甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

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強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 ランニングホームランで帰ってきた才雲を滋賀学院ナインは手荒く迎えた。

「なに一人で決めちゃってんだ」

「天才過ぎるんやわ、お前」

 もみくちゃにされながら、笑顔の才雲は手荒な歓迎を抜け、ベンチに腰をかけた。息が上がる。でも、仕方ない。この相手に勝つにはここで無理する必要があった。

 才雲は汗を拭おうと、ベンチの背もたれにかけてあるタオルを取ろうとした。だが、全力疾走で息が途絶え途絶えとなり、うまく掴めない。

「おお、才雲、大丈夫か? タオルだな?」

 隣にいたチームメイトがタオルを取ってくれた。

「おお。……はあ……はぁ……悪いな」

「無理ねえよ。ライト線抜けてのランニングホームランなんて初めて見たぜ」

 

「……はあ……はは。……ありがとう」

 喉が渇き、紙コップを震える手で掴む。ウォータージャグのボタンを押して、スポーツドリンクを注ぐ。飲み干そうとした途端、紙コップは右手から滑り落ちていった。床にドリンクがこぼれ落ちた。足下のコンクリートが染まった。

「……お、おい。大丈夫か、才雲」

「大丈夫だ、問題ない。川野辺を応援しよう」

 才雲はだらりと右手を垂らしていた。口からだらしなくよだれが垂れている。そのチームメイトが異変を察し、監督に告げようと立ち上がった。才雲はそのチームメイトの腕をしっかりと掴んだ。首をゆっくりと振り、小声で言った。

「言わないでくれ。……川野辺を応援しよう」


 痛恨の2点目を奪われた甲賀高校。

 衝撃的なランニングホームランで勢いに乗る滋賀学院は、三番川野辺が打席に入った。飲まれそうになる空気を何とか土俵際で持ちこたえたのは、甲賀のキャプテン、副島の守備だった。

 少し気落ちしていた白烏のストレートがこの試合初めて高めの甘いコースへ向かった。

 完璧に川野辺がとらえる。流し打った打球はレフト線の長打コースへ飛んだ。そこへ副島は猛然と走り込んでいた。藤田の外野守備と違うのは、伊香保のデータをきちんと頭に入れていたこと。川野辺は甘い球を左右どちらかのライン際に落とすデータがあった。そして、抜かれても三塁で刺せる確証があったことだ。

 結果的に副島はこの打球をダイビングキャッチで抑えた。川野辺にとってはまさかの結果だった。レフト線を抜くと決め込んで打った打球だったが、しっかり分析されていた。

 ここは甲賀のキャプテンとしての意地が勝った。

 だが、変わらない。

 流れを引き寄せるための副島のダイビングキャッチも、才雲のリズムを崩すまでには至らなかった。

 回は7回。

 淡々と、敗北が忍び寄る。

 誰もがしっかりと目を見開いて、ボールを見た。それでも打てない。

 打席に立った滝音、副島、蛇沼は何とかしようとバットを極端に短く持ったり、セーフティバントの構えを見せたりと工夫した。それでも、3人でまたもや9球。三者三球三振に斬ってとられたのだ。

 あと2イニングしかない。たったの1点差だが、2点目は遥か遠くに見えた。

 白烏は歯を食いしばる。

 ここまで耐えに耐えてきたが、ついにコントロールが利かなくなってきた。二者をフォアボールで出してしまう。それでも、衰えない球威で何とか追加点は許さない。

 一、二塁のピンチを何とか抑え、白烏はマウンドで咆哮を上げた。

 8回。

 段々と声が出なくなる。スタンドのメガホンの群れも動きを鈍くする。なんせここまで、打者10人が三球三振に抑えられているのだ。無理もない。

 プロのスカウトたちがカメラを回し、忙しなく報告のメールを打っていた。

 この8回表の甲賀の攻撃は、またもや三人で終わってしまった。しかも、全員が三振。ここまで13人連続三振という離れ業を見せつけられ、誰もが勝てないと覚悟しても仕方ない状況だ。

 ただ、そんな覚悟など、甲賀ナインは微塵も感じさせない。それは、彼らが忍者だからだろうか。もちろん、それもあるだろう。もうひとつ、この8回には覚悟するにはまだ早い出来事が起こっていた。

 打席に入った白烏、藤田、犬走の三者とも三振だった。だが、それは今までの三者連続三振とは違ったことがあったのだ。この三者へ才雲が投じた球は12球。そう、この試合初めて、才雲のボールを藤田と犬走がバットに当てたのである。

 前には飛ばなかったが、このたった三球のファウルボールが激動の最終回へと繋がっていく。
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