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張り子の虎【赤の妄執】
1.
しおりを挟む***. 或りし日、秋寅。
三輪秋寅は考える。考えることは好きなのだ。とりとめもなく、思考を口から垂れ流すことも。成り上がりの異能者一族、才能と金の力を尊ぶ三輪一族。一族のなりふり構わぬ交配が生んだ最高の術者、三輪尊。その娘である母と――能力主義の連中が言うところの――つまらない陰陽師である父から生まれた。それが彼だった。上には一人姉がいる。三輪初子。子の字を与えられた影響か、いつも目立たない場所でじっとしていた。そんな印象がある。秋寅より六つ年上の彼女は視ることしかできない人だった。兄弟が生まれるまでの六年、一人で才能ある従兄弟の丑雄と比べられてきた点は哀れむべきなのだろう。
物心付いたときにはもう、秋寅は姉が一族を嫌悪していることに気付いていた。どうにもならないことを悲しみながら、嘆きながら、諦めながら、逃げたがっている。彼女は最低限異能者としての素質を備えていた秋寅のことも苦手としていたようだったので、秋寅も早々に彼女と姉弟ごっこをするのは諦めた。幸い歳の近い従兄が兄のような役割を果たしてくれていたし、一つ下には妹もいた。わけも分からないまま従弟が死んだが、入れ代わるようにして弟が生まれた。下ができてつくづく思ったことは、自分は姉のようになるまいということだった。妹と弟には、まさしく尊の血を思わせる才があった。秋寅はそれを妬んだりしなかった。そう、思い返しても嫉妬の記憶というのはない。
才能ある弟妹ばかりでなく、秋寅は二つ年上の従兄にも敵わなかった。同じ頃に学び始めた陰陽道に天文道、修験道における呪法、祓いの儀――三輪一族の祖は星詠みであったというが、偉大な異能者を生み出すために才能の他は問わないようなところがあったため、一族には様々な才を持つ人がいた。従兄は努力でもってそれらのうちのいくつかを修め、秋寅は幅広くかじって修めることを放棄した。異能の術ばかりでなく体作りのために始めた水泳も、弓道も、武術も、これは駄目だと察するや止めたと放りだしたので、父からは飽き性だと叱られることもしばしばだった。祖父もそんな秋寅の性格を危ぶんだのだろう。まだ幼い頃、従兄の弟が生きていた頃、秋寅にこう訊ねたことがあった。
「秋寅、お前は何者になりたいのかね」
秋寅は答えた。
「従兄さんにはなれない、俺だけの俺に」
そうかと祖父は言った。それだけでなにもかもを察してくれたらしい彼は、確かに偉大な人だった――と、秋寅は思う。彼の前で、長いお喋りは無意味だった。むしろ秋寅は祖父の前で押し黙っていることの方が多かった。真っ直ぐな従兄と後から生まれた才能ある弟が盲目的に祖父を敬愛するさまを見て、怖くなってしまったのだ。対話を重ねて、彼らのようにならない保証はなかった。だが、彼らのようにはなりたくなかった。なんせあまりに不自由しているように見えたのだ。一族も、祖父も、両親も、兄弟も、従兄弟も、誰も彼も。まるで箱庭の世界で生活しているようだと感じていた。
かつて祖父が亡き従弟に語った「自由」という単語を思い出すたび、自分は自由でありたいと思う秋寅だった。それもまた寅の字を与えられた影響かと、密かに悩んだことがなかったわけではないが。
自由でありたいと思う一方で、一つ年下の妹と六つ年下の弟のことは愛していた。愛。胡散臭い単語ではあるが、秋寅は自身のそれを愛であると思っている。祖父の血を濃く継ぎすぎているために鳥籠で飼われていることに気付かない二人のため、選択肢を用意してやるのも先に生まれた兄の務めではないか――と。姉は非力を理由に、その役割を放棄した。弟妹を守らず早々に家を出た。それは秋寅が唯一認めがたく思っている選択だった。
それは、ともかく。
幸いにして賢い妹はすぐに秋寅の意図に気付いた。辰史は秋寅が心配したほど一族にこだわってはいなかった。幼い頃からなにか秘め事を抱えているようにも見える弟は、やはり他に執心しているものがあるようだった。そうして二人が家を離れると、秋寅もすぐ家を出た。向かった先は国外。上海だった。大学に在学している頃から、そうしようと決めていた。祖父に相談し、知人であるという師を紹介してもらうことにもなっていた。
才能の有無よりも知識と経験、そして技術を要する薬学調香は自分に向いていると思っていたし、なにより師――三条院修泉の研究する新興調香学には興味もあった。
二十二で弟子入りし二十六で師を失ったため、彼に学んだ期間は四年。師を越えたと自覚したのは死の前年だったから、どうにか彼を傷付けずに済んだだろう――と、秋寅は思っている。
師、三条院修泉。三輪家とも付き合いの深い三条院家に生まれた人だ。確か次男だったと聞いている。人望もあって身内からは再三帰国するよう促されていたというが、本人は研究を優先して最期まで上海の邸で過ごした。彼の遺骨を日本へ戻したのは、秋寅と妹弟子だった。上海に残ったのは主人をなくした邸と後継者のいない店。
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