可愛いものをより可愛くする祝福

大森deばふ

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イケオジだった

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「イチノ、あと一時間ほどで出掛けるわ、デイジーの支度をお願いね」
「かしこまりました奥さま」
 母さまと兄さまとお茶の時間を過ごしていた私は、出掛けると聞いてどきりとした。これはもしやマッドサイエンティストに会いに行くのではないだろうか。
「母さま、私、お出掛けするの?」
 かじりかけのクッキーを持ったまま、隣に座っていた母さまを見上げる。
「そうよ。向こうでお父さまにも会えますからね」
 父さまとは出先で合流するようだ。
「向こうってどこ?」
「お城の近くよ」
 幼児向けに話す母さまから得られる情報は少ない。




「奥さま、旦那様からの使いが参りました。こちらを」
 母さまの侍女が、書類用の四角いトレイに載せた手紙を差し出した。
「父さまからお手紙なの?」
 この世界、主な伝達手段は手紙のようだ。
「ええ。あら、待ち合わせ場所が変わったみたいね」
 手紙を読んでいる母さまの膝によじ登って、私も手紙を覗き込む。

『ジスカール卿から連絡があり、
 魔導研究所にお勤めの御子息の研究室のほうにお邪魔することになった』

 という書き出しで、話は通っているので、馬車で魔導研究所に乗りつけていいらしい。父さまはその魔導研究所の車寄せで待っていてくださるようだ。ただの研究所じゃなくて魔導研究所。マッドな響きである。
 私、無事に帰って来られるかな……。




「魔導研究所に向かってちょうだい、騎士団本部のお隣だったかしら?」
 一時間後、私は母さまと一緒に馬車に乗り込んだ。兄さまはお留守番らしい。
「はい、奥さま。東の通用門から入りたいと思います」
 御者がてきぱきとルートを選択する。
「ええ、お願いね」




「良く来たねデイジー、疲れていないかい?」
 目的地の魔導研究所に到着すると、父さまが待ってくれていた。普段は朝出掛けて暗くなってから帰って来るので、今日はお仕事を早退したのだろう。仕事より可愛い娘のほうが大事ということだ。父さま大好き。
「……疲れているね」
 馬車に揺られていたのは三十分ほどだったけど、衝撃を受けると猫になってしまうので、必死に母さまに掴まっていた私は、よろよろと外に出た。
「アスター卿、その子が例の御令嬢かな?」
 知らない声に顔を上げると、いかにも魔術師という感じの裾の長い服に身を包んだ五十代くらいのおじさまが立っていた。白髪交じりの短髪までかっこよく見えるイケオジである。
「ジスカール卿! 本日はお時間を取っていただきありがとうございます……娘のデイジーです」
 マッドサイエンティストには見えないが、父さまの反応からすると、このおじさまがジスカール卿で間違いないようだ。
「こんにちは、デイジー嬢。トリスタート・ジスカールです」
 かがんで目線を合わせてくれるジスカール卿。
「はじめまして、デイジーです」
 三歳児でも私は貴族令嬢である。ちょこっとスカートの裾を持ち上げて、淑女の礼をする……いや、しようとして足がもつれた。




「ミャアアア(うわあああん)」
 見事にすっ転んだ私は、当然の流れとして仔猫に。
 猫にならないようにあんなに馬車の中で頑張ったのに、台無しである。
「成程、これは見事な」
 一瞬目を瞠ったイケオジは、私を抱き上げて確認するように体中を撫でまわした。
 待ってジスカール卿、同じ行為でも顔が良ければ大抵のことは許されるけど、さすがに幼女を撫でまわすのはアウトよ!? 私、今、猫だけど!
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