6 / 54
イケオジだった
しおりを挟む
「イチノ、あと一時間ほどで出掛けるわ、デイジーの支度をお願いね」
「かしこまりました奥さま」
母さまと兄さまとお茶の時間を過ごしていた私は、出掛けると聞いてどきりとした。これはもしやマッドサイエンティストに会いに行くのではないだろうか。
「母さま、私、お出掛けするの?」
かじりかけのクッキーを持ったまま、隣に座っていた母さまを見上げる。
「そうよ。向こうでお父さまにも会えますからね」
父さまとは出先で合流するようだ。
「向こうってどこ?」
「お城の近くよ」
幼児向けに話す母さまから得られる情報は少ない。
「奥さま、旦那様からの使いが参りました。こちらを」
母さまの侍女が、書類用の四角いトレイに載せた手紙を差し出した。
「父さまからお手紙なの?」
この世界、主な伝達手段は手紙のようだ。
「ええ。あら、待ち合わせ場所が変わったみたいね」
手紙を読んでいる母さまの膝によじ登って、私も手紙を覗き込む。
『ジスカール卿から連絡があり、
魔導研究所にお勤めの御子息の研究室のほうにお邪魔することになった』
という書き出しで、話は通っているので、馬車で魔導研究所に乗りつけていいらしい。父さまはその魔導研究所の車寄せで待っていてくださるようだ。ただの研究所じゃなくて魔導研究所。マッドな響きである。
私、無事に帰って来られるかな……。
「魔導研究所に向かってちょうだい、騎士団本部のお隣だったかしら?」
一時間後、私は母さまと一緒に馬車に乗り込んだ。兄さまはお留守番らしい。
「はい、奥さま。東の通用門から入りたいと思います」
御者がてきぱきとルートを選択する。
「ええ、お願いね」
「良く来たねデイジー、疲れていないかい?」
目的地の魔導研究所に到着すると、父さまが待ってくれていた。普段は朝出掛けて暗くなってから帰って来るので、今日はお仕事を早退したのだろう。仕事より可愛い娘のほうが大事ということだ。父さま大好き。
「……疲れているね」
馬車に揺られていたのは三十分ほどだったけど、衝撃を受けると猫になってしまうので、必死に母さまに掴まっていた私は、よろよろと外に出た。
「アスター卿、その子が例の御令嬢かな?」
知らない声に顔を上げると、いかにも魔術師という感じの裾の長い服に身を包んだ五十代くらいのおじさまが立っていた。白髪交じりの短髪までかっこよく見えるイケオジである。
「ジスカール卿! 本日はお時間を取っていただきありがとうございます……娘のデイジーです」
マッドサイエンティストには見えないが、父さまの反応からすると、このおじさまがジスカール卿で間違いないようだ。
「こんにちは、デイジー嬢。トリスタート・ジスカールです」
かがんで目線を合わせてくれるジスカール卿。
「はじめまして、デイジーです」
三歳児でも私は貴族令嬢である。ちょこっとスカートの裾を持ち上げて、淑女の礼をする……いや、しようとして足がもつれた。
「ミャアアア(うわあああん)」
見事にすっ転んだ私は、当然の流れとして仔猫に。
猫にならないようにあんなに馬車の中で頑張ったのに、台無しである。
「成程、これは見事な」
一瞬目を瞠ったイケオジは、私を抱き上げて確認するように体中を撫でまわした。
待ってジスカール卿、同じ行為でも顔が良ければ大抵のことは許されるけど、さすがに幼女を撫でまわすのはアウトよ!? 私、今、猫だけど!
「かしこまりました奥さま」
母さまと兄さまとお茶の時間を過ごしていた私は、出掛けると聞いてどきりとした。これはもしやマッドサイエンティストに会いに行くのではないだろうか。
「母さま、私、お出掛けするの?」
かじりかけのクッキーを持ったまま、隣に座っていた母さまを見上げる。
「そうよ。向こうでお父さまにも会えますからね」
父さまとは出先で合流するようだ。
「向こうってどこ?」
「お城の近くよ」
幼児向けに話す母さまから得られる情報は少ない。
「奥さま、旦那様からの使いが参りました。こちらを」
母さまの侍女が、書類用の四角いトレイに載せた手紙を差し出した。
「父さまからお手紙なの?」
この世界、主な伝達手段は手紙のようだ。
「ええ。あら、待ち合わせ場所が変わったみたいね」
手紙を読んでいる母さまの膝によじ登って、私も手紙を覗き込む。
『ジスカール卿から連絡があり、
魔導研究所にお勤めの御子息の研究室のほうにお邪魔することになった』
という書き出しで、話は通っているので、馬車で魔導研究所に乗りつけていいらしい。父さまはその魔導研究所の車寄せで待っていてくださるようだ。ただの研究所じゃなくて魔導研究所。マッドな響きである。
私、無事に帰って来られるかな……。
「魔導研究所に向かってちょうだい、騎士団本部のお隣だったかしら?」
一時間後、私は母さまと一緒に馬車に乗り込んだ。兄さまはお留守番らしい。
「はい、奥さま。東の通用門から入りたいと思います」
御者がてきぱきとルートを選択する。
「ええ、お願いね」
「良く来たねデイジー、疲れていないかい?」
目的地の魔導研究所に到着すると、父さまが待ってくれていた。普段は朝出掛けて暗くなってから帰って来るので、今日はお仕事を早退したのだろう。仕事より可愛い娘のほうが大事ということだ。父さま大好き。
「……疲れているね」
馬車に揺られていたのは三十分ほどだったけど、衝撃を受けると猫になってしまうので、必死に母さまに掴まっていた私は、よろよろと外に出た。
「アスター卿、その子が例の御令嬢かな?」
知らない声に顔を上げると、いかにも魔術師という感じの裾の長い服に身を包んだ五十代くらいのおじさまが立っていた。白髪交じりの短髪までかっこよく見えるイケオジである。
「ジスカール卿! 本日はお時間を取っていただきありがとうございます……娘のデイジーです」
マッドサイエンティストには見えないが、父さまの反応からすると、このおじさまがジスカール卿で間違いないようだ。
「こんにちは、デイジー嬢。トリスタート・ジスカールです」
かがんで目線を合わせてくれるジスカール卿。
「はじめまして、デイジーです」
三歳児でも私は貴族令嬢である。ちょこっとスカートの裾を持ち上げて、淑女の礼をする……いや、しようとして足がもつれた。
「ミャアアア(うわあああん)」
見事にすっ転んだ私は、当然の流れとして仔猫に。
猫にならないようにあんなに馬車の中で頑張ったのに、台無しである。
「成程、これは見事な」
一瞬目を瞠ったイケオジは、私を抱き上げて確認するように体中を撫でまわした。
待ってジスカール卿、同じ行為でも顔が良ければ大抵のことは許されるけど、さすがに幼女を撫でまわすのはアウトよ!? 私、今、猫だけど!
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
えっ私人間だったんです?
ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。
魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。
頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる