弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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69「最後は優しくしてくれましたから」

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「枢機卿! お疲れさまでした!」
 階段の上で待ち構えていた枢機卿の側仕えの神官が、枢機卿の姿を見るなり駆け下りてくる。回復術師のフォルセも一緒に待っていたが、部外者は深層部に続くこの階段への立ち入りを禁じられているので、上がってくるのを待つ。
「お支えします、私にもたれ掛かってください」
 側仕えの神官は、枢機卿に肩を貸していたエイダールを押しのけるように割り込んでくる。
「ありがとうフリッツ。部屋まで連れて行ってくれるかな、今日はもう休むから」
「はい、かしこまりました……ギルシェ殿、なぜあなたもついてくるんですか」
 同じ方向に歩き出したエイダールを不審そうに見る。
「俺も休むからだよ」
 エイダールが宿泊用に宛がわれている部屋は、枢機卿と同じ棟である。
「あと、このじいさんも部屋まで送らないとだろ」
「なっ」
 教皇をじいさん呼ばわりしたエイダールに、フリッツは目をむく。
「てか、職務怠慢じゃないのか。終わる時刻は大体分かってんのに、待ってたのがあんただけなんて」
 教皇にも当然側仕えはいる。今回は三人連れてきている。
「私の側仕えは、仕事をしたら負けだという者ばかりを集めてありますからね」
 貴族が神殿に入れた子息を上級神官にするために、金を積んだり権力でごり押してくるのは日常茶飯事である。そうやって入って来ても、真面目に修行をして相応の実力をつける者もいるが、あまりに使えない者には『教皇の側仕え』という名誉職を与えて、隔離している。
「なんか聞いちゃいけない話を聞いた気がするんだが……」
 エイダールは、神殿に憧れも希望も抱いていないが、そんな内部事情は知りたくなかった。
「三十人近くそんなのがいますが、彼らの実家は金持ちばかりなので、それぞれ実家からの仕送りで暮らして貰っています。つまり実質ただ働きです……まあ、そもそも働いていませんけど。とりあえず何人いてもこちらの懐は痛みません。暇すぎるのか寵を競ってきたりして面白いですよ。お陰で何人か私の手が付いたことになっていて」
 笑い話のように教皇は続ける。
「勝手に喧嘩したり、逆に仲良くなって駆け落ちしようとしたりして、楽しませてくれますね」
 誰一人寵愛していない教皇にとっては、娯楽らしい。
「今回の三人は選りすぐりですよ」
 良くない意味で。


「成程、下級神官たちがじいさんの側仕えに振り回されてるのは、想定内なのか……気の毒に。どんなにだめだめでも見てくれは上級神官だもんな」
 神殿も階級社会である。上位者の命令は絶対だ。
「彼らには『肩帯の裏に金糸の縫い取りがある上級神官には最低限の礼儀でいい』と教えてありますから、そこまで心労は溜まっていないと思いますね」
「金糸の縫い取り?」
 グーンという上級神官の肩帯の裏に派手な金色の縫い取りがあったことを、エイダールは思い出した。裏地に隠れたおしゃれを施す、という範疇を超えていて、趣味が悪いなと思ったのだが。
「神の意に沿わぬような者には『君は特別だから』と肩帯の裏に縫い取りを施しています。ああいう人種は好きですよね、特別扱いと金色」
 辛辣なことを言いながら、教皇は何処までも笑顔だ。
「ちょっとギルシェ殿、何でそこで私の肩帯をめくるんですか!?」
 側仕えの神官の語気が荒くなる。この流れで肩帯の裏を確認されるというのは、疑われているようで実に不愉快である。もちろん金糸の縫い取りはない。
「いや、なんとなく」
 この場にいる上級神官が彼一人だけだったからで、特に他意はなかった。
「彼は叩き上げの優秀な人材です。もう一人の方は金糸組でしたが……」
 先日の行方不明事件でやらかした一人である。
「だからさっさと私のところに送りなさいと言ったのに」
「そのつもりで準備していたのですが、後れを取りました」
 定期的な人事異動は結界の張り直しの後に行われる。




「ああ、そこの君、例の魔法を頼みますね」
「は、はいっ」
 何となく流れでついて来てしまったというか、離脱する隙を見つけられずに最後尾を歩いていたフォルセは、枢機卿の部屋の前で教皇に声を掛けられて飛び上がった。
「あ、ですが、開発者であるギルシェ殿がいらっしゃるので……」
 自分がやるより効果が高く確実ではないか、という顔で、エイダールを見るが。
「俺をこれ以上働かせる気か」
 疲れた顔で睨み返される。
「そういうつもりでは……『温泉効果ホットスプリングエフェクト』」
 慣れというのは恐ろしいもので、この数日教皇の要望で周辺にかけまくったので、長い呪文を省略できるようになっている。
「枢機卿、とにかくお休みください、一眠りして落ちつかれたら、栄養のあるものをお持ちします……それにしても酷い顔色に」
 どれだけ無理をなさったのだ、と側仕えの神官が涙ぐむ。
「エイダールが休むのを許してくれなくて……私が痛いからやめてくれとか、激しいのはきついとか言っても全然聞いてくれなかったんですよ」
 この場合の『休む』は、『倒れる』である。
「あんなに無理矢理入れられたのは初めてです」
 入れられたのは回復魔法である。


「なっ……まさか、無体を働かれたのですか!?」
 側仕えの神官は、物凄い形相でエイダールを振り返る。
「他の者が入れない場所なのをいいことにそんなっ」
「いや待て、二人っきりじゃなかったからな? このじい……猊下もいたからな?」
 さらに睨まれたので教皇に敬称を付ける。
「合意の上とはいえ、結界の展開で手が離せない無抵抗の枢機卿にあんなことをするとはね。いやはや、年甲斐もなく興奮してしまいましたね」
 教皇の性癖に何か刺さったらしい。
「合意の上……?」
 側仕えの神官が呆然と問う。
「彼に手伝ってもらう条件が『私の体を好きにしていい』というものだったので」
 上着だけを脱いで、ベッドに横になった枢機卿が恥ずかしげに答える。
「はっ?」
 エイダールの目が点になる。どちらかと言えば脅されて引き受けたようなもので、特別な条件などつけていない。拘束された日数分の報酬は当然支払ってもらう予定だが、枢機卿の体など要求していないし、むしろ目の前に投げ出されても要らない。
「……というのは冗談ですが」
 フリッツの体から何かがぶわっと吹き出したのを見て、枢機卿が落ち着かせるように手を握り込む。叩き上げで上級神官になり、枢機卿の側仕えにまでなった男だけあって、神聖力もそこそこある。暴発させると危ない。
「冗談、そうですね、冗談ですよね! 猊下もいらっしゃったのにそのようなことがある訳ないですよね」
 あはははははは、と平坦な笑い声を上げる。
「私のことは石だとでも思って気にせず作業に集中するように言った手前、止めるに止められず……それに若い二人が乳繰り合うのに水を差すような無粋な者にはなりたくないですしね」
 誤解を解くどころか泥沼に叩き込む教皇の発言に、フリッツの笑い声がぴたりと止まる。枢機卿はさらに強く手を握った。
「フリッツ、落ちついてください。エイダールに言いたいことはいろいろありますが、最後は優しくしてくれましたから。許してあげてください」
 許して貰わなきゃならないことなんかしてねえ、と小声で唸るエイダールを横目に見ながら、フォルセはただひたすらこの場を立ち去りたかった。
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