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15 present day4〜ギフテッド
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『あんたも、一緒に来るんだ…ママ。』
キュウにそう言われたのは、三十分前の事だ。
そして今、私は、プライベートジェットの中にいる。
私はプライベートジェットに搭乗自体、初だ。
今私が搭乗しているプライベートジェット…外観も内観も、何かの映画の中で見たものと全く同じだ。
革張りソファ
光沢のあるテーブル
光沢のある毛足の長い絨毯。
ミニバー。
開かない窓。
私は思わずそれらの内装を、まじまじ見つめる。
まじまじとそれらを見つめた後、私は頭を横に振った。
セレブリティな光景に見惚れる場合じゃない。
早く、さっきの続きをしなちゃ。
さっきの続きとは、奥の部屋にキュウと一緒に閉じ籠るシイを助ける事だ。
『俺らの話が終わるまで…座ってなよ…』
私がキュウにそう命令を受けたのは十分前の事だ。
キュウ私に命令すると、私の抗議を一切無視し…奥の部屋の向こう側にシイを押し込め、自分も部屋に入ると内側からロックをかけた。
「お願い!開けてっシイっ!…キュウ、やめて!」
私は精一杯叫ぶ。
しかし、向こう側からの返事は無し。
無駄に叫ぶ事に意味無さを感じた私は、周囲を見渡す。
ふと、奥の部屋のドア部分に、私は小さいモニターが付いている事に気付いた。
私は夢中でそれを弄る。
このモニターが、ドアの向こう側の問題を解決する糸口になるとは全く思ってない。
しかし、何かをせずにはいられなかった。
ジっ
私の執念が実ったのだろうか?
モニターがONになり、向こう側の光景が映った。
それだけでは無い。
向こう側の音声も、ノイズが少々ひどいが…しっかりと聞こえる。
私は思わず笑顔になる。
良かった!
私は、モニターに付いているボタンを押しまくり、向こう側にいる二人に話しかけようと試みた。
しかし、二人とも私の呼びかけに対し、無反応だ。
映像は活きているが…音声だけは一方通行らしい。
先程の繋がった喜びが半減していくのを…自分でありありと感じた。
だが、モニター越しの二人の様子を見て、私は細かい事に一喜一憂している場合ではない事に気付いた。
キュウがシイとの間合いを詰める様に…ゆっくりと近づいて来たからだ。
そのキュウの動きに呼応するかの様に、シイが後退りする。
しかし、シイの背後部分スペースはほぼ無い状態だ。
案の定、追い詰められたシイは直ぐに壁に背中をぶつけた。
背中をぶつけた途端、シイがびくっとなった。
その途端、シイのオーラに大きな変化が現れる。
その色が示すもの…不安、警戒、怖れ…それらが渦巻きながら混ざっては離れを繰り返し、お互いの存在を主張している。
しかし、シイはそれ程のネガティブなオーラを放ちながらも、強張った表情を浮かべるだけで…無言の状態だった。
対するキュウは、「怒りが漲った」オーラを出している。
これは…ヘリコプターで拉致される前の状況の再現じゃないか。
「お願い!やめて、キュウ!!」
相変わらず無言状態であるシイの代わりに、私がモニターに向かって叫んだ。
そして私の叫びは案の定、二人には届いてない。
ドアの向こう側の二人の様子に変化が見られない事が、何よりの証拠だ。
モニター越しに映る二人は、間合いを詰め、詰められ…を繰り返している。
「不毛な状態」を五、六周した辺りで、遂にキュウがシイを捕えた。
私は思わず息を飲む。
キュウが片手で、シイの片腕を掴み、もう片方の腕で壁を「ドン」とついた。
微妙な『壁ドン』状態が数十秒間続いた。
シイは、相変わらず緊張した表情を浮かべたまま、無言でキュウを見つめている。
それからキュウはゆっくりと、『壁ドン』を解除し、自分の両手でシイの両頬を包んだ。
「お前、ちゃんと寝れてんのか?」
シイに問いかけるキュウの声は落ち着きを放っていた。
私やシイの動揺に反し、キュウは冷静だった。
シイの両頬に触れた瞬間、キュウの「怒りが漲った」オーラが、シューっと影を潜める。
「寝れないとちゃんと頭が働かないだろう…小一時間でいい。ここで寝ろ。」
キュウはそう言うと、シイが頭に被っていた頭巾を、若干乱暴に剥いだ。
白い頭巾の一部に装飾されたアクセサリーも同時に取れ、床に落ちた。
アクセサリーが床にぶつかる「カラン」という高い音がモニター越しの私にも届く。
そして当然だが…モニターに、シイの金髪が映った。
シイは前に会った時よりも、少し髪が短くなっていた。
私は、恋人時代によく触れていたシイの髪を久々に目にして、胸に懐かしさが込み上げる。
しかし、私が懐かしさに浸る余裕は無かった。
キュウの先程の行為に対して、シイが怒りを表したからだ。
「何をするんだっ!!!」
怒ったシイが、キュウの手から頭巾を取り返す事を試みる。
キュウはシイのその行動を見越していたのだろう。
シイに頭巾を取り返されない様に、自分の手中にある頭巾を…自分の背中越しに奥の方へ投げた。
私はこの展開を唖然として見つめた。
先程迄…ほんの僅かな間ではあったが…この二人の間に漂っていた穏やかな空気は完全に影を潜めてしまったからだ。
キュウは…何をしたいの?
次の瞬間、キュウが冷静な声で怒鳴った。
「お前、宗教なんざ、毛程も信じてないくせにっ…そんな所に身を寄せやがって…」
「仕方がないだろう!」
後は、揉み合いの喧嘩となった。
私は二人のこの状態に頭を抱えながらも、キュウ先程の『毛程も信じてないくせに!』の台詞が妙に引っ掛かり、そこに考えを巡らせていた。
>『死人は何も思ってないと思う』希望的観測を大いに含んでいる事は否定しないが…死後は『無』であって欲しい。」
シイが舞踏会で語った自分の死生観が唐突に頭の前面に躍り出る。
そうだ。
思い出した。
何故…今まで気付かなかったのだろう。
シイが被っている頭巾の宗教の死生観と、舞踏会の時に私に語ったシイの死生観。
完全に真逆なのだ。
私は、不思議だったのだ。
それは、シイと再会を果たした私にとって…最大の謎ではあった。
何故シイが急に、我が子を置いて「その道」に身を寄せたのか。
恋人関係を終了した私達は、再会を果たしてもお互いの間に妙な溝があった。
しかし、先程のキュウの台詞から…私は直感で悟った。
何か事情がある。
そして、キュウはその事情を当然知った上で、シイに対し怒り狂っているのだ。
私が色々思いを巡らせている間、二人は揉み合いに疲れたのか…はたまた飽きたのかは不明だが、二人は床に組み合った状態のまま、動かなくなっていた。
私はそのまま、事の成り行きを見守るしか無かった。
先に行動を起こしたのはキュウだ。
キュウが手を伸ばしてシイの頭を掴み…ゆっくりと自分の胸の中に抱き寄せる。
それにシイが反発し、キュウを乱暴に突き放した。
キュウが一瞬、ムッとした表情を浮かべ…再度、シイの頭を掴みゆっくりと自分の胸の中に抱き寄せる。
シイも、再度…乱暴に突き放した。
これらの不毛なやり取りも先程同様、五、六回程往復する様子を目の当たりにした後、シイが根負けした。
シイは…黙ってキュウの胸の中に頭を預けて状態になっている。
「寝て回復しろ…俺はお前専用の『バク』だろう?」
シイの短くなった髪を撫でながら、キュウが言った。
キュウのその優しい声色を聞いていると、先程迄シイに向かって怒鳴った人間と同一人物に思えないから不思議だ。
そして、シイはキュウの穏やかな態度に共鳴するかの様に、穏やかなオーラが出現し始める。
例の…あの金色のオーラだった。
ヘリコプターで拉致される前に見たオーラだった。
これも同じだ。
これも、ヘリコプターで拉致される前の状況の再現じゃないか。
私の予感は的中する。
シイが、キュウの胸に埋めていた顔をゆっくり上げた。
シイは形容出来ることばが見つからない程、恍惚とした表情を浮かべていた。
シイが両手を伸ばし、キュウの頬に触れた。
シイの伸びてきた両手を…キュウが自分の唇に引き寄せ、口付けした。
それが合図であるかの様に、二人はお互いの顔を寄せ、もつれ合う。
私は思わず顔を背けた。
思い返せば、妙な話だ。
あれ程までに、私が知りたがっていた…モニター向こう側の光景。
私の願いは叶い、私の目の前に…部屋の様子を知る手段が与えられた。
しかし今は、モニター向こう側を見たくないと、顔を背けている。
モニターから目を逸らした今、向こう側の部屋の様子を伝えるのは「音」だけだ。
お互いの衣装の下の肌を弄り合っていると思われる、衣擦れの音。
口付けをし合う度お互いの口から漏れる吸着音。
二人の荒くなっていく息遣いの音。
時折、肌と肌がぶつかる高い音が私の耳に届く。
そのリアルな音達が…私に触感まで伝えるのだ。
肌を愛撫した時の…手の平にしっとり吸い付く肌の感触。
それから手の平を離した時に、弾力のある肌が押し返す様を。
私はオーラが見えるせいで時折、「見たくないモノ」を見る事もある。
それに加え、今は「聞きたくない音」まで耳に入っているのだ。
堪らない。
私は、耳を覆いたくなり、両手を自分の顔付近に近づけた時だ。
「ソファに…床じゃ背中が痛いだろう?」
キュウの声がモニター越しに届く。
私はモニターに背を向けて、ズルズルと背中を擦りながら床に座り込んだ。
私も子供ではない。
はっきりとモニターの向こうを見ずとも、二人が何をしているかは理解出来る。
それは、私がシイとの間に唯一無かったものだ。
シイが先程キュウの前で見せた『不安、警戒、怖れ』を表したネガティブオーラ。
シイは私と口付けや抱擁を交わした時も、薄皮一枚程度ではあるが…恋人時代から「ネガティヴオーラ」は出ていた。
『薄皮一枚程度』…この部分に私は理解を持っていた。
それ故に、当時の私はそれを深く気に留めていなかった。
シイが「ネガティヴオーラ」発現させる原因。
それは間違いなく「性別の分化」を迎えてしまう事だ。
前にも述べたが、「性別の分化」の早さには「外的要因」も影響はある。
「ギフテッド」
私のBOSSは、シイやサンの出自である一族が有する桁外れの身体能力を、そう呼んだ。
サンが女性へ分化が完了し、分化が完了してない人間はシイのみとなった。
自分の付加価値を高めるこの「ギフテッド」の喪失をシイは怖れ…私との付き合いの中でも、己を律していた部分はある。
だがモニター越しの二人の様子を知り、私は確信した。
私が相手では、シイは「本能」を律する事が出来た。
『薄皮一枚程度』の怖れを以て、シイは己を律した。
しかし、キュウが相手となると、己を律する事が出来なかった。
シイの「本能」がハッキリ言っているのだ。
キュウがいい。
彼でないとダメだと。
彼に対し抱いた本能は抗いがたい、と。
******
キュウにそう言われたのは、三十分前の事だ。
そして今、私は、プライベートジェットの中にいる。
私はプライベートジェットに搭乗自体、初だ。
今私が搭乗しているプライベートジェット…外観も内観も、何かの映画の中で見たものと全く同じだ。
革張りソファ
光沢のあるテーブル
光沢のある毛足の長い絨毯。
ミニバー。
開かない窓。
私は思わずそれらの内装を、まじまじ見つめる。
まじまじとそれらを見つめた後、私は頭を横に振った。
セレブリティな光景に見惚れる場合じゃない。
早く、さっきの続きをしなちゃ。
さっきの続きとは、奥の部屋にキュウと一緒に閉じ籠るシイを助ける事だ。
『俺らの話が終わるまで…座ってなよ…』
私がキュウにそう命令を受けたのは十分前の事だ。
キュウ私に命令すると、私の抗議を一切無視し…奥の部屋の向こう側にシイを押し込め、自分も部屋に入ると内側からロックをかけた。
「お願い!開けてっシイっ!…キュウ、やめて!」
私は精一杯叫ぶ。
しかし、向こう側からの返事は無し。
無駄に叫ぶ事に意味無さを感じた私は、周囲を見渡す。
ふと、奥の部屋のドア部分に、私は小さいモニターが付いている事に気付いた。
私は夢中でそれを弄る。
このモニターが、ドアの向こう側の問題を解決する糸口になるとは全く思ってない。
しかし、何かをせずにはいられなかった。
ジっ
私の執念が実ったのだろうか?
モニターがONになり、向こう側の光景が映った。
それだけでは無い。
向こう側の音声も、ノイズが少々ひどいが…しっかりと聞こえる。
私は思わず笑顔になる。
良かった!
私は、モニターに付いているボタンを押しまくり、向こう側にいる二人に話しかけようと試みた。
しかし、二人とも私の呼びかけに対し、無反応だ。
映像は活きているが…音声だけは一方通行らしい。
先程の繋がった喜びが半減していくのを…自分でありありと感じた。
だが、モニター越しの二人の様子を見て、私は細かい事に一喜一憂している場合ではない事に気付いた。
キュウがシイとの間合いを詰める様に…ゆっくりと近づいて来たからだ。
そのキュウの動きに呼応するかの様に、シイが後退りする。
しかし、シイの背後部分スペースはほぼ無い状態だ。
案の定、追い詰められたシイは直ぐに壁に背中をぶつけた。
背中をぶつけた途端、シイがびくっとなった。
その途端、シイのオーラに大きな変化が現れる。
その色が示すもの…不安、警戒、怖れ…それらが渦巻きながら混ざっては離れを繰り返し、お互いの存在を主張している。
しかし、シイはそれ程のネガティブなオーラを放ちながらも、強張った表情を浮かべるだけで…無言の状態だった。
対するキュウは、「怒りが漲った」オーラを出している。
これは…ヘリコプターで拉致される前の状況の再現じゃないか。
「お願い!やめて、キュウ!!」
相変わらず無言状態であるシイの代わりに、私がモニターに向かって叫んだ。
そして私の叫びは案の定、二人には届いてない。
ドアの向こう側の二人の様子に変化が見られない事が、何よりの証拠だ。
モニター越しに映る二人は、間合いを詰め、詰められ…を繰り返している。
「不毛な状態」を五、六周した辺りで、遂にキュウがシイを捕えた。
私は思わず息を飲む。
キュウが片手で、シイの片腕を掴み、もう片方の腕で壁を「ドン」とついた。
微妙な『壁ドン』状態が数十秒間続いた。
シイは、相変わらず緊張した表情を浮かべたまま、無言でキュウを見つめている。
それからキュウはゆっくりと、『壁ドン』を解除し、自分の両手でシイの両頬を包んだ。
「お前、ちゃんと寝れてんのか?」
シイに問いかけるキュウの声は落ち着きを放っていた。
私やシイの動揺に反し、キュウは冷静だった。
シイの両頬に触れた瞬間、キュウの「怒りが漲った」オーラが、シューっと影を潜める。
「寝れないとちゃんと頭が働かないだろう…小一時間でいい。ここで寝ろ。」
キュウはそう言うと、シイが頭に被っていた頭巾を、若干乱暴に剥いだ。
白い頭巾の一部に装飾されたアクセサリーも同時に取れ、床に落ちた。
アクセサリーが床にぶつかる「カラン」という高い音がモニター越しの私にも届く。
そして当然だが…モニターに、シイの金髪が映った。
シイは前に会った時よりも、少し髪が短くなっていた。
私は、恋人時代によく触れていたシイの髪を久々に目にして、胸に懐かしさが込み上げる。
しかし、私が懐かしさに浸る余裕は無かった。
キュウの先程の行為に対して、シイが怒りを表したからだ。
「何をするんだっ!!!」
怒ったシイが、キュウの手から頭巾を取り返す事を試みる。
キュウはシイのその行動を見越していたのだろう。
シイに頭巾を取り返されない様に、自分の手中にある頭巾を…自分の背中越しに奥の方へ投げた。
私はこの展開を唖然として見つめた。
先程迄…ほんの僅かな間ではあったが…この二人の間に漂っていた穏やかな空気は完全に影を潜めてしまったからだ。
キュウは…何をしたいの?
次の瞬間、キュウが冷静な声で怒鳴った。
「お前、宗教なんざ、毛程も信じてないくせにっ…そんな所に身を寄せやがって…」
「仕方がないだろう!」
後は、揉み合いの喧嘩となった。
私は二人のこの状態に頭を抱えながらも、キュウ先程の『毛程も信じてないくせに!』の台詞が妙に引っ掛かり、そこに考えを巡らせていた。
>『死人は何も思ってないと思う』希望的観測を大いに含んでいる事は否定しないが…死後は『無』であって欲しい。」
シイが舞踏会で語った自分の死生観が唐突に頭の前面に躍り出る。
そうだ。
思い出した。
何故…今まで気付かなかったのだろう。
シイが被っている頭巾の宗教の死生観と、舞踏会の時に私に語ったシイの死生観。
完全に真逆なのだ。
私は、不思議だったのだ。
それは、シイと再会を果たした私にとって…最大の謎ではあった。
何故シイが急に、我が子を置いて「その道」に身を寄せたのか。
恋人関係を終了した私達は、再会を果たしてもお互いの間に妙な溝があった。
しかし、先程のキュウの台詞から…私は直感で悟った。
何か事情がある。
そして、キュウはその事情を当然知った上で、シイに対し怒り狂っているのだ。
私が色々思いを巡らせている間、二人は揉み合いに疲れたのか…はたまた飽きたのかは不明だが、二人は床に組み合った状態のまま、動かなくなっていた。
私はそのまま、事の成り行きを見守るしか無かった。
先に行動を起こしたのはキュウだ。
キュウが手を伸ばしてシイの頭を掴み…ゆっくりと自分の胸の中に抱き寄せる。
それにシイが反発し、キュウを乱暴に突き放した。
キュウが一瞬、ムッとした表情を浮かべ…再度、シイの頭を掴みゆっくりと自分の胸の中に抱き寄せる。
シイも、再度…乱暴に突き放した。
これらの不毛なやり取りも先程同様、五、六回程往復する様子を目の当たりにした後、シイが根負けした。
シイは…黙ってキュウの胸の中に頭を預けて状態になっている。
「寝て回復しろ…俺はお前専用の『バク』だろう?」
シイの短くなった髪を撫でながら、キュウが言った。
キュウのその優しい声色を聞いていると、先程迄シイに向かって怒鳴った人間と同一人物に思えないから不思議だ。
そして、シイはキュウの穏やかな態度に共鳴するかの様に、穏やかなオーラが出現し始める。
例の…あの金色のオーラだった。
ヘリコプターで拉致される前に見たオーラだった。
これも同じだ。
これも、ヘリコプターで拉致される前の状況の再現じゃないか。
私の予感は的中する。
シイが、キュウの胸に埋めていた顔をゆっくり上げた。
シイは形容出来ることばが見つからない程、恍惚とした表情を浮かべていた。
シイが両手を伸ばし、キュウの頬に触れた。
シイの伸びてきた両手を…キュウが自分の唇に引き寄せ、口付けした。
それが合図であるかの様に、二人はお互いの顔を寄せ、もつれ合う。
私は思わず顔を背けた。
思い返せば、妙な話だ。
あれ程までに、私が知りたがっていた…モニター向こう側の光景。
私の願いは叶い、私の目の前に…部屋の様子を知る手段が与えられた。
しかし今は、モニター向こう側を見たくないと、顔を背けている。
モニターから目を逸らした今、向こう側の部屋の様子を伝えるのは「音」だけだ。
お互いの衣装の下の肌を弄り合っていると思われる、衣擦れの音。
口付けをし合う度お互いの口から漏れる吸着音。
二人の荒くなっていく息遣いの音。
時折、肌と肌がぶつかる高い音が私の耳に届く。
そのリアルな音達が…私に触感まで伝えるのだ。
肌を愛撫した時の…手の平にしっとり吸い付く肌の感触。
それから手の平を離した時に、弾力のある肌が押し返す様を。
私はオーラが見えるせいで時折、「見たくないモノ」を見る事もある。
それに加え、今は「聞きたくない音」まで耳に入っているのだ。
堪らない。
私は、耳を覆いたくなり、両手を自分の顔付近に近づけた時だ。
「ソファに…床じゃ背中が痛いだろう?」
キュウの声がモニター越しに届く。
私はモニターに背を向けて、ズルズルと背中を擦りながら床に座り込んだ。
私も子供ではない。
はっきりとモニターの向こうを見ずとも、二人が何をしているかは理解出来る。
それは、私がシイとの間に唯一無かったものだ。
シイが先程キュウの前で見せた『不安、警戒、怖れ』を表したネガティブオーラ。
シイは私と口付けや抱擁を交わした時も、薄皮一枚程度ではあるが…恋人時代から「ネガティヴオーラ」は出ていた。
『薄皮一枚程度』…この部分に私は理解を持っていた。
それ故に、当時の私はそれを深く気に留めていなかった。
シイが「ネガティヴオーラ」発現させる原因。
それは間違いなく「性別の分化」を迎えてしまう事だ。
前にも述べたが、「性別の分化」の早さには「外的要因」も影響はある。
「ギフテッド」
私のBOSSは、シイやサンの出自である一族が有する桁外れの身体能力を、そう呼んだ。
サンが女性へ分化が完了し、分化が完了してない人間はシイのみとなった。
自分の付加価値を高めるこの「ギフテッド」の喪失をシイは怖れ…私との付き合いの中でも、己を律していた部分はある。
だがモニター越しの二人の様子を知り、私は確信した。
私が相手では、シイは「本能」を律する事が出来た。
『薄皮一枚程度』の怖れを以て、シイは己を律した。
しかし、キュウが相手となると、己を律する事が出来なかった。
シイの「本能」がハッキリ言っているのだ。
キュウがいい。
彼でないとダメだと。
彼に対し抱いた本能は抗いがたい、と。
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