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第8話:2年3組 櫟 縁人(2)
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「ただいまぁ。」
18時を過ぎ、辺りがすっかり薄暗くなった時に僕は帰宅した。
鉄製のドアを開けると、家の中もほぼ闇に包まれていたが、2階のリビングへと続く階段の先に色白い光が差し込んでいる。
それとともに鼻を撫でるこんがりとした匂い・・・
どうやら今日の夕食はハンバーグのようだ。
階段の上り、スライド式の木製の扉を開けると、母がキッチンで夕食の支度をしていた。
「おかえり。あれ、今日は随分遅かったわね。」
「うん。ちょっと学校で用事があって・・・」
「なんだか部活に居た頃に戻ったみたい。」
そういえば、今年の春先まで、僕はこの時間によく帰ってたっけ。
あの頃は吹部の練習が大変で、毎日ヘトヘトだったなぁ・・・
久しぶりの状況に感慨深くなってしまったが、リビングを見回して、ソファに寝そべってだらけるアイツがいないことに気付く。
「あれ、アイツは?」
「さっきL〇NEで、“練習が長引いてるから遅れる”って。」
「ふうん。」
アイツアイツで、部活が忙しいのか。
かく言う僕も、今日久しぶりに部活動に参加したのだが。
それも、多分Sレベル級の“ブッ飛び部活”に・・・
カバンを置きに3階の自室に上がろうとしたその刹那、1階から2階に続く階段のドアが勢いよく放たれ、飛び出してきた存在が巻き起こした風で、僕はさながらギャグマンガのキャラのようにスピンして、そのままカーペットに倒れ込んだ。
「おっかえりぃ~!!って~縁兄ちゃん、いたの?」
小麦色の肌にセミロングの黒髪を持つ、この生意気な少女は言わずもがな僕の妹、名前は真叶だ。
「お前には尊敬する兄上様の姿が見えてなかったのか?」
「見えなかったよ。あたしには“一片の尊敬に値しない人間を不可視化する能力”があるからね!」
「それただ単にクソなだけだからね!?」
誇らしげに己の薄汚れた部分を優れた能力だと言ってのけるこの愚妹には人間性という概念がないのだろうか。
「ねぇ母さん、さっきのコイツの言い分どう思うよ?」
「真叶、今日は帰りおそくなるんじゃなかったの?」
真叶の特殊能力は母譲りなのかな?
「18時半から見たいテレビがあったのを急に思い出したら秒で終わらせてきた。」
真叶の部活は剣道部で、そのハードな練習量から19時過ぎくらいに帰るのがザラなので、僕はおそらく彼女の限界を超えさせた番組に若干興味が湧いた。
テレビの横にあったリモコンを手に取り、颯爽と電源ボタンを押した彼女が、速攻でかじりつきになったそのタイトルを見てギョッとした。
『初夏に贈る戦慄!!恐怖の心霊映像、驚異の100連発!!』
よりにもよって何でこんなタイムリーなモノ見んのかなぁ・・・
目を爛々と光らせて、42インチの大画面にでかでかと写し出された痩せこけた老婆(どう考えても合成)を眺める妹に、僕は真顔になった。
「ちょっと先にカバン置いて風呂入ってくるわ。」
「どしたの縁兄ちゃん?いつもだったらこういうの大好きだったはずなのに。」
「いや、なんか。前までそうだったんだけど、今はイマイチ、ピンとこないっていうか・・・」
歯切れの悪い答えに真叶は首を傾げた。
本当は全部ぶっちゃけたいけど、「つい数時間前に本物を見た。」なんて言っても小馬鹿にされるだけだから言いたくない。
「・・・・・・・。なぁ、真叶。」
「何?」
「もしお前がさ、死んだヤツの未練を解決できるグループかなんかに誘われたら飲む?それとも断る?」
妹は大きく口を開けて「はぁ!?」と言った。
僕はコイツに質問したことを後悔したが今更引っ込みつけるはずがない。
「いやそんなカオしないでっ。たとえば。あくまでたとえばだから!」
「ん~そだねぇ・・・あたしだったら、“引き受ける”かな。」
「なんで?」
「だってさ、死んでる人は自分がどんなに誰かに助け求めても聞いてもらえなくて、それをすんごく悲しんでると思うから。そんな時に“自分でよかったら力になる”って言われたら、そりゃもう無条件ですがりたくなるくらい嬉しいでしょ?死んじゃった人には必要だと思うよ。そういう“救世主”になってくれる生きてる人がさ。」
救世主か・・・
僕はそんな大層なモンになろうだなんてちゃんちゃら考えてないんだけどな。
「それに・・・」
「それに?」
「案外やりがいがあって楽しいかもよ、それ。」
やりがい。
そうだ、そうだった。
帰宅途中で改めて今日の出来事を振り返った時にふと思ったことがある。
“僕もああいうことができたらいいな”と。
魅守部長と賽原は、近衛が抱える未練を解消したが、同時に園田のことも救ってあげることができた、ということにならないか?
今年の春、僕は先の吹部でカタチは違えど2人と同じことをしようとして、結果、裏切られた。
そのせいで、部活に入り、他者と関係を築くことが煩わしくなり、恐れた。
もしかしたら、あの場所だったら、もう一度チャンスを掴めるのかもしれない。
そんな根拠のない期待を、僕は微かに心に宿しつつあった。
ならば再び訪れたチャンスに、もう一度すがってみるのも一興ではないか・・・
「なに縁人兄ちゃん、ヘンな質問したと思ったら急に黙りこくっちゃって。」
「べっ、別にどうもしねぇよっ。」
「ほらアンタたち!テレビ見んのは後回しにして先に風呂入っちゃってよ。もうすぐお父さん帰ってきてご飯にするからっ。」
「あっ、やべ。じゃあ僕から先に入るから真叶はここで待っといて。」
「オッケー♪」
カバンを一旦扉の横に置いて、クローゼットから取り出した着替え一式を持って風呂場に向かおうとしたが、突然脳天に衝撃を感じてうつ伏せに倒れてしまった。
「がっ・・・!?」
倒れる直前、真叶が左手の平たくさせ、してやったりの顔で倒れ込む僕を見ていることに気が付いた。
どうやら僕の頭のつむじに手刀を見舞ったらしい。
「がっ・・・!?どう、して・・・」
「相手の欺いて油断し切ったところで一発で仕留める!これ武術の基本だよ♪」
堂々と遠慮なく卑怯極まりない一撃を放ち、それを一切詫びない妹に、僕は逆に感心させられた。
「ひっ、卑怯者ぉ・・・」
「縁兄ちゃん、“勝てば官軍負ければ賊軍”って言葉知らないの?今まさにあたしは官軍で、お兄ちゃんはは賊軍なんだよ!」
いやこの状況、僕は戦に巻き込まれた一般人で、真叶はそれに躊躇なく攻撃を与えた蛮軍でしょうが。
ジンジンとした痛みで意識があまりはっきりしない僕はそう考えるのがやっとだった。
「それじゃあ、あたしは先に行ってるから。縁兄ちゃんは体臭まみれになった身体で惨め垂らしく寝転がっててね!!」
「まっ、待てぇ・・・」
着替えとバスタオルを持って駆け足で風呂へと向かう妹に、僕は蚊の鳴くような声で呼び止め、手を伸ばすことしかできなかった。
18時を過ぎ、辺りがすっかり薄暗くなった時に僕は帰宅した。
鉄製のドアを開けると、家の中もほぼ闇に包まれていたが、2階のリビングへと続く階段の先に色白い光が差し込んでいる。
それとともに鼻を撫でるこんがりとした匂い・・・
どうやら今日の夕食はハンバーグのようだ。
階段の上り、スライド式の木製の扉を開けると、母がキッチンで夕食の支度をしていた。
「おかえり。あれ、今日は随分遅かったわね。」
「うん。ちょっと学校で用事があって・・・」
「なんだか部活に居た頃に戻ったみたい。」
そういえば、今年の春先まで、僕はこの時間によく帰ってたっけ。
あの頃は吹部の練習が大変で、毎日ヘトヘトだったなぁ・・・
久しぶりの状況に感慨深くなってしまったが、リビングを見回して、ソファに寝そべってだらけるアイツがいないことに気付く。
「あれ、アイツは?」
「さっきL〇NEで、“練習が長引いてるから遅れる”って。」
「ふうん。」
アイツアイツで、部活が忙しいのか。
かく言う僕も、今日久しぶりに部活動に参加したのだが。
それも、多分Sレベル級の“ブッ飛び部活”に・・・
カバンを置きに3階の自室に上がろうとしたその刹那、1階から2階に続く階段のドアが勢いよく放たれ、飛び出してきた存在が巻き起こした風で、僕はさながらギャグマンガのキャラのようにスピンして、そのままカーペットに倒れ込んだ。
「おっかえりぃ~!!って~縁兄ちゃん、いたの?」
小麦色の肌にセミロングの黒髪を持つ、この生意気な少女は言わずもがな僕の妹、名前は真叶だ。
「お前には尊敬する兄上様の姿が見えてなかったのか?」
「見えなかったよ。あたしには“一片の尊敬に値しない人間を不可視化する能力”があるからね!」
「それただ単にクソなだけだからね!?」
誇らしげに己の薄汚れた部分を優れた能力だと言ってのけるこの愚妹には人間性という概念がないのだろうか。
「ねぇ母さん、さっきのコイツの言い分どう思うよ?」
「真叶、今日は帰りおそくなるんじゃなかったの?」
真叶の特殊能力は母譲りなのかな?
「18時半から見たいテレビがあったのを急に思い出したら秒で終わらせてきた。」
真叶の部活は剣道部で、そのハードな練習量から19時過ぎくらいに帰るのがザラなので、僕はおそらく彼女の限界を超えさせた番組に若干興味が湧いた。
テレビの横にあったリモコンを手に取り、颯爽と電源ボタンを押した彼女が、速攻でかじりつきになったそのタイトルを見てギョッとした。
『初夏に贈る戦慄!!恐怖の心霊映像、驚異の100連発!!』
よりにもよって何でこんなタイムリーなモノ見んのかなぁ・・・
目を爛々と光らせて、42インチの大画面にでかでかと写し出された痩せこけた老婆(どう考えても合成)を眺める妹に、僕は真顔になった。
「ちょっと先にカバン置いて風呂入ってくるわ。」
「どしたの縁兄ちゃん?いつもだったらこういうの大好きだったはずなのに。」
「いや、なんか。前までそうだったんだけど、今はイマイチ、ピンとこないっていうか・・・」
歯切れの悪い答えに真叶は首を傾げた。
本当は全部ぶっちゃけたいけど、「つい数時間前に本物を見た。」なんて言っても小馬鹿にされるだけだから言いたくない。
「・・・・・・・。なぁ、真叶。」
「何?」
「もしお前がさ、死んだヤツの未練を解決できるグループかなんかに誘われたら飲む?それとも断る?」
妹は大きく口を開けて「はぁ!?」と言った。
僕はコイツに質問したことを後悔したが今更引っ込みつけるはずがない。
「いやそんなカオしないでっ。たとえば。あくまでたとえばだから!」
「ん~そだねぇ・・・あたしだったら、“引き受ける”かな。」
「なんで?」
「だってさ、死んでる人は自分がどんなに誰かに助け求めても聞いてもらえなくて、それをすんごく悲しんでると思うから。そんな時に“自分でよかったら力になる”って言われたら、そりゃもう無条件ですがりたくなるくらい嬉しいでしょ?死んじゃった人には必要だと思うよ。そういう“救世主”になってくれる生きてる人がさ。」
救世主か・・・
僕はそんな大層なモンになろうだなんてちゃんちゃら考えてないんだけどな。
「それに・・・」
「それに?」
「案外やりがいがあって楽しいかもよ、それ。」
やりがい。
そうだ、そうだった。
帰宅途中で改めて今日の出来事を振り返った時にふと思ったことがある。
“僕もああいうことができたらいいな”と。
魅守部長と賽原は、近衛が抱える未練を解消したが、同時に園田のことも救ってあげることができた、ということにならないか?
今年の春、僕は先の吹部でカタチは違えど2人と同じことをしようとして、結果、裏切られた。
そのせいで、部活に入り、他者と関係を築くことが煩わしくなり、恐れた。
もしかしたら、あの場所だったら、もう一度チャンスを掴めるのかもしれない。
そんな根拠のない期待を、僕は微かに心に宿しつつあった。
ならば再び訪れたチャンスに、もう一度すがってみるのも一興ではないか・・・
「なに縁人兄ちゃん、ヘンな質問したと思ったら急に黙りこくっちゃって。」
「べっ、別にどうもしねぇよっ。」
「ほらアンタたち!テレビ見んのは後回しにして先に風呂入っちゃってよ。もうすぐお父さん帰ってきてご飯にするからっ。」
「あっ、やべ。じゃあ僕から先に入るから真叶はここで待っといて。」
「オッケー♪」
カバンを一旦扉の横に置いて、クローゼットから取り出した着替え一式を持って風呂場に向かおうとしたが、突然脳天に衝撃を感じてうつ伏せに倒れてしまった。
「がっ・・・!?」
倒れる直前、真叶が左手の平たくさせ、してやったりの顔で倒れ込む僕を見ていることに気が付いた。
どうやら僕の頭のつむじに手刀を見舞ったらしい。
「がっ・・・!?どう、して・・・」
「相手の欺いて油断し切ったところで一発で仕留める!これ武術の基本だよ♪」
堂々と遠慮なく卑怯極まりない一撃を放ち、それを一切詫びない妹に、僕は逆に感心させられた。
「ひっ、卑怯者ぉ・・・」
「縁兄ちゃん、“勝てば官軍負ければ賊軍”って言葉知らないの?今まさにあたしは官軍で、お兄ちゃんはは賊軍なんだよ!」
いやこの状況、僕は戦に巻き込まれた一般人で、真叶はそれに躊躇なく攻撃を与えた蛮軍でしょうが。
ジンジンとした痛みで意識があまりはっきりしない僕はそう考えるのがやっとだった。
「それじゃあ、あたしは先に行ってるから。縁兄ちゃんは体臭まみれになった身体で惨め垂らしく寝転がっててね!!」
「まっ、待てぇ・・・」
着替えとバスタオルを持って駆け足で風呂へと向かう妹に、僕は蚊の鳴くような声で呼び止め、手を伸ばすことしかできなかった。
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