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第一章 怪異の妖術譚
空想世界の境内にて
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「随分と遅かったのう、依月よ。もしや迷っていたのかえ?」
あやかし屋に着くなり、くくくっと嫌らしげに笑みを湛える紗世さん。今日は完全な人間の姿ではなく、人狐の姿だった。金髪と同じ色をした耳をぴくっと動かしている。
「す、すみません…ここらへんの地理には弱くて」
正直、電信柱まで行けたのも奇跡みたいなものだ。昨日は暇で暇で散歩をしていた時にたまたまあそこの道に入れただけで、行き道はあまり覚えていない。今日はなんとか記憶を探りながら歩いた結果、電信柱を発見しただけである。
「お主、高校生にもなって恥ずかしいぞい?道くらい覚えんか」
「ぐぬぅ…頑張ります」
ド正論を突き付けられてぐうの音も出ない。ぐぬぅという声は情けなく出てしまったが。9歳程の幼女に道が分かって、16歳の高校生が分からないなんて屈辱そのものだ。
「さて、今日は妖力の使い方を教えるんじゃったな?」
俺の迷子話に飽きたのか、早速本日の業務?について説明し始めた。
「お主が妖術を使えるようになると此方側からしても便利だからのう!みっちり教え込んでやるわい」
嬉々として恐ろしいことを口走った紗世さんを畏怖がこもった目で見てしまったが、どうやら気が付いていないようだ。もしかしたら気が付いているかもしれないが、気にしていないだろう。
喜色満面に語っていた紗世さんだが、みるみるうちに残念そうな顔に変わっていった。
「…と言いたいところだが、儂は他の仕事が入ってしまってのう。猫又殿、頼めるか?」
どうやら、俺の面倒を見ている場合ではないらしい。
猫又さんはその小さな頭で頷き、許可を出した。
「すまぬすまぬ、埋め合わせはいつかするから安心せい」
本当にすまないと思っているのか?紗世さんは手をひらひらと振って、どこかへ消えてしまった。どろんって感じだ。忍者みたいに、あっという間に目の前からいなくなった。
「座敷童子はどうするのよ?私たちに付いて来たって面白いことなんかないわよ」
猫又さんは大きな瞳を幼女に向ける。座敷童子ちゃんはおかっぱ頭を揺らして、首を傾げた。
「そうなの?ならおへやでまってようかな。」
その一言をこの場に置いて、ぱたぱたとのれんがかかった奥の部屋に走って行った。
「それじゃあ、行きましょうか」
途端、目の前が暗転する。
■■■
「へ?ここは…」
急に暗転したかと思えば、また急に明転する。
網膜に飛び込んできた景色は、大きな赤い鳥居がある神社だった。風情があって、いかにも神様が出てきそうである。ついでに、揚げを咥えた狐もだ。狛犬は比較的穏やかな顔をしていたが、やはり存在感はあった。
賽銭箱の木目がはっきり見える。ずっしりとしていそうで、こちらもまた狛犬と同様存在感がある。
いつの間にここへ移動していたのだろうか?一歩もあるいた覚えがないぞ。
「空想世界みたいなものよ。実在はしないわ」
妖術って、空想でもなんでもありか!!
猫又さんが創り上げた空想世界__境内は、かなり壮大なもので、男である俺が歩いても端までなかなか辿りつけない。ただ大きい世界なのかもしれないが、妖怪のことだ。端まで辿りつけないように設定されている可能性もある。
「ここならなんでも壊し放題。環境破壊だって容易いわ。もちろん、アンタの体だってね」
お、おうふ。可愛らしい猫にしてはえぐいことを仰る。
体を壊してもよいということは、空想は世界だけでなく、俺たち生物もなのか。やけに浮遊感があると思ったら、それが原因らしい。
「空想世界を創り上げなければいけない程危険なことをやるの?」
「いえ、普通ならしないわ」
なら、なぜこの場に移動しなければならなかったのだろうか?猫又さんが空想世界好きだということで済まされてしまっては遣る瀬ない。
「ただ…アンタの妖力の程度が知れないのよ。表面上の力は分かるけれど、根本的なものはその体のどこかにあるわ。妖力が溢れ出しているけれど、それは全てではないように感じる。」
根本的なもの…もしかして、胸の奥にあるほとぼりのことだろうか。一度意識し始めてから、ずっと温かいものを感じていた。たまにむせ返るほど強く、大きくなるのを感じたが、集中すればすぅっと落ち着いてくれた。
「多分だけど、その‘‘根本的なもの‘‘って胸の奥にあったり…する?」
全ての妖怪・人間に共通するものなのかは分からないが、一応聞いてみる。俺と同い年の猫又さんなら知っているだろうか。
「人や妖怪によるわ。私の場合は二股の尻尾。妖力の源が自らの道具に宿る場合もあるみたいよ。もっと強い…神様に近い力を持つ妖怪は、全身が妖力の源だとか、そんな噂だってあるわ。」
うーむ、なるほど?とりあえず、個体差があるのは理解した。
「さ、うだうだ言っていても何も始まらないわ。さっそくやりましょうか。」
「りょ、了解!」
■■■
「最初は…妖力を感じられるようになってもらおうかしら?」
猫又さんは小さな頭をこくんと傾げながら、少し考えた後、疑問形で俺に尋ねた。いや、貰おうかしら?って言われても、何も分かんないんで…。
「やっぱり、感じられた方がいいの?」
「そうねぇ…。どうたらアンタは私のことを普通の猫だと思っていたみたいだし、妖力に対して鈍感よ。そんなんじゃ、いつ妖怪に襲われて死んでも可笑しくないわ。」
「ひっ!!」
それは非常に困る。己の力を操れずに人を殺めるのも嫌だが、訳も分からず亡くなるのも嫌だ。出来れば、というか確実に命の存亡に関わることには首を突っ込みたくない。
突然、すぅっと猫又さんが大きな目を閉じ顔を伏せ、何かを呟き始めた。
「力ある者よ、集え。我の名は猫又。汝らを統べるものである。第壱妖術『集結魂』。」
呪文のようなものなのか?汝と、二人称を使っていることからも誰かを連れて来ようとしているのは明らかだ。
先程目を閉じた猫又さんは、頭を上げるのと同時に目を開けた。オッドアイだった双の目は、どちらも紅藤色に光り輝いていた。
「今のはなに?呪文?呪詛!?それに、妖術がなんたらって!」
「どうして誰かを呪わないといけないのよ。妖力の使い方を覚える前に、どんな種類があるのか教えないといけないみたいね…。」
考えるのが癖なのか、猫又さんは少し黙って思考の迷宮へ入って行った。しかし、すぐに何かを察して我に返った。
「そろそろ来るわよ。構える必要もないけれど、驚かないように気をつけなさい。」
もしかして、先程使っていた妖術?みたいな言葉の効力が出てくるのだろうか?何を言っていたのかよく分からないし、どんな効力かも見当が付かないけれど、焦っていないということは危険ではなさそうだ。
「わ、わかっ…!!?」
分かった、と言葉を発する前に、俺の目は謎の光によって晦まさせられた。すっごく強い光と言う訳ではなかったが、不意打ちなのもあって、目を瞑っていてもクラクラする。
怖い物見たさで少しばかり視界を広げると、光は遠くにあった。どうやら移動したみたいだ。安心して目を開くと、光が単体でなかったことが判明した。数十個の光が猫又さんのあたりに集まっていた。
「猫又さん、この光は?」
「私が呼び寄せたのよ。人間たちの間では、オーブというのかしら?私たちの間では決まって人魂と呼んでいるけど。みんな妖力を持っているわ。」
妙に青白い光を放っていると思えば、人魂だったのか。以前の俺ならば腰を抜かすくらい驚いていたに違いないが、喋る猫や空想世界と言った、いかにも中二病感が否めない環境に慣れてきたのかあまり驚かなかった。
「ところで、人魂を呼び寄せて何をするつもりなの?あんまり良い予感はしないけど…」
「ふふっ、その予感は当たったかもね」
お淑やかな雰囲気を漂わせる猫又さんには珍しく、口を大きく開けて笑っていた。これから起こる、俺の惨状がそんなに楽しみなのだろうか。なんて悪趣味な猫だ。
「今からこの人魂たちとかくれんぼをしてもらうわ。ただし、耳と目を使うのは禁止。」
猫又さんは、肉球がついた足で俺のことをびしっと差す。そして、したり顔で告げた。
「妖力だけを頼りにして、全ての人魂を見つけてらっしゃい。」
…そんな無茶な!!
あやかし屋に着くなり、くくくっと嫌らしげに笑みを湛える紗世さん。今日は完全な人間の姿ではなく、人狐の姿だった。金髪と同じ色をした耳をぴくっと動かしている。
「す、すみません…ここらへんの地理には弱くて」
正直、電信柱まで行けたのも奇跡みたいなものだ。昨日は暇で暇で散歩をしていた時にたまたまあそこの道に入れただけで、行き道はあまり覚えていない。今日はなんとか記憶を探りながら歩いた結果、電信柱を発見しただけである。
「お主、高校生にもなって恥ずかしいぞい?道くらい覚えんか」
「ぐぬぅ…頑張ります」
ド正論を突き付けられてぐうの音も出ない。ぐぬぅという声は情けなく出てしまったが。9歳程の幼女に道が分かって、16歳の高校生が分からないなんて屈辱そのものだ。
「さて、今日は妖力の使い方を教えるんじゃったな?」
俺の迷子話に飽きたのか、早速本日の業務?について説明し始めた。
「お主が妖術を使えるようになると此方側からしても便利だからのう!みっちり教え込んでやるわい」
嬉々として恐ろしいことを口走った紗世さんを畏怖がこもった目で見てしまったが、どうやら気が付いていないようだ。もしかしたら気が付いているかもしれないが、気にしていないだろう。
喜色満面に語っていた紗世さんだが、みるみるうちに残念そうな顔に変わっていった。
「…と言いたいところだが、儂は他の仕事が入ってしまってのう。猫又殿、頼めるか?」
どうやら、俺の面倒を見ている場合ではないらしい。
猫又さんはその小さな頭で頷き、許可を出した。
「すまぬすまぬ、埋め合わせはいつかするから安心せい」
本当にすまないと思っているのか?紗世さんは手をひらひらと振って、どこかへ消えてしまった。どろんって感じだ。忍者みたいに、あっという間に目の前からいなくなった。
「座敷童子はどうするのよ?私たちに付いて来たって面白いことなんかないわよ」
猫又さんは大きな瞳を幼女に向ける。座敷童子ちゃんはおかっぱ頭を揺らして、首を傾げた。
「そうなの?ならおへやでまってようかな。」
その一言をこの場に置いて、ぱたぱたとのれんがかかった奥の部屋に走って行った。
「それじゃあ、行きましょうか」
途端、目の前が暗転する。
■■■
「へ?ここは…」
急に暗転したかと思えば、また急に明転する。
網膜に飛び込んできた景色は、大きな赤い鳥居がある神社だった。風情があって、いかにも神様が出てきそうである。ついでに、揚げを咥えた狐もだ。狛犬は比較的穏やかな顔をしていたが、やはり存在感はあった。
賽銭箱の木目がはっきり見える。ずっしりとしていそうで、こちらもまた狛犬と同様存在感がある。
いつの間にここへ移動していたのだろうか?一歩もあるいた覚えがないぞ。
「空想世界みたいなものよ。実在はしないわ」
妖術って、空想でもなんでもありか!!
猫又さんが創り上げた空想世界__境内は、かなり壮大なもので、男である俺が歩いても端までなかなか辿りつけない。ただ大きい世界なのかもしれないが、妖怪のことだ。端まで辿りつけないように設定されている可能性もある。
「ここならなんでも壊し放題。環境破壊だって容易いわ。もちろん、アンタの体だってね」
お、おうふ。可愛らしい猫にしてはえぐいことを仰る。
体を壊してもよいということは、空想は世界だけでなく、俺たち生物もなのか。やけに浮遊感があると思ったら、それが原因らしい。
「空想世界を創り上げなければいけない程危険なことをやるの?」
「いえ、普通ならしないわ」
なら、なぜこの場に移動しなければならなかったのだろうか?猫又さんが空想世界好きだということで済まされてしまっては遣る瀬ない。
「ただ…アンタの妖力の程度が知れないのよ。表面上の力は分かるけれど、根本的なものはその体のどこかにあるわ。妖力が溢れ出しているけれど、それは全てではないように感じる。」
根本的なもの…もしかして、胸の奥にあるほとぼりのことだろうか。一度意識し始めてから、ずっと温かいものを感じていた。たまにむせ返るほど強く、大きくなるのを感じたが、集中すればすぅっと落ち着いてくれた。
「多分だけど、その‘‘根本的なもの‘‘って胸の奥にあったり…する?」
全ての妖怪・人間に共通するものなのかは分からないが、一応聞いてみる。俺と同い年の猫又さんなら知っているだろうか。
「人や妖怪によるわ。私の場合は二股の尻尾。妖力の源が自らの道具に宿る場合もあるみたいよ。もっと強い…神様に近い力を持つ妖怪は、全身が妖力の源だとか、そんな噂だってあるわ。」
うーむ、なるほど?とりあえず、個体差があるのは理解した。
「さ、うだうだ言っていても何も始まらないわ。さっそくやりましょうか。」
「りょ、了解!」
■■■
「最初は…妖力を感じられるようになってもらおうかしら?」
猫又さんは小さな頭をこくんと傾げながら、少し考えた後、疑問形で俺に尋ねた。いや、貰おうかしら?って言われても、何も分かんないんで…。
「やっぱり、感じられた方がいいの?」
「そうねぇ…。どうたらアンタは私のことを普通の猫だと思っていたみたいだし、妖力に対して鈍感よ。そんなんじゃ、いつ妖怪に襲われて死んでも可笑しくないわ。」
「ひっ!!」
それは非常に困る。己の力を操れずに人を殺めるのも嫌だが、訳も分からず亡くなるのも嫌だ。出来れば、というか確実に命の存亡に関わることには首を突っ込みたくない。
突然、すぅっと猫又さんが大きな目を閉じ顔を伏せ、何かを呟き始めた。
「力ある者よ、集え。我の名は猫又。汝らを統べるものである。第壱妖術『集結魂』。」
呪文のようなものなのか?汝と、二人称を使っていることからも誰かを連れて来ようとしているのは明らかだ。
先程目を閉じた猫又さんは、頭を上げるのと同時に目を開けた。オッドアイだった双の目は、どちらも紅藤色に光り輝いていた。
「今のはなに?呪文?呪詛!?それに、妖術がなんたらって!」
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考えるのが癖なのか、猫又さんは少し黙って思考の迷宮へ入って行った。しかし、すぐに何かを察して我に返った。
「そろそろ来るわよ。構える必要もないけれど、驚かないように気をつけなさい。」
もしかして、先程使っていた妖術?みたいな言葉の効力が出てくるのだろうか?何を言っていたのかよく分からないし、どんな効力かも見当が付かないけれど、焦っていないということは危険ではなさそうだ。
「わ、わかっ…!!?」
分かった、と言葉を発する前に、俺の目は謎の光によって晦まさせられた。すっごく強い光と言う訳ではなかったが、不意打ちなのもあって、目を瞑っていてもクラクラする。
怖い物見たさで少しばかり視界を広げると、光は遠くにあった。どうやら移動したみたいだ。安心して目を開くと、光が単体でなかったことが判明した。数十個の光が猫又さんのあたりに集まっていた。
「猫又さん、この光は?」
「私が呼び寄せたのよ。人間たちの間では、オーブというのかしら?私たちの間では決まって人魂と呼んでいるけど。みんな妖力を持っているわ。」
妙に青白い光を放っていると思えば、人魂だったのか。以前の俺ならば腰を抜かすくらい驚いていたに違いないが、喋る猫や空想世界と言った、いかにも中二病感が否めない環境に慣れてきたのかあまり驚かなかった。
「ところで、人魂を呼び寄せて何をするつもりなの?あんまり良い予感はしないけど…」
「ふふっ、その予感は当たったかもね」
お淑やかな雰囲気を漂わせる猫又さんには珍しく、口を大きく開けて笑っていた。これから起こる、俺の惨状がそんなに楽しみなのだろうか。なんて悪趣味な猫だ。
「今からこの人魂たちとかくれんぼをしてもらうわ。ただし、耳と目を使うのは禁止。」
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