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1章 動き出す運命
2 . 届かぬ願い
「──咲空! 帰ってきたのなら掃除をしてちょうだい」
「……」
「まったく、鈍臭いわね……姉妹なのにどうしてこんなに違うんだか……」
「……ごめんなさい」
私、鈍臭いんだ……うん、昨日もそれでお母さんに迷惑をかけちゃったもんね。
数年前までは実の親からの冷たい言葉に悲しいと感じていたけど、もう慣れちゃったのか申し訳なさだけが込み上げてくる。……こんな私を育ててくれているなんて本当にありがたい。
「今日も朋夜様がいらっしゃるの。 しっかりしてちょうだいね?……前髪は崩れないようにしなさい」
お母さん嬉しそう。
皆が幸せそうだと、私も嬉しい。
──そっと長い前髪の上から顔に触れる。
……やっぱりね。皮膚が正常な状態にないということが髪の毛の上からでもわかる。
これのせいで皆に迷惑をかけちゃってるんだから、しっかりしないと。
「偉いわ。辛いかもしれないけど、自業自得だもの、、 そんなのを見て美緒が気に病んだり、朋夜様が不快に感じられたりしたら困るでしょう?」
「……うん」
──感謝していっぱいいっぱい恩返しをしなきゃなのに、時々思ってしまう。『私は、どうして生きているんだろう?』って。
* * *
私は姫野咲空。
普通の……とは言いがたいかもしれないけど、公立高校の2年生。
私が普通の人と違うのは妹が神族の半身であること。
私の一つ年下妹である美緒は、神族の中でも高位に位置する神狐族の朋夜の半身なのだ。
まぁ、そんな事を知っている人は私の通う高校にいないけどね……美緒は私立高校に通ってるし、私には話をするような友達もいないから。
友達なんていたところで私の状況を変えてくれるわけでもないし、私の場合はこの顔のこともあるしで、変に気を遣われて逆に煩わしいだけだと思うから反って気が楽。
さっき私と話してたのは私のお母さんだけど……私は学校から帰ってきたら主婦のお母さんの手伝いをする。
主婦なんだったら、日中に掃除をする時間くらいあるんじゃないの?と思っていた時期もあったけど、昔そう聞いたら怒らせてしまったし、毎日美緒の半身のもてなしがあって大変そうだなとは常々思っていたしで、そんな事を考えるだけ無駄だと気が付いてから出来る限り従うようにしてる。
そして、お母さんが言っていたそんなのっていうのは、私の顔にある火傷の痕。
目元を覆うように広がる傷は処置が遅れたせいで……それ以上に私を焼いた炎が特殊なものだったせいで、ほとんど消えずに痕として残った。
残念なことに、お母さんが私を心配してくれるなんてことはない。傷を負って最初にかけられた言葉も『しょうがない子ね、お姉ちゃんなんだから美緒に優しくしなさい。朋夜様のお怒りがこの程度でよかったわ』だった。
……あの時は『一歳しか変わらないのに“お姉ちゃんなんだから”って何?私はどうでもいいの?』って悲しくなったんだっけ?
でも、今ではあれは私が悪かったと思う。
もう分かると思うけど、“朋夜様”が私の顔を焼いた人。
神族の炎が普通であるはずもなく、私の顔の鼻より上は自分でも見たくないほどに焼けただれてる。
少し私のことを語らせてもらうと、私は小さい頃から自立していたらしい。小学校に上がったばかりのまだ小さかった頃、『咲空は赤ちゃんの頃から全然泣かない大人しい子だったのよ。咲空がたくさんお手伝いしてくれる手のかからない子だからお母さん、本当に助かっているわ』って言われた時、褒められたんだと思って嬉しかった。
でも、だからこそ……両親の視線はいつも美緒を向いていた。気がついた頃には美緒が優先で、“咲空は一人で大丈夫”というのが家族の共通認識になっていた。
……もちろん、私だって子供だったのだから寂しいと訴えたこともあったけど、『困らせないでほしい』と、本当に困ったようなお母さんの顔を見てからは“私は甘えちゃいけないんだ”って気が付いた。
そんな私に愛情を注いでくれたのはお祖母ちゃん。3年前に他界してしまったけど、お祖母ちゃんのことを思い出すと胸が温かくなる。
そして、私の顔がこんな風になったのはお祖母ちゃんとの思い出を守ろうとしてしまったから。
私が小学校の5学年で、まだお祖母ちゃんが元気だった頃、、お祖母ちゃんが私の誕生日にくれたエメラルドのネックレス。今も身に付けているこれだけは、美緒に渡したくなかったから。
このネックレスはお祖母ちゃんのお母さん、私の曾祖母が曾祖父からプレゼントされたもので、たくさんの人の思いが詰まったもの。そんな大切なものを私に託してくれるということがとても嬉しかった。
だけど、お祖母ちゃんはこのネックレスをくれた2年後に心筋梗塞で亡くなってしまった。
美緒が朋夜と出会ったのは私が中学二年生だった時。 美緒と一緒に下校をしていた時、急に空から降りてきたのだ。
朋夜を見た時、隣にいた美緒も熱に浮かされたような…泣きそうな顔になって朋夜に歩み寄って行って行き、互に待ち焦がれていたのだというように抱擁した。
往来していた人も皆足を止めてその神秘的な光景に見入り、私も“あぁ、これが神族なんだ” と、そして私は“やっぱり美緒は神族の半身だったんだ”と変に納得した。
その日からはそれまで以上に美緒優先の生活となった。朋夜からの提案でセキュリティーが整った家に引っ越しもした。
出会った時の朋夜は二十歳くらいの見た目だったけど、神族は容姿や年齢を自由に変えられるらしく、次に会った時には私達と同年代くらいの見た目になっていた。
そして、二人が逢瀬を重ねていたある時、美緒が私の部屋にあったネックレスを持ってきて『これ、頂戴! 今度の朋夜とのデートに付けてきたい』と言ってきた。
もちろん断ったけど、諦めようとしない美緒が『なんでこんなのに拘るの?……って、よく見たら汚いじゃない』と言った時、頭に血が上って美緒の頬を打ってしまった。
お祖母ちゃんの……曾お祖母ちゃんや、曾お祖父ちゃん、そして私の大切なものを強奪しようとした挙げ句にこんなのと、汚いと言ったことが赦せなかった。
運が悪いことに、その瞬間に部屋に入ってきた朋夜が烈火のごとく怒って神術を使ったのだ。
美緒はその日のデートでダイヤモンドのネックレスを買ってもらったみたいで、満足そうに帰って来た。
……今でも忘れてはいない。悲鳴をあげる私を見た美緒が細く笑んでいたこと。お父さんもお母さんも私をそっちのけで朋夜に私の非礼を謝罪し、美緒を慰めていたこと。
それでも今となっては理解している。親が子の犯したことを謝罪するのはおかしなことではないし、当然のことだった。私自身、手を出すのはやりすぎだったと反省もしている。
……でも、そう納得出来たのは最近になってから。
朋夜は自分の半身である美緒に会うためにほぼ毎日訪ねてくる。
本当は美緒を、神族が住む雲上眩界に連れていきたいらしいけど、そうすると毎日はこちらに来られなくなるらしい。
神族といえども界の往来は神力という力の消費が激しく、朋夜の神力の量だと2日に一度が限界で、美緒がそれは嫌だと言ったのだ。それで、朋夜も人間界に留まって美緒に会いに来ている。
美緒に会いに来るということは私とも会う機会が増えてしまう。……あの一件以来、朋夜が怖い。でも拒むことは出来ない。人間の意志や気持ちなんて、神族の前では何の意味ももたないから。
過去を思い返しながらのろのろと制服から中学生の頃の所々擦りきれたジャージへと着替える。
ジャージの下に隠したネックレスにジャージの上からそっと触れると、冷たい石のはずなのにとっても温かい。
「──咲空! 早くしなさい!」
……さ、皆に迷惑をかけないようにしないと。私は厄介な存在だから。
でも、それでも私を見てほしい……誰か、誰でもいいから私を見て───
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