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【前編】ただゲームをして、やるだけ
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アニメ研究会。それはアニメから歴史や文学を学ぶ研究会である。そしてアニメ研究会名誉会長である野間望は今日も一人、部室でコスプレをして恰好つけていた。
「くっくっく、見よこの吾輩の美しき姿を。まるで月の女神のようでは無いか。この衣装を作るために、いったいどれほどの財を費やすことになってしまったことか」
彼女は、そんな一人芝居をずっと続けていた。そこへ扉が開き、一人の男子学生が入って来る。
彼は望のいつもの調子を横目に、普段の席に座って早速読んでた途中のラノベを開く。
「おぉ、同志よ。よくぞ参った! では早速、今日手に入れた聖典について語り合おうではないか!」
「あぁ、うん」
男子学生、育人がそう反応して読書に戻ろうとすると、望は彼を引き留めた。
「おいおい同志よ、いつも言っているではないか! ラノベの素晴らしさについてならいくらでも語ってあげるが、他の話題についてはノーサンキューだと。今日はそのことについて語り合おうではないか」
「なんで語り口が若干アメリカンなんだよ。まぁ、お前が言いたいんならいいが」
「よし、では話すとしよう。今日はなんと、この美しき吾輩の素晴らしさについて語ってやろうではないか!」
彼は望にジト目を向けてため息をつくと、また読書に戻る。しかし、望は気にせずに続けた。
「くっくっく。知らないのか? あまりの美しさ故か、最近では校内で『学園のヴィーナス』などと呼ばれておるのだ! まったくもって困ったものだな」
「『学園のピーマン茄子』がなんだって?」
「ヴィーナスよ! 誰がピーマン茄子か!」
「お前だよ。ついでに、ヴィーナスは『美』と『愛』の女神だから、『学園のピーマン茄子』ってのはそのままお前にも当てはまるな」
「なんでヴィーナスは『美』と『愛』の女神だからって『学園のピーマン茄子』が私に当て嵌まってるのよ!? おかしいでしょ!?」
「おー、大分ツッコミキャラに戻って来た。やっぱり同志と喋っていると楽しいな」
「ちょっと! 話聞いてる? なんで私が『学園のピーマン茄子』なのよ!」
望は無視。そのまま話を続ける。
「とにかく、私ほど美しくて麗しい人間なんてそうはいないわ。まったく、日本って国はどうなってるのかしらね」
「日本の行く末が心配になるのは同感だが、今目下一番の心配はお前の頭だな。多分、今この国でお前ほど頭の悪い女はそうそういない」
「ちょ、ちょっと! いくらなんでもそれは言い過ぎでしょう? 確かに私は頭脳派ではないけれど……」
望は肩を落とす。それを見て育人はフォローを入れた。
「まぁ、たまにいいことも言うし面白いことを言うから、そういうのが好きな奴には人気なんじゃないか?」
しかしそれが逆効果だったのか、望は得意げに胸を張った。
「くっくっく、そうでしょうそうでしょう! やっぱり人間は見た目よね!見た目が9割ってどっかの学者も言ってたし!」
「メラビアンの法則の俗流解釈をどうも。まぁ、別に間違ってるとは言わないが」
「そこで思ったのだけれど、君はもしかして、私の見た目も9割だと思っていたりするのかしら?」
望がそう言うと、育人はあっさり認めた。
「むしろそれ以外の何がある?」
「くっくっく。なんて浅はかな男なのかしら! いい? 確かに私の見た目は9割よ。でもね、残りの1割で私はその美しさを保っているのよ!」
「つまり、残りの1割の中身はお前自身の魅力を精一杯嵩増ししてる努力ってわけだ」
「言い方!? 言い方ってもんがあるでしょ!?」
「なら、残りの1割の中身はなんなんだ?」
「ふっ。もちろんこの、私の頭脳に決まって……」
「ない」
「せめて最後まで言わせなさいよ!」
育人は望を無視して続ける。
「見た目も9割、中身も9割。つまり私は、見た目と中身の両方で麗しいパーフェクトガールなのよ! おーほほほほ!」
「80%オーバーしてるじゃねぇか。あと、麗しいは9割と関係ないだろ」
端的に言って、彼女は残念美少女だ。どの辺が残念かは、最早推して知るべしだろう。
育人は基本的にツッコミ役と見せかけたボケだ。
なぜなら、望にツッコミをさせることでバカの皮……もとい、化けの皮が剥がれるからである。
しかし、望がボケに回った時、その化けの皮は剥がれない。なぜなら、望のボケはツッコミどころが多すぎて逆にツッコミづらいからだ。
そして、この二人はなんだかんだで仲が良い。だから育人もツッコミを入れるのである。
「それより育人、明日暇?」
「唐突だな。まぁ暇だけど」
望はスマホを取り出して言った。彼女は行動力があるようで、思い立ったが吉日というタイプだ。
ちなみに、育人は寧ろ家に引きこもるタイプの人間だ。だが、この二人が知り合ってから、彼らはいつも一緒にいることになる。
そして彼らの日々は、だいたいこのような感じに過ぎていくのだ。
「明日、新作のエロゲーが届くの! 人生初めてのエロゲーなんだけど、一緒にプレイしましょう!」
「何それ寧ろ俺にどう言うプレイしてるんだ。というか、エロゲーって未成年でも買えるのか?」
「ネットであれば顔写真も証明書も必要無い、それがオンラインショッピングの良いところね!」
望はドヤ顔でそう言った。育人は呆れたようにため息をつく。
翌日も朝。モーニングコールよろしく、けたたましい着信音に育人はゆっくりと目を覚ます。
時間はまだ9時、たまの休みなのだからもう少し寝て居たいと電話を切ろうと思った。
だが、望の電話を切れば、きっと家にまで押しかけて来るだろう。
「……もしもし。こんな朝っぱらからなんだ?」
望の電話には出るが、そのまま無意識に電話を切った育人。
再び電話が鳴り、そんな彼に望は抗議する。ちなみに、この着信音はお互いが好きなゲームのBGMだ。
しかし、今回はその曲に負けないくらい大きな声が電話越しに聞こえてくる。
《ちょっと! なんで切るのよ!》
「押し間違えた。おやすみ」
《ちょっと、あなたってもう!》
「切らないから叫ぶな。あと、声でかすぎて耳痛い」
《くっくっく、良いか育人よ、今日は我が身にその身を捧げるのだ。吾輩の家に来い》
「えぇ……俺の休日……」
育人はスマホを枕に置いて嘆く。だが望はそんな育人の気持ちなど考えずに続ける。
《そして、新作のエロゲーを一緒にプレイしようではないか!》
「いや、俺はゲームはしない」
《えっ!? 一緒にプレイって……つまり……そういう……》
「違うからな。ゲームの話だ」
《くっ! 騙されたわ……》
「なんでだよ。そもそも、お前ってゲームなんてするやつだったか?」
《えっ? そうね……一緒にするのは育人が初めてよ……?》
「紛らわしい言い方をするな」
《興奮した?》
「するか」
《期待してた?》
「してない」
育人は相変わらずの塩対応。だが望はめげずに続ける。
《くっくっく、今日は私の家で思う存分ゲームを楽しむが良かろう!》
「俺は行かないぞ?」
《ちなみに、新作のエロゲーが届くのだけれど、一人でプレイするのは気が引けるわね……誰か一緒にプレイしてくれる人いないかしら?》
電話越しでもわかるようなわざとらしい演技で煽るように話す望に、育人はだんだんと目が覚めてしまう。
深い深い溜息を、これみよがしに聞こえる様に望に聞かせると、条件を一つ。
「お昼はお前の奢りだからな」
《任されよ。吾輩が貴様の頬が落ちるとっておきを用意してやろう》
「頰は落とさなくていいから美味しい料理な」
《くっくっく、ならば安心して来るがよい!》
そう言って電話を切った。
育人が向かったのは駅。そこで待ち合わせだ。
時刻はお昼頃を指している。付くとふくれっ面の望が立っていた。
今の彼女の恰好は、上品なブラウスに袖がフリルになっている淡いピンクのカーディガン、下はキュロットスカートで生足を大胆にさらけ出している。
「おっそいわねー」
「まだ時間前なんだが?」
「可愛い美少女を待たせるのは男の罪なのよ?」
「ならまだ待たせてないな」
「私が美少女なのよ! 待たせて!」
「美少女と可愛いは両立しない。少なくとも、お前は美少女ではない」
「くっくっく、だがしかし、吾輩の美貌に見惚れる気持ちも分かるぞ? 仕方がないから許してやろう! おーほほほほ!」
「キャラがブレブレなんだが……」
そう言って望は高笑いをする。そしてそのまま駅に向かって歩き出す。育人は慌ててその背中を追いかける。
そんなやり取りを何回かすると、二人は電車に乗り込んだ。そこでようやく、二人の目的地についての話となる。
「で? なんでお前急にエロゲーなんか買い始めたんだ?」
「あぁ、私の推しの声優さんが今回、初めてエロゲーに出てるのよね。その声優さんをより深く知るために、私は今回このエロゲーを買いました! どうよ!」
「いや、お前の声優に対する思い入れはよく分かったが、そもそも今までやったことあるのか?」
「あるわけないでしょう」
「じゃあなんで買ったんだよ……」
呆れたようにそう言う育人に、望は平然とした様子で答える。
「推しのためならあらゆる犠牲を払うのがファンってものよ」
「お前の愛は重いな。あと犠牲って言うな」
そんな会話をしながら電車に揺られること約一時間。駅から降りて少し歩くと、二人は目的地にたどり着いた。
「で? ここがお前の家か?」
「えぇ、そうよ」
それは、望の見た目からは想像もつかないほど大きなマンションだった。しかもオートロック付きである。
望は慣れた様子で鍵を使いオートロックを解除するとエレベーターに乗り込む。そしてそのまま最上階まで上がると、一番奥の部屋へと案内した。
「どうぞ」
「驚いた。お前ってお嬢様だったのか」
「お嬢様かどうかは分かんないけど、社長令嬢なのは間違いない無いわね。まぁ、そんなこといいからさっさと上がりなさいな」
「あ、あぁ、お邪魔します」
育人は部屋の広さに気圧されながら、恐る恐る靴を脱ぎ部屋へ上がる。
そしてそのまま、ゲームが置いてあるというリビングへと向かう。
「すごいな……」
育人は感嘆の溜息を漏らす。その部屋は望の見た目からは想像もつかないほど広く、大きなテレビとゲーム機が置いてあった。
勿論今回のゲームはコンシューマー向けのものではない。そのためハード機器ではなくパソコンを使ったゲームになる。
(……って、このパソコン、最近出たばかりの最新機種じゃないか? まさかエロゲーを買うためだけに買ったのか? いや、流石のこいつでもそれはないか……)
「どう? すごいでしょ!」
育人がパソコンを見て固まっているのを見て、まるで(と言うのが正しいのかは分からないが)自分の事のように嬉しそうな顔をする望。
「あぁ、すごい。けど、お前これどうやって買ったんだ? まさか親に買って貰ったのか?」
「そんなわけないじゃない。私の家はお金持ちだけど、流石にゲームのためにパソコンは買って貰えないわよ」
「ならどうやって買ったんだ? まさか自分でバイトして買ったとか言わないよな?」
育人の言葉に望は待っていましたと言わんばかりにドヤ顔で胸を張ると自慢げに答えた。
「くっくっく。吾は月の女神ぞ?」
「学園のピーマン茄子じゃなかったのか?」
「学園のヴィーナスよ! まぁ、私はお金に関して言えばプロよ? だから自分で稼いだの」
「お前ってバイトしてたのか?」
「いや、バイトはしたことない。けど私、お小遣いはいっぱい貰ってるから」
(こいつ……)
望はドヤ顔のまま続ける。
「そんなことよりも、先にお昼にしましょうか。何か希望はある?」
「そうだな……なら、パスタで」
「お好みは?」
「ペペロンチーノ」
「りょーかい。ちょっと待ってて」
望はそう言って台所に向かうと、冷蔵庫から食材を取り出して調理を始めた。
「お前が作るのか」
「くっくっく。女神は何でも多芸なのだ。ところで、ペペロンチーノって名前の由来知ってる? ペペロンチーノって言うのは、イタリア語で『速く食べる』って意味らしいわよ」
「へぇ……そうなのか」
「嘘よ。そもそもイタリアでペペロンチーノって通じないの。ペペロンチーノの正式名称は『アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ』。『アーリオ』はイタリア語で『にんにく』を意味する『aglio』、『オーリオ』はオイルを意味する『olio』、肝心の『ペペロンチーノ』は『peperoncino』って書いて、『唐辛子』って意味なの」
「詳しいな。と言うか、イタリア行ったことあるのか?」
「無いわよ。本で読んだの」
望はそう言うと、フライパンにオリーブオイルを加えて熱し始める。そしてその上にみじん切りにしたニンニクを入れていく。
そして香りが立つように火加減を調整しながら炒める。途中でみじん切りにした唐辛子を入れて炒めた後に醤油を入れると一気に香ばしい匂いが立ち込めた。
「はい、出来たわよ」
「早いな……」
「冷めない内に食べちゃって」
「あぁ、いただきます」
育人はフォークに麺を絡ませると口に運ぶ。
そして一口食べると、その味に驚いた様子で声を上げた。
「美味い……」
「でしょ? 私、パスタだけは自信あるのよね」
そう言ってドヤ顔をする望。そんな彼女を見て、育人は思わず笑ってしまった。
「くっくっく、見よこの吾輩の美しき姿を。まるで月の女神のようでは無いか。この衣装を作るために、いったいどれほどの財を費やすことになってしまったことか」
彼女は、そんな一人芝居をずっと続けていた。そこへ扉が開き、一人の男子学生が入って来る。
彼は望のいつもの調子を横目に、普段の席に座って早速読んでた途中のラノベを開く。
「おぉ、同志よ。よくぞ参った! では早速、今日手に入れた聖典について語り合おうではないか!」
「あぁ、うん」
男子学生、育人がそう反応して読書に戻ろうとすると、望は彼を引き留めた。
「おいおい同志よ、いつも言っているではないか! ラノベの素晴らしさについてならいくらでも語ってあげるが、他の話題についてはノーサンキューだと。今日はそのことについて語り合おうではないか」
「なんで語り口が若干アメリカンなんだよ。まぁ、お前が言いたいんならいいが」
「よし、では話すとしよう。今日はなんと、この美しき吾輩の素晴らしさについて語ってやろうではないか!」
彼は望にジト目を向けてため息をつくと、また読書に戻る。しかし、望は気にせずに続けた。
「くっくっく。知らないのか? あまりの美しさ故か、最近では校内で『学園のヴィーナス』などと呼ばれておるのだ! まったくもって困ったものだな」
「『学園のピーマン茄子』がなんだって?」
「ヴィーナスよ! 誰がピーマン茄子か!」
「お前だよ。ついでに、ヴィーナスは『美』と『愛』の女神だから、『学園のピーマン茄子』ってのはそのままお前にも当てはまるな」
「なんでヴィーナスは『美』と『愛』の女神だからって『学園のピーマン茄子』が私に当て嵌まってるのよ!? おかしいでしょ!?」
「おー、大分ツッコミキャラに戻って来た。やっぱり同志と喋っていると楽しいな」
「ちょっと! 話聞いてる? なんで私が『学園のピーマン茄子』なのよ!」
望は無視。そのまま話を続ける。
「とにかく、私ほど美しくて麗しい人間なんてそうはいないわ。まったく、日本って国はどうなってるのかしらね」
「日本の行く末が心配になるのは同感だが、今目下一番の心配はお前の頭だな。多分、今この国でお前ほど頭の悪い女はそうそういない」
「ちょ、ちょっと! いくらなんでもそれは言い過ぎでしょう? 確かに私は頭脳派ではないけれど……」
望は肩を落とす。それを見て育人はフォローを入れた。
「まぁ、たまにいいことも言うし面白いことを言うから、そういうのが好きな奴には人気なんじゃないか?」
しかしそれが逆効果だったのか、望は得意げに胸を張った。
「くっくっく、そうでしょうそうでしょう! やっぱり人間は見た目よね!見た目が9割ってどっかの学者も言ってたし!」
「メラビアンの法則の俗流解釈をどうも。まぁ、別に間違ってるとは言わないが」
「そこで思ったのだけれど、君はもしかして、私の見た目も9割だと思っていたりするのかしら?」
望がそう言うと、育人はあっさり認めた。
「むしろそれ以外の何がある?」
「くっくっく。なんて浅はかな男なのかしら! いい? 確かに私の見た目は9割よ。でもね、残りの1割で私はその美しさを保っているのよ!」
「つまり、残りの1割の中身はお前自身の魅力を精一杯嵩増ししてる努力ってわけだ」
「言い方!? 言い方ってもんがあるでしょ!?」
「なら、残りの1割の中身はなんなんだ?」
「ふっ。もちろんこの、私の頭脳に決まって……」
「ない」
「せめて最後まで言わせなさいよ!」
育人は望を無視して続ける。
「見た目も9割、中身も9割。つまり私は、見た目と中身の両方で麗しいパーフェクトガールなのよ! おーほほほほ!」
「80%オーバーしてるじゃねぇか。あと、麗しいは9割と関係ないだろ」
端的に言って、彼女は残念美少女だ。どの辺が残念かは、最早推して知るべしだろう。
育人は基本的にツッコミ役と見せかけたボケだ。
なぜなら、望にツッコミをさせることでバカの皮……もとい、化けの皮が剥がれるからである。
しかし、望がボケに回った時、その化けの皮は剥がれない。なぜなら、望のボケはツッコミどころが多すぎて逆にツッコミづらいからだ。
そして、この二人はなんだかんだで仲が良い。だから育人もツッコミを入れるのである。
「それより育人、明日暇?」
「唐突だな。まぁ暇だけど」
望はスマホを取り出して言った。彼女は行動力があるようで、思い立ったが吉日というタイプだ。
ちなみに、育人は寧ろ家に引きこもるタイプの人間だ。だが、この二人が知り合ってから、彼らはいつも一緒にいることになる。
そして彼らの日々は、だいたいこのような感じに過ぎていくのだ。
「明日、新作のエロゲーが届くの! 人生初めてのエロゲーなんだけど、一緒にプレイしましょう!」
「何それ寧ろ俺にどう言うプレイしてるんだ。というか、エロゲーって未成年でも買えるのか?」
「ネットであれば顔写真も証明書も必要無い、それがオンラインショッピングの良いところね!」
望はドヤ顔でそう言った。育人は呆れたようにため息をつく。
翌日も朝。モーニングコールよろしく、けたたましい着信音に育人はゆっくりと目を覚ます。
時間はまだ9時、たまの休みなのだからもう少し寝て居たいと電話を切ろうと思った。
だが、望の電話を切れば、きっと家にまで押しかけて来るだろう。
「……もしもし。こんな朝っぱらからなんだ?」
望の電話には出るが、そのまま無意識に電話を切った育人。
再び電話が鳴り、そんな彼に望は抗議する。ちなみに、この着信音はお互いが好きなゲームのBGMだ。
しかし、今回はその曲に負けないくらい大きな声が電話越しに聞こえてくる。
《ちょっと! なんで切るのよ!》
「押し間違えた。おやすみ」
《ちょっと、あなたってもう!》
「切らないから叫ぶな。あと、声でかすぎて耳痛い」
《くっくっく、良いか育人よ、今日は我が身にその身を捧げるのだ。吾輩の家に来い》
「えぇ……俺の休日……」
育人はスマホを枕に置いて嘆く。だが望はそんな育人の気持ちなど考えずに続ける。
《そして、新作のエロゲーを一緒にプレイしようではないか!》
「いや、俺はゲームはしない」
《えっ!? 一緒にプレイって……つまり……そういう……》
「違うからな。ゲームの話だ」
《くっ! 騙されたわ……》
「なんでだよ。そもそも、お前ってゲームなんてするやつだったか?」
《えっ? そうね……一緒にするのは育人が初めてよ……?》
「紛らわしい言い方をするな」
《興奮した?》
「するか」
《期待してた?》
「してない」
育人は相変わらずの塩対応。だが望はめげずに続ける。
《くっくっく、今日は私の家で思う存分ゲームを楽しむが良かろう!》
「俺は行かないぞ?」
《ちなみに、新作のエロゲーが届くのだけれど、一人でプレイするのは気が引けるわね……誰か一緒にプレイしてくれる人いないかしら?》
電話越しでもわかるようなわざとらしい演技で煽るように話す望に、育人はだんだんと目が覚めてしまう。
深い深い溜息を、これみよがしに聞こえる様に望に聞かせると、条件を一つ。
「お昼はお前の奢りだからな」
《任されよ。吾輩が貴様の頬が落ちるとっておきを用意してやろう》
「頰は落とさなくていいから美味しい料理な」
《くっくっく、ならば安心して来るがよい!》
そう言って電話を切った。
育人が向かったのは駅。そこで待ち合わせだ。
時刻はお昼頃を指している。付くとふくれっ面の望が立っていた。
今の彼女の恰好は、上品なブラウスに袖がフリルになっている淡いピンクのカーディガン、下はキュロットスカートで生足を大胆にさらけ出している。
「おっそいわねー」
「まだ時間前なんだが?」
「可愛い美少女を待たせるのは男の罪なのよ?」
「ならまだ待たせてないな」
「私が美少女なのよ! 待たせて!」
「美少女と可愛いは両立しない。少なくとも、お前は美少女ではない」
「くっくっく、だがしかし、吾輩の美貌に見惚れる気持ちも分かるぞ? 仕方がないから許してやろう! おーほほほほ!」
「キャラがブレブレなんだが……」
そう言って望は高笑いをする。そしてそのまま駅に向かって歩き出す。育人は慌ててその背中を追いかける。
そんなやり取りを何回かすると、二人は電車に乗り込んだ。そこでようやく、二人の目的地についての話となる。
「で? なんでお前急にエロゲーなんか買い始めたんだ?」
「あぁ、私の推しの声優さんが今回、初めてエロゲーに出てるのよね。その声優さんをより深く知るために、私は今回このエロゲーを買いました! どうよ!」
「いや、お前の声優に対する思い入れはよく分かったが、そもそも今までやったことあるのか?」
「あるわけないでしょう」
「じゃあなんで買ったんだよ……」
呆れたようにそう言う育人に、望は平然とした様子で答える。
「推しのためならあらゆる犠牲を払うのがファンってものよ」
「お前の愛は重いな。あと犠牲って言うな」
そんな会話をしながら電車に揺られること約一時間。駅から降りて少し歩くと、二人は目的地にたどり着いた。
「で? ここがお前の家か?」
「えぇ、そうよ」
それは、望の見た目からは想像もつかないほど大きなマンションだった。しかもオートロック付きである。
望は慣れた様子で鍵を使いオートロックを解除するとエレベーターに乗り込む。そしてそのまま最上階まで上がると、一番奥の部屋へと案内した。
「どうぞ」
「驚いた。お前ってお嬢様だったのか」
「お嬢様かどうかは分かんないけど、社長令嬢なのは間違いない無いわね。まぁ、そんなこといいからさっさと上がりなさいな」
「あ、あぁ、お邪魔します」
育人は部屋の広さに気圧されながら、恐る恐る靴を脱ぎ部屋へ上がる。
そしてそのまま、ゲームが置いてあるというリビングへと向かう。
「すごいな……」
育人は感嘆の溜息を漏らす。その部屋は望の見た目からは想像もつかないほど広く、大きなテレビとゲーム機が置いてあった。
勿論今回のゲームはコンシューマー向けのものではない。そのためハード機器ではなくパソコンを使ったゲームになる。
(……って、このパソコン、最近出たばかりの最新機種じゃないか? まさかエロゲーを買うためだけに買ったのか? いや、流石のこいつでもそれはないか……)
「どう? すごいでしょ!」
育人がパソコンを見て固まっているのを見て、まるで(と言うのが正しいのかは分からないが)自分の事のように嬉しそうな顔をする望。
「あぁ、すごい。けど、お前これどうやって買ったんだ? まさか親に買って貰ったのか?」
「そんなわけないじゃない。私の家はお金持ちだけど、流石にゲームのためにパソコンは買って貰えないわよ」
「ならどうやって買ったんだ? まさか自分でバイトして買ったとか言わないよな?」
育人の言葉に望は待っていましたと言わんばかりにドヤ顔で胸を張ると自慢げに答えた。
「くっくっく。吾は月の女神ぞ?」
「学園のピーマン茄子じゃなかったのか?」
「学園のヴィーナスよ! まぁ、私はお金に関して言えばプロよ? だから自分で稼いだの」
「お前ってバイトしてたのか?」
「いや、バイトはしたことない。けど私、お小遣いはいっぱい貰ってるから」
(こいつ……)
望はドヤ顔のまま続ける。
「そんなことよりも、先にお昼にしましょうか。何か希望はある?」
「そうだな……なら、パスタで」
「お好みは?」
「ペペロンチーノ」
「りょーかい。ちょっと待ってて」
望はそう言って台所に向かうと、冷蔵庫から食材を取り出して調理を始めた。
「お前が作るのか」
「くっくっく。女神は何でも多芸なのだ。ところで、ペペロンチーノって名前の由来知ってる? ペペロンチーノって言うのは、イタリア語で『速く食べる』って意味らしいわよ」
「へぇ……そうなのか」
「嘘よ。そもそもイタリアでペペロンチーノって通じないの。ペペロンチーノの正式名称は『アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ』。『アーリオ』はイタリア語で『にんにく』を意味する『aglio』、『オーリオ』はオイルを意味する『olio』、肝心の『ペペロンチーノ』は『peperoncino』って書いて、『唐辛子』って意味なの」
「詳しいな。と言うか、イタリア行ったことあるのか?」
「無いわよ。本で読んだの」
望はそう言うと、フライパンにオリーブオイルを加えて熱し始める。そしてその上にみじん切りにしたニンニクを入れていく。
そして香りが立つように火加減を調整しながら炒める。途中でみじん切りにした唐辛子を入れて炒めた後に醤油を入れると一気に香ばしい匂いが立ち込めた。
「はい、出来たわよ」
「早いな……」
「冷めない内に食べちゃって」
「あぁ、いただきます」
育人はフォークに麺を絡ませると口に運ぶ。
そして一口食べると、その味に驚いた様子で声を上げた。
「美味い……」
「でしょ? 私、パスタだけは自信あるのよね」
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