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第8話 和解

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「藤沢……!!」

私が教室を出て玄関に辿り着けば、私の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえる。
奇異の視線、それに構わず彼女は私に近付いて来る。

「少し、話がしたいんだけど」
「………。分かってる、薫には……いや、姫島には、もう近付かな――」
「ごめんなさい!!」

思わず振り返る。
彼女はたった一人で来て、完全に彼女の言葉をシャットダウンしていた私に対して、彼女は頭を下げていた。
どんな目で見られようとも、今この場で謝罪をしなければいけないと、彼女は使命感に突き動かされていた。
彼女は元来真面目な人間だ、見た目が派手な点を除けば優等生なのだろう。
そんな彼女が、外聞も恥も捨てて、私に頭を下げて来る。
そんな彼女に、私は向き合わなくてはならない。
でも……。

「私は、貴女に頭を下げて貰える人間なんかじゃない。私の母親は人を殺意を持って殺し、私はその過去に向き合えずにずっと逃げて来た。周りの目も奇異の目、好奇の目、私自身に何か向けられても、私自身、どうしていいか分からなかったのに……」
「でも、姫島さんは、彼女だけは、貴女のことを知らなかったでしょ? その手も、振り払っちゃうの?」
「私は、心が弱いから。もう、私を握っていた手を離されることに、耐えられないから……」

中学の時、小学生の頃から仲が良かった友達から、親に近付くなと言われたからと縁を切られた。
もちろん、私が犯罪者の子であっても私は関係ないと言ってくれた子もいた。
けれども、どうやら親達が言った言葉の裏には、ネットニュースにも載ってない隠れた真実があるようで、そっちがメインで距離を測りかねているようだった。
その理由が私には分からない、いや、私は忘れてしまっていた。

「私は、独りで良い。最初から独りなら、こんなに、苦しまずに、済むんだから……」
「藤沢……」

私は努めて笑顔を佐々木に見せる。けど、心に負った傷から負の感情が流れる様に、私の目からは止め処なく涙が零れていた。
そんな私を、佐々木は駆け足で近付いて、そして、私のことを抱き締める。

「………!!」
「ごめん、なさい……! 辛いのは、ずっと藤沢なのに……! もう、ずっとずっと、苦しんでいたのに、私……!! 貴女に、酷いことを……!!」
「あぁ、なんと美しい友情か。たとえ過去に何が有ろうとも、いや、彼女はようやく、自分の過去に向き直れるのかも知れない。もうずっと、傷付いたその心を、ようやく彼女は修復できるのだろう……!!」

思わずと言った感じで、周囲の生徒達が顔を見合わせて、そこで拍手が沸き上がる。
私は思わず、変なナレーションを付けた人物をねめつける。

「薫、人を悲劇のヒロインに上げるの、やめてもらえる?」
「だが、君は紛れもなく女主人公ヒロインだよ」

そう言って薫は王子様スマイルを浮かべる。



佐々木と別れ、私達は帰路に着く。
その間終始無言の私に、隣で薫は冷や汗を流しまくっているけれども。

「藤沢さん、王子、やっほー!」
「上機嫌だけど、もしかして小テストばっちり?」
「モチのロンだよ~! って、なんか王子、体調悪くない? 大丈夫?」
「あぁ、今私は世界の存亡と愛する姫を天秤に掛けている時の気分だよ……」
「え、何があったの?」
「……別に」
「ありゃりゃ、藤沢さんも顔真っ赤になっちゃった。ま、大方のことは私の情報網を持ってしたら察するんだけどね~。女主人公ヒロインの藤沢さん」
「………!!」

なんてこと無いように言ってるけれども、岸さんの言葉に私は胸を締め付けられる。
さっき佐々木と会話をした時に、薫は決して離れないから安心しろと言われたばかりだ。
だけど、岸さんは? 彼女は中学の時の私を知らない。
今の言葉も、皮肉に聞こえるくらいに、私は余裕が――。

「げほっ!? ごほっごほっ!!」
「ちょ、藤沢さん!?」
「藤沢さん、しっかりするんだ……!!」

この咳、薄々感じてたけど、多分ただの咳じゃない……。
……!!
咳だけじゃない、多分発熱……中学の時から具合が悪くなった理由も、今思えばタイミングは過去に触れた時。

「薫。どうやら自分の過去に向き直っても、向こうから離れて行くみたい」
「それは、一体……」
「二人には話しておく、私の過去、私の知っている思い出せることを。それでこれからも私と一緒に居てくれるのか、教えて欲しい」

そう言って私は二人に過去を話し始めた。
勿論、同級生が知る私の過去の話に毛が生えた程度だろうけど……。

―――――――――――――――――――――――――

私は、その子のことが、とても大好きだった。
その大好きは、ずっと続くものだと信じていた。
綺麗なガラスのような、美しい心。

「お姉ちゃん、いつも、遊んでくれてありがとう」
「ふふっ。あーちゃん、いつも、一人だから」
「そんなことないよ。でも、お姉ちゃんの前だと、いつもそうかも」

小学生の時分、一つ年下の女の子、私達はお互いに、よく話をしていた。
あーちゃんと言う名前は、同世代の中では私しか呼ばない。
だから、特別な感じがしたんだ。

「みーちゃん、そろそろ帰るわよー」
「あーちゃんも、ばいばいしようね」
「「はぁーい」」

大好きなお母さん達が呼ぶ名前、それを呼べることが、私達の特別なような気がしていた。
けれど、大好きは続かなくて、壊れる時は一瞬で、そして、私の知る彼女は、何処にも居なくなってしまった。
もう、私の知るあーちゃんは居ない。
もう、彼女はみーちゃんを知らない。

私はあの日、心が壊れてしまった。
あの子はあの日、人格が壊れてしまった。
もう、何に触れても、大好きと思えない。
もう、何に触れても、私の心は動かない。

――私の子供に、近付かないで!!!
――助けて、みーちゃん……。
――やめなさい!!

大好きだったはずなのに、私の大好きはお互いの大好きだった存在を狂わせた。
もう、何が大好きだったのかも分からない。
大好きが何かも分からない。
なぜ、あれ程までに大好きだったのか、なぜそれ程までにかけがえが無かったのか。
あの日、あーちゃんは死んだ、私の目の前で。
動かなくなったあーちゃん、動かなくなったお母さん、私は、私の心を守るため、深く深く私の心を鎮めた。

「ふふっ」

そんな時、あーちゃんは、突然私の前に現れた。
あの頃、名前は知らなかった。あーちゃんとしか呼んでなかったから。
それでも、彼女を初めて見た瞬間、ううん、また会った瞬間に、直ぐに彼女だと分かった。

「どうも。私は藤沢です。姫島さんとは、今日初めて話しただけの仲なので、関係は今会った岸さんと変わらないくらいの関係です」

見た目が変わって、大人っぽくなって、可愛くて、格好良くて、私の大好きな、あーちゃん……。



藤沢さん……藤沢、朱音ちゃん……。
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