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てんとう虫
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ゴールデンウィークの駅前
電車発車の15分前に
昼食を買うには時間が足りないからと
人混みを走った。
すっぴんで髪もまとめず
とにかく間に合うように
人を追い抜き追い抜き走った。
と、前方から虫。
こっちに一直線。
眼鏡にひっついた。
虫の茶褐色のお腹が大きく見えてぎょっとした。
眼鏡にひっつかれるとピントが合うから
リアルなお腹がはっきり見えて嫌。
眼鏡を外すとレンズにいたのは
かわいらしいてんとう虫だった。
黒字に赤の斑点、珍しいてんとう虫だった。
気持ち悪いと思ったことを
少し申し訳なく思った。
急いでいるから眼鏡を思い切り振った。
虫はこうすれば大抵地面に落とされる。
…レンズにはまだてんとう虫がいる。
息をふっと強く吹き掛けた。
…レンズにはまだてんとう虫がいる。
パンジーが植えられている花壇が見えた。
そこに向かって爪で弾くと、
てんとう虫は花壇のそばのアスファルトに
背中から落ちて足をモゾモゾ動かした。
あれ、気持ち悪くない。
なんだか、申し訳ない。
パンを買いながら頭はてんとう虫でいっぱいだった。
いい歳こいて、あのてんとう虫のことしか
考えられなくなった。
なんであんなに人がいたのに、
髪の毛がバサバサと顔の前にあって
止まり辛かったろうに、
私に向かって飛んできたのだろう。
見つけた!って走ってきたみたいだった。
母を思い出した。
幼い子供をみるとぎゅっとしたくなると言っていた。
夢で小さい頃の私をぎゅっとしたと言っていた。
私が大きくなって受験勉強を頑張っているのを
にこにこしながらただ見ていて
受験から帰ってきたら手を広げてお疲れさまと言った母。
落ちたと思ったから合わせる顔がなくて
抱き合うことなく、「ごめん、絶対落ちた」
と報告した私。思い出した。
私を抱き締めたくて、私を愛してくれていた母。
抱き締める気力もなくなったときに私は帰省して、
顔だけ見てすぐに亡くなった母。
彼女なら、もしかしたら空から見守るのよりも
てんとう虫にでも生まれ変わって
私を探すのに駅で待ってるかもなんて。
見つけたら嬉しくて、
自分がてんとう虫になったことも忘れて
一直線に走ってくるんじゃないかって。
一緒に電車に乗ればよかったのかなぁ
大好きなパン屋さんに久々に入りたかったのかなぁ
せめてパンジーの花壇のふかふかの土に
置いてあげられたらよかったのかなぁ
アスファルトに打ち付けられた背中は痛かったのかなぁ
なんて、あの一瞬を後悔してしまうけれど
誰よりも強くて明るくてひょうきんだった
母ならば
ポジティブで試練を笑顔で乗り越えていた
母ならば
どうにか他の虫たちと
世間話なんかしながら楽しくやってるんじゃないかって、
自分のモヤモヤに句点を打ってみた。
次に飛んできたら、どうしてあげよう?
眼鏡にてんとう虫をつけたまま
新しくできたパン屋に行ってみようか、
家でドラマでも一緒に見ようか、
犬の散歩にいつもの川まで歩こうか。
ずっと悲しかった。
誰も心配しなくて良いようで、
何も分かっていない19の私を、
誰も見ていないと感じていた。
貧しくなったとか
料理が作れないとか
そういうことじゃなくて、
単純に誰も子供として見てくれなくなって
業務的に「実は母が亡くなったので…」と報告したり
笑いたくもないのに笑ったり
背伸びする毎日に「大人」が欲しかった。
てんとう虫。
君は母じゃなかったかもしれない。
それでもいい。
とにかく、あんなにたくさんの人から
私を選んで眼鏡に止まってくれてありがとう。
「母の心配」を10代の内に思い出せた。
嬉しかった。一人じゃないんだった。
私は今月一つ年を取る。
いろんなところで「大人」と言われるんだろう。
使いたくもない敬語を使って
痛めたくもない胃を痛めて
それでもたまに笑って
頑張るんだろう。
親にとって子供はいつまでも子供
私だって例外じゃない。
母は私をずっと子供だと思ってくれる。
かな?
また飛んできてね、てんとう虫。
電車発車の15分前に
昼食を買うには時間が足りないからと
人混みを走った。
すっぴんで髪もまとめず
とにかく間に合うように
人を追い抜き追い抜き走った。
と、前方から虫。
こっちに一直線。
眼鏡にひっついた。
虫の茶褐色のお腹が大きく見えてぎょっとした。
眼鏡にひっつかれるとピントが合うから
リアルなお腹がはっきり見えて嫌。
眼鏡を外すとレンズにいたのは
かわいらしいてんとう虫だった。
黒字に赤の斑点、珍しいてんとう虫だった。
気持ち悪いと思ったことを
少し申し訳なく思った。
急いでいるから眼鏡を思い切り振った。
虫はこうすれば大抵地面に落とされる。
…レンズにはまだてんとう虫がいる。
息をふっと強く吹き掛けた。
…レンズにはまだてんとう虫がいる。
パンジーが植えられている花壇が見えた。
そこに向かって爪で弾くと、
てんとう虫は花壇のそばのアスファルトに
背中から落ちて足をモゾモゾ動かした。
あれ、気持ち悪くない。
なんだか、申し訳ない。
パンを買いながら頭はてんとう虫でいっぱいだった。
いい歳こいて、あのてんとう虫のことしか
考えられなくなった。
なんであんなに人がいたのに、
髪の毛がバサバサと顔の前にあって
止まり辛かったろうに、
私に向かって飛んできたのだろう。
見つけた!って走ってきたみたいだった。
母を思い出した。
幼い子供をみるとぎゅっとしたくなると言っていた。
夢で小さい頃の私をぎゅっとしたと言っていた。
私が大きくなって受験勉強を頑張っているのを
にこにこしながらただ見ていて
受験から帰ってきたら手を広げてお疲れさまと言った母。
落ちたと思ったから合わせる顔がなくて
抱き合うことなく、「ごめん、絶対落ちた」
と報告した私。思い出した。
私を抱き締めたくて、私を愛してくれていた母。
抱き締める気力もなくなったときに私は帰省して、
顔だけ見てすぐに亡くなった母。
彼女なら、もしかしたら空から見守るのよりも
てんとう虫にでも生まれ変わって
私を探すのに駅で待ってるかもなんて。
見つけたら嬉しくて、
自分がてんとう虫になったことも忘れて
一直線に走ってくるんじゃないかって。
一緒に電車に乗ればよかったのかなぁ
大好きなパン屋さんに久々に入りたかったのかなぁ
せめてパンジーの花壇のふかふかの土に
置いてあげられたらよかったのかなぁ
アスファルトに打ち付けられた背中は痛かったのかなぁ
なんて、あの一瞬を後悔してしまうけれど
誰よりも強くて明るくてひょうきんだった
母ならば
ポジティブで試練を笑顔で乗り越えていた
母ならば
どうにか他の虫たちと
世間話なんかしながら楽しくやってるんじゃないかって、
自分のモヤモヤに句点を打ってみた。
次に飛んできたら、どうしてあげよう?
眼鏡にてんとう虫をつけたまま
新しくできたパン屋に行ってみようか、
家でドラマでも一緒に見ようか、
犬の散歩にいつもの川まで歩こうか。
ずっと悲しかった。
誰も心配しなくて良いようで、
何も分かっていない19の私を、
誰も見ていないと感じていた。
貧しくなったとか
料理が作れないとか
そういうことじゃなくて、
単純に誰も子供として見てくれなくなって
業務的に「実は母が亡くなったので…」と報告したり
笑いたくもないのに笑ったり
背伸びする毎日に「大人」が欲しかった。
てんとう虫。
君は母じゃなかったかもしれない。
それでもいい。
とにかく、あんなにたくさんの人から
私を選んで眼鏡に止まってくれてありがとう。
「母の心配」を10代の内に思い出せた。
嬉しかった。一人じゃないんだった。
私は今月一つ年を取る。
いろんなところで「大人」と言われるんだろう。
使いたくもない敬語を使って
痛めたくもない胃を痛めて
それでもたまに笑って
頑張るんだろう。
親にとって子供はいつまでも子供
私だって例外じゃない。
母は私をずっと子供だと思ってくれる。
かな?
また飛んできてね、てんとう虫。
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