あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

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第一章 怪異の妖術譚

赤い着物の案内人

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「ふわぁぁ…」

人目がないのをいいことに、俺は大きなあくびを漏らした。人目がないと言っても、たまに車や自転車に乗ったおじいさんが通るので独り言はまだまだ呟けない。

「…あれ?」

独り言は呟けない、と思った矢先、ついつい零れてしまった。
この時代には珍しく、赤い着物を着ており、バツっと切り落としてしまったようにも見えるおかっぱ頭をした女の子が、電柱に凭れかかってうずくまっていた。肩がひくっと上がっているので、泣いているのだろうか。もしかして、迷子?この辺りは道が入り組んでいるので可能性は高い。

「ねぇ君、どうしたの?迷子にでもなった?」

俺が女の子の顔を覗きこんで尋ねると、目をまん丸にして驚いていた。涙袋のあたりに涙の跡があるので、やはり迷子になっていて心細かったのだろう。こつん、と足に何かが当たり、そちらの方を見ると、紙でできた風船が二、三個転がっていた。細かい装飾がされていて、日常生活ではあまり見ない浮世離れしたものだった。

「わたしね、まいごになっちゃったんだ。おうちまでとどけてくれる?」

見た目の通り幼い口調で、普段から小さい子供と話す機会がない俺は情けなく戸惑ってしまう。立ち上がれば印象が変わるだろうか、だが今のところ7歳くらいに見える。見開かれていなくても丸くて大きな瞳は、夜を閉じ込めた様な色をしていて、何を見つめているのかがイマイチ掴めない。
女の子はおうちまでとどけてくれる?と聞いてきたが、彼女の家は残念ながら分からない。ここらの地理に弱い俺は返答しかねていた。

「おうちまでのみちはわたししってるの。でもね、わかんなくなっちゃったの。」

うーむ、なんとも矛盾した発言だ。わかっているのにわからなくなった?これでは家に届けてあげるどころか、送り届けてあげるはずの俺が迷子になってしまいそうだ。高校生が見知らぬ道で迷子とか、学校中で馬鹿にされるに違いない。

「じゃあ、どこまで覚えてるかな。もしかしたら分かるかも…」

俺が顎に手を当て、いわゆる考える人のポーズを取ろうとした瞬間、それよりも早く女の子が俺の手を握った。くいくいと引っ張ってくるので、何事かと思えば、女の子は何処かへ行こうとしていた。それに俺を付き合わせようという気らしい。


女の子はバスの運転手のようにすいすいと色んな道を右に曲がったり、左の路地裏へ入ったりしている。
一体なんのつもりなのだろう?7歳の歩幅なんて大したことないので余裕で付いて行けるが、どこへ連れて行こうとしているのかが不安で仕方がない。
制服姿の男子高校生とおかっぱで着物姿の幼女が一緒に歩いている姿は、兄妹に見えないこともないが時代背景が全く違う。その証拠に、すれ違った大人びた女性は、白い目でこちらを眺めていた。


「おにいちゃん、ここ、わたしのおうち」

女の子が嬉しそうに指を差したのは、古ぼけた骨董屋だった。
君、こんなところに住んでいるんだ。それにしても、俺に助けを求めるまでもなく普通にこの店へやって来れた。彼女が言った、迷子という言葉が信じられない。

「ね、なかにはいって。」

いつの間にか店の前まで移動していた女の子が手招きをしている。特に何も手伝えなかった俺がもてなしを受けるのは間違っていると思い、胸の前で手を振って拒否したが、女の子が泣きだしそうになったので仕方なくお邪魔することにした。



外観のとおり、店内も古ぼけており、所々穴が開いている。その上埃っぽい。けど、くすんだ窓から差し込む夕日の金色は美しい。どこか懐かしい雰囲気を漂わせており、居心地は悪いどころかかなり良かった。
骨董屋というだけはあり、見たこともないような品物が所狭しと並んでいた。異国の文字がやけに威張って書きこまれている本。自分の姿は映るけれど背景は黒で塗りつぶされた三面鏡。夕日に照らされて淡く光る振り袖のような着物。神秘的だけど、人の心の奥底に眠っている恐怖がちらっと顔を覗かせるようなものが多かった。

どこかにレコードでもあるのだろうか。寂しげなお囃子の音が小さく聞こえる。ぽんぽんと軽い太鼓の音や、口笛の甲高い音が耳のあたりで鳴っている気がする。どこにも芸人一座らしき一行は見つからないので、気のせいだとしか言いようがない。そのお囃子は、曲調は明るいものの、どこか寂しく助けを求めているようにも聞こえた。

「おにいちゃんおにいちゃん、こっちにおいで」

お兄ちゃんと鬼さんをかけているのか、手を楽しげに叩きつつ女の子は煽るようにそう言った。鬼ごっこでよく見るやつだ。昔、近所の子に同じことをされて腹が立った覚えがある。
もっと奥にこい、面白いものがある。
彼女の瞳はそう語っていた。
招かれているのに応じないのはさすがに可哀想だったので、右足を埃が被った床に落とす。


少し歩いた先には、カウンターのような机が設置されていた。カウンターだけは埃が被っておらず、ささくれすらも出ていなかった。丁寧に手入れされていることが一目で分かる。その傍らにはレジのようなものが置いてあった。しかしこれはコンビニやスーパーマーケットで見るような、最新機器ではなかった。ピッてするしゃもじみたいなやつもないし、値段を打ち込むパネルすら見当たらない。あるのは、三つの引き出しだ。恐らく金を仕舞う為に作られた細工だ。
机やレジのようなものが設置されている奥には、アーチ状に壁が開いており、深海の色をしたのれんが掛かっている。控室とか、そんな感じの部屋なんだと思う。

「てんしゅさぁーん!おきゃくさんだよー!」

俺の横に立っていた女の子がやまびこのようなポーズを取り、のれんの奥に叫んだ。廃墟のような雰囲気だったけれど、やはり骨董屋なので店主くらいいるだろう。しかし、こんなに古ぼけた店の店主とは、どんな人なのだろうか。一番最初にイメージしたのは老いた男性だった。
だから、女の子の呼びかけが返って来たときは酷く驚いた。


「なんじゃなんじゃ…おお、お主、人間ではないか。」

のれんに手を掛け、こちらに姿を現したのはまだ20代前半くらいの女性だった。蝋燭の光が透ける、少しだけくすんだ金髪。瞳は女の子と同じような、夜を閉じ込めた色をしている。少しキツネ目だろうか。気になるのはそれくらいだ。クリーム色のカッターシャツと、落ち着いた雰囲気の紺のロングスカートを着用しており、大学生かと思うくらいだ。
そして、その容姿とは相対する口調に戸惑いを隠せない。

「つれてきたんだよー、えらいでしょ?ほめてほめて!」

「うむ、偉いの、童。儂は余程のことがない限りはこの店から出れんからのう…助かったぞい」

女性は慣れた手つきで女の子の頭を撫でる。どうやら、俺が女の子を助けたのは二人の計画だったらしい。ここまで手のひらの上を踊らされると不満が溜まる。

「さて…おいでませ。ここは骨董屋。名はあやかし屋じゃ。」

「あやかし屋…」

あやかしといえば妖怪だろう。これ以外にあやかしに意味があったとしても、イマイチ腑に落ちない。
ここは幽霊だとか妖怪だとか、そういう胡散臭い店なのだろうか。残念ながら俺は心霊現象に困っている訳でもないので、完全にお邪魔ものだ。お客様ですらない。


「そうじゃ、あやかし屋。儂はこの店の店主だぞい。童が店主店主と言っていたので理解はしてるはずじゃな。」

理解している前提で話を進められていることが不安になったが、とりあえず話を聞いておこう。

「基本、骨董屋を営んでおるが、依頼されれば妖怪退治にも赴くぞい。」

店主はくつくつと喉奥で笑った。
妖怪退治か。この街に妖怪なんぞいないと思っていたが、ここに店を構えている以上、件数は0ではなさそうだ。

「質問はあるだろうか?今なら特別大サービスで答えてやらんこともないぞい」

なぜここで質問を求めるのだろうか?妖怪に付き纏われて、大変な思いをしている訳ではないので質問内容が思いつかない。

「いえ、特にありません」

「そうかえそうかえ。」

切れ長のキツネ目をさらに細くして微笑んだ店主は、意味ありげにこちらの顔を見た。


「お主、ここの童が見えるようじゃな?」

店主は先程と同様に俺の隣に立っている女の子に視線を向けた。
見えるようじゃな…?見えていない訳が無い。だってこの子は、騙す目的だとしても電柱の影で泣いていたのだ。さすがに紅い着物を着ている女の子が見えないとなると、目が悪いなんてものじゃなくなる。

「見え…ますけど。」

「そうじゃろうなぁ。いや、なに、この子はちょっと普通の人間じゃなくての。」

まあたしかに、この時代に着物を着ている女の子は、世間一般からしたら普通ではない。だが、それだけで普通の人間じゃないと言い切るだろうか…?もっと深い意味があるかもしれないが、この言葉だけでは推測できなかった。
そして俺は、この次の言葉に目を剥くこととなる。


「座敷童子じゃ。」

「…へ?」

「だから、この童は座敷童子なんじゃ。存在くらいは知っておろう?」

「そりゃ知ってますけど!え、この女の子、座敷童子なんですか!?」


あまりの衝撃に目がチカチカする。俺は座敷童子を助けようとしていたのか!
たしかに、想像していた座敷童子と似たようなものを感じる。黒髪のおかっぱで、鞠を持っていて、赤い着物を着ている。考えたらそのままそっくりだ。

「おにいちゃん、わたしのこと、にんげんさんだってしんじてくれてありがとう!」

「い、いや…信じてるっていうか、思いこんでたというか…」

いやはや、俺にはいつから妖怪を見る能力を身に着けていたんだ?にわかに信じがたい現象だが、本人が妖怪であることを容認しているのであれば恐らく事実であろう。


「儂がお主に、こやつが見えるのかと問うた理由はこれじゃ。よいか、人間よ。もう勘づいておるかもしれぬが、お主には妖怪を見、干渉できる力がある。聞いたことはあるじゃろう?妖力という単語は。」

「ええ、まぁ、はい…どうせファンタジーにしか存在しないものだと決めつけていましたけど…」

「そんなことはない。人間誰しも少しくらいは妖力を持っているんじゃ。お主は特別強い妖力を持っていただけなのじゃよ。奇跡だとは思わんかえ?」

そこで朗報じゃ。
そう店主は勿体ぶって続けた。


「お主、ここで働くつもりはないか?」


思いもよらぬ勧誘を受けてしまった。
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