
そう言い聞かせはするものの、気持ちも体もつながらない結婚生活は、相当にタフなものだ。

「で、俺の心に隙間ができて、深田薫に惚れたって訳?」

部屋で、ドラフターを動かしながら、自嘲気味に独り言ちる。

その方が良かった。自分の心にアリバイができるから。
でも、頼子の代わりに深田薫を好きになったのではないと、薄々気が付きながら蓋をしようとする自分のいやらしさに、日出郎はうんざりしている。

窓の外から部屋に入る風は心地よく、気持ちが通じない相手と暮らす家には、不似合いですらある。
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