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アンチ・リアル 17
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「アンチ・リアル」 17
日出郎は、かつて藤田が設計し、自分が携わった物件を観に行こうと思った。
あの頃、まだ半人前ではあったが、藤田の案件を担当できたことは、自分の経験にしても、好ましい記憶としても、どちらも今の原点の一つだと思っていた。
山盛に騙されて、藤田の最期の物件に絡むまでは…
藤田アーキテクトアソシエーション時代の彼は、少し高い柔らかい声で話す、人当たりの良い男だった。
華奢な身体つきで、ロマンスグレーのウェーブがかった髪が、いかにもクリエイティブな雰囲気を漂わせて、見た目にも才能にも、日出郎には憧れのデザイナー然として映っていた。
覚王山の旧い鉄筋マンションの二間をぶち抜いて事務所にしていたが、どんな賃貸契約だったのかはわからない。
ブラックウォールナットの無垢材でできた打ち合わせテーブルで、週1回の定例打ち合わせに参加した。
背後の書棚には、多くの建築誌があった。
中には、設計士の私家本とおぼしき、一冊数万は下らないような作品集なども並んでいて、さすが大学の非常勤講師を依頼されるだけあるなと思わせた。
藤田は所長として、全ての物件の設計を行っており、スタッフが図面作成や資料のまとめをサポートする体制だった。
長く名古屋で活躍し、藤田の元から独立した設計士も少なからずいたが、スタッフとして関わっている間に物件を担当することはない。
藤田アーキテクトアソシエーションは、藤田だけの設計事務所だったのだ。
にもかかわらず、藤田は、事務所を解散した。
異例の新聞広告を打ったあと、事務所を引き払い、スタッフを全員解雇している。
驚いたのは、事務所の経理も担当していた奥さんとも離婚に踏み切ったことだった。
守秘義務を求められたのか、解雇されたスタッフは、その後関わりのあったクライアントや工務店との繋がりを断ってしまい、藤田が何を望んだことなのかは、漏れ伝わることもなく今に至っている。
そして、藤田明人個人になった後、別人格となって現れた。
藤田は、何がしたいのか?
何が、望みなのか?
藤田の設計法人時代の依頼人は、ほとんどが開業医か、医療関連製品会社の社長だった。
名古屋でそこそこの金持ちは、そんな人種だったのかもしれない。
日出郎が勤めていた時に関わった案件は3件あり、担当でなかったものも含め5件ほど知っている。
それは全て、八事の清水ケ丘を中心とした、半径3キロ圏内の高級住宅地に集中している。
ある日曜の午前中に、車を走らせて、日出郎はその一件一件を回った。
近くに着くと車を停め、歩いて個人邸のまわりをゆっくり流し、かつての記憶を手繰り寄せた。
それは、まだ残暑のきつい9月の朝に、美しい思い出のように、日出郎にまとわりついた。
あの頃自分は、今の仕事に自信と確信を持ちつつあった。
藤田は、紳士的で、いつもシャープでスタティックなデザインで魅力した。
建築物の躯体は、打ち放しのコンクリートに、素焼きのレンガタイル貼りのコンビネーションが多く、指定の造園家が作庭する緑美しい外構との組み合わせが、過度の自己主張を戒めるような節度のある空間をもたらしていた。
どの案件も、同じ温度を感じた。
日出郎はそれらを回りながら、何故か、随分と遠くにきてしまった孤独を覚えた。
きっと、藤田も、随分と遠くにきてしまったに違いない。
藤田邸が終わる時、それが何故なのかを知ることができるのだろうか…
それとも、謎は謎のままなのだろうか?
日出郎は、かつて藤田が設計し、自分が携わった物件を観に行こうと思った。
あの頃、まだ半人前ではあったが、藤田の案件を担当できたことは、自分の経験にしても、好ましい記憶としても、どちらも今の原点の一つだと思っていた。
山盛に騙されて、藤田の最期の物件に絡むまでは…
藤田アーキテクトアソシエーション時代の彼は、少し高い柔らかい声で話す、人当たりの良い男だった。
華奢な身体つきで、ロマンスグレーのウェーブがかった髪が、いかにもクリエイティブな雰囲気を漂わせて、見た目にも才能にも、日出郎には憧れのデザイナー然として映っていた。
覚王山の旧い鉄筋マンションの二間をぶち抜いて事務所にしていたが、どんな賃貸契約だったのかはわからない。
ブラックウォールナットの無垢材でできた打ち合わせテーブルで、週1回の定例打ち合わせに参加した。
背後の書棚には、多くの建築誌があった。
中には、設計士の私家本とおぼしき、一冊数万は下らないような作品集なども並んでいて、さすが大学の非常勤講師を依頼されるだけあるなと思わせた。
藤田は所長として、全ての物件の設計を行っており、スタッフが図面作成や資料のまとめをサポートする体制だった。
長く名古屋で活躍し、藤田の元から独立した設計士も少なからずいたが、スタッフとして関わっている間に物件を担当することはない。
藤田アーキテクトアソシエーションは、藤田だけの設計事務所だったのだ。
にもかかわらず、藤田は、事務所を解散した。
異例の新聞広告を打ったあと、事務所を引き払い、スタッフを全員解雇している。
驚いたのは、事務所の経理も担当していた奥さんとも離婚に踏み切ったことだった。
守秘義務を求められたのか、解雇されたスタッフは、その後関わりのあったクライアントや工務店との繋がりを断ってしまい、藤田が何を望んだことなのかは、漏れ伝わることもなく今に至っている。
そして、藤田明人個人になった後、別人格となって現れた。
藤田は、何がしたいのか?
何が、望みなのか?
藤田の設計法人時代の依頼人は、ほとんどが開業医か、医療関連製品会社の社長だった。
名古屋でそこそこの金持ちは、そんな人種だったのかもしれない。
日出郎が勤めていた時に関わった案件は3件あり、担当でなかったものも含め5件ほど知っている。
それは全て、八事の清水ケ丘を中心とした、半径3キロ圏内の高級住宅地に集中している。
ある日曜の午前中に、車を走らせて、日出郎はその一件一件を回った。
近くに着くと車を停め、歩いて個人邸のまわりをゆっくり流し、かつての記憶を手繰り寄せた。
それは、まだ残暑のきつい9月の朝に、美しい思い出のように、日出郎にまとわりついた。
あの頃自分は、今の仕事に自信と確信を持ちつつあった。
藤田は、紳士的で、いつもシャープでスタティックなデザインで魅力した。
建築物の躯体は、打ち放しのコンクリートに、素焼きのレンガタイル貼りのコンビネーションが多く、指定の造園家が作庭する緑美しい外構との組み合わせが、過度の自己主張を戒めるような節度のある空間をもたらしていた。
どの案件も、同じ温度を感じた。
日出郎はそれらを回りながら、何故か、随分と遠くにきてしまった孤独を覚えた。
きっと、藤田も、随分と遠くにきてしまったに違いない。
藤田邸が終わる時、それが何故なのかを知ることができるのだろうか…
それとも、謎は謎のままなのだろうか?
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