Flow~bloom

雪原華覧

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Incident occurred

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    こんな灯とのやり取りのお陰で、日々何とかモチベーションを維持キープしていた頃、平穏な時がずっと続く訳ではない事を知る――その時は突然訪れた。

    私は『ありがとう』を伝えられないだけで無く、極度の人見知りだった。灯以外と関わらない、そんな私の素振りを見て面白く思わない人達もいたらしい。

    ただ、それに気付いたのは、に思わぬ呼び出しを受けた後――既に土壇場の状況になってからだった。

    その上、それは唯一の味方――灯が親戚の法事で学校を休むという、最悪のタイミングでやって来た。

    呼び出して来たのは同学年、二年生の女子三人組だった。昼休みになってすぐ、教室の入り口に佇み、こちらを見詰める視線を感じた。そちらをチラ見すると、あまり見覚えのない顔が3つ。

    三人と視線が合うと、その内の一人が手招きをしてきた。『手で招く』と言っても、それをしている当人の表情は、お世辞にも『好意的』とか『友好的』と言った言葉からは掛け離れている。

    『気付かぬ振りで逃げる』という選択肢を失った私は、諦めて大人しく三人に連行された。

    『まさか、危害を加えられはしないだろう』そう言い聞かせながらも胸はドキドキだ。

    『何処へ連行するんだろう?』と思ったら、私の連行先は別棟の化学実験準備室だった。確かに昼休みのこの時間、人気の無いこの場所は『イケナイ事』をするには打って付けだ。

    一人が準備室のドアを開け中に入ると、他の二人に背中を押される様に部屋に押し込まれた。

    『これは大分ヤバいかも』胸の中が不安で満タン状態になっていくのが分かる。

    そして私の後ろでドアが『バシッ』と音を立て閉められると、その余韻が静まり返った部屋に嫌気が差すほど響いた。

    三人が各々の表情を浮かべて目の前に立ち、六つの視線が私を刺す。

    「A組の……真鍋やんな?」

    聞き慣れない低音の関西弁に思わず心臓がキュッとなる。

    「は、はい……」掠れる声で答えるのがやっとだ。

    「三日前の昼休みの……あれは何なん?」

    『……三日前?昼休み?え、私何かしたかな』

    沈黙する私の代弁をする様に、もう一人が口を開いた。

    「ちょっと、あきちゃん。行き成り喧嘩腰に言わなくても……」

    「澄香すみか、あの日はウチらの記念日やんか。あのテーブルだって三人の最初の場所やん。大事やないん?」

    「そうだけど……」口籠る彼女の横で残るもう一人が一歩引いた様な表情を浮かべる。

    「あき澄香すみか、この子何言われてるか分かってないみたいよ。あのね、真鍋さん?三日前の昼休み、貴女ともう一人で中庭のテーブルに座っていましたよね?あの席にハンカチ置かれてたと思うのですが……」

    『ハンカチ?え?何?』さっぱり覚えがない。

    「あの、私達が座った席には何も無かったと思いますが」

    「チッ、怜音れおん、時間の無駄だよ。アンタ、惚けてんの?席取りしてたハンカチ……落とし物として届けられたんだよ?アンタが放り捨てたハンカチを誰かが拾って届けた……。違う?」

    そんなはずは無かった。確かにあの時テーブルにもイスにも何も置かれてなどいなかった。ましてや捨てたりなどする訳がない。

    「い、いいえっ!私も灯もそんな事しませんっ!本当です」 両手を突き出し、身振り手振りを交え全力否定した。

    「ホンマか?」

    「……本当?」

    「本当なのですか?」

    再び六つの視線が私に注がれる。

    「ほんなら、誰が捨てたん?」

    次の言葉に行き詰まった四人の間を微妙なと沈黙が支配する。

    そのと沈黙を破ったのは誰の声でも無かった。

     先程は『バシッ』と音を立て閉められたドアが『ガラガラ……』と控え目な音で沈黙に終わりを告げる。その開かれたドアから、美里の見知った顔が覗き込んできた。

    「あの、真鍋さん。大丈夫?」

    「あ、A組のクラス委員長の滝下君、ですよね?」私の代わりに怜音れおんと呼ばれた子が上擦った声で応えた。

    「あ、はい。滝下です。皆さんはC組ですよね?」

    「クラス委員長が何の用やの?」

    「あき、滝下君に失礼じゃない……」

    滝下君の登場に他の二人も各々の反応を示した。

    「え、えと、何て言うか……」口を開こうとする私を、低音の関西弁が遮る。

    「ウチらの記念日を邪魔した挙げ句、席取りしてたハンカチも捨てよったん」

    「それって、三日前ですか?」

    C組の三人が揃って首肯く。

   「それ届けたの、僕ですが」

   「あん?」
 
    「滝下君が……?」

    「え?数衛かずえ様が……」

    「滝下君が拾って届けてくれたの?」

    今度は滝下君に八つの視線が向けられる。

    「うん。僕が拾って届けた」

    「……それで?やっぱり真鍋が捨てたから落ちとったんやないか」低音関西弁が詰めてくる。

    しかし、きっぱりと言い放った滝下君の言葉は、その場の四人を驚かせた。

    「違うよ。真鍋さんと山野井さんが来た時、テーブルにもイスにもハンカチは無かった」

    「なら、誰が持って行ったん?」

    滝下君はゆっくりと首を横に振り口を開いた。

    「誰も持って行っていないよ。僕は見たんだ。強い風に吹かれてハンカチが飛ばされるのを……」

    「きっと君達三人は、自分達が席取りした場所で話し込む真鍋さん達を見て思い込みをしたんじゃないか?」

    「くっ……」

    「……そっかぁ」

    「……滝下君、すごいわ」

    「風の悪戯……?」

    事の真相を聞かされ四人四様のリアクションが口を吐く。

    「あき、これが真相みたいよ。この子が悪い訳じゃないみたいよ」

    低音関西弁は、拳をギュッと握り、下唇を噛んで伏し目がちに聞いている。

    「……分かった。もう、ええわ」そう言い残すと一人、大股でスタスタと準備室を出て行った。

    「ちょっと!あきちゃん、待ってよ」澄香すみかと呼ばれていた子が後を追い出て行く。

    一人残った、怜音れおんと呼ばれた子は、ばつが悪そうに頭を下げた。

    「……真鍋さん、悪かったね。滝下君も」

    「あ、いえ、いいんです。ただ事情が分からなくて……ちょっと驚きましたが」
    
    「悪い子じゃないんだけどね。何て言うか……情が真っ直ぐなんだよね」

    「あの日のあの場所に何かこだわりがあったの?」

    私がずっと気になっていた事を知ってか知らずか、滝下君が訊いてくれた。


    「私達、バンドやっててね。一年前のあの日、あの場所で初めて三人で会って……一緒にバンドやろうって決めたんだよね。私達の原点って言ったら少し大袈裟なんだけど」

    『バンド……そうだったんだ。あきさん、澄香すみかさん、怜音れおんさんの三人にとって 大事な記念日だったのか』

    「いずれ、ちゃんと謝りに行くから。今日はごめんね」そう言って怜音れおんさんも去って行った。

    準備室には滝下君と私の二人が残された。私、滝下君に言わないと。

    「……滝下、君。あ、あの。あり、あり、あり…」

    「うん?どうしたの?」

     「あり、あ、あり、り……」

    「だ、大丈夫?顔色が……」

    「あ、あり、ありり…ありがっ…」

    「本当に大丈夫?保健室行ったほうが……」

    「あ、あり、ありり、ありが……ありがっ」
  
    「ん?あり?蟻の事?」

    「ありがっ、ありがじゅうぅぅぅぅっ!!」

    「蟻が十匹っ?え?何?ええっ?」

    この日、私は持てる勇気を総動員して、十年越えられなかった障害ハードルを越えた。


    


    

    

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