チートを貰えなかった召喚聖女は帰りたい

積網彦

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第27話 視線

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 続く道程は、これまでと打って変わって通行人が多い。

 とは言っても、歩いているのは椿くらいだ。殆どは馬車に乗り合うか、騎乗である。ひょっとすると、駅では馬を借りられるのかもしれない。ゴブリン部隊長に遭遇した駅は、利用者の少なさに比例して、馬が少なかっただけだったとか。その証拠に、今朝発った駅には、沢山の馬が世話されていた。

 もっとも、馬に乗ったことがない椿には関係のない話だろう。人目を気にしないのなら、魔ッチョして走った方が早いかもしれないし。馬はどれくらいの速さで走れるのだっけ? 乗馬クラブで見たことがある馬よりも細身で、ほんの一回りほど小さい。競走馬ほどは早くはないと予想する。

 今朝は日が昇る前に起き、日の出と共に出立した。何故かと言うと、周りがそうだったからだ。うん。
 例の視線は、歩きだしてから1時間は経った頃に戻ってきた。ゆっくり寝てやがったな糞が。

 そんな視線の検証として、今日は魔ッチョも身体強化も施さず、素のままで歩いてきた。それでも、追跡されているようだ。椿の魔力を追いかけているのではないのかな? それでは、一体どんな方法で椿の居所を調べているのだろうか。スキルとかの異世界技能かもしれないし、単純にそう言う魔法か?

 アクティブソナーのような手段かな? 音波を飛ばすように魔力を飛ばす、反射から方向と距離を割り出すのだ。対して、椿が視線を感じるのはその逆のパッシブソナーで、向かってくる音波、もとい魔力を感じているわけだ。いや、待て、そもそも何を持って椿と判断しているのか…… うーむ、分からない事だらけだ。

 この視線を逆にたどれば相手に迫れるか、と思ったが敵も馬鹿ではないだろう。椿が近付いてきたら視線を止めて、逃げるか隠れるかするに違いない。ましてや、ひとりではないだろう。飛んで火に入る夏の虫って事に成りかねない。

 でも、正直とてもウザい。椿の場所だけ認知されているのならまだマシだが、もし映像も得られると言うなら最悪だ。小用を足すときも見られているという訳だ。着替えはおろか、宿で体を拭くときだって見られるかもしれない。なんとか術者を排除したいが、そもそも2度目の召喚の場で安易に術者を殺したのが事の発端なんだ。今度は、どうにか上手いこと始末しないと……

 送還魔法を手に入れるため、安定した生活と勉強の場が欲しいのだが。なんだか、どんどん遠ざかっている気がする。

 いっそ、3回目の召喚があれば、次は大人しくしておくと言う手もある。いや、駄目か、糞王子以上の外道がくる可能性もあるのだ。うーむ……



 歩く人間がそんなに珍しいのか、抜き去っていく馬車からは常に視線が投げられる。それにウンザリしてきた頃に、次の駅に辿り着いた。例によって、食事と休憩を取る。水筒の中身は腐るほどあるので、口を付けずに使えば長いこと利用できると思う。注ぎ口から中を覗いても、中身が見えないところを考えると、水筒の中は別の空間に繋がっているのだろうか。今まで経験した魔力の働き方を考えると、石の中に蓄えられているような気がする。なら石だけで出来るのでは? と思うだろうが、水筒の形があることで、石が蓄えた魔力の働きに方向性をもたせているんじゃないかな。

 早く発っただけあって、お昼にはまだ早い時間だ。

 ここにも馬が沢山居る。何か呼ばれている気がして、やたら頭をブンブンと振る馬に近付いてみた。肩を喰み喰みしてくるので、首筋を撫でてあげる。可愛い奴め。

 数年ぶりに動物と触れ合った気がする。椿は犬派だがやたらと吠えられ嫌われる質で、猫なんか姿を現しすらしない。久しぶりに思う存分に毛皮の感触を楽しんだ。

 宿でお決まりのパンとスープを腹に入れ、とっとと駅を発った。
 今日は3駅くらいは歩けるんじゃないかな。

 これまで駅を5つ経由した。
 単純計算で20kmを5つなら、京都から名古屋までくらいは歩いただろう。

 高原の端から地平線に見えていた山も今は近い。この先、山を越える必要があるのだろうか、谷間を抜けるのだろうか。追い抜いていく馬車を観察しても、特別な準備をしている人を見かける事はなかった。しばらく、平地が続くのかな。
 山が近づくに連れ、木々の密度が増していく。道は起伏を避けるように、複雑に蛇行するようになってきた。山は近付いてみると、姿がわからなくなってしまう。既にもう裾野を登っているのかもしれない。



 不意に、例の視線が途切れているのに気付いた。立ち止まって辺りを警戒する。既に身体強化は発動している、魔ッチョを構成する魔力の筋肉繊維が静かに唸りを上げる。

 追いつかれたのだろうか……

 来た! 後方から複数の駆け寄る気配がする。迎え討つほど馬鹿ではない、すぐに距離を取るべく走り出した。

 それは、あっと言う間だった。左手から飛び出してきた大男が大剣を振り下ろしてきたのだ。凄まじい打ち込みが椿を掠め、地面をえぐって巻き散らす。逃げ道を塞がれた、完璧な伏兵だ。

 おお、ゴブリンソード2号よ…… 初戦がそなたとの別れになる事を悲しく思う。
 ケチっていたは死んでしまう、失う覚悟で2号に最大級の魔力を篭めた。

 白く発光する2号を構え、大男を迎え撃つ。男は、2mはある偉丈夫だ。ちゃんとなめした皮の鎧で武装しているが、垣間見る肌は青い。ひと言で表すなら「青鬼」が現れた、だ。口の端からは犬歯が覗いている、それがなければ渋めの男前に見えないこともない。ゴブリンと同様に白目のない眼をしていて、視線の先は判りにくい。

 大男が八双に構えた大剣を小袈裟に打ち下ろしてきた。魔ッチョのお陰でなんとか打ち負けない。部長の時ほどの焦りはなかった。そう思ったのも、ほんの一時だ。受けた剣を支点に、切っ先だけ椿の頭に回しこんできた。そのまま剣先を握って首筋に押し付けてくる。とっさに、この青い鬼の腹を蹴り距離を置いたが、その一瞬にも追撃が頭を掠めていく。

 どっと全身から汗が吹き出す。とんでもない、こいつが用いるのは明らかに剣術だ。剣道とは違って、ぶち当たっても構わず攻めてくる。しかもこの鬼は、かつての部長のような嘲りがない。いっそ現代に甦った剣豪のような雰囲気を纏い椿に対峙している。

 こんなモノが出没するのか、異世界怖い……! こいつ独りで王都を落とせるんじゃないかな。

 もおぉ……、長物が欲しい。こんな半端な長さの剣で大男の相手なんて無理だ。槍でもあれば、腹あたり突いて一目散に逃げるのに。

 そうこうしている内に、最初に現れた連中が迫ってくる。これ以上、大男が増えでもしたら洒落にならない。

 思い切って、正眼に構えたまま鬼の右脇に走り込む。これに対して、大剣の腹を横薙ぎにする鬼は、明らかに椿を正面に据え置き、後ろの連中と挟み撃ちにする気だ。2号の魔力の循環速度を、思い浮かべる事のできる最速にして大剣を撫でる。

 強い光と共に、熱した鉄板に水を落としたような音が響く! 2号の刀身が解けて崩れるが、代わりに鬼の大剣を右腕ごと斬り落とす事に成功した。

 相手が人間なら勝負はあった。

 しかし鬼は怯むことなく、残った左腕で椿に殴りかかってくる! 勘弁してくれ!! とっさに懐に入り、鬼の剣帯を掴むと、左腕を巻き込むように、払腰の要領で投げつける。地面に突っ込み、変な方向に首の曲がった鬼を横目に、全速力でその場を逃げ出した。

 魔ッチョを開発していなかったら、此処で詰んでいただろう。凄いぞ、身体強化魔法は。今後の安全のためにも、更に研究が必要だ!

 逃げながら肩越しに後ろを確認する。迫ってきたのはゴブリンだった。異種族が一緒に行動するのか、異世界のモンスター脅威度がモリモリ上がっていく。この世界の人類は、どのようにアレらに対応しているのだろうか。

 しかし、椿を追い抜いていった馬車達は無事なのだろうか。
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