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百合ゲーム疑惑

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「おっと、こんなところに立たせたままで済まないね」
 ひとしきり撫でて気が済んだのか、ジスカール卿は父さまと母さまを見る。
「とりあえず中へ。別棟に、研究者個別の研究室があるので」
 私を片手で抱えたまま、魔導研究所の入り口をくぐると、受付らしき場所を顔パスで通り過ぎ、奥へと向かう。奥の渡り廊下から先にある別棟に入るとさらに端に向かって移動していく。
「ここだよ」
 何となく隔離されてる感のある研究室の前で、ジスカール卿が立ち止まった。




「ようこそ、アスター伯爵御夫妻。どうぞこちらへ」
「お邪魔します」
 ジスカール卿が扉を叩くと、父さまと同じか少し若いくらいの男の人が、中から扉を開けてくれた。この人がジスカール卿の御子息なのだろう。母親似なのかイケオジとは少し系統が違うが、こっちも充分イケメンである。この世界の人は基本的に顔がいい……だから乙女ゲームの世界だと思うんだけど。
「ミャ(こんにちは)」
 一応挨拶しておく。
「こんにちは、御令嬢」
 普通に挨拶を返されて、一瞬言葉が通じているのかと思ってしまう。
「ミャミャミャ(デイジーです)」
「うん? お名前かな?」
 通じてないけど通じてる。




「注視すれば僅かに魔力の洩れがありますが、ぱっと見だと本当に猫にしか見えませんね……綺麗な魔術式なんだろうなあ」
 御子息にも念入りに撫でまわされた。
 うん、分かってるよ? これ、診察なんだよね? 猫を思うさま撫でまわしたい要求からそうしてる訳じゃないよね? 立派な医療行為なんだよね? この人がお医者さんなのかどうか知らないけど。
「御令嬢、ちょっとこの魔法陣に手を置いてみてくれる?」
「ミャ(はい)」
 だんだん無の心になってきていた私は、言われるまま魔法陣の上に手を置いた。一瞬暖色系の淡い光が弾けたものの、それだけである。
「読み取り不可か……とんでもないな」
 魔術式を読み取るための魔法陣だったらしい。


「人間に戻ってもらってもいいですか? あ、僕が戻してみても構いませんか?」
 御子息は父さまに訊ねる。
「構いませんが、戻らないと思います。男性相手だと確率が低いので」
 男の人相手だと身構えるのか、解呪率が低い。でも顔面偏差値の高い御子息相手ならいけるかも、なんて思ってたら、ジスカール卿が参戦してきた。
「私も試してみたいな、どうだろうかデイジー嬢」
 渋いイケオジに可愛らしく首を傾げられたら、拒否する理由など一つもない。
「ミャミャ(許可します)」
 御子息の腕から抜け出て、ジスカール卿の膝に乗る。ついて来ていた母さまの侍女が、持って来ていた薄い毛布を私を包み込むように掛ける。頭だけ出ている状態だ。
「本人も構わないようなので、どうぞ」
「では失礼して……」
 ちゅっと鼻先にキスを落とされたが、人間には戻らなかった。
「うーん、解呪条件がよく分からないね。身体的接触に加えて、精神的な条件があるんだろうが」
「御令嬢に向けられた愛情の有無では?」
 御子息が口を挟む。
「向けられた愛情の差だとすると、妻を愛する私では解呪できないのは当然だが」
 ジスカール卿は愛妻家らしい。
「では僕も、妻を愛しているので無理ですね」
 御子息も愛妻家のようだ。


「単純に男を警戒しているのかもしれない。そうだ、女性なら可能かもしれないから、レティーシャに来てもらえるか聞いてきなさい」
「分かりました」
 ジスカール卿に言われて御子息が部屋から出ていったけど、レティーシャって誰だろう。
「まあ、レティーシャさまにお会いできるのですか」
 突然母さまが、少女のように頬を染めた。え、どゆこと。
「隣の研究室にいれば会えるでしょう」
 隣の研究室にいるレティーシャさんということは、御子息の研究者仲間ってことね。それはいいけど、何故母さまが頬を染めているのかな。

 もしかしてこの世界は百合ゲームの……。
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