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虚妄と幸福
15.埋葬品の番人
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12月24日 PM: 19:00
「ミドゥ氏がVP-netに頼んで調査してくださった、被害状況図になります」
律華は車に戻ると、後部座席に積んでいたノートパソコンを開いた。
パソコンのアドレスに画像を転送し、メールから開く。
「棒グラフは各区域に居住している吸血鬼の数を表しています。吸血鬼の大半は人間社会に溶け込んで共存しているという話でしたか。確かに、各区の人口比率は人間とほとんど変わらないようです。その点でもこのデータは参考になるかと」
言いながら、律華が二枚目の画像をクリックした。
棒グラフが消え、地図上に無数の赤い点が広がる。
「これは、被害を訴えている吸血鬼の分布図です。お気づきでしょうか?」
訊ねてくる律華に、辰史は頷いた。
「綺麗な円状だな」
「はい。この地点を中心に、被害は円状に広がっています」
中心に近いほど点は密集し、離れるほどまばらになっていく。
彼女が補足した。
「ミドゥ氏によると、特定古物から距離が遠ざかるほど呪症の影響力が薄くなり、吸血鬼の中でも特に敏感な者だけが影響を受けているからだろうとの話でした」
「なるほど。中心地は――」
「中野区です。もう少し絞り込めればと思ったのですが……」
「いや、これだけでも随分範囲は狭まった」
かぶりを振り、辰史は懐から呪符を取り出した。胸の前で印を切り、念じる。屍喰を呼び戻すのだ。探索に出してから一時間。御霊に残された微かな気配を辿るのに苦戦しているのか、あの独眼の鴉が戻ってくる気配はない。
――屍、戻れ。
短い呪を囁く。帰るのを待つより手元で符に戻してしまう方が手っ取り早いのだが、御霊と繋げてしまった手前、そうするわけにもいかない。符に戻し、また顕現させて御霊と繋ぎ直すとなると、比奈のアパートまで戻らなければいけないからだ。
車内で待つこと十分。
その間に、律華の方は画像に丁寧な補足を加え、九雀の携帯に送信していた。単独行動を常とする辰史には、馴染みのない光景である。律華がノートパソコンを閉じて後部座席へ戻した頃、屍喰が帰ってきた。車窓を嘴でこつこつ叩く独眼の鴉に気付いて、律華が窓を開けた。
「屍喰、所有者は中野区の周辺だ。探せ」
改めて命令すると、式神は首を縦に振る仕草で答え、すぐに飛び立っていった――それが、辰史のやり方だ。
「九雀先輩たちは、現在呪症管理協会を離れ新宿にいらっしゃるそうです」
彼とやり取りをしていたらしい、律華が告げてくる。
「新宿?」
「二年前に〈夜空への誓い〉を入手した人物が、新宿の質屋に入れたところまで突き止め、手がかりがないか聞き込みをしていたとの話でした」
「どうだった?」
「記録によれば、時計は店頭に出されてすぐ購入者がついています。店の規定で保証期間を六ヶ月設けていたそうですが期間内の利用がなかったため、購入者の身元を示す記録は店側にはありません」
「呪症の残滓は? 管理者が一緒にいただろう。確かめなかったのか?」
「いえ、確認はしたと聞いています。しかし二年も経っているので……」
「そうか。思念とは勝手が違うか」
呪症は、思念の一部にすぎない。
術者の手にかからずとも条件さえ揃えば容易く顕現し、また呪症管理者になるための訓練を受けた非異能者によって封じられてしまうような代物である。そんな不安定な想いの、そのまた残滓に多くを期待するのは無駄か。
辰史はがっくりと肩を落とした。
「で、やつらどうするって?」
「ちょっと待ってください。九雀先輩から着信です」
メールでもインスタントメッセージでもなく、着信だ。
辰史に短く断り、律華がスピーカーモードにして通話ボタンを押した。
「九雀先輩、先程はご連絡ありがとうございました」
「ああ。そっちはどうだ? 変わったことはないか?」
やけに心配そうな九雀の声が、そう訊ねてくる。
過保護なやつだな――と、辰史は自分のことを棚に上げて思った。
「いえ、今のところは。たった今、三輪氏が式神での探索範囲を変更したところです。こちらは結果待ちなのですが、先輩たちの方はどうされるおつもりですか?」
「そのことなんだが、月代のやつが最初に読んだカードの内容が気に掛かってる――と、石川が言うもんでな」
「カード?」
意味が分からなかったのだろう、律華がこちらに視線を送ってくる。辰史も分からず、肩を竦めた。警視庁勤めのESP保有者だったか。さっさと会議室を出てしまったため、彼がどんな能力を持っているか知らないのだ。
「ああ、そっか。後輩ちゃんたちは、いなかったもんな」
と、九雀が気付いて説明を補足する。
「月代のESPは透視術だ。タロットカードの要領でカードを選んで、そこから近い未来や問いに対する答えを見出す。で、現在の所有者と居場所の特定ができないかとリーディングさせたわけだ」
「なるほど」
「その結果、【埋葬品の番人】というカードが出た」
彼の言葉に、律華が首を傾げる。
「埋葬品の番人……墓地でしょうか?」
「墓地に限らず、葬儀関連の施設や企業が手がかりになるんじゃないかって話をしている。だが……分かりやすすぎるだけに、なんだか騙されてる気分になるよなあ」
近くにいる月代を気にしてか、九雀は声をひそめた。
「正直なところ、俺は月代の能力に懐疑的だ。引いたカードの絵柄を見て、意味を付け足していくってところが気に入らない」
それに対して、律華は追従も否定もしなかった。彼の話に耳を傾け、考え深げにしている。九雀も、彼女のスタンスについては理解しているのだろう。
「これは俺の好みの問題だ。お前にまであいつを疑えと言いたいわけじゃないし、誰かと議論するつもりもない」
彼の言葉に対し、律華は頷いた。
「分かりました。九雀先輩は懐疑的とおっしゃりつつも、月代捜査官の言う【埋葬品の番人】とやらを捜すおつもりなのですね。捜索範囲が狭まったとはいえ、三人では手が足りないと、そういうことでしょう?」
「こらこら、先輩の言葉を先回りするんじゃない」
九雀は苦笑したようだ。律華が素直に頭を垂れる。
「すみません。しかし自分は、九雀先輩のそういった慎重さと、それでいて月代捜査官の案を受け入れる柔軟さを信頼しています」
「あまり持ち上げるな。で――捜索対象に関しては警視庁にリストアップを頼んだから、リストが上がってきたらメールで割り振りを知らせるよ」
「はい。三輪氏の式神に動きがありましたら、こちらから連絡いたします」
「ああ、頼むな」
慣れを感じさせるやり取りを終え、律華が「では」と通話を終了しようとしたときだ。九雀がやや躊躇いがちに、それを遮った。
「待て、後輩ちゃん」
「なんでしょう、先輩」
律華が訊き返す。一拍の間をおいて、彼が言った。
「お前は、大丈夫か?」
辰史には、問いかけの意味が分からなかった。律華には、なにか心当たりがあったのかもしれない。その瞬間、彼女の顔がほんの少しだけ青ざめたように見えた。
「なにがでしょう?」
再び訊き返す声に、動揺はなかったが――
それを聞いて猶、九雀は酷く真剣な声で続けてきた。
「いつもと違って血生臭くはないが、これは紛れもない呪症事件だ」
「はい、心得ています」
「勝手もいつもと違う。今、お前の傍には俺も石川もいない」
「はい」
「報復屋は、困ったときに頼れそうか?」
深刻そうに切り出すから何事かと思えば、まるで保護者だ。
呆れる辰史の隣で、律華ははきはきと答えた。
「三輪氏は、優秀な異能者です」
だが、それは九雀が聞きたかった答えではなかったらしい。
「優秀かどうかは問題じゃねえんだよ。俺が言いたいのは……」
と、そこで横から声が割り込んできた。
「蔵之介、また君は飼い犬のことでぐだぐだ言っているのか」
呪症管理者の石川鷹人だろう。
「おい、石川!」
九雀が声を上げるのにも構わず、彼は呆れた調子で言った。
「律華くんのことだから、この会話もスピーカーにしているはずだぞ」
「だから、なんだよ?」
「辰史氏に身内の恥を晒すんじゃない、と言いたいのさ。僕は。申し訳ないね、辰史氏。蔵之介は後輩のこととなると、病的な心配性になるんだ。以前も律華くんと組んだ異能者を警戒して……」
「土岐のときは、俺の勘が正しかっただろうが!」
「だが、辰史氏の身元は保証されている。君なんかよりよっぽど優秀な男だ」
「だから優秀かどうかは問題じゃねえんだって」
「とにかく、辰史氏――律華くんの社交性を育ててやってほしい。では、また」
そんな言葉を最後に、ぷつりと通話が切れた。
律華は携帯を見つめ、苦い顔をしている。
「石川のやつ……恥を晒しているのはどっちだ……」
「仲が良くて羨ましいこったな」
辰史は呟いた。もちろん皮肉だ。
(仲良しこよしの警官チームって、どうなんだかな)
わざわざ口に出して彼女を恐縮させるようなことはしないが、溜息は零れた。
こっちは比奈のことで参っているのだ。飼い犬の世話まで押しつけられてはたまったものではない。最後の会話は聞かなかったことにして、辰史は早々に話を変えた。
「今後の捜査方針については、大体分かった。俺も異論はない。手がかりが少ない以上、あやしいところは虱潰しに捜す必要があるからな」
ばつが悪かったのだろう、律華も先程の会話を引っ張ったりはしなかった。
「三輪氏は【埋葬品の番人】について、どう思われますか?」
「どうだろうな。俺は異能者であって、ESP保有者じゃない」
「ESPも、異能なのでは?」
非異能者らしい発想だ。
辰史は首を振りつつ、説明した。
「広義の意味ではそうだが、俺たちの言う異能ってのは、古来のやり方で言うところの〈呪術者〉的意味合いで使われている。儀式的手順を必要とする場合が多いため、学び方次第では素質に欠けるやつでも入門編くらいの術を発動することが可能だ。あんたのところの呪症管理者がそうだな。純粋な異能者じゃァないが、呪を学んだことによって、呪症への介入を可能としている。一方のESPは、常に科学による解析を受けてきた能力だ。人間の脳が常に力をセーブしていることは知られているが、ESP保有者は一部が解除された状態だとされている。戦時中には、スターゲイト・プロジェクトという名で軍事作戦に遠隔透視能力を取り入れるための研究がされていたこともあってな。科学の発展いかんいよっては、今後能力の秘密を解明できるかもしれないわけだ。その点でも、アニミズムから生まれた異能とは性質が異なる」
分かりやすく噛み砕いたつもりだが、律華にはぴんとこなかったようだ。
「……つまり、文系と理系ぐらいの違いがあると?」
「……あんたの喩えって、やっぱりなんかおかしいよな」
奇妙な喩えに首を捻りつつ、辰史は話題を戻した。
「で――なんだったか、ああ【埋葬品の番人】か。ESP保有者本人があらかじめ視た未来をイメージとして記録したものなら、示すものが直接的でも不思議はない」
「ではやはり、人の死に関連した職業や場所があやしいと?」
「個人的には墓地はなしだと思う。墓の中にあるのは骨壺くらいだろうしな、今は。聖職者も、これって感じじゃない。やつらは人を導き、教える者だ」
埋葬品の番人には、むしろ墓守のようなニュアンスがある。
「となると、実はかなり絞られるように思いますが……しかし、難しいですね」
律華が顎に手をそえ、唸った。彼女の携帯が、また音を立てる。
画面を覗き込み、彼女が眉を寄せた。
「あ――九雀先輩からです。こちらの割り振りが決まりました。墓地霊園、斎場の数はそれほどでもありませんが、やはり葬儀社は数が多いですね」
辰史は、横からちらりと彼女の携帯を覗いた。警視庁からも捜索組を出すことになった旨が記載されているが、葬儀社だけで三百件近くあるため、手分けしても百件は受け持たなければならない。無駄が多すぎる、と辰史は感じた。
「……葬儀社以外に、なにか気になる施設はないか?」
「となると、墓石店や仏具店――施設ではありませんが、遺品整理代行、遺品預かりサービス、墓の清掃業者などもありますね」
「そっちの方が当たりそうな感じがするな。遺品は埋葬品に通じるところがあるし、墓の清掃業者ってのは墓守を思わせる。さっさと動くぞ」
腕時計を確認し、辰史は顔をしかめた。
――もう十九時だ。
比奈が昏睡状態に陥ってから、もう七時間になる。あきらからの連絡はない。特に異変はないということなのだろうが、いつまで今の状態を維持できるか分からないだけに不安だった。
(丑雄にやられたときは、一週間だったか……)
今のまま落ち着いてくれれば、それくらいはもつだろうが、所有者の意思で影響力が強まるようなことがあれば、今度こそ御霊が消滅してしまうかもしれない。
「そうですね。では、とりあえず近くから片っ端に訪問してみましょう」
律華はそう言って、カーナビにいくつかの住所を打ち込んだ。ルートが表示されたのを確認し、アクセルを踏み込む。
「ミドゥ氏がVP-netに頼んで調査してくださった、被害状況図になります」
律華は車に戻ると、後部座席に積んでいたノートパソコンを開いた。
パソコンのアドレスに画像を転送し、メールから開く。
「棒グラフは各区域に居住している吸血鬼の数を表しています。吸血鬼の大半は人間社会に溶け込んで共存しているという話でしたか。確かに、各区の人口比率は人間とほとんど変わらないようです。その点でもこのデータは参考になるかと」
言いながら、律華が二枚目の画像をクリックした。
棒グラフが消え、地図上に無数の赤い点が広がる。
「これは、被害を訴えている吸血鬼の分布図です。お気づきでしょうか?」
訊ねてくる律華に、辰史は頷いた。
「綺麗な円状だな」
「はい。この地点を中心に、被害は円状に広がっています」
中心に近いほど点は密集し、離れるほどまばらになっていく。
彼女が補足した。
「ミドゥ氏によると、特定古物から距離が遠ざかるほど呪症の影響力が薄くなり、吸血鬼の中でも特に敏感な者だけが影響を受けているからだろうとの話でした」
「なるほど。中心地は――」
「中野区です。もう少し絞り込めればと思ったのですが……」
「いや、これだけでも随分範囲は狭まった」
かぶりを振り、辰史は懐から呪符を取り出した。胸の前で印を切り、念じる。屍喰を呼び戻すのだ。探索に出してから一時間。御霊に残された微かな気配を辿るのに苦戦しているのか、あの独眼の鴉が戻ってくる気配はない。
――屍、戻れ。
短い呪を囁く。帰るのを待つより手元で符に戻してしまう方が手っ取り早いのだが、御霊と繋げてしまった手前、そうするわけにもいかない。符に戻し、また顕現させて御霊と繋ぎ直すとなると、比奈のアパートまで戻らなければいけないからだ。
車内で待つこと十分。
その間に、律華の方は画像に丁寧な補足を加え、九雀の携帯に送信していた。単独行動を常とする辰史には、馴染みのない光景である。律華がノートパソコンを閉じて後部座席へ戻した頃、屍喰が帰ってきた。車窓を嘴でこつこつ叩く独眼の鴉に気付いて、律華が窓を開けた。
「屍喰、所有者は中野区の周辺だ。探せ」
改めて命令すると、式神は首を縦に振る仕草で答え、すぐに飛び立っていった――それが、辰史のやり方だ。
「九雀先輩たちは、現在呪症管理協会を離れ新宿にいらっしゃるそうです」
彼とやり取りをしていたらしい、律華が告げてくる。
「新宿?」
「二年前に〈夜空への誓い〉を入手した人物が、新宿の質屋に入れたところまで突き止め、手がかりがないか聞き込みをしていたとの話でした」
「どうだった?」
「記録によれば、時計は店頭に出されてすぐ購入者がついています。店の規定で保証期間を六ヶ月設けていたそうですが期間内の利用がなかったため、購入者の身元を示す記録は店側にはありません」
「呪症の残滓は? 管理者が一緒にいただろう。確かめなかったのか?」
「いえ、確認はしたと聞いています。しかし二年も経っているので……」
「そうか。思念とは勝手が違うか」
呪症は、思念の一部にすぎない。
術者の手にかからずとも条件さえ揃えば容易く顕現し、また呪症管理者になるための訓練を受けた非異能者によって封じられてしまうような代物である。そんな不安定な想いの、そのまた残滓に多くを期待するのは無駄か。
辰史はがっくりと肩を落とした。
「で、やつらどうするって?」
「ちょっと待ってください。九雀先輩から着信です」
メールでもインスタントメッセージでもなく、着信だ。
辰史に短く断り、律華がスピーカーモードにして通話ボタンを押した。
「九雀先輩、先程はご連絡ありがとうございました」
「ああ。そっちはどうだ? 変わったことはないか?」
やけに心配そうな九雀の声が、そう訊ねてくる。
過保護なやつだな――と、辰史は自分のことを棚に上げて思った。
「いえ、今のところは。たった今、三輪氏が式神での探索範囲を変更したところです。こちらは結果待ちなのですが、先輩たちの方はどうされるおつもりですか?」
「そのことなんだが、月代のやつが最初に読んだカードの内容が気に掛かってる――と、石川が言うもんでな」
「カード?」
意味が分からなかったのだろう、律華がこちらに視線を送ってくる。辰史も分からず、肩を竦めた。警視庁勤めのESP保有者だったか。さっさと会議室を出てしまったため、彼がどんな能力を持っているか知らないのだ。
「ああ、そっか。後輩ちゃんたちは、いなかったもんな」
と、九雀が気付いて説明を補足する。
「月代のESPは透視術だ。タロットカードの要領でカードを選んで、そこから近い未来や問いに対する答えを見出す。で、現在の所有者と居場所の特定ができないかとリーディングさせたわけだ」
「なるほど」
「その結果、【埋葬品の番人】というカードが出た」
彼の言葉に、律華が首を傾げる。
「埋葬品の番人……墓地でしょうか?」
「墓地に限らず、葬儀関連の施設や企業が手がかりになるんじゃないかって話をしている。だが……分かりやすすぎるだけに、なんだか騙されてる気分になるよなあ」
近くにいる月代を気にしてか、九雀は声をひそめた。
「正直なところ、俺は月代の能力に懐疑的だ。引いたカードの絵柄を見て、意味を付け足していくってところが気に入らない」
それに対して、律華は追従も否定もしなかった。彼の話に耳を傾け、考え深げにしている。九雀も、彼女のスタンスについては理解しているのだろう。
「これは俺の好みの問題だ。お前にまであいつを疑えと言いたいわけじゃないし、誰かと議論するつもりもない」
彼の言葉に対し、律華は頷いた。
「分かりました。九雀先輩は懐疑的とおっしゃりつつも、月代捜査官の言う【埋葬品の番人】とやらを捜すおつもりなのですね。捜索範囲が狭まったとはいえ、三人では手が足りないと、そういうことでしょう?」
「こらこら、先輩の言葉を先回りするんじゃない」
九雀は苦笑したようだ。律華が素直に頭を垂れる。
「すみません。しかし自分は、九雀先輩のそういった慎重さと、それでいて月代捜査官の案を受け入れる柔軟さを信頼しています」
「あまり持ち上げるな。で――捜索対象に関しては警視庁にリストアップを頼んだから、リストが上がってきたらメールで割り振りを知らせるよ」
「はい。三輪氏の式神に動きがありましたら、こちらから連絡いたします」
「ああ、頼むな」
慣れを感じさせるやり取りを終え、律華が「では」と通話を終了しようとしたときだ。九雀がやや躊躇いがちに、それを遮った。
「待て、後輩ちゃん」
「なんでしょう、先輩」
律華が訊き返す。一拍の間をおいて、彼が言った。
「お前は、大丈夫か?」
辰史には、問いかけの意味が分からなかった。律華には、なにか心当たりがあったのかもしれない。その瞬間、彼女の顔がほんの少しだけ青ざめたように見えた。
「なにがでしょう?」
再び訊き返す声に、動揺はなかったが――
それを聞いて猶、九雀は酷く真剣な声で続けてきた。
「いつもと違って血生臭くはないが、これは紛れもない呪症事件だ」
「はい、心得ています」
「勝手もいつもと違う。今、お前の傍には俺も石川もいない」
「はい」
「報復屋は、困ったときに頼れそうか?」
深刻そうに切り出すから何事かと思えば、まるで保護者だ。
呆れる辰史の隣で、律華ははきはきと答えた。
「三輪氏は、優秀な異能者です」
だが、それは九雀が聞きたかった答えではなかったらしい。
「優秀かどうかは問題じゃねえんだよ。俺が言いたいのは……」
と、そこで横から声が割り込んできた。
「蔵之介、また君は飼い犬のことでぐだぐだ言っているのか」
呪症管理者の石川鷹人だろう。
「おい、石川!」
九雀が声を上げるのにも構わず、彼は呆れた調子で言った。
「律華くんのことだから、この会話もスピーカーにしているはずだぞ」
「だから、なんだよ?」
「辰史氏に身内の恥を晒すんじゃない、と言いたいのさ。僕は。申し訳ないね、辰史氏。蔵之介は後輩のこととなると、病的な心配性になるんだ。以前も律華くんと組んだ異能者を警戒して……」
「土岐のときは、俺の勘が正しかっただろうが!」
「だが、辰史氏の身元は保証されている。君なんかよりよっぽど優秀な男だ」
「だから優秀かどうかは問題じゃねえんだって」
「とにかく、辰史氏――律華くんの社交性を育ててやってほしい。では、また」
そんな言葉を最後に、ぷつりと通話が切れた。
律華は携帯を見つめ、苦い顔をしている。
「石川のやつ……恥を晒しているのはどっちだ……」
「仲が良くて羨ましいこったな」
辰史は呟いた。もちろん皮肉だ。
(仲良しこよしの警官チームって、どうなんだかな)
わざわざ口に出して彼女を恐縮させるようなことはしないが、溜息は零れた。
こっちは比奈のことで参っているのだ。飼い犬の世話まで押しつけられてはたまったものではない。最後の会話は聞かなかったことにして、辰史は早々に話を変えた。
「今後の捜査方針については、大体分かった。俺も異論はない。手がかりが少ない以上、あやしいところは虱潰しに捜す必要があるからな」
ばつが悪かったのだろう、律華も先程の会話を引っ張ったりはしなかった。
「三輪氏は【埋葬品の番人】について、どう思われますか?」
「どうだろうな。俺は異能者であって、ESP保有者じゃない」
「ESPも、異能なのでは?」
非異能者らしい発想だ。
辰史は首を振りつつ、説明した。
「広義の意味ではそうだが、俺たちの言う異能ってのは、古来のやり方で言うところの〈呪術者〉的意味合いで使われている。儀式的手順を必要とする場合が多いため、学び方次第では素質に欠けるやつでも入門編くらいの術を発動することが可能だ。あんたのところの呪症管理者がそうだな。純粋な異能者じゃァないが、呪を学んだことによって、呪症への介入を可能としている。一方のESPは、常に科学による解析を受けてきた能力だ。人間の脳が常に力をセーブしていることは知られているが、ESP保有者は一部が解除された状態だとされている。戦時中には、スターゲイト・プロジェクトという名で軍事作戦に遠隔透視能力を取り入れるための研究がされていたこともあってな。科学の発展いかんいよっては、今後能力の秘密を解明できるかもしれないわけだ。その点でも、アニミズムから生まれた異能とは性質が異なる」
分かりやすく噛み砕いたつもりだが、律華にはぴんとこなかったようだ。
「……つまり、文系と理系ぐらいの違いがあると?」
「……あんたの喩えって、やっぱりなんかおかしいよな」
奇妙な喩えに首を捻りつつ、辰史は話題を戻した。
「で――なんだったか、ああ【埋葬品の番人】か。ESP保有者本人があらかじめ視た未来をイメージとして記録したものなら、示すものが直接的でも不思議はない」
「ではやはり、人の死に関連した職業や場所があやしいと?」
「個人的には墓地はなしだと思う。墓の中にあるのは骨壺くらいだろうしな、今は。聖職者も、これって感じじゃない。やつらは人を導き、教える者だ」
埋葬品の番人には、むしろ墓守のようなニュアンスがある。
「となると、実はかなり絞られるように思いますが……しかし、難しいですね」
律華が顎に手をそえ、唸った。彼女の携帯が、また音を立てる。
画面を覗き込み、彼女が眉を寄せた。
「あ――九雀先輩からです。こちらの割り振りが決まりました。墓地霊園、斎場の数はそれほどでもありませんが、やはり葬儀社は数が多いですね」
辰史は、横からちらりと彼女の携帯を覗いた。警視庁からも捜索組を出すことになった旨が記載されているが、葬儀社だけで三百件近くあるため、手分けしても百件は受け持たなければならない。無駄が多すぎる、と辰史は感じた。
「……葬儀社以外に、なにか気になる施設はないか?」
「となると、墓石店や仏具店――施設ではありませんが、遺品整理代行、遺品預かりサービス、墓の清掃業者などもありますね」
「そっちの方が当たりそうな感じがするな。遺品は埋葬品に通じるところがあるし、墓の清掃業者ってのは墓守を思わせる。さっさと動くぞ」
腕時計を確認し、辰史は顔をしかめた。
――もう十九時だ。
比奈が昏睡状態に陥ってから、もう七時間になる。あきらからの連絡はない。特に異変はないということなのだろうが、いつまで今の状態を維持できるか分からないだけに不安だった。
(丑雄にやられたときは、一週間だったか……)
今のまま落ち着いてくれれば、それくらいはもつだろうが、所有者の意思で影響力が強まるようなことがあれば、今度こそ御霊が消滅してしまうかもしれない。
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