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強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る
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───霧隠才雲はいつも独りだった。
忍であるものの宿命だ。いや、忍の中でも霧隠家は特別だったかもしれない。
独りで石ころを蹴飛ばしながら、帰る。帰っては修行の毎日。誰かと交流することは皆無であった。
元々は伊賀者の上忍である霧隠家の血筋を引いているため、運動能力は群を抜いている。だが、それを表に出してはいけない。才雲は子供の頃から目立たず、逆に喋らなすぎて「口無し」とあだ名され、からかわれて生きてきた。
「あぁ、名の通り、霧に隠れて生きていたい」
夕焼けに包まれ、いつも帰り道にそう呟いた。目立たずに過ごせる暗闇の夜を好んだ。
そんな才雲に、1つだけ楽しみができた。高校で滋賀学院に進学すると、野球部を全員で応援する行事があった。1年生の時、滋賀県大会の決勝戦の応援に皆で出向いた。才雲は初めてワクワクする自分の気持ちに気付いた。同じクラスの川野辺、西川、川原が入学当初からずっと言っていた。
「俺は甲子園に出るために滋賀学院に来た。皆を甲子園に連れてってあげるから」
純粋に野球に取り組む3人が甲子園に連れていってくれるのを楽しみに応援した。
結果は遠江の前に涙を飲んだ。1年生ながら川野辺はスタメンに名を連ねヒットも放ったが及ばなかった。応援するスタンドの前で野球部のキャプテンがグラウンドに突っ伏して泣いていた。3年生全員が涙を拭い、1年生ながらベンチ入りした川野辺、西川、川原がグッと拳を握り締めていた。
悔しい。才雲は初めてそんな感情を抱き、同時に世の中にはこんなに素晴らしいスポーツがあるのだと知った。
それから、下校時には少し野球部の練習を見て帰るようになった。大声を出し、泥塗れで白球を追いかける川野辺たちをかっこいいと思った。
川野辺も西川も川原も、純粋に野球が好きな素晴らしいスポーツマンだ。何も喋らない才雲が体育でわざと失敗しても、彼らは必ず「ドンマイ、ドンマイ、霧隠!」と声をかけてくれた。才雲だけではない。苛められてる生徒には3人が必ず寄り添い、解決していた。
滋賀学院の野球部は生徒の憧れであり、学校の象徴だ。中学からスカウトされた3人は、入学時からその誇りを胸に、模範となる人間であることにも意識を置いていた。
おそらくは才雲だけでなく、皆が川野辺たちの野球部が甲子園に行くことを心から願っていた。
迎えた2年生の夏。
「今年こそ甲子園に皆を連れていく。約束する。みんな、応援頼む!」
川原が教壇に立って皆に宣言した。
「おお! 頑張れ川原!」
「川原くん、絶対行けるよ!」
「打倒、遠江!」
クラス中が川原を激励した。
「頑張れ」
誰にも聞こえないように、それでも才雲はぽつりと声に出した。
遠江との決勝戦。2年生ながら主力に成長した川野辺、西川、川原が奮闘する。才雲たちは声を枯らすほどに応援した。
だが、遠江の同じ2年生、大野がそこに立ちはだかった。
あと一歩で滋賀学院はまた甲子園に届かなかった。土まみれのピンストライプのユニフォームが目の前で皆、グラウンドに突っ伏している。嗚咽が混じった泣き声にスタンドの皆も泣いていた。才雲も胸の熱さを抑えることができなかった。
野球部の練習を見ながら下校する毎日と、決勝の遠江戦を見て、才雲には思うところがあった。
何とか川野辺、西川、川原に甲子園の切符を掴んで欲しい。でも、このままでは、また来年あの大野の前に破れ去る。野球に興味を抱き研究するにつれ、3人の欠点が見えてきた。それを、やはり伝えたい。
川野辺たちの目は変わっていた。血の滲むような練習に耐え、最終学年こそ甲子園に行くんだという決意がひしひしと伝わった。
そんなある日、混んでいた食堂で昼ご飯を川野辺と向かい合って食べることになった。何も話さないでいると後悔する。意を決して才雲は川野辺に話しかけた。
「……あ、あのさ、川野辺」
「何だ才雲。珍しいな、お前から話しかけてきてくれるなんて」
川野辺はにこりと微笑んで、カツ丼を頬張りながら才雲の話を待ってくれた。
「俺なんかが言うことじゃないから、気を悪くするかもしれないけど……。川野辺は上手く打ててしまうのが災いして、どんなボールでも対応しにいこうとしてる。川野辺はボールをじっくり待つことで打率はもっと上がると思う」
「……」
川野辺はカツ丼を食べる手を止めた。気を悪くしてしまったか。才雲はすまないと言うように頭を下げた。
「ごめん、でしゃばった」
「いや、俺らには後がない。何でも気になることは言ってくれ。気にするな」
川野辺の目は真剣だ。ちょいちょいと指で招くような仕草をし、言いたいことは全部吐き出せと合図してくれている。
「ありがとう。そしたら、図に乗るようで申し訳ないけど、西川にも伝えて欲しいんだ。西川は充分なパワーとスイングスピードがある。もうワンテンポだけボールを引き付けても良いはずだ。それで外角に沈む変化球にも対応できる。それに、川原。川原はスピードもスライダーのキレも素晴らしい。でも、その分、力勝負になってしまう。三振を狙うか力でねじ伏せるかの投球スタイルになってる。もう1つ、打ち取りやすい変化球。スクリューなんかを覚えると、川原は攻略できないピッチャーになると思う」
川野辺の動きが止まっている。さすがに……でしゃばりすぎたか。どうしても野球部に甲子園の土を踏んでもらいたい。その思いで野球を徹底的に勉強した。それで得た知識も含め、全てを滝のように喋ってしまった。
川野辺はしばらく黙り、ふっと笑った。そのままカツ丼を驚く早さで平らげ、かつんとテーブルに丼を置いた。
「才雲、お前……いつも練習見てくれてたよな。今日、部活に来い。面白い意見だ」
「い、いや、俺は……。何気なく本人や監督さんに言ってくれたら良いんだ」
大きく手を振り、それだけは勘弁と、そそくさと天ぷらうどんに向かった。
「待て、才雲」
川野辺はうどんをさっと自分の方に引っ込め、ぐいと才雲の顔の前に自分の顔を突き出した。
「才雲……俺は実は前々から思ってた。お前には何かある。とりあえず、放課後、必ず。な?」
忍であるものの宿命だ。いや、忍の中でも霧隠家は特別だったかもしれない。
独りで石ころを蹴飛ばしながら、帰る。帰っては修行の毎日。誰かと交流することは皆無であった。
元々は伊賀者の上忍である霧隠家の血筋を引いているため、運動能力は群を抜いている。だが、それを表に出してはいけない。才雲は子供の頃から目立たず、逆に喋らなすぎて「口無し」とあだ名され、からかわれて生きてきた。
「あぁ、名の通り、霧に隠れて生きていたい」
夕焼けに包まれ、いつも帰り道にそう呟いた。目立たずに過ごせる暗闇の夜を好んだ。
そんな才雲に、1つだけ楽しみができた。高校で滋賀学院に進学すると、野球部を全員で応援する行事があった。1年生の時、滋賀県大会の決勝戦の応援に皆で出向いた。才雲は初めてワクワクする自分の気持ちに気付いた。同じクラスの川野辺、西川、川原が入学当初からずっと言っていた。
「俺は甲子園に出るために滋賀学院に来た。皆を甲子園に連れてってあげるから」
純粋に野球に取り組む3人が甲子園に連れていってくれるのを楽しみに応援した。
結果は遠江の前に涙を飲んだ。1年生ながら川野辺はスタメンに名を連ねヒットも放ったが及ばなかった。応援するスタンドの前で野球部のキャプテンがグラウンドに突っ伏して泣いていた。3年生全員が涙を拭い、1年生ながらベンチ入りした川野辺、西川、川原がグッと拳を握り締めていた。
悔しい。才雲は初めてそんな感情を抱き、同時に世の中にはこんなに素晴らしいスポーツがあるのだと知った。
それから、下校時には少し野球部の練習を見て帰るようになった。大声を出し、泥塗れで白球を追いかける川野辺たちをかっこいいと思った。
川野辺も西川も川原も、純粋に野球が好きな素晴らしいスポーツマンだ。何も喋らない才雲が体育でわざと失敗しても、彼らは必ず「ドンマイ、ドンマイ、霧隠!」と声をかけてくれた。才雲だけではない。苛められてる生徒には3人が必ず寄り添い、解決していた。
滋賀学院の野球部は生徒の憧れであり、学校の象徴だ。中学からスカウトされた3人は、入学時からその誇りを胸に、模範となる人間であることにも意識を置いていた。
おそらくは才雲だけでなく、皆が川野辺たちの野球部が甲子園に行くことを心から願っていた。
迎えた2年生の夏。
「今年こそ甲子園に皆を連れていく。約束する。みんな、応援頼む!」
川原が教壇に立って皆に宣言した。
「おお! 頑張れ川原!」
「川原くん、絶対行けるよ!」
「打倒、遠江!」
クラス中が川原を激励した。
「頑張れ」
誰にも聞こえないように、それでも才雲はぽつりと声に出した。
遠江との決勝戦。2年生ながら主力に成長した川野辺、西川、川原が奮闘する。才雲たちは声を枯らすほどに応援した。
だが、遠江の同じ2年生、大野がそこに立ちはだかった。
あと一歩で滋賀学院はまた甲子園に届かなかった。土まみれのピンストライプのユニフォームが目の前で皆、グラウンドに突っ伏している。嗚咽が混じった泣き声にスタンドの皆も泣いていた。才雲も胸の熱さを抑えることができなかった。
野球部の練習を見ながら下校する毎日と、決勝の遠江戦を見て、才雲には思うところがあった。
何とか川野辺、西川、川原に甲子園の切符を掴んで欲しい。でも、このままでは、また来年あの大野の前に破れ去る。野球に興味を抱き研究するにつれ、3人の欠点が見えてきた。それを、やはり伝えたい。
川野辺たちの目は変わっていた。血の滲むような練習に耐え、最終学年こそ甲子園に行くんだという決意がひしひしと伝わった。
そんなある日、混んでいた食堂で昼ご飯を川野辺と向かい合って食べることになった。何も話さないでいると後悔する。意を決して才雲は川野辺に話しかけた。
「……あ、あのさ、川野辺」
「何だ才雲。珍しいな、お前から話しかけてきてくれるなんて」
川野辺はにこりと微笑んで、カツ丼を頬張りながら才雲の話を待ってくれた。
「俺なんかが言うことじゃないから、気を悪くするかもしれないけど……。川野辺は上手く打ててしまうのが災いして、どんなボールでも対応しにいこうとしてる。川野辺はボールをじっくり待つことで打率はもっと上がると思う」
「……」
川野辺はカツ丼を食べる手を止めた。気を悪くしてしまったか。才雲はすまないと言うように頭を下げた。
「ごめん、でしゃばった」
「いや、俺らには後がない。何でも気になることは言ってくれ。気にするな」
川野辺の目は真剣だ。ちょいちょいと指で招くような仕草をし、言いたいことは全部吐き出せと合図してくれている。
「ありがとう。そしたら、図に乗るようで申し訳ないけど、西川にも伝えて欲しいんだ。西川は充分なパワーとスイングスピードがある。もうワンテンポだけボールを引き付けても良いはずだ。それで外角に沈む変化球にも対応できる。それに、川原。川原はスピードもスライダーのキレも素晴らしい。でも、その分、力勝負になってしまう。三振を狙うか力でねじ伏せるかの投球スタイルになってる。もう1つ、打ち取りやすい変化球。スクリューなんかを覚えると、川原は攻略できないピッチャーになると思う」
川野辺の動きが止まっている。さすがに……でしゃばりすぎたか。どうしても野球部に甲子園の土を踏んでもらいたい。その思いで野球を徹底的に勉強した。それで得た知識も含め、全てを滝のように喋ってしまった。
川野辺はしばらく黙り、ふっと笑った。そのままカツ丼を驚く早さで平らげ、かつんとテーブルに丼を置いた。
「才雲、お前……いつも練習見てくれてたよな。今日、部活に来い。面白い意見だ」
「い、いや、俺は……。何気なく本人や監督さんに言ってくれたら良いんだ」
大きく手を振り、それだけは勘弁と、そそくさと天ぷらうどんに向かった。
「待て、才雲」
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