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1章 動き出す運命
9 . 土神族
(三人称視点)
時は咲空が屋敷を見て回る前日、目覚めてから四日が経った時まで遡る。
咲空の体調が安定してきたのを受けた麗叶は土神族の一位、珠稀の屋敷を訪れていた。
土神族は位こそ神族の中で低い方であるが、地の力を高め、守護するという重大な役を担っており、鉱物と言葉を交わして意思を読み取る力や無機物を癒すことを得意としている。
また、現土神族一位の珠稀は歴代の土神族の中で最も強い力を有していた。
「──珠稀はいるか」
「天代宮様……ようこそいらっしゃいました。我が主は邸内におられます。どうぞこちらへ」
* * *
「───お久しぶりにございます」
「珠稀、久しいな……急な訪れですまぬ」
「滅相もありませんわ。報せもいただきましたので問題ございません」
「感謝する」
珠稀は土神族一位の当代となって五百年と、麗叶よりも長く日本列島守護の任に就いている女形の神族であるが、少女のような容貌をしていた。
「──早速になりますが、文にあった物をお見せいただいても?」
「頼む」
珠稀の言葉を受けた麗叶は薄絹に包まれた翠玉、エメラルドを取り出す。
この日、麗叶が咲空から離れて珠稀を尋ねた目的は、咲空が出会った時に握りしめていたエメラルドの修復のためである。
「あら……可哀想に」
可哀想、と言いつつも珠稀の顔に変化は見られない。半身を得ていないため当然であるのだが、麗叶は少し前の自分を思い出し、咲空と口を利いたのはほんの少しのはずなのに以前の自分には戻れそうもない、戻りたくないと強く感じ、それと同時に神々が言った『“生”を知ってほしい』という言葉の意味が少し理解できた。
「……治せそうか?」
「元の状態に戻すだけならば簡単ですわ。でも、それでは不十分なのでしょう?」
「あぁ」
「お任せくださいませ。この翠玉の記憶、心まで完璧に治してみせましょう」
「ありがたい」
麗叶は珠稀の言葉を受けて安堵する。
直すだけならば自分にも出来るが、鉱石の心まで完璧に治すのは難しい。それこそ、土神族の一位である珠稀でもないと不可能であろう。
しかし、麗叶は見た目だけの不完全な修繕を善しとしなかった。
咲空の翠玉からは砕けてしまってもなお、咲空を護ろうという意思を感じたのである。
物であろうと己が半身を支えてくれていたことに変わりはない。完璧に治す必要があったのだ。
「……もしや、この子が護ろうとしている娘子は天代宮様の半身様でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
「まぁ、おめでとうございます。……半身様は心の清らかな方のようですわね。この子から伝わってきますわ……こんなになっても護りたいと思える程、この子のことを大切にしておられたのでしょう」
「やはりか……翠玉が砕けた原因は分かるか?我でははっきりと聞くことが出来なくてな……」
「この状態では私にも漠然としか聞こえませぬが……お心を鎮めて聞いてくださいませ。この子は半身様への慈しみと共に、その周囲に対する激しい怒りと恐怖を語っておりますわ」
「……怒り?」
「はい……天代宮様は半身様のご家族についてどれ程ご存知でいらっしゃいますか?」
麗叶は咲空の事情についてほとんど知らない。
出会った時の状況や、目覚めた時の咲空の反応から何かあるのだろうと察することは出来るが、勝手に調べて咲空が隠したがっていることを暴くというのははばかられてしまい、まだ詳しくは調べられていない。
よって、現時点で麗叶が知っている咲空の情報は“妹がいて、その妹が神狐族三位の朋夜の半身である”というのと、“朋夜が咲空に非道な行いをした”ということだけである。
「……この子が元に戻ったらもっと確かな事を聞けますが、私が確認いたしましょうか?」
「………いや、いい。取り敢えずは翠玉を治してくれ」
「承知しました。そうですわね……一刻程いただければ完璧に治せると存じますわ」
「ほぅ、さすがだな」
「お誉めに預かり光栄にございます」
無機物の修復…癒しには通常半日以上の時間を要する。専門ではない麗叶が行うとしたら、丸一日程の時間がかかってしまう。
咲空の翠玉は損傷が激しいため麗叶では完全に治すのは難しく、出来たとしても一週間以上かかってしまうだろう。
それを一刻で終わらせるというのだから、さすが土神族一位と言う他ない。
「──では、頼んだぞ」
「はい、今しばしお待ちくださいませ」
作業のため珠稀は部屋を出ていった。
一人になった麗叶は先程珠稀が言っていたことについて考える。
自身も翠玉が何やら荒れているというのは感じていたが、漠然としていた。
咲空を慈しんでいる翠玉がその周囲に怒りを向けるというのは……そういうことである。
半身を得た麗叶がそのありのままを知ったら怒り狂うであろうことは想像に難くない。
だから、珠稀は『お心を鎮めて聞いてくださいませ』と前置きをしてから語ったのだが……麗叶の内心は荒れていた。
そして、咲空に無断で行うことにはなってしまうが早急に己の半身について知る必要がある、と咲空に関する調べをすることを決める。
この件は調べること自体は簡単だ。
咲空と出会うまでは半身と知らず無関心であったとしても、“記録”は残っている。
麗叶自身は咲空が住んでいた家の中で起こったことには干渉できないが、一歩外に出れば自身の“遠見”で観ることができ、式神達が見聞きしたものもあるため二重の“記録”が成されるのだ。直接人間界に赴いているため麗叶が知り得ない情報も知ることができる。麗叶と式神の集めた“記録”、その二つを合わせれば、得られる情報は少なくないだろう。
式神達は広く飛び回っているために、得られる情報は少ないかもしれない。しかし、そうだとしたら今後は各式神達の担当区域を調整してあちらを監視する者をつくればいい。
今後についての算段をつけた麗叶は昨日の咲空のことを思い出して頬を緩める。
──早く咲空に会いたい。
麗叶の口からはそんな言葉が自然とまろび出ていた。
* * *
「───いかがでしょう?」
「さすがだな……助かった」
「いえ、お役に立てたようで嬉しゅうございますわ」
珠稀は部屋を出てから一刻が経とうか、という時に麗叶が待つ部屋に戻ってきた。
珠稀が治療した翠玉には生気が戻り、力強く“咲空を護るんだ”と語っている。
麗叶に嫉妬をさせない程に真っ直ぐで純粋な好意を咲空へと向ける翠玉は麗叶の瞳にも眩しく映った。
「早く咲空に会わせてやらねばならぬな」
「いつか、私にもご挨拶させてくださいませ」
「あぁ、咲空も会いたがることだろう」
麗叶は後日礼をすると言い残して咲空が待つ屋敷へと帰った。
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