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第一章
第7話 巨体を揺らす
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「トラウゴッドさん、あんたどうしちまったんだ!」
エレノアとルイスにナギサとかいう女を任せた俺は、目の前の巨大な男——トラウゴッドさんを説得しようと試みる。
ルイスにエレノアを任せるのは癪に障るが仕方がない。
だが、こうしてみるとどう見てもトラウゴッドさんは正気ではない。
巨体に見合った大きな剣を振り回しながら近づいてくる目は、明らかにこちらを味方と認識している様子はない。
東門騎士団の第四席次として時に厳しく、そして優しく俺に指導してくれたそんな心優しい騎士は、今や獣のようにふるまっている。
間違いない。玄関の上で優雅に座っているあの女がトラウゴッドさんをこんな風にしたのだ。許すわけにはいかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
人の声とは思えない雄叫びを上げながら俺に向かって突進してくる。
そのまま俺に向かって巨大な剣を振り下ろす。
当たれば即死。恐らく、ルイスの魔法ですら間に合わずに俺は死ぬだろう。
だが、こんなもの当たるわけがない。技術も何もない獣の攻撃に殺されるほど俺は弱くない。
俺は大きく横に移動し簡単に避ける。
剣はそのまま地面に突き刺さり、トラウゴッドさんの体も剣の重さに引き寄せられて大きくバランスを崩す。
そのバランスを崩した態勢のまま俺に顔を向け、剣を手放すと掴みかかってくる。
魔法や魔術どころか、剣すらも捨ててはいよいよ本当に獣と変わらないではないか。これはもう……。
俺はその手をこれまた簡単に避けて、距離を取る。
「があ!」
言葉ではなく、鳴き声を発しながら目の前の騎士が悔しがる。
いや、もうこんな姿の彼は騎士ではないな。
「トラウゴッドさん、これが最後です。意識があるなら攻撃を辞めてください!」
「うがああああああ」
俺の問いかけになんの反応も示さず、トラウゴッドさんはただ俺に攻撃し続ける。
これはもう駄目だ。今のトラウゴッドさんは騎士団の、そして何よりも……。
「エレノアの敵、だな」
わが主の敵であれば容赦はしない。
容赦なく、殺してやる。
「おい、漆黒の悪魔!」
漆黒の悪魔はつまらなさそうにこちらを見る。
「……何かしら」
「俺に仲間を切らせるお前を、俺は絶対に許さない」
「切らなければいいでしょう? 今ここでそこの女たちを連れて帰れば別に私は何もしないわよ?」
追撃する気がない……?
カンナさんがもうすぐ増援としてやってくることに気づいているのか?
「そんな訳には行かない! 俺達はお前を殺して帰るんだ!」
「そう、じゃあそうしなさい。勝手に殺して、勝手に死になさい」
そう言うと、興味を失ったように俺を見るのをやめエレノア達の戦っている方に向きなおす。
まるで自分が負けることなど考えてすらいないような態度がとてもイライラする。
必ず後悔させてやる。だが、今は目の前の獣狩りだ。
「行きますよ……!」
いつの間にか剣を持ち直した獣にそう告げる。無論、なんの反応も示さない。ただ荒く息を吐き、こちらを睨みつけるだけだ。
今、この獣は魔法を使えるのだろうか……?彼の魔法は知っている。一対一の個人戦なら非常に強力な魔法だ。だが、もし使えたとしても関係ない。
斬るだけだ……!
俺は獣に向かって突進する。
獣はすぐに反応し俺の頭をカチ割ろうと剣を振り下ろす。
俺は躱さず、あえてその剣と鍔競り合う。今の俺が、この人にどこまで通じるのか確かめたいほんの少しの好奇心がそうさせる。
尋常ではない重みに、腕の筋肉がはじけ飛びそうになる。
俺はその重さに何とか耐え、受け流す。
幾度か同じ事を繰り返すが、お互いに決定打は産まれない。
「仕方ないか……」
ふと、やや離れた位置で戦うエレノア達の方に目をやる。
しっかりとしたコンビネーションで戦えているようだった。
俺は、それが腹立たしくて仕方がない。
何故だ、何故俺の方が圧倒的に強くてエレノアの力になれるのに……。
何故、エレノアは俺を見ないのだろう。
何故、ルイスの顔ばかり見ているんだろう。
俺にはそれが、どうしても許せない。
ルイスが時折、俺の事を嫉妬したような憧れたようなそんな表情で見てくることがある。
きっとあいつからすれば、俺はあいつより何よりも優れて見えるんだろう。
勉強も、運動も、魔術も、魔法も、剣術も、すべて俺の方が上で、俺の方が優れている。
俺はあいつが望むものを、一つを除きすべて持っているのだろう。
だが、俺はその一つが欲しいのだ。
例え何を捨ててでも、俺はそれが欲しいのだ。
ルイスが掴んで離さない、エレノアの心が欲しいのだ。
目の前の獣を殺せば、手に入るだろうか?
わからない。
だが奴を倒して俺がエレノアの役に立つことを証明することしかできない。
「だから、死んでくれ」
俺は自分の魔法、【炎の魔法】を使って剣に炎を纏わせる。
この炎は望むものだけを燃やし、鉄すらも溶かす。
これで死んでもらう。ついでに火葬も済ませてやろう。
「うがああああああ」
獣が叫びながらジャンプし、剣を地面に突き刺すように持っている。
文字通り、飛び込んでくるつもりなのだろう。
俺はその巨体を迎え撃つ為に剣を構える。
すると、真上にいる獣の腕と剣が倍以上に大きくなる。
これは、トラウゴッドさんの魔法か。
単純にして明快、そして強力無比。ただ【自身の腕とそれに触れている物の質量と大きさを倍にする魔法】。
あんな物が上から降ってきて、対応できる人は極少数だ。
だが、俺はその極少数の人間だ。
構えた剣をそのままに待ち構え、巨大すぎる剣が頭上に来た瞬間に炎を纏った俺の剣を即座に振りぬく。
その一撃は獣の剣と腕を、そのまま溶かし斬った。
目の前の獣が、血をまき散らしながら地面をのたうち回る。
地面の土が、近くの花畑と同じように紅く染まっていく。
俺はのたうち回る獣のすぐ近くまで近寄ると、首を切り落とすために剣を振り上げる。
「……さようなら」
別れの挨拶を告げ剣を振り下ろそうとしたその瞬間、足元に小さな女が転がってくる。
「……なんだ?」
足で女の体を蹴り顔をみる。
「うわ……」
顔の半分が潰れている。
これはもう、完全に死んでいる。
どうやら決着が着いたようだな、助けに入って好感度を稼ぎたかったが遅かったか。残念だ。
死んだ女——ナギサを足元に置いたまま、先ほどの続きをする。
もはや動く事すらせず、小さく呼吸するだけの弱々しい獣の首に今度こそ剣を振り下ろす。
屋敷の庭に、空気を切り裂くような叫び声が響く。
……その叫び声を響かせたのは、俺だった。
エレノアとルイスにナギサとかいう女を任せた俺は、目の前の巨大な男——トラウゴッドさんを説得しようと試みる。
ルイスにエレノアを任せるのは癪に障るが仕方がない。
だが、こうしてみるとどう見てもトラウゴッドさんは正気ではない。
巨体に見合った大きな剣を振り回しながら近づいてくる目は、明らかにこちらを味方と認識している様子はない。
東門騎士団の第四席次として時に厳しく、そして優しく俺に指導してくれたそんな心優しい騎士は、今や獣のようにふるまっている。
間違いない。玄関の上で優雅に座っているあの女がトラウゴッドさんをこんな風にしたのだ。許すわけにはいかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
人の声とは思えない雄叫びを上げながら俺に向かって突進してくる。
そのまま俺に向かって巨大な剣を振り下ろす。
当たれば即死。恐らく、ルイスの魔法ですら間に合わずに俺は死ぬだろう。
だが、こんなもの当たるわけがない。技術も何もない獣の攻撃に殺されるほど俺は弱くない。
俺は大きく横に移動し簡単に避ける。
剣はそのまま地面に突き刺さり、トラウゴッドさんの体も剣の重さに引き寄せられて大きくバランスを崩す。
そのバランスを崩した態勢のまま俺に顔を向け、剣を手放すと掴みかかってくる。
魔法や魔術どころか、剣すらも捨ててはいよいよ本当に獣と変わらないではないか。これはもう……。
俺はその手をこれまた簡単に避けて、距離を取る。
「があ!」
言葉ではなく、鳴き声を発しながら目の前の騎士が悔しがる。
いや、もうこんな姿の彼は騎士ではないな。
「トラウゴッドさん、これが最後です。意識があるなら攻撃を辞めてください!」
「うがああああああ」
俺の問いかけになんの反応も示さず、トラウゴッドさんはただ俺に攻撃し続ける。
これはもう駄目だ。今のトラウゴッドさんは騎士団の、そして何よりも……。
「エレノアの敵、だな」
わが主の敵であれば容赦はしない。
容赦なく、殺してやる。
「おい、漆黒の悪魔!」
漆黒の悪魔はつまらなさそうにこちらを見る。
「……何かしら」
「俺に仲間を切らせるお前を、俺は絶対に許さない」
「切らなければいいでしょう? 今ここでそこの女たちを連れて帰れば別に私は何もしないわよ?」
追撃する気がない……?
カンナさんがもうすぐ増援としてやってくることに気づいているのか?
「そんな訳には行かない! 俺達はお前を殺して帰るんだ!」
「そう、じゃあそうしなさい。勝手に殺して、勝手に死になさい」
そう言うと、興味を失ったように俺を見るのをやめエレノア達の戦っている方に向きなおす。
まるで自分が負けることなど考えてすらいないような態度がとてもイライラする。
必ず後悔させてやる。だが、今は目の前の獣狩りだ。
「行きますよ……!」
いつの間にか剣を持ち直した獣にそう告げる。無論、なんの反応も示さない。ただ荒く息を吐き、こちらを睨みつけるだけだ。
今、この獣は魔法を使えるのだろうか……?彼の魔法は知っている。一対一の個人戦なら非常に強力な魔法だ。だが、もし使えたとしても関係ない。
斬るだけだ……!
俺は獣に向かって突進する。
獣はすぐに反応し俺の頭をカチ割ろうと剣を振り下ろす。
俺は躱さず、あえてその剣と鍔競り合う。今の俺が、この人にどこまで通じるのか確かめたいほんの少しの好奇心がそうさせる。
尋常ではない重みに、腕の筋肉がはじけ飛びそうになる。
俺はその重さに何とか耐え、受け流す。
幾度か同じ事を繰り返すが、お互いに決定打は産まれない。
「仕方ないか……」
ふと、やや離れた位置で戦うエレノア達の方に目をやる。
しっかりとしたコンビネーションで戦えているようだった。
俺は、それが腹立たしくて仕方がない。
何故だ、何故俺の方が圧倒的に強くてエレノアの力になれるのに……。
何故、エレノアは俺を見ないのだろう。
何故、ルイスの顔ばかり見ているんだろう。
俺にはそれが、どうしても許せない。
ルイスが時折、俺の事を嫉妬したような憧れたようなそんな表情で見てくることがある。
きっとあいつからすれば、俺はあいつより何よりも優れて見えるんだろう。
勉強も、運動も、魔術も、魔法も、剣術も、すべて俺の方が上で、俺の方が優れている。
俺はあいつが望むものを、一つを除きすべて持っているのだろう。
だが、俺はその一つが欲しいのだ。
例え何を捨ててでも、俺はそれが欲しいのだ。
ルイスが掴んで離さない、エレノアの心が欲しいのだ。
目の前の獣を殺せば、手に入るだろうか?
わからない。
だが奴を倒して俺がエレノアの役に立つことを証明することしかできない。
「だから、死んでくれ」
俺は自分の魔法、【炎の魔法】を使って剣に炎を纏わせる。
この炎は望むものだけを燃やし、鉄すらも溶かす。
これで死んでもらう。ついでに火葬も済ませてやろう。
「うがああああああ」
獣が叫びながらジャンプし、剣を地面に突き刺すように持っている。
文字通り、飛び込んでくるつもりなのだろう。
俺はその巨体を迎え撃つ為に剣を構える。
すると、真上にいる獣の腕と剣が倍以上に大きくなる。
これは、トラウゴッドさんの魔法か。
単純にして明快、そして強力無比。ただ【自身の腕とそれに触れている物の質量と大きさを倍にする魔法】。
あんな物が上から降ってきて、対応できる人は極少数だ。
だが、俺はその極少数の人間だ。
構えた剣をそのままに待ち構え、巨大すぎる剣が頭上に来た瞬間に炎を纏った俺の剣を即座に振りぬく。
その一撃は獣の剣と腕を、そのまま溶かし斬った。
目の前の獣が、血をまき散らしながら地面をのたうち回る。
地面の土が、近くの花畑と同じように紅く染まっていく。
俺はのたうち回る獣のすぐ近くまで近寄ると、首を切り落とすために剣を振り上げる。
「……さようなら」
別れの挨拶を告げ剣を振り下ろそうとしたその瞬間、足元に小さな女が転がってくる。
「……なんだ?」
足で女の体を蹴り顔をみる。
「うわ……」
顔の半分が潰れている。
これはもう、完全に死んでいる。
どうやら決着が着いたようだな、助けに入って好感度を稼ぎたかったが遅かったか。残念だ。
死んだ女——ナギサを足元に置いたまま、先ほどの続きをする。
もはや動く事すらせず、小さく呼吸するだけの弱々しい獣の首に今度こそ剣を振り下ろす。
屋敷の庭に、空気を切り裂くような叫び声が響く。
……その叫び声を響かせたのは、俺だった。
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