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第48話 魔力と心石
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神都では半年間、イリヤお爺ちゃんの元でポーションを作りまくった。その数は5桁に迫るだろう。お陰で、お金には困らない状況になっている。現金を持ち歩くのも馬鹿らしいので、大部分はお爺ちゃんに預けている。ハゲな大司教様も、一部を管理してくれているそうだ。こっちは、国外でもお金に困らないように、との配慮だ。
この世界でも、信仰に国境はないようだ。少なくとも、ロムトスとニジニの奉ずる女神は同一人(?)物らしい。ついでに言うと、耳長こと森人や、まだ見ぬ地人、野人なども女神を信仰しているとか。創世の神話があり、その名残がこの世界にはまだ残っている。生みの親たる女神を奉じるのが当たり前で、他に発生する信仰はほぼカルト扱いなのだ。まあ、実在する神と、実在しない神と、どちらを信じるかなんて議論の余地もない。
そんな信仰のお陰で、ハゲの影響力は国を跨いでいる。
ポーションと言えば、椿が失敗作だと思っていたキラキラ光るブツに関して新たな事実が発覚した。あのポーションには過剰な効果があるらしい。女神官スターシャや覗き魔女ポーシャを、重篤な怪我から生還足らしめたと、糞司祭から聞いている。
椿は経験的に、ポーションと身体強化魔法の併用で治癒の効果が上がることを知っている。最初からポーションに魔力が籠もっていれば、単体で同様の効果が得られるのかもしれない。
そう言えば、ポーションに篭めた魔力で見た目も変化していたな。スノードームのようにキラキラと光る程度のものから、絶対に飲んではいけない印象のサイケデリックに光るポーションまでと色々だ。そんなに効果が高いなら、光るポーションは自分用に幾つか作っておこうか。
2日ほど滞在して良いとのこのなので、翌日は街を廻る。まず、以前に迷惑をかけた店へ寄ることにした。勿論、そこで買い物するのも目的だが。
スターシャやポーシャの4人組に襲われたとき世話になった店主達は、例外なく椿を覚えていた。黒髪のインパクトは大きいらしい。言葉を話すことができるようになった椿を、自分の事のように喜び労ってくれた。ロムトスの人々は、つくづく善人が多いと思う。まあ、一般人に限るが。
ついでとばかりに徘徊を続けていると、錬金術士の店を発見した。ありがたくもアトリエ併設だ。勿論のこと突貫して、店内を余すところなく物色しておく。更に店主に交渉して、作業場を使わせてもらった。手早く鍋ごとポーションに変えて、携帯用のポーション鞄の容器はすべてキラキラに入れ替えておいた。効果が高いと分かったのだ、持っていて損はない。
自分の怪我は、生きている限り自分で治せる。けれども、シェロブなど同行してくれる彼女らの危険を取り除くのには必要だろう。これはやはり、好きなときに作れるように、道具を持ち歩きたいものだ。
お爺ちゃん謹製のポーション鞄には、24本ある専用の瓶が収まる。鍋のキラキラ・ポーションは、すべて鞄に収まらない。余った分は通常のポーション容器に入れて背嚢の方に入れておいた。店主が欲しがったので、手持ちの容器に納まらない分を買い取ってもらった。
キラキラするポーションの話は伝わっていたらしく、店主はずいぶんと喜んでくれた。そのまま雑談を続けていると、椿が自分の道具を持っていないことに驚かれてしまった。ずっと、他所様の設備でポーション作ってたからなぁ。
そこで店主が持ち出してきたのが、ソフトボール大の鉄鍋だった。お茶を入れるあの急須から注ぎ口を無くし、取っ手を後手と上手に2つも付けたような形をしている。底には南部鉄瓶のような丸い突起が沢山ある。
店主が鍋の中に手を突っ込むと、そこから折り畳まれた五徳が出てきた。キャンパーやアルピニストが目指しそうな携帯性を上げた道具のようだ。素敵だ! まあ、重いけど。
なんでも、冒険者稼業の錬金術師が野外で利用するものだとか。お爺ちゃんが使っていた焜炉のように、火が出る魔法の道具を併用するらしい。焚き火でも使えないことはないので、よかったら持っていけと店主は言う。
こんな重いもの…… ありがたく頂きます!!
最近は常に身体強化魔法を施しているので、持ち歩いても大した負担はない。けれども以前は、鞄が肩に食い込んで服を痛めてしまった。だから今は、更に服も強化するようにしている。この世界は、椿の持ち物を容赦なく破壊してくるので、その対策とも言える。
そう言えば、当初に比べて鞄も増えた。カミラのウェストポーチと、お爺ちゃんのポーション鞄は西部劇のガンマン張りに交差して腰に下がっている。着替えの入った肩掛け鞄に、筆記用具や綴じノートの入った背嚢と続く。
これらの鞄はすべて外套の内側である。強化した外套で守っている形だ。熊モードであれば、魔法も効かないため荷物も安心なのだ。魔法の技量が未熟だった頃でさえ、覗き魔女の火球はかき消すことができた。あれで凄腕の魔法使いらしいし、大概の魔法は防げるんじゃないかな。
流石に、勇者である茜の魔法で試す気にはなれないが、他なら大丈夫だろう。
そうだ、せっかくその魔女本人が居るのだ、試し打ちしてもらおうかな。
という訳で、ポーシャを教会の中庭に引っ張り出して試し打ちをさせる。実験に協力して欲しいと頼むと、キラッキラの笑顔で快諾した魔女であったが、椿に向けて魔法を撃てと言うと、戸惑い拒否してしまった。
『あの時は、散々撃ってきたじゃない』
『黒髪を見たら、誰だって魔王じゃないかって思いますよう』
魔王と思われていたのか……
散々と宥め賺して、掲げた外套の裾に撃つように頼むと、渋々頷いてくれた。
ポーシャが放つのは拳大の炎の弾だ。人がボールを投げるほどの速さで飛んでくる。イマイチ迫力に欠けるな。あの時は、初見だったからだろうか? 大分驚異に感じたんだが…… 鞄を吹き飛ばすほどだったし。
椿が受けた印象を肯定するように、魔力で強化した外套で払うと炎の弾は掻き消えてしまった。
『あの時、魔法が消えちゃったのは、
見間違いじゃなかったんですね……』
『魔力の残滓が見えません。
本当に消えてしまったようですね、
興味深い……』
いつの間にか側にいたシェロブが興味深そうに観察している。
『なんか威力落ちてない?』
『そんな事はないですよう』
なんだか、魔力の流れが悪いと思う。歯磨き粉や、マヨネーズやケチャップみたいなチューブから、ニュルンと出て力なく落ちるみたいな印象だ。空気鉄砲みたいに溜めてから、解放する形にすればいいのに。空気鉄砲は筒の先端に詰めた弾が、筒の内部の圧力に耐えられなくなった時点で飛んでいく。内部の空気圧が溜めにあたる。
しかしながら、ポーシャは腕にある魔力をそのまま押し出しているだけに見える。
例えば、デコピン。弾く指を親指でおさえて力を貯める、親指を解放すると勢いよく弾くことができる。指一本でする場合と比べれば一目瞭然、溜めが重要なのだ。
『よく分からないです』
残念なことに、椿のニジニ語力では巧く伝わらない。仕方ないので、カミラ式に伝えることにする。体験型の教示だ。
ポーシャを手招きして、その手を取る。向かい合って手と手を取り合う形だ。
『えっ? えっ? なんですかあ』
『うるさい、やってみせるから覚えて』
何故か赤面するポーシャを黙らせ、魔力を流す。右手から魔力を流し込み、左手から受け入れる形だ。輪になっているので、お互いを循環する形になる。
『こうやって、全身の魔力を使わなきゃ』
ポーシャに右手で魔力を流し込みながら、今度は左手で入ってくる魔力を押し止める。
『右手に魔力が貯まるのが分かる?』
『えっ、ええ、なんか変な感じですけど』
そして左手を放し、遮っていた流れを解放する。同時に、右手からダメ押しのひと押しを流し込む。
『うわあっ!』
ポーシャの右手から、巨大な炎の弾が飛び出した。
『えぇっ?!』
想像していたのと違う。椿の魔力のはずだが、ポーシャを通して現れたのは炎だった。炎は、教会の裏口にあるバルコニーと、立木を1本まるごと吹き飛ばしてしまった。油とかの燃料を燃やした炎ではなかったので、白い壁に煤が残らなかったのが救いだ。
『……どう?
威力が上がったでしょう』
『お嬢様……』『お嬢様あ』
ごまかせなかった……
そして騒ぎに駆けつけた糞司祭から、散々怒られてしまう。
司祭がプリプリ怒りながら去ったあと、シェロブに疑問をぶつける。
『私の魔力なのに、なんで炎になったのかな』
『それはポーシャの心石を通したからでしょう』
『心石?』
新しい単語が出てきた。シェロブは例の魔法の水筒を取り出して見せる。
『コレです』
そういって、白く光る石を指差した。あれは、ゴブリンとかの胸に収まってた石だよな。
『え? 石があるの? ヒトの中に?』
生物なら皆ありますよ、と当たり前のようにポーシャは自分の右胸を指差す。知らないよ、そんな生物は!
どうやら、この世界の生物は心石と呼ばれるものを右胸に持つらしい。役割は心臓と同じだ。血液と共に、魔力を体に循環させる役割を持つらしい。ゴブリンから取り出したアレは、間違いなく心臓であったのだ。魔力を運ぶ役割は、死んでもなお石に残るらしい。
忘れていた、ここは異世界で、ここに住むのは、やっぱり人間とはちょっと違うヒトなのだ。
椿は左胸に手を置き、心臓と言う脈打つ臓器について説明する。シェロブとポーシャは、先程の心石を知ったばかりの椿と同じ反応をする。信じられない、と。
なんとなく自分に心臓がある、って事に自信がなくなってきた椿は、自分の首に触れ脈を確かめてみた。うん、大丈夫だ。ちゃんと脈はある。心臓も鼓動してる、と思う。うーん…… 心臓の鼓動って、自分では分かりにくいよね。
確認のためポーシャの首に触れると、ちゃんと血液の流れを鼓動として感じ取れた。なんかちょっと脈が早い気がするけど。
『心石なんてないはずの私が魔力を持っているのはなんでなんだろう。
魔力があるのは、この世界だから。
そういう物なんだって、漠然と思ってたけど』
疑問に答える声はない。
その後、シェロブが用意したお茶を楽しんでからポーシャで実験を続けた。最終的には、椿のやった腕の中で魔力を圧縮する形をポーシャは身に付けることができなかった。握りしめた拳の中に圧縮し、手を解放することで撃ち出す形に落ち着いた。やはり、当人の想像の範疇にないと実現しないようだ。
再び椿の外套の裾に炎の弾を撃ち込んでもらう。結果としては、ポーシャの自信を若干ながら砕く形で終わった。外套に届いた炎の弾は、水面に落ちる石のようにするりと消えてしまったのだ。威力は関係なく、魔力であれば散るようだ。
『白色の特性なのかな?』
『魔力が仕事しなくなる感じですね』
『黒はどうなんだろ、茜は青色の特性ばかり使ってたけど』
青色と聞いて、シェロブがそわそわしだした。彼女が感情を表に出すのは珍しい。
どうやら、ポーシャにやった魔力を圧縮する試みを、自分も体験したいらしい。手を取り合って輪を作ると、目を伏せがちなシェロブが上目遣いに見てくる。唯でさえ人形みたいな美形なのだ、こっちがドギマギしてしまいそうだ。
先ほどと同じように、右手から魔力を流し込み、左手で引き込む。
『魔力が巡ってるの、分かる?』
『……全身に巡らすのはどうすればいいのですか?』
ふむ、身体強化を体験したいのだろうか。
魔力の循環はシェロブの身体で言うと左手から始まる。左肩、頭、右脇腹、へそ、右そけい部、右足の先で折り返して左そけい部、左足を巡り、再びへそを経由して左脇腹、頭、右肩、そして右手から出ていく。
『あぁ…… 浄化される』
変なことを言い出した!
こいつはひょっとして白色好きが高じて、自分の青い魔力も白色に変えたかっただけなんじゃ……
『お嬢様の魔力は、心石を経由しないのですね』
変態みたいな言動をしながらも、しっかりと魔力の流れは把握しているシェロブさん。
『私達の世界では、魔力は臍(へそ)から生まれて、臍に帰るイメージなのよ。
そんな事よりホラ、自分でやってみて!』
魔力と言うか「気」だけど。
手を離して、シェロブに自分でやるように促す。
椿がやったように心石を通さない循環を試みるシェロブだが、巧くいかなかったようだ。今度ははっきりと、シェロブの中を巡る椿の魔力が青くなっていくのが分かる。
『ああぁ、勿体無い。
まあ…… 一時的とは言え、お嬢様に満たされたので良いとします』
シェロブは魔力を放出する形式の魔法を持たないので、圧縮に関しては興味がないようだ。
やっぱり、白くなりたかっただけじゃないか……
結局のところ人間の行動は、自分の常識で縛られてしまうようだ。椿の教えた魔力の順路を、シェロブもスターシャも辿れなかった。
頭と四肢を通る魔力は、それぞれ心石を経由していた。心石を中心としたヒトデみたいな順路を取っている。これが、シェロブを始めとしたこの世界のヒトの常識なのだろう。
翌朝、シェロブは目覚めると椿の魔力が抜けてしまったと嘆いていた。椿も寝てしまうと身体強化魔法を維持できなかったな。どうやら、みんなそうらしい。
この世界でも、信仰に国境はないようだ。少なくとも、ロムトスとニジニの奉ずる女神は同一人(?)物らしい。ついでに言うと、耳長こと森人や、まだ見ぬ地人、野人なども女神を信仰しているとか。創世の神話があり、その名残がこの世界にはまだ残っている。生みの親たる女神を奉じるのが当たり前で、他に発生する信仰はほぼカルト扱いなのだ。まあ、実在する神と、実在しない神と、どちらを信じるかなんて議論の余地もない。
そんな信仰のお陰で、ハゲの影響力は国を跨いでいる。
ポーションと言えば、椿が失敗作だと思っていたキラキラ光るブツに関して新たな事実が発覚した。あのポーションには過剰な効果があるらしい。女神官スターシャや覗き魔女ポーシャを、重篤な怪我から生還足らしめたと、糞司祭から聞いている。
椿は経験的に、ポーションと身体強化魔法の併用で治癒の効果が上がることを知っている。最初からポーションに魔力が籠もっていれば、単体で同様の効果が得られるのかもしれない。
そう言えば、ポーションに篭めた魔力で見た目も変化していたな。スノードームのようにキラキラと光る程度のものから、絶対に飲んではいけない印象のサイケデリックに光るポーションまでと色々だ。そんなに効果が高いなら、光るポーションは自分用に幾つか作っておこうか。
2日ほど滞在して良いとのこのなので、翌日は街を廻る。まず、以前に迷惑をかけた店へ寄ることにした。勿論、そこで買い物するのも目的だが。
スターシャやポーシャの4人組に襲われたとき世話になった店主達は、例外なく椿を覚えていた。黒髪のインパクトは大きいらしい。言葉を話すことができるようになった椿を、自分の事のように喜び労ってくれた。ロムトスの人々は、つくづく善人が多いと思う。まあ、一般人に限るが。
ついでとばかりに徘徊を続けていると、錬金術士の店を発見した。ありがたくもアトリエ併設だ。勿論のこと突貫して、店内を余すところなく物色しておく。更に店主に交渉して、作業場を使わせてもらった。手早く鍋ごとポーションに変えて、携帯用のポーション鞄の容器はすべてキラキラに入れ替えておいた。効果が高いと分かったのだ、持っていて損はない。
自分の怪我は、生きている限り自分で治せる。けれども、シェロブなど同行してくれる彼女らの危険を取り除くのには必要だろう。これはやはり、好きなときに作れるように、道具を持ち歩きたいものだ。
お爺ちゃん謹製のポーション鞄には、24本ある専用の瓶が収まる。鍋のキラキラ・ポーションは、すべて鞄に収まらない。余った分は通常のポーション容器に入れて背嚢の方に入れておいた。店主が欲しがったので、手持ちの容器に納まらない分を買い取ってもらった。
キラキラするポーションの話は伝わっていたらしく、店主はずいぶんと喜んでくれた。そのまま雑談を続けていると、椿が自分の道具を持っていないことに驚かれてしまった。ずっと、他所様の設備でポーション作ってたからなぁ。
そこで店主が持ち出してきたのが、ソフトボール大の鉄鍋だった。お茶を入れるあの急須から注ぎ口を無くし、取っ手を後手と上手に2つも付けたような形をしている。底には南部鉄瓶のような丸い突起が沢山ある。
店主が鍋の中に手を突っ込むと、そこから折り畳まれた五徳が出てきた。キャンパーやアルピニストが目指しそうな携帯性を上げた道具のようだ。素敵だ! まあ、重いけど。
なんでも、冒険者稼業の錬金術師が野外で利用するものだとか。お爺ちゃんが使っていた焜炉のように、火が出る魔法の道具を併用するらしい。焚き火でも使えないことはないので、よかったら持っていけと店主は言う。
こんな重いもの…… ありがたく頂きます!!
最近は常に身体強化魔法を施しているので、持ち歩いても大した負担はない。けれども以前は、鞄が肩に食い込んで服を痛めてしまった。だから今は、更に服も強化するようにしている。この世界は、椿の持ち物を容赦なく破壊してくるので、その対策とも言える。
そう言えば、当初に比べて鞄も増えた。カミラのウェストポーチと、お爺ちゃんのポーション鞄は西部劇のガンマン張りに交差して腰に下がっている。着替えの入った肩掛け鞄に、筆記用具や綴じノートの入った背嚢と続く。
これらの鞄はすべて外套の内側である。強化した外套で守っている形だ。熊モードであれば、魔法も効かないため荷物も安心なのだ。魔法の技量が未熟だった頃でさえ、覗き魔女の火球はかき消すことができた。あれで凄腕の魔法使いらしいし、大概の魔法は防げるんじゃないかな。
流石に、勇者である茜の魔法で試す気にはなれないが、他なら大丈夫だろう。
そうだ、せっかくその魔女本人が居るのだ、試し打ちしてもらおうかな。
という訳で、ポーシャを教会の中庭に引っ張り出して試し打ちをさせる。実験に協力して欲しいと頼むと、キラッキラの笑顔で快諾した魔女であったが、椿に向けて魔法を撃てと言うと、戸惑い拒否してしまった。
『あの時は、散々撃ってきたじゃない』
『黒髪を見たら、誰だって魔王じゃないかって思いますよう』
魔王と思われていたのか……
散々と宥め賺して、掲げた外套の裾に撃つように頼むと、渋々頷いてくれた。
ポーシャが放つのは拳大の炎の弾だ。人がボールを投げるほどの速さで飛んでくる。イマイチ迫力に欠けるな。あの時は、初見だったからだろうか? 大分驚異に感じたんだが…… 鞄を吹き飛ばすほどだったし。
椿が受けた印象を肯定するように、魔力で強化した外套で払うと炎の弾は掻き消えてしまった。
『あの時、魔法が消えちゃったのは、
見間違いじゃなかったんですね……』
『魔力の残滓が見えません。
本当に消えてしまったようですね、
興味深い……』
いつの間にか側にいたシェロブが興味深そうに観察している。
『なんか威力落ちてない?』
『そんな事はないですよう』
なんだか、魔力の流れが悪いと思う。歯磨き粉や、マヨネーズやケチャップみたいなチューブから、ニュルンと出て力なく落ちるみたいな印象だ。空気鉄砲みたいに溜めてから、解放する形にすればいいのに。空気鉄砲は筒の先端に詰めた弾が、筒の内部の圧力に耐えられなくなった時点で飛んでいく。内部の空気圧が溜めにあたる。
しかしながら、ポーシャは腕にある魔力をそのまま押し出しているだけに見える。
例えば、デコピン。弾く指を親指でおさえて力を貯める、親指を解放すると勢いよく弾くことができる。指一本でする場合と比べれば一目瞭然、溜めが重要なのだ。
『よく分からないです』
残念なことに、椿のニジニ語力では巧く伝わらない。仕方ないので、カミラ式に伝えることにする。体験型の教示だ。
ポーシャを手招きして、その手を取る。向かい合って手と手を取り合う形だ。
『えっ? えっ? なんですかあ』
『うるさい、やってみせるから覚えて』
何故か赤面するポーシャを黙らせ、魔力を流す。右手から魔力を流し込み、左手から受け入れる形だ。輪になっているので、お互いを循環する形になる。
『こうやって、全身の魔力を使わなきゃ』
ポーシャに右手で魔力を流し込みながら、今度は左手で入ってくる魔力を押し止める。
『右手に魔力が貯まるのが分かる?』
『えっ、ええ、なんか変な感じですけど』
そして左手を放し、遮っていた流れを解放する。同時に、右手からダメ押しのひと押しを流し込む。
『うわあっ!』
ポーシャの右手から、巨大な炎の弾が飛び出した。
『えぇっ?!』
想像していたのと違う。椿の魔力のはずだが、ポーシャを通して現れたのは炎だった。炎は、教会の裏口にあるバルコニーと、立木を1本まるごと吹き飛ばしてしまった。油とかの燃料を燃やした炎ではなかったので、白い壁に煤が残らなかったのが救いだ。
『……どう?
威力が上がったでしょう』
『お嬢様……』『お嬢様あ』
ごまかせなかった……
そして騒ぎに駆けつけた糞司祭から、散々怒られてしまう。
司祭がプリプリ怒りながら去ったあと、シェロブに疑問をぶつける。
『私の魔力なのに、なんで炎になったのかな』
『それはポーシャの心石を通したからでしょう』
『心石?』
新しい単語が出てきた。シェロブは例の魔法の水筒を取り出して見せる。
『コレです』
そういって、白く光る石を指差した。あれは、ゴブリンとかの胸に収まってた石だよな。
『え? 石があるの? ヒトの中に?』
生物なら皆ありますよ、と当たり前のようにポーシャは自分の右胸を指差す。知らないよ、そんな生物は!
どうやら、この世界の生物は心石と呼ばれるものを右胸に持つらしい。役割は心臓と同じだ。血液と共に、魔力を体に循環させる役割を持つらしい。ゴブリンから取り出したアレは、間違いなく心臓であったのだ。魔力を運ぶ役割は、死んでもなお石に残るらしい。
忘れていた、ここは異世界で、ここに住むのは、やっぱり人間とはちょっと違うヒトなのだ。
椿は左胸に手を置き、心臓と言う脈打つ臓器について説明する。シェロブとポーシャは、先程の心石を知ったばかりの椿と同じ反応をする。信じられない、と。
なんとなく自分に心臓がある、って事に自信がなくなってきた椿は、自分の首に触れ脈を確かめてみた。うん、大丈夫だ。ちゃんと脈はある。心臓も鼓動してる、と思う。うーん…… 心臓の鼓動って、自分では分かりにくいよね。
確認のためポーシャの首に触れると、ちゃんと血液の流れを鼓動として感じ取れた。なんかちょっと脈が早い気がするけど。
『心石なんてないはずの私が魔力を持っているのはなんでなんだろう。
魔力があるのは、この世界だから。
そういう物なんだって、漠然と思ってたけど』
疑問に答える声はない。
その後、シェロブが用意したお茶を楽しんでからポーシャで実験を続けた。最終的には、椿のやった腕の中で魔力を圧縮する形をポーシャは身に付けることができなかった。握りしめた拳の中に圧縮し、手を解放することで撃ち出す形に落ち着いた。やはり、当人の想像の範疇にないと実現しないようだ。
再び椿の外套の裾に炎の弾を撃ち込んでもらう。結果としては、ポーシャの自信を若干ながら砕く形で終わった。外套に届いた炎の弾は、水面に落ちる石のようにするりと消えてしまったのだ。威力は関係なく、魔力であれば散るようだ。
『白色の特性なのかな?』
『魔力が仕事しなくなる感じですね』
『黒はどうなんだろ、茜は青色の特性ばかり使ってたけど』
青色と聞いて、シェロブがそわそわしだした。彼女が感情を表に出すのは珍しい。
どうやら、ポーシャにやった魔力を圧縮する試みを、自分も体験したいらしい。手を取り合って輪を作ると、目を伏せがちなシェロブが上目遣いに見てくる。唯でさえ人形みたいな美形なのだ、こっちがドギマギしてしまいそうだ。
先ほどと同じように、右手から魔力を流し込み、左手で引き込む。
『魔力が巡ってるの、分かる?』
『……全身に巡らすのはどうすればいいのですか?』
ふむ、身体強化を体験したいのだろうか。
魔力の循環はシェロブの身体で言うと左手から始まる。左肩、頭、右脇腹、へそ、右そけい部、右足の先で折り返して左そけい部、左足を巡り、再びへそを経由して左脇腹、頭、右肩、そして右手から出ていく。
『あぁ…… 浄化される』
変なことを言い出した!
こいつはひょっとして白色好きが高じて、自分の青い魔力も白色に変えたかっただけなんじゃ……
『お嬢様の魔力は、心石を経由しないのですね』
変態みたいな言動をしながらも、しっかりと魔力の流れは把握しているシェロブさん。
『私達の世界では、魔力は臍(へそ)から生まれて、臍に帰るイメージなのよ。
そんな事よりホラ、自分でやってみて!』
魔力と言うか「気」だけど。
手を離して、シェロブに自分でやるように促す。
椿がやったように心石を通さない循環を試みるシェロブだが、巧くいかなかったようだ。今度ははっきりと、シェロブの中を巡る椿の魔力が青くなっていくのが分かる。
『ああぁ、勿体無い。
まあ…… 一時的とは言え、お嬢様に満たされたので良いとします』
シェロブは魔力を放出する形式の魔法を持たないので、圧縮に関しては興味がないようだ。
やっぱり、白くなりたかっただけじゃないか……
結局のところ人間の行動は、自分の常識で縛られてしまうようだ。椿の教えた魔力の順路を、シェロブもスターシャも辿れなかった。
頭と四肢を通る魔力は、それぞれ心石を経由していた。心石を中心としたヒトデみたいな順路を取っている。これが、シェロブを始めとしたこの世界のヒトの常識なのだろう。
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