空色Heaven

雪原華覧

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私と貴方の三つの約束

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    案の定、眠れない夜を明かしてしまった私は、直衛君に起こされ洗面所に向かう秋穂と春樹の後に着いて、ひんやりとした廊下をフラフラと行く。洗面台の鏡の中の自分を見て、手櫛で髪を整えた。

    『酷い顔……今日は私の命日。一応主役なんだけどな……』一人、愚痴って溜息を吐く。

    朝食を手早く済ませると、直衛君は礼服に秋穂と春樹も余所行きの服に着替え車に乗り込む。子供達は後席に座ったので私は助手席に。昔のドライブみたいで、ちょっとだけ気分回復。

    家を出て十分程走り、最寄駅で水沢さんを拾った。そりゃあ、助手席に座るよね。仕方無く私は後席へ移り、秋穂と春樹に挟まれる。これはこれで嬉しいんだけど……。

    車中では秋穂と春樹が学校の友達と遊んだ事、先生に誉められた事、給食が美味しかった事等を燥いで水沢さんに話続けている。

    それを穏やかな笑顔で受け止めては頷き、丁寧に言葉を返す。そして、直衛君と水沢さんは互いに言葉を交わさない、何か躊躇っている様に……。

    一時間程で御崎家のお墓のあるお寺に到着した。四人で手分けをして墓石を綺麗にして、お供え物や花を添える。

    毎年の事だけど、この光景を見ると『あ、私ここに眠ってるんだ。私って本当に死んじゃってるんだ』妙に納得してしまう。

    お墓を綺麗にしてから住職さんが読経している間、水沢さんは落ち着かない春樹の肩に手を置いて佇む。時折彼女を見上げる春樹と目を合わせては微笑みながら。

    秋穂はお姉ちゃんらしく、直衛君は父親らしく、夫らしく粛然と佇む。

    読経を終えると住職さんの「彼方に飲物とお菓子を用意しましたのでどうぞ」という案内に従い四人は建物へ歩き始めた。

    その時、 直衛君がこの日初めて話し掛けた。

    「水沢さん、いいですか?お話しがあります。秋穂、春樹と一緒に先に行ってご馳走になりなさい」

    水沢さんは戸惑いながら何か返そうとしたが、秋穂の「春樹、行こう」という言葉に遮られた。

    二人は私のお墓の前で向かい合った。

    『私のお墓の前で、って言うか、私の前で……なの』

    「御崎さん……此処で、ですか。あの、奥様のお墓の前で」

    水沢さんも私と同意見みたい。私は一層の事、何処かへ翔んで行きたい気持ちになる。でも、気にもなる……どうしたらいい?

    「はい、此処で。僕は楓に隠す事は何一つありません。貴女に気持ちを伝えるのは、楓との約束ですから」

    私は胸の内で「あっ」と声を上げた。そっか、そうなんだね。直衛君、覚えてくれてたんだ。

    「楓と一緒になった時、三つの約束をしました。水沢さんにも訊いて貰いたくて」迷いと困惑の入り混じった表情の水沢さんを直衛君はしっかりと見詰める。

    「一つめの約束は……」穏やかな声色が二人を繋ぐ。

    『一つめの約束、結婚してからも名前で呼び合おう。最初の気持ちが大事だからね』私だって覚えてるよ。

     「結婚した後も名前で呼ぼう。最初を忘れない様に」

    水沢さんは俯いたまま直衛君の言葉に耳を傾ける。

    「二つめの約束……」一つ一つの言葉を確かめる様に頷きながら続けて行く。
    
    『二つめの約束、死ぬ時は一緒がいい。出来れば……だけど』周りは迷惑かもね。

    「死ぬ時は出来たら一緒に」

    死ぬ、何て言葉に水沢さんは思わず顔を上げる。

    次は最後だよ。直衛君、間違えたり噛んだりしないかな……。

    「三つめの約束……」

    『三つめの約束、もし死別しても未来を託せる人が現れたら迷わず一緒になる事』大事なのは生きている人の幸せだからね。

    「どちらかが死んで、残された方に将来を共に出来る人が見つかったら迷わず一緒になる事」私との三つの約束を伝えた直衛君は大きく一つ深呼吸した。

    『頑張った、頑張った。偉いね』

    地面から少し浮いて目線を直衛君に合わせて、頭をポンポンしてあげた。直衛君、すっごい緊張してる……。全身カチコチだね。

    「出来たら……出来たら、もう一度水沢さんと三つの約束を交わしたいんだ。だめだろうか……?」

    直衛君は、目一杯緊張しぃの顔で真っ直ぐ前を見詰める。私とは鼻先と鼻先が触れ合わんばかりの至近距離だ。

    何か……照れる。でも、直衛君に私は見えていない。直衛君が見詰めるのは私を通り抜けた先、そこにいる、水沢さんだ。

    私は二人の邪魔をしている様な気分になり、二人の間から身を引いた。そして二人に背を向け、後ろに手を組み空を見上げた。

    良かったね、直衛君。きっと……きっと届くよ。そう信じきって目を閉じた私の耳に水沢さんのか細い、まるで一人言の様な呟きが聞こえる。

    「……自信がありません。秋穂ちゃんと春樹君は私を受け入れてくれるでしょうか」

    『自信がない意味が分からないわ。秋穂も春樹も貴女をずっと見てるじゃない。それに体を張って子供を助けたの、私見てたもの。大丈夫だよ……千絋さん』私は届く事が無いのを承知でエールを送る。

    「大丈夫だよ。だってさ子供達、ずっと千絋さんの方見てるし。わざとそんな事出来る程器用な子達じゃないから。あの子達はいつも全部本気」

    『あら、直衛君。さすが父親だね』

    「奥様は……楓さんはどうでしょう。私が御崎家に入るのを許してくれるでしょうか?」

    『……許す、に決まってるじゃない。直衛君の隣には貴女にいて欲しい。秋穂と春樹の隣にも』

    「先刻さっきも言ったけど、楓との約束だから。背中を押してるのは楓だと思ってる」

    『直衛君に異論無し、かな。ただし、みんな絶対幸せになってよ。直衛君、秋穂、春樹、千絋さん』

    直衛君は静かに千絋さんに歩み寄ると、優しく包み抱き締めた。私にしてくれたように……。

    「……三つの約束、交わしてくれる?」

    「……はい」千絋さんは直衛君の胸に顔を埋めた。

    そこへ聞き慣れた元気な声が、二人の時間に割って入った。

    「パパ~。早く~。お坊さんが待ってるよ~」

    「千絋ちゃん、どうしたの?病気なの?」春樹が千絋さんのスカートの裾を握って見上げている。

    千絋さんは慌てて直衛君から離れるとしゃがみ込み、春樹と目線を合わせた。

    「春君、大丈夫よ。私は、ほら、元気!」温かみのある笑顔で返すと今度は春樹が抱きついた。

    『もう……我が家の男共は。やっぱ春樹は直衛君の子だわ』

    「春樹、千絋さんは大丈夫だよ。でも、心配だから今夜は泊まるってさ」

    「え?パパ本当?千絋ちゃん今日お泊まり会なの?」

    「え?御崎さん、私そんな事言ってな……」

    「千絋さんに今日、お泊まりして欲しい人!手を上げて!」

    直衛君、強引だなぁ。たまにこういう事するんだよね。
 
     「は~い!」春樹が元気一杯に手を上げる。

    「私も!千絋ちゃん、泊まろうよ~」秋穂も甘ったるい声でおねだりする。

    「僕も……千絋さんは?」

    観念した様な、困った様な……でも最後にニッコリ微笑んで「はい……私も」千絋さんは控え目に手を上げた。

    その夜、千絋さんは御崎家にお泊まりした。そして直衛君と二人で夕食の準備をすると、昨日同様ワイワイガヤガヤした夕食を楽しんだ。

    その後、秋穂と春樹の提案で今夜はリビンクでみんなで寝る事になった。左から秋穂、直衛君、千絋さん、春樹の順でみんなでゴロ寝。私は……秋穂と直衛君の間に潜り込んだ。

    昼間出掛けた所為か、秋穂と春樹はすぐ寝付いて静かな寝息を漏らしている。

    隣の直衛君の方を向いて寝顔を見ていると、直衛君が呟いた。あ、寝てなかったんだ。

    「千絋さん、起きてる?」

    直衛君の向こうで寝返りをする千絋さんの気配がした。

    「はい、やっぱり寝れなくて……」

    「だよね。僕も同じ。あ、あのさ敬語とかはしなくていいよ。家族に……なるんだし」

    「えと、うん。でも少しずつで。慣れるのに時間掛かるかも」

    「うん。少しずつでいいんじゃない」言いながら千絋さんの方に寝返りを打った。

   私は直衛君の背中を見詰めた。その背中が少しずつ離れて行く。直衛君と千絋さんが重なり合うのを感じて、慌てて背を向けた。無心に目を瞑って耳を塞いで体を丸めた。そして気付いたら朝を迎えていた。

      私は一人起き上がり、一人ずつ寝顔を見詰めてそれを胸の奥にしまった。立ち上り窓ガラスを通り抜けると外はいい天気で爽やかな風が吹き通っている。私は空を見上げて話し掛けた。

    『神様、聞こえてますか?私、もう今回で地上に帰るのは止めます。今から、戻りたいの』

    暫く間を置いて、上から声が返って来る。 

    「おや、楓さんか。どうしたね?帰って来るにしては早いが?まだ時間はあるのではないか?」

    『うん。そうだけど、もういいの。あ、自棄やけになってる訳じゃないよ。家族が増えた事で三人共もう大丈夫だから。何か清々しい気分』

    「そうか、うーん……」

    『どうしたの?』

    「いや、人手が減るなぁ……と」

    『ぷふふっ、それかあ、それなら大丈夫。仕事は続けるから』

    「え?いいの?しかし、無償ただと言う訳には」

『じゃあ、小さな幸せを家族に頂戴。何でもいい。記念日に晴れにしてくれるとか』

    「結構大変なんだが、まあいい。それで手を打とう」

『……じゃあ、私を帰して』私は体を浮かせ風に乗る様にして漂った。

    上空に昇るにつれ、空色のチュニックワンピースと同じ今日の空の色、その蒼に体が染まってゆく。

    元々実体としての体はずっと前から無いのだから何も怖くはない。

    体がこの大空になったら何時だって大好きな家族を覗けるもの。

    直衛君、秋穂、春樹、遥かな高みから見てるからね。

    千絋さん、三人をよろしくお願いします。絶対、幸せになってね。

    みんな、ありがとう。

    そして、私は空に包まれた。
                                                                                END
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