1 / 3
見ていた物
しおりを挟む
涼やかな初夏だった。蝉が鳴き始めてすらいない。
爽やかな朝日と、山から下ってくる柔らかな風が、畦道を行く人々に軽やかな癒やしを与えた。
田園と木々と山々が広がる、純朴な郊外。
俗に言う、田舎であった。
一面の緑と、ちらちら見える建物のコントラストが、この地の優しさを無言ながらも伝えている。
県を縦断する大きな河川があり、その上流の景色は濃緑色と澄んだ透明とか交わった色彩で、景勝地と言う程ではないものの、概念上の純粋と形容せしうるものがあった。
その美しさの中で、自死を選ぶ、用いるという者の気持ちとは、いくばくのものであろうか―
男が一人、河川の上流へ向かっていた。
友人でもあり先輩でもある研究者の足跡を辿っていたのだ。
男と研究者は、高校生の時に知り合い、共に理化学を学んでいた。違う学年、違う家庭環境ではあったが、趣味や理想が噛み合っていた。馬が合う、阿吽の呼吸、と言えるだろうか。二人の目線は似ていたし、距離感や時間の流れも符号していた。
唯一違うとするならば、研究者は芸術を好む人であり、男にはその価値観の隔たりが歯痒かった。理解できないのではなく、理解した上で、見識の最奥にまで辿り着こうという熱意は湧かなかったのである。
そもそも、この男には勉学への熱意よりも、人間性の暗がりや、月明かりを好むが如き気質があった。ピカソのゲルニカに感銘を受け、ゴーリーのおぞましい二人を愛していた。
実の所、彼にエドワードゴーリーを推薦したのは研究者だったのである。
研究者は暗がりやあからさまな無惨さを好む性質は無かったが、芸術の一面としての暗所をさえ愛していた。
いつか二人で足を運んだ速水御舟の展覧会では、同じくも、夜の描写に心を奪われ、ミレーの描いた夕暮れに哀愁を感じいったりもしたし、落ち穂拾いの老婆に自分の祖母を重ねたり、デルフトの眺望を理想の町並みだと言って楽しんでいた。
展覧会終わりには、決まって幸福感に包まれながら、焼肉を食した。
我が子を食らうサトゥルヌスの気持ちに近づくためだ、と言って研究者は笑っていたが、中々浅薄なジョークである。
決して下卑た人間ではないし、それどころか、高貴な性格をしていた人間ではあるのだが、たまに見せる隙、油断、お道化―
男は、そんなところに、好意をよせた。
爽やかな朝日と、山から下ってくる柔らかな風が、畦道を行く人々に軽やかな癒やしを与えた。
田園と木々と山々が広がる、純朴な郊外。
俗に言う、田舎であった。
一面の緑と、ちらちら見える建物のコントラストが、この地の優しさを無言ながらも伝えている。
県を縦断する大きな河川があり、その上流の景色は濃緑色と澄んだ透明とか交わった色彩で、景勝地と言う程ではないものの、概念上の純粋と形容せしうるものがあった。
その美しさの中で、自死を選ぶ、用いるという者の気持ちとは、いくばくのものであろうか―
男が一人、河川の上流へ向かっていた。
友人でもあり先輩でもある研究者の足跡を辿っていたのだ。
男と研究者は、高校生の時に知り合い、共に理化学を学んでいた。違う学年、違う家庭環境ではあったが、趣味や理想が噛み合っていた。馬が合う、阿吽の呼吸、と言えるだろうか。二人の目線は似ていたし、距離感や時間の流れも符号していた。
唯一違うとするならば、研究者は芸術を好む人であり、男にはその価値観の隔たりが歯痒かった。理解できないのではなく、理解した上で、見識の最奥にまで辿り着こうという熱意は湧かなかったのである。
そもそも、この男には勉学への熱意よりも、人間性の暗がりや、月明かりを好むが如き気質があった。ピカソのゲルニカに感銘を受け、ゴーリーのおぞましい二人を愛していた。
実の所、彼にエドワードゴーリーを推薦したのは研究者だったのである。
研究者は暗がりやあからさまな無惨さを好む性質は無かったが、芸術の一面としての暗所をさえ愛していた。
いつか二人で足を運んだ速水御舟の展覧会では、同じくも、夜の描写に心を奪われ、ミレーの描いた夕暮れに哀愁を感じいったりもしたし、落ち穂拾いの老婆に自分の祖母を重ねたり、デルフトの眺望を理想の町並みだと言って楽しんでいた。
展覧会終わりには、決まって幸福感に包まれながら、焼肉を食した。
我が子を食らうサトゥルヌスの気持ちに近づくためだ、と言って研究者は笑っていたが、中々浅薄なジョークである。
決して下卑た人間ではないし、それどころか、高貴な性格をしていた人間ではあるのだが、たまに見せる隙、油断、お道化―
男は、そんなところに、好意をよせた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる