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マッドな美少女

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「君は、ジスカール夫人のことが本当に好きだな……」
 父さまが小さく溜息をついた。
「ミャミャー?(ジスカール夫人?)」
 ということは、御子息の奥さまだろうか。同じ職場に勤めてるってことは職場恋愛で結ばれて? あ、違うかな、貴族の婚姻は親が決めるんだっけ。
 父さまと母さまは恋愛結婚らしいけど。二人は従兄妹同士で、母さまをずっと好きだった父さまが、他の男の目に留まる前に囲い込んだらしい。母さまは婚約を結んでから社交デビューしたという。
「当然でしょう? 憧れの方ですのよ」
 うーん、二人は仲睦まじい夫婦に見えるし、囲い込まれた母さまも満更じゃなかったって思ってたんだけど、レティーシャさまを語る声に籠る熱量が違う。
 どんな人なの、レティーシャ・ジスカール夫人!




「私に何か御用ですか?」
 御子息と一緒に戻ってきた白衣の女性……レティーシャさんは、思わず見惚れるような美少女だった。声も可愛い。
「ミャ、ミャミャミャッ?(え、美少女?)」
 十代半ばくらいで、小柄で華奢でふわふわしている。でも夫人なんだよね? 御子息の奥さまなんだよね? 御子息も二十代前半くらいに見えるから、まあ問題ない年の差なのかな、なんかこう犯罪の匂いを感じるんだけど。
「お久し振りですレティーシャさま」
 母さまが、普段からは考えられない素早さで立ち上がる。
「あら、アスター伯爵夫人、お久し振りね」
 お互い歩み寄って、きゅっと手を握り合う二人。
「そんな堅苦しい呼び方をなさらないで。どうぞ、ハルシャと」
 母さまがファーストネーム呼びをねだる。
 待って、本当に百合ゲームがベースなのこの世界?
 だとすれば、主人公はレティーシャさまだ。貴族令嬢をその魔性のごとき愛らしさで虜にしていくというストーリーに違いない。ハーレムが見えた気がする。父さまは置き去りだ。
「そんな呼び方をしたら、アスター卿が妬いてしまうわよ?」
 勝者の余裕なのか、うふふ、と笑う姿も輝いて見える。
「構いませんわ!」
 母さま、自重して。父さまの頬が引きつってるから。




「レティーシャ、挨拶が済んだら、この猫を見てもらえるかな」
 ジスカール卿が、私を示した。
「可愛い猫ですね。ん? 普通の猫ではありませんね、もしかして魔獣?」
 美少女に見詰められて、私の頬も赤くなりそうだったが、魔獣に間違われて正気に戻る。
「ミャミャミャン(違います)」
「お返事してくれたわ、魔獣なのね」
 御子息とは違い、レティーシャさまとは通じ合えないようだ。
「解剖していいんですか、お義父さま」
 え? 解剖? 私を?
 よく見れば白衣の裾に赤いものが飛び散っている。血痕である。
 はい、イケオジとイケメンに油断してたところに、マッドサイエンティストきたー!!
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