蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

文字の大きさ
105 / 119
出口のない教室

18.

しおりを挟む


 ***

「結局、所有者はなにがしたいんだろうな」
 歩きながら――いくらか後ろ髪を引かれる気持ちはあるのだろう。九雀は考えるそぶりをしつつも、時折ちらちらと鏡の様子をうかがっている。もっとも思念世界と繋がっていた鏡は先程の一枚だけだったようで、そこに律華の姿が映り込むことはなかったが。
「百歩譲って、花岡智の同級生や真田に危害を加えるのは分かる。だが――ああいうの、なんてんだ? 意識体? を集めて思念世界の中に閉じ込めるって謎すぎんだろ」
「謎というほどのことでもないと思うよ」
 言って、鷹人は一度足を止めた。行き止まりだ。
「思念世界の現出は報復屋である三輪辰史氏がもっとも得意とする分野だ」
「あー、そういやそんなやつもいたな」
 少なからず確執があるとはいえ――異能者社会の大物を「そんなやつ」呼ばわりするのは、この悪友くらいのものだ。道を探すことも忘れ、鷹人はすっかり呆れてしまった。
「まだ根に持っているのか」
「そういうわけじゃなくて、単純に忘れてたんだよ」
「君が忘れた? 冗談はよせ」
「冗談っつうか、建前だな」
 悪びれもせず言って、視線だけで先を促してくる。鷹人はひとつ溜息を吐き、続けた。
「――続けるぞ。創作物語や誇張された逸話……これらは人の共感を受けやすいものであるがゆえに、思念にも影響を及ぼす。思念というのは、人の想いだからね。思念は物語を自分のエピソードであると錯覚するのさ。錯覚を起こした思念は物語からヒントを得て暴走する。たとえば婚約者に捨てられた女が、物語の中では大蛇となって男をどこまでも追いかけて殺した――これが思念世界でなら可能だと、思念は気付くわけだ」
「なるほど?」
「創造した世界の中ではなにが起きるか分からない。日常の景色と変わらないように見えたって、次の瞬間には殺人鬼が現れて律華くんたちを襲うかもしれない。現実で復讐するより残酷なやり方もできる」
「脅すような言い方をするんだな」
 まさしく脅すような言い方をしてしまった自覚はあった。
「君に危機感がないようだから」
 言い訳のように付け加えると、九雀は細く息を吐くように言った。
「危機感はあるさ。俺はいつだって、異能ってやつは信用ならないと思ってる」
「蔵之介……」
 それはどういう意味かと鷹人が訊ねるより先に、九雀は壁の一画を指差した。万華鏡のような世界の中で、よく見るとそこだけ景色が歪んでいる。
「通路だ」
 その一言で会話を打ち切り、足早に進んでいく。
 そんな彼の後を、鷹人は慌てて追いかけた。
「蔵之介、待て」
「遅れるなよ。真田の命に関わるかもしれねえんだから」
「それは分かっているが、そうではなく――」
「……警察がマシだとは言わんが、呪症管理協会も異能者社会もちと自分本位すぎる。その点について、俺はお前や真田よりよっぽど身に沁みてる。そういう意味では、お前にこそ危機感を抱いてほしいよ」
 歩みは止めず、また振り返りもせず。
 誰が聞いているわけでもないのに、九雀は陰鬱に声をひそめた。
「チームがうまく回ってきたからこそ、最近痛感させられる。呪症や土岐のような異能者の犯罪を本気で憂えているやつが異能組織にどれだけいるかって話だ。警察だって人手不足の中、なんで異能対策課だのESP捜査だの、異能犬だの試験導入してんだと思う?」
「それは……」
「真田は警察が今のところ異能の秘匿に対して協力的だと言ったが、実情はちと違う。異能犯罪の捜査権および刑罰権に関するアドバンテージを取り戻すつもりだ。昨今増えつつある――というか明らかにされつつある、だな――異能犯罪を問題視する動きが警察の中では高まっている。というのも、解決を異能者任せにするとわけの分からん死体が増えるか、異能者社会における地位的な問題で揉み消されるかがほとんどだからだ。ちなみにお前の言う報復屋だって、そういう意味ではアウトだぞ」
 悪友はそっと嘆息すると、鏡越しに鷹人を見据えた。



.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...