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第二十四話 「もう少し長く」
夕暮れのターヴァ領主館・中庭。
茜色に染まる空の下、帝国の黒い馬車が静かに待機している。
視察の全てを終えたカリオンは、最後の挨拶のためにアデリアの前に立っていた。風が二人の間を抜け、銀金色の髪と黒髪を同じように揺らす。
アデリアは深く、丁寧に腰を折った。
「皇帝陛下。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとう存じました。我が領地の粗末なところばかりをお目にかけ、申し訳ありませんでした」
その声は穏やかで、どこまでも澄んでいた。
カリオンは一瞬、言葉を失う。……粗末、だと?彼が今日一日見てきたものは、豊かな畑、笑顔の子どもたち、整然と動く灌漑施設、そして何より、この女性を中心に自然に回る、奇跡のような領地だった。
「粗末などとんでもない」
低い、しかしはっきりと響く声で、彼は首を横に振った。
「私は……正直、圧倒された。ここには、帝国が目指すべき未来の欠片が、すでにあった」
アデリアは驚いたように瞳を瞬かせる。
「そんな……陛下のお言葉は過分です。私はただ、できることを」
「できること、か」
カリオンは小さく息を吐き、初めて、ほんの少しだけ柔らかな笑みを浮かべた。
「それを、当たり前のようにやってのける。それこそが、誰よりも尊い」
一歩、近づく。距離が縮まるほどに、アデリアはなぜか胸がざわついた。カリオンは、決して威圧的ではなく、しかし確かに彼女だけを見据えて告げた。
「また来る」
「……え?」
「まだ、話したいことが山ほどある。君の政策、君の考え、君がこの領地をどう愛しているか……そして」
言葉を切り、彼は一度だけ目を伏せ、すぐにまた見つめ返す。金の瞳が、夕陽を受けて燃えるように輝いた。
「君自身のこと」
アデリアの頰が、気づかぬうちに熱を帯びる。
「わ、私ごときでよろしければ……いつでもお相手いたします」
慌てて答える彼女に、カリオンは小さく頷いた。
「……楽しみにしている」
馬車に乗り込む直前、彼はもう一度だけ振り返った。
「アデリア・ターヴァ」
名前を、まるで大切な宝物を扱うように呼ぶ。
「次に会うときは、もう少し長く、君の時間をいただきたい」
その言葉は、まるで約束のように響いた。
馬車がゆっくりと動き出す。アデリアは、去っていく黒い馬車を見送りながら、なぜか胸の奥が熱いことに気づいた。
(……陛下は、なぜあんなに真剣な目で)
風がまた吹いて、銀金色の髪を踊らせる。
遠ざかる馬車の中で、カリオンは静かに目を閉じた。
心の中で、はっきりと確信が灯る。――私は、この人を帝国に迎えたい。いや。この人を、ただの“人材”としてなど、迎えたくない。
初めて感じる、熱く、苦しく、しかし確かな感情。その感情が何なのかまだカリオンはわからない。
けれど、もう後戻りはできない。馬車は夕陽の中を走り、やがて地平の向こうへ消えていった。
残されたアデリアは、胸に手を当てて小さく息を吐く。
……なぜだろう。陛下の最後の言葉が、頭から離れない。
「次に会うときは、もう少し長く」
その約束が、なぜかとても嬉しくて、そして、ほんの少し、怖いような気がした。
茜色に染まる空の下、帝国の黒い馬車が静かに待機している。
視察の全てを終えたカリオンは、最後の挨拶のためにアデリアの前に立っていた。風が二人の間を抜け、銀金色の髪と黒髪を同じように揺らす。
アデリアは深く、丁寧に腰を折った。
「皇帝陛下。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとう存じました。我が領地の粗末なところばかりをお目にかけ、申し訳ありませんでした」
その声は穏やかで、どこまでも澄んでいた。
カリオンは一瞬、言葉を失う。……粗末、だと?彼が今日一日見てきたものは、豊かな畑、笑顔の子どもたち、整然と動く灌漑施設、そして何より、この女性を中心に自然に回る、奇跡のような領地だった。
「粗末などとんでもない」
低い、しかしはっきりと響く声で、彼は首を横に振った。
「私は……正直、圧倒された。ここには、帝国が目指すべき未来の欠片が、すでにあった」
アデリアは驚いたように瞳を瞬かせる。
「そんな……陛下のお言葉は過分です。私はただ、できることを」
「できること、か」
カリオンは小さく息を吐き、初めて、ほんの少しだけ柔らかな笑みを浮かべた。
「それを、当たり前のようにやってのける。それこそが、誰よりも尊い」
一歩、近づく。距離が縮まるほどに、アデリアはなぜか胸がざわついた。カリオンは、決して威圧的ではなく、しかし確かに彼女だけを見据えて告げた。
「また来る」
「……え?」
「まだ、話したいことが山ほどある。君の政策、君の考え、君がこの領地をどう愛しているか……そして」
言葉を切り、彼は一度だけ目を伏せ、すぐにまた見つめ返す。金の瞳が、夕陽を受けて燃えるように輝いた。
「君自身のこと」
アデリアの頰が、気づかぬうちに熱を帯びる。
「わ、私ごときでよろしければ……いつでもお相手いたします」
慌てて答える彼女に、カリオンは小さく頷いた。
「……楽しみにしている」
馬車に乗り込む直前、彼はもう一度だけ振り返った。
「アデリア・ターヴァ」
名前を、まるで大切な宝物を扱うように呼ぶ。
「次に会うときは、もう少し長く、君の時間をいただきたい」
その言葉は、まるで約束のように響いた。
馬車がゆっくりと動き出す。アデリアは、去っていく黒い馬車を見送りながら、なぜか胸の奥が熱いことに気づいた。
(……陛下は、なぜあんなに真剣な目で)
風がまた吹いて、銀金色の髪を踊らせる。
遠ざかる馬車の中で、カリオンは静かに目を閉じた。
心の中で、はっきりと確信が灯る。――私は、この人を帝国に迎えたい。いや。この人を、ただの“人材”としてなど、迎えたくない。
初めて感じる、熱く、苦しく、しかし確かな感情。その感情が何なのかまだカリオンはわからない。
けれど、もう後戻りはできない。馬車は夕陽の中を走り、やがて地平の向こうへ消えていった。
残されたアデリアは、胸に手を当てて小さく息を吐く。
……なぜだろう。陛下の最後の言葉が、頭から離れない。
「次に会うときは、もう少し長く」
その約束が、なぜかとても嬉しくて、そして、ほんの少し、怖いような気がした。
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