蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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赤ずきん【END2.遅れた代償】

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「すまない、石川。少し遅くなった」

 差し入れついでに花でも――と摘んでいたら、夕方になってしまった。慌てて森の奥の小屋に駆け込むと、中は静まり返っている。暖炉の火も消え、温度は外とほとんど変わらない。とはいえ家主不在というわけではないのか、ベッドはこんもりと盛り上がっている。

「――かまわないよ。きてくれてありがとう」

 その声のか細さに、律華はますます驚いた。

「そんなに具合が悪いのなら、どうしてもっと早く呼ばなかった――っと、そんなことを言っている場合ではないな。遅くなって、本当にすまない」

 暖炉へ駆け寄り、薪に火を付ける。それからベッドへ近寄るが、よっぽど具合が悪いのか鷹人はベッドから顔も出さずに丸くなっている。

「食事は?」
「あまり、食欲がないんだ」
「駄目だ。なにか食べないと、治るものも治らない。待ってろ、今……」

 持ってきた林檎を剥いてやろうと背中を向ける。と、後ろから鷹人がしがみついてきた。顔を隠すように頭からすっぽり毛布をかぶって、体温を求めてくる。風邪を引いているというから熱があるのだろうとばかり思っていたが――

「どうした……?」

 奇妙さを覚え、律華は肩越しに振り返った。

「寒いのか。そんなに毛布をかぶって」
「寒くはない。君に見られるのが恥ずかしいだけだ」

 そう呟いて、毛布の隙間からそっと手だけを差し出してくる。その手に触れ、律華はますます驚いた。まるで死人のように冷たい。

「なんでこんなに手が冷たいんだ」
「君にあたためてもらうためさ」
「本当に、どうしたんだ。石川……?」
「ああ、わたしは――僕は、石川鷹人だとも。君がそうと信じてくれている間は」

 信じなくなったら何者になるのか、とは訊けなかった。その声が、森の中に棲むもう一人の孤独な男。何十年と一人で生きてきた男の声のように聞こえたのは気のせいなのだろう。子供のようにすがりつく彼に憐憫にも似た感情を覚え、律華は小さく顎を引いた。

「そうか。お前がそう言うのなら、信じよう」

 指を絡めるようにして、冷たい彼の手を握り込む。それきり会話はなくなった。暖炉では燃え続ける薪が時折ぱちりとはぜ、静寂に音を響かせていた。



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