アンチ・リアル

岡田泰紀

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アンチ・リアル 16

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「アンチ・リアル」 16

スタジオに入った頃は、勤めの時と勝手が違い、なかなか施工業者の癖や発注方が合わずに苦労したが、今では適度にコントロールできている。

着工するまでの施工図や発注業務が大変なので、現場が始まってしまえば仕事は落ち着いた。
今回のリモデリングが、このスタジオとの最後の仕事になるかもしれず、その時、薫と自分の関係はどうなるのか、日出郎の心中は穏やかではなかった。

かといって、互いに好意を感じはしても、薫のそれが恋愛感情につながるものなのかはわからない。
二人は、あくまでも仕事上の付き合いの範疇にある。

もう、社長室のソファーで仮眠する薫を、やさしく起こすことはないのかもしれない。

あの小ぶりで、綺麗な形の唇を奪う機会は、これまで何度あったろう。

そんな愚かなことを考える自分ではあったが、この心の襞がヒリヒリするような感触は、人生で何度も味わえるものではない筈だ。
苦しく、淡い、柔らかな炎で焼かれるような想いに全てを投じたい欲望が、その胸にはある。

しかしそれは、本当は、頼子との間で保つべき欲望であった筈だ。

何かが、間違っている。
全てが、間違っている。

俺が…

今日も日斗志を風呂に入れて、だらしなくビールを飲んで終わる1日なのか。

愛する女と暮らしながら、その肌に触れることの叶わない夜は苦しい。
何のための人生なのか。

他に好きな女を作って、便器だらけの狂った家を造るような日々に、一体どんな意味があるのか。

まるで、クソみたいな人生じゃないか。

日出郎は携帯を掴むと、頼子に「ゴメン、今からスタジオに行ってくる。
日斗志の風呂は頼めるかな」と言い残して家を出た。

スタジオの勝手口のセキュリティを解除して、事務所に入る。

今日も、残っているのは、薫だけだった。

「お疲れさま」
ちょっと驚いた薫に声をかけると、日出郎は横のデスクの椅子に座った。

「まだ仕事するのかい?」

薫は、曖昧な表情で日出郎を見た。
その曖昧な表情がこっちの胸をくすぐることを、この女は自覚していない。

「日出さんは、どうしたの?」

「資料を取りに来たんだよ。
でも、薫ちゃんの顔見たら、資料を持ち帰って仕事する気が失せた」

「日出さん、飲んでるよね?」
薫は、悪戯な面持ちで言った。

「ああ。そして今から、薫ちゃんと飲むことしか考えられないけど、どうする?」

「日出さん、飲みに行こう」

薫は、日出郎の気持ちを知ってか知らぬか、小さな笑顔で応えた。

人生で幸福を感じる時とは、なんでもないような、些細で下らないことでことで起きる。

だからこそ特別(スペシャル)なのだ。
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