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「お嬢様が幸せなら、それが一番です」
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煌びやかなシャンデリアが輝く王宮の夜会。豪華なドレスを身に纏い、笑顔を振りまく貴族たち。その中心で、私は王太子レオンハルトの冷たい視線に晒されていた。
「セレスティーヌ、君との婚約は破棄させてもらう」
レオンハルトの言葉は、夜会の喧騒の中に、氷のように冷たく響いた。その隣には、今にも泣き出しそうな赤い目を擦る男爵令嬢、イザベラの姿。
「理由は、言わなくてもわかるな。君のような、傲慢でわがままな女とは、もう耐えられない。このイザベラ嬢こそ生涯を通して愛せる女性だ」
イザベラの肩を抱き寄せながら宣うレオンハルトの言葉に、会場は静まり返った。貴族たちの好奇と嘲笑が入り混じった視線が、私に突き刺さる。
(ハイハイ、……予想通りね)
私は、内心で深く溜息をついた。
レオンハルトがイザベラに入れあげていることは、すでに噂で知っていた。むしろ、よくぞここまで私に隠せているつもりになっていると、感心するほどだった。
「かしこまりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
前々から用意していた言葉を告げ、レオンハルトに一礼した。動揺も、悲しみも、怒りも、私の心には存在しなかった。
なぜなら、私は前世の記憶を持った、転生者だから。
(どうやら、私は前世で読んでいた恋愛小説の悪役令嬢に転生してしまったようだわ)
小説の中で、悪役令嬢セレスティーヌは、ヒロインであるイザベラを虐げ、王太子の婚約者という立場を利用して数々の悪事を働いた。そして、婚約破棄された後は、国外追放という末路をたどる。
(冗談じゃない!そんな未来、まっぴらごめんよ!)
私は、悪役令嬢としてヒロインを虐げるような真似は一切せず、むしろ彼女を避けるように生きてきた。レオンハルトとも、必要最低限の会話しかしないように努めた。
(でも結局、これなのよね……)
婚約破棄は免れないとしても、せめて国外追放だけは阻止しなければ。私は、実家である侯爵家に帰り、両親に事情を説明した。
「セレスティーヌ、よくぞ決断した。そのような男、こちらから願い下げじゃ!」
父は、私の決断を褒め称え、慰めてくれた。母もまた、「セレスティーヌには、もっとふさわしい人がいる」と、優しく励ましてくれた。
(両親に恵まれて、本当によかったわ)
「気になさらないでください、お嬢様」
使用人の皆も含めた侯爵家の温かい雰囲気に包まれながら、これからのことを考えた。
(ありがとうみんな……まずは、ゆっくりと休んで、それから……そうだ!)
私は、前世で叶えられなかった夢を叶えようと決意した。
それは、猫たちに囲まれて、のんびりと暮らすこと。
(そのためには、まず猫を……)
さっそく、侯爵家の敷地内にある森へと向かった。
そこは、野良猫たちが住み着いている場所として、地元ではちょっとした有名スポットだった。森に入ると、すぐにどこからか猫たちの鳴き声が聞こえてくる。
木々の間を縫うように進むと、一カ所だけ木が生えていないぽっかりと開けた場所がある。そこには、想像以上の数の猫たちが、思い思いにゴロゴロしたり日向ぼっこをしていた。
「んぎゃわいいいい!(かわいい)」
思わず声を上げ、猫たちに走り寄った。こんな大声を出したのは本当に久しぶり。
猫たちは、警戒することなく、私に擦り寄ってくる。
「人が怖くないのかしら。あなた、綺麗な毛並みね。お腹空いてるの?」
持っていたクッキーを猫に差し出した。猫は、遠慮がちにクッキーを口にすると、美味しそうに頬張った。
「あなたも、お腹空いてるの?こっちにおいで」
私は、次々と猫たちにクッキーを分け与えた。猫たちは、嬉しそうに私の周りに集まり、喉を鳴らした。
「みんな、私と一緒に暮らさない?美味しいご飯も、暖かいベッドも、たくさん用意するから」
私は、猫たちに話しかけた。もちろん、猫たちは言葉を理解できないだろう。それでも、私の言葉に呼応するように、猫たちは一斉に鳴き声を上げた。
(この子たちなら、一緒に暮らせるかも……)
そう確信し、猫たちを連れて屋敷へと戻った。
侯爵家の使用人たちは、突然現れた猫たちに驚いていたが、私が事情を説明すると、快く受け入れてくれた。
「お嬢様が幸せなら、それが一番です」
使用人頭の爺やは、そう言って微笑んだ。
「すぐに職人を呼んでこの部屋を改装して頂戴!」
私は、猫たちのために、屋敷の一室を改装し、猫用の部屋を作った。
そこには、暖かいベッド、美味しいご飯、そしてたくさんの猫用おもちゃが用意された。
猫たちは、新しい部屋を気に入ったようで、すぐに思い思いの場所で寛ぎ始めた。
私は、猫たちに囲まれながら、至福の時を過ごした。猫たちの柔らかい毛並みを撫で、温かい体温を感じていると、心が安らいでいく。
(これが、私の求めていた生活……)
前世では、仕事に追われ、時間に追われ、心が休まる暇もなかった。そして猫を飼うことは出来なかった。
しかし、今は違う。猫たちと触れ合い、彼らの愛らしい姿を見ているだけで、心が満たされていく。
☆
セレスティーヌとの婚約を破棄し、イザベラと婚約したレオンハルトは、当初、至福の時を過ごしていた。イザベラは、いつも笑顔で、レオンハルトを褒め称え、甘い言葉を囁いた。
「レオンハルト様、あなたは本当に素晴らしい方です。私、あなたのことを心から尊敬しています。愛しています」
イザベラの言葉に、レオンハルトは有頂天になった。セレスティーヌとは違い、イザベラは自分のことを理解し、愛してくれる。そう思っていた。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
婚約からしばらくすると、イザベラの様子が徐々におかしくなってきた。
「レオンハルト様、この宝石、とても素敵ですね。私にくださいませんか」
イザベラは、高価な宝石やドレスをねだるようになった。
最初は、愛するイザベラのためならと、レオンハルトは要求に応えていた。しかし、その要求はエスカレートするばかりだった。
「レオンハルト様、私、もっと広い屋敷に住みたいです。今の屋敷は、狭くて息が詰まります」
イザベラは、王宮よりも豪華な屋敷を要求した。レオンハルトは、さすがに困惑したが、イザベラの涙ながらの懇願に負け、新たな屋敷を用意した。
イザベラのわがままは、それだけではなかった。
「レオンハルト様、あの貴族令嬢、私に嫉妬しているみたいです。何か罰を与えてください」
イザベラは、自分に敵対する者や、自分よりも美しい者、自分よりも地位の高い者を、徹底的に排除しようとした。レオンハルトは、イザベラの嫉妬深さに辟易し始めた。
そして、決定的な出来事が起こった。
ある夜会で、イザベラは、酔っ払って他の貴族に絡んでいた。その姿は、上品とは程遠く、今まで見たことがないほど下品で醜悪だった。
「レオンハルト様、もっとお酒を持ってきてください!私、まだまだ飲み足りません!」
顔を真っ赤に上気させ、髪は乱れ、みっともなくドレスが着崩れたイザベラは、レオンハルトにそう大声で叫び、周りの貴族たちをドン引きさせた。
レオンハルトは、イザベラの豹変ぶりに愕然とした。これが、自分が愛した女性なのか。セレスティーヌは、こんな醜態を晒したことは一度もなかった。
(セレスティーヌ……)
レオンハルトは、セレスティーヌのことを思い出した。
セレスティーヌは、いつも冷静で、品格があり、理知的で、誰に対しても敬意があった。
セレスティーヌとの婚約を破棄したことを、レオンハルトは後悔するようになった。
☆
「ぎゃわいいい!ああ、なんて可愛いの!おいで、こっちにおいで!」
私は侯爵家の広大な庭園で、猫たちと至福の時を過ごしていた。
子猫を優しく抱き上げ、そのふわふわの毛並みに頬ずりをする。子猫は、気持ちよさそうに喉を鳴らし、腕の中で丸くなった。
「あぁ、柔らかい……!まさか、こんな日がくるなんて……」
感慨もひとしおに呟いた。かつてはどれだけ猫が好きでも飼うことが出来なかった。
私は重度の猫アレルギーだったのだ。
猫を飼っている友達の家に遊びに行こうものなら、たちどころにくしゃみ、目のかゆみ、涙、鼻水が溢れ出した。
猫ちゃんを飼いたくても飼えないジレンマをずっと抱えながら、雑誌や動画の猫ちゃん達を眺めて癒やしを得ていた日々。
「前世では、こんなこと夢にも思わなかったわ……」
しかし、今は違う。猫たちに囲まれ、思う存分触れ合い、愛でることができる。
猫アレルギーの無い身体に産んでくれてありがとう今の両親!
「みんな、私の天使!私の癒し!私の全て!」
猫たちと同じようにゴロゴロして、猫たちを抱きしめ、頬ずりし、キスをした。
猫たちは、私の愛情に応えるように、喉を鳴らし、体を擦り寄せた。
私は、猫たちのためなら、どんなことでもした。
恵まれた環境を思う存分利用し、金銭に糸目をつけず高級なキャットフード、最高級の猫用ベッド、そして、ありとあらゆる猫用おもちゃを買い揃えた。庭にも室内にも、猫たちが自由に遊べるように、キャットタワーやアスレチックを設置した。
「もっと、もっと可愛がってあげるからね!みんな、私の可愛い子猫ちゃんたち!」
溢れんばかりの猫愛は、日に日に増していくばかりだった。猫たちと一緒にいると、心の底から癒され、満たされた。前世で叶えられなかった夢が、今、目の前で叶っている。
「ああ、猫たちと出会えて本当によかった。私、世界一幸せな悪役令嬢だわ!」
思いっきり叫び、猫たちを抱きしめた。
☆
イザベラとの婚約生活は、レオンハルトを日に日に憔悴させていった。イザベラのわがまま、嫉妬、そして醜態。
レオンハルトは、イザベラに愛想を尽かし、彼女との婚約を解消することを決意した。
「イザベラ、君との婚約は解消させてもらう」
「な、なんですって!?レオンハルト様、どうかお考え直しくださいませ!」
イザベラは、涙ながらにレオンハルトに懇願した。しかし、レオンハルトの決意は固かった。
「もう、君との婚約を続けることはできない」
レオンハルトは、冷たい声でイザベラに告げた。
「そんな……!わたくし、レオンハルト様を心から愛しているのです!どうか、わたくしを見捨てないでください!」
イザベラは、レオンハルトの足元に跪き、必死に懇願した。その姿は、これまでの高慢な態度は微塵も感じさせないほど、なりふり構わぬものだった。
「愛?君が愛していたのは、僕の地位と財産だけだろう」
レオンハルトは、冷笑を浮かべながら言った。
「そ、そんなことはありません!わたくしは、レオンハルト様のお人柄に惹かれたのです!どうか、信じてください!」
イザベラは、必死に弁解した。しかし、レオンハルトの心には、もはやイザベラの言葉は響かなかった。
「もう、君の言葉を信じることはできない。君の醜い本性を、僕はもう十分に見た」
レオンハルトは、そう言い放ち、イザベラに背を向けた。
「レオンハルト様……!お願いです!どうか、わたくしを置いていかないでください!」
「もう二度と僕の視界に入らないでくれ」
イザベラは、レオンハルトの背中に向かって叫んだ。しかし、レオンハルトは、振り返ることなく、その場を後にした。
イザベラは、絶望の淵に立たされた。レオンハルトとの婚約を失ったことで、彼女は全てを失った。地位、財産、そして、未来。
「わたくしは……どうすれば……」
イザベラは、涙を流しながら、呟いた。しかし、彼女の問いに答える者は、誰もいなかった。
☆
「おやつの時間だよぉ~~」
その頃、セレスティーヌは、猫たちに囲まれ、幸せな日々を送っていた。
「この子は、ミント。この子は、ラベンダー。この子は、シナモン……」
猫たちは、セレスティーヌがつけた名前を覚えて、すぐに反応するようになった。
「ミント、こっちにおいで!」
「ラベンダー、遊んでよ!」
「シナモン、おやつあげるね!」
猫たちは、セレスティーヌの声に反応し、嬉しそうに駆け寄ってきた。
セレスティーヌは、猫たちと戯れることに夢中になった。猫たちを撫でたり、抱き上げたり、追いかけたり。猫たちは、セレスティーヌの愛情に応えるように、喉を鳴らしたり、体を擦り寄せたりした。
そんなセレスティーヌの様子を、遠くから見ていた両親は、複雑な表情を浮かべていた。
「セレスティーヌは、本当に楽しそうね」
母親が微笑みながら言うと、父は
「でも、猫ばかりかまっているのは、ちょっと心配だな」
少し苦い顔をしながら言った。
「セレスティーヌは、以前とはまるで別人みたい。猫ちゃんたちのおかげで、生き生きしているわ」
「……そうだな。セレスティーヌが幸せなら、それでいいんだ。あの子のあんなに楽しそうな顔を見たのはいつぶりだろう」
両親は、セレスティーヌの変貌ぶりに戸惑いながらも、本人が幸せならそれでいいと、複雑な気持ちを抱いていた。
一方、セレスティーヌは、猫たちとの生活に夢中だった。猫たちと遊ぶことで、ストレスが解消され、心が満たされた。
「ああ、可愛い子猫ちゃんたち!私の天使たち!」
そんなある日、侯爵家に、レオンハルトが訪れた。
☆
「セレスティーヌ、君に謝罪に来た」
レオンハルトは、憔悴した様子で、私に頭を下げた。
「イザベラとは、別れた。彼女は、僕を愛していたのではなく、僕の地位と財産を愛していただけだった」
レオンハルトは、後悔の念を滲ませながら、そう語った。
「そうでしたか」
私は、レオンハルトに同情も、憐憫も感じなかった。彼が自業自得だと思っただけだ。
「セレスティーヌ、もう一度、僕とやり直してくれないか?」
「お断りします」
懇願するように言うレオンハルトに私は、即座に答えた。
「今の私は、今の生活がとても気に入っています。あなたと、もう一度やり直すつもりはありません」
私はそう言い放ち、背を向けた。
「そんな……」
レオンハルトは、私の言葉に愕然とし、肩を落とした。
失意の中、王宮へと戻ったレオンハルト。そこには、一時あった幸せな日々はもうなかった。残されたのは、後悔と孤独だけだった。
「セレスティーヌ……」
レオンハルトは、セレスティーヌの名前を呟き、深い溜息をついた。そして、今日もまた、孤独な夜を過ごすのだった。
☆
私は、レオンハルトを気にすることなく、猫たちの元へと向かった。猫たちは、私の帰りを待っていたようで、一斉に駆け寄ってきた。
「ただいま!みんな!」
私は、猫たちを抱きしめ、頬ずりをした。猫たちは、嬉しそうに鳴き声をあげた。
(レオンハルト様、婚約破棄してくれてありがとう。おかげで、私は最高の幸せを手に入れました)
私は、そう心の中で呟き、猫たちを撫でながら、温かい日差しの中でまどろむのだった。
こうして、悪役令嬢セレスティーヌは、猫たちとの穏やかな生活を手に入れた。
セレスティーヌの猫愛は、やがて侯爵家の領地に広まり、使用人たちは皆、セレスティーヌのことを「猫姫様」と呼ぶようになった。そして、その噂は、王都にも広まり始めた。
「王太子殿下の元婚約者は、今、猫に囲まれて幸せに暮らしているらしい」
「しかも、その溺愛っぷりが尋常じゃないらしいぞ」
「猫のためなら、どんなことでもするらしい」
「もはや、猫に貢ぐために生きていると言っても過言ではない」
セレスティーヌの猫愛は、王都の貴族たちの間で、ちょっとした話題になっていた。しかし、セレスティーヌは、そんな噂など気にすることなく、猫たちとの生活を楽しんでいた。
「私には、猫たちがいれば、それで十分。レオンハルト様?ああ、そんな人もいたわね」
セレスティーヌは、猫たちを撫でながら、そう呟いた。そして、今日もまた、猫たちに囲まれ、至福の時を過ごすのだった。
セレスティーヌの猫愛は、これからもずっと続く。なぜなら、彼女は、世界一の猫愛を持つ悪役令嬢だから。
「セレスティーヌ、君との婚約は破棄させてもらう」
レオンハルトの言葉は、夜会の喧騒の中に、氷のように冷たく響いた。その隣には、今にも泣き出しそうな赤い目を擦る男爵令嬢、イザベラの姿。
「理由は、言わなくてもわかるな。君のような、傲慢でわがままな女とは、もう耐えられない。このイザベラ嬢こそ生涯を通して愛せる女性だ」
イザベラの肩を抱き寄せながら宣うレオンハルトの言葉に、会場は静まり返った。貴族たちの好奇と嘲笑が入り混じった視線が、私に突き刺さる。
(ハイハイ、……予想通りね)
私は、内心で深く溜息をついた。
レオンハルトがイザベラに入れあげていることは、すでに噂で知っていた。むしろ、よくぞここまで私に隠せているつもりになっていると、感心するほどだった。
「かしこまりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
前々から用意していた言葉を告げ、レオンハルトに一礼した。動揺も、悲しみも、怒りも、私の心には存在しなかった。
なぜなら、私は前世の記憶を持った、転生者だから。
(どうやら、私は前世で読んでいた恋愛小説の悪役令嬢に転生してしまったようだわ)
小説の中で、悪役令嬢セレスティーヌは、ヒロインであるイザベラを虐げ、王太子の婚約者という立場を利用して数々の悪事を働いた。そして、婚約破棄された後は、国外追放という末路をたどる。
(冗談じゃない!そんな未来、まっぴらごめんよ!)
私は、悪役令嬢としてヒロインを虐げるような真似は一切せず、むしろ彼女を避けるように生きてきた。レオンハルトとも、必要最低限の会話しかしないように努めた。
(でも結局、これなのよね……)
婚約破棄は免れないとしても、せめて国外追放だけは阻止しなければ。私は、実家である侯爵家に帰り、両親に事情を説明した。
「セレスティーヌ、よくぞ決断した。そのような男、こちらから願い下げじゃ!」
父は、私の決断を褒め称え、慰めてくれた。母もまた、「セレスティーヌには、もっとふさわしい人がいる」と、優しく励ましてくれた。
(両親に恵まれて、本当によかったわ)
「気になさらないでください、お嬢様」
使用人の皆も含めた侯爵家の温かい雰囲気に包まれながら、これからのことを考えた。
(ありがとうみんな……まずは、ゆっくりと休んで、それから……そうだ!)
私は、前世で叶えられなかった夢を叶えようと決意した。
それは、猫たちに囲まれて、のんびりと暮らすこと。
(そのためには、まず猫を……)
さっそく、侯爵家の敷地内にある森へと向かった。
そこは、野良猫たちが住み着いている場所として、地元ではちょっとした有名スポットだった。森に入ると、すぐにどこからか猫たちの鳴き声が聞こえてくる。
木々の間を縫うように進むと、一カ所だけ木が生えていないぽっかりと開けた場所がある。そこには、想像以上の数の猫たちが、思い思いにゴロゴロしたり日向ぼっこをしていた。
「んぎゃわいいいい!(かわいい)」
思わず声を上げ、猫たちに走り寄った。こんな大声を出したのは本当に久しぶり。
猫たちは、警戒することなく、私に擦り寄ってくる。
「人が怖くないのかしら。あなた、綺麗な毛並みね。お腹空いてるの?」
持っていたクッキーを猫に差し出した。猫は、遠慮がちにクッキーを口にすると、美味しそうに頬張った。
「あなたも、お腹空いてるの?こっちにおいで」
私は、次々と猫たちにクッキーを分け与えた。猫たちは、嬉しそうに私の周りに集まり、喉を鳴らした。
「みんな、私と一緒に暮らさない?美味しいご飯も、暖かいベッドも、たくさん用意するから」
私は、猫たちに話しかけた。もちろん、猫たちは言葉を理解できないだろう。それでも、私の言葉に呼応するように、猫たちは一斉に鳴き声を上げた。
(この子たちなら、一緒に暮らせるかも……)
そう確信し、猫たちを連れて屋敷へと戻った。
侯爵家の使用人たちは、突然現れた猫たちに驚いていたが、私が事情を説明すると、快く受け入れてくれた。
「お嬢様が幸せなら、それが一番です」
使用人頭の爺やは、そう言って微笑んだ。
「すぐに職人を呼んでこの部屋を改装して頂戴!」
私は、猫たちのために、屋敷の一室を改装し、猫用の部屋を作った。
そこには、暖かいベッド、美味しいご飯、そしてたくさんの猫用おもちゃが用意された。
猫たちは、新しい部屋を気に入ったようで、すぐに思い思いの場所で寛ぎ始めた。
私は、猫たちに囲まれながら、至福の時を過ごした。猫たちの柔らかい毛並みを撫で、温かい体温を感じていると、心が安らいでいく。
(これが、私の求めていた生活……)
前世では、仕事に追われ、時間に追われ、心が休まる暇もなかった。そして猫を飼うことは出来なかった。
しかし、今は違う。猫たちと触れ合い、彼らの愛らしい姿を見ているだけで、心が満たされていく。
☆
セレスティーヌとの婚約を破棄し、イザベラと婚約したレオンハルトは、当初、至福の時を過ごしていた。イザベラは、いつも笑顔で、レオンハルトを褒め称え、甘い言葉を囁いた。
「レオンハルト様、あなたは本当に素晴らしい方です。私、あなたのことを心から尊敬しています。愛しています」
イザベラの言葉に、レオンハルトは有頂天になった。セレスティーヌとは違い、イザベラは自分のことを理解し、愛してくれる。そう思っていた。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
婚約からしばらくすると、イザベラの様子が徐々におかしくなってきた。
「レオンハルト様、この宝石、とても素敵ですね。私にくださいませんか」
イザベラは、高価な宝石やドレスをねだるようになった。
最初は、愛するイザベラのためならと、レオンハルトは要求に応えていた。しかし、その要求はエスカレートするばかりだった。
「レオンハルト様、私、もっと広い屋敷に住みたいです。今の屋敷は、狭くて息が詰まります」
イザベラは、王宮よりも豪華な屋敷を要求した。レオンハルトは、さすがに困惑したが、イザベラの涙ながらの懇願に負け、新たな屋敷を用意した。
イザベラのわがままは、それだけではなかった。
「レオンハルト様、あの貴族令嬢、私に嫉妬しているみたいです。何か罰を与えてください」
イザベラは、自分に敵対する者や、自分よりも美しい者、自分よりも地位の高い者を、徹底的に排除しようとした。レオンハルトは、イザベラの嫉妬深さに辟易し始めた。
そして、決定的な出来事が起こった。
ある夜会で、イザベラは、酔っ払って他の貴族に絡んでいた。その姿は、上品とは程遠く、今まで見たことがないほど下品で醜悪だった。
「レオンハルト様、もっとお酒を持ってきてください!私、まだまだ飲み足りません!」
顔を真っ赤に上気させ、髪は乱れ、みっともなくドレスが着崩れたイザベラは、レオンハルトにそう大声で叫び、周りの貴族たちをドン引きさせた。
レオンハルトは、イザベラの豹変ぶりに愕然とした。これが、自分が愛した女性なのか。セレスティーヌは、こんな醜態を晒したことは一度もなかった。
(セレスティーヌ……)
レオンハルトは、セレスティーヌのことを思い出した。
セレスティーヌは、いつも冷静で、品格があり、理知的で、誰に対しても敬意があった。
セレスティーヌとの婚約を破棄したことを、レオンハルトは後悔するようになった。
☆
「ぎゃわいいい!ああ、なんて可愛いの!おいで、こっちにおいで!」
私は侯爵家の広大な庭園で、猫たちと至福の時を過ごしていた。
子猫を優しく抱き上げ、そのふわふわの毛並みに頬ずりをする。子猫は、気持ちよさそうに喉を鳴らし、腕の中で丸くなった。
「あぁ、柔らかい……!まさか、こんな日がくるなんて……」
感慨もひとしおに呟いた。かつてはどれだけ猫が好きでも飼うことが出来なかった。
私は重度の猫アレルギーだったのだ。
猫を飼っている友達の家に遊びに行こうものなら、たちどころにくしゃみ、目のかゆみ、涙、鼻水が溢れ出した。
猫ちゃんを飼いたくても飼えないジレンマをずっと抱えながら、雑誌や動画の猫ちゃん達を眺めて癒やしを得ていた日々。
「前世では、こんなこと夢にも思わなかったわ……」
しかし、今は違う。猫たちに囲まれ、思う存分触れ合い、愛でることができる。
猫アレルギーの無い身体に産んでくれてありがとう今の両親!
「みんな、私の天使!私の癒し!私の全て!」
猫たちと同じようにゴロゴロして、猫たちを抱きしめ、頬ずりし、キスをした。
猫たちは、私の愛情に応えるように、喉を鳴らし、体を擦り寄せた。
私は、猫たちのためなら、どんなことでもした。
恵まれた環境を思う存分利用し、金銭に糸目をつけず高級なキャットフード、最高級の猫用ベッド、そして、ありとあらゆる猫用おもちゃを買い揃えた。庭にも室内にも、猫たちが自由に遊べるように、キャットタワーやアスレチックを設置した。
「もっと、もっと可愛がってあげるからね!みんな、私の可愛い子猫ちゃんたち!」
溢れんばかりの猫愛は、日に日に増していくばかりだった。猫たちと一緒にいると、心の底から癒され、満たされた。前世で叶えられなかった夢が、今、目の前で叶っている。
「ああ、猫たちと出会えて本当によかった。私、世界一幸せな悪役令嬢だわ!」
思いっきり叫び、猫たちを抱きしめた。
☆
イザベラとの婚約生活は、レオンハルトを日に日に憔悴させていった。イザベラのわがまま、嫉妬、そして醜態。
レオンハルトは、イザベラに愛想を尽かし、彼女との婚約を解消することを決意した。
「イザベラ、君との婚約は解消させてもらう」
「な、なんですって!?レオンハルト様、どうかお考え直しくださいませ!」
イザベラは、涙ながらにレオンハルトに懇願した。しかし、レオンハルトの決意は固かった。
「もう、君との婚約を続けることはできない」
レオンハルトは、冷たい声でイザベラに告げた。
「そんな……!わたくし、レオンハルト様を心から愛しているのです!どうか、わたくしを見捨てないでください!」
イザベラは、レオンハルトの足元に跪き、必死に懇願した。その姿は、これまでの高慢な態度は微塵も感じさせないほど、なりふり構わぬものだった。
「愛?君が愛していたのは、僕の地位と財産だけだろう」
レオンハルトは、冷笑を浮かべながら言った。
「そ、そんなことはありません!わたくしは、レオンハルト様のお人柄に惹かれたのです!どうか、信じてください!」
イザベラは、必死に弁解した。しかし、レオンハルトの心には、もはやイザベラの言葉は響かなかった。
「もう、君の言葉を信じることはできない。君の醜い本性を、僕はもう十分に見た」
レオンハルトは、そう言い放ち、イザベラに背を向けた。
「レオンハルト様……!お願いです!どうか、わたくしを置いていかないでください!」
「もう二度と僕の視界に入らないでくれ」
イザベラは、レオンハルトの背中に向かって叫んだ。しかし、レオンハルトは、振り返ることなく、その場を後にした。
イザベラは、絶望の淵に立たされた。レオンハルトとの婚約を失ったことで、彼女は全てを失った。地位、財産、そして、未来。
「わたくしは……どうすれば……」
イザベラは、涙を流しながら、呟いた。しかし、彼女の問いに答える者は、誰もいなかった。
☆
「おやつの時間だよぉ~~」
その頃、セレスティーヌは、猫たちに囲まれ、幸せな日々を送っていた。
「この子は、ミント。この子は、ラベンダー。この子は、シナモン……」
猫たちは、セレスティーヌがつけた名前を覚えて、すぐに反応するようになった。
「ミント、こっちにおいで!」
「ラベンダー、遊んでよ!」
「シナモン、おやつあげるね!」
猫たちは、セレスティーヌの声に反応し、嬉しそうに駆け寄ってきた。
セレスティーヌは、猫たちと戯れることに夢中になった。猫たちを撫でたり、抱き上げたり、追いかけたり。猫たちは、セレスティーヌの愛情に応えるように、喉を鳴らしたり、体を擦り寄せたりした。
そんなセレスティーヌの様子を、遠くから見ていた両親は、複雑な表情を浮かべていた。
「セレスティーヌは、本当に楽しそうね」
母親が微笑みながら言うと、父は
「でも、猫ばかりかまっているのは、ちょっと心配だな」
少し苦い顔をしながら言った。
「セレスティーヌは、以前とはまるで別人みたい。猫ちゃんたちのおかげで、生き生きしているわ」
「……そうだな。セレスティーヌが幸せなら、それでいいんだ。あの子のあんなに楽しそうな顔を見たのはいつぶりだろう」
両親は、セレスティーヌの変貌ぶりに戸惑いながらも、本人が幸せならそれでいいと、複雑な気持ちを抱いていた。
一方、セレスティーヌは、猫たちとの生活に夢中だった。猫たちと遊ぶことで、ストレスが解消され、心が満たされた。
「ああ、可愛い子猫ちゃんたち!私の天使たち!」
そんなある日、侯爵家に、レオンハルトが訪れた。
☆
「セレスティーヌ、君に謝罪に来た」
レオンハルトは、憔悴した様子で、私に頭を下げた。
「イザベラとは、別れた。彼女は、僕を愛していたのではなく、僕の地位と財産を愛していただけだった」
レオンハルトは、後悔の念を滲ませながら、そう語った。
「そうでしたか」
私は、レオンハルトに同情も、憐憫も感じなかった。彼が自業自得だと思っただけだ。
「セレスティーヌ、もう一度、僕とやり直してくれないか?」
「お断りします」
懇願するように言うレオンハルトに私は、即座に答えた。
「今の私は、今の生活がとても気に入っています。あなたと、もう一度やり直すつもりはありません」
私はそう言い放ち、背を向けた。
「そんな……」
レオンハルトは、私の言葉に愕然とし、肩を落とした。
失意の中、王宮へと戻ったレオンハルト。そこには、一時あった幸せな日々はもうなかった。残されたのは、後悔と孤独だけだった。
「セレスティーヌ……」
レオンハルトは、セレスティーヌの名前を呟き、深い溜息をついた。そして、今日もまた、孤独な夜を過ごすのだった。
☆
私は、レオンハルトを気にすることなく、猫たちの元へと向かった。猫たちは、私の帰りを待っていたようで、一斉に駆け寄ってきた。
「ただいま!みんな!」
私は、猫たちを抱きしめ、頬ずりをした。猫たちは、嬉しそうに鳴き声をあげた。
(レオンハルト様、婚約破棄してくれてありがとう。おかげで、私は最高の幸せを手に入れました)
私は、そう心の中で呟き、猫たちを撫でながら、温かい日差しの中でまどろむのだった。
こうして、悪役令嬢セレスティーヌは、猫たちとの穏やかな生活を手に入れた。
セレスティーヌの猫愛は、やがて侯爵家の領地に広まり、使用人たちは皆、セレスティーヌのことを「猫姫様」と呼ぶようになった。そして、その噂は、王都にも広まり始めた。
「王太子殿下の元婚約者は、今、猫に囲まれて幸せに暮らしているらしい」
「しかも、その溺愛っぷりが尋常じゃないらしいぞ」
「猫のためなら、どんなことでもするらしい」
「もはや、猫に貢ぐために生きていると言っても過言ではない」
セレスティーヌの猫愛は、王都の貴族たちの間で、ちょっとした話題になっていた。しかし、セレスティーヌは、そんな噂など気にすることなく、猫たちとの生活を楽しんでいた。
「私には、猫たちがいれば、それで十分。レオンハルト様?ああ、そんな人もいたわね」
セレスティーヌは、猫たちを撫でながら、そう呟いた。そして、今日もまた、猫たちに囲まれ、至福の時を過ごすのだった。
セレスティーヌの猫愛は、これからもずっと続く。なぜなら、彼女は、世界一の猫愛を持つ悪役令嬢だから。
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