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14 回想3

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回想3

私達は、お互いに数分間黙った状態だった。
先に口を開いたのはニイだ。
「俺、見ちまったんだ。」
ニイは私にそう告げた。
ニイの纏う…ネイビーのオーラが、次第に濃くなっていく。
どうやら、ここから先が…ニイの「悩み」の核心らしい。
私は思わず、向かいの席から身を乗り出し、ニイに顔を近づけた。
ニイに現れた波紋状のオーラ模様、それの層が細分化されると…中心部分にいるニイに向かって激しく動き出した。
「クライマックス」を意識した時に出る、このオーラの波状…ニイの最大の関心事が、今から語る内容である事を物語っていた。
それからニイは、数秒間だけ「貧乏ゆすり」らしき行動を見せると、「クライマックス」の話をし出した。
彼の話は以下の通りだ。

「あの日はよ…俺、蚊帳に来るのが…遅れちまったんだ。」
クライマックスの出だしはそこから始まった。


ニイの「クライマックス」の始まりは、「縁側」で会話を弾ませる「キュウ」と「シイ」の様子から始まった。
縁側で、仲良く語り合うふたり。
特に珍しい事ではない。
「さっきも言った通りよ…蚊帳は、ひとつしかねえんだ。俺はあの日…妙に眠くて…ほらよ、そういう日あんじゃん?理由もなく眠くてしょうがねえ日…でもよ、気い遣っちまったんだよ。俺が入って来て、ふたりの話の腰を折っちまってもっ、てな…その気遣いが、良くなかったんかな…」
そこそこに夜も更けてきた辺りで、ニイの眠気の限界がきた。もう勘弁…寝かしてくれ~調子で、ニイは意を決して、蚊帳のある寝室に入ろうとした。そもそも、俺の寝床に「蚊に喰われてしんどい」と泣き言を言い、勝手に俺の寝床に転がり込んだのは…シイのほうじゃねえか。何故故に、俺は遠慮してんだ!っと、勢いよく寝床の襖を開けた…その時だ。
「そのよっ、寝床はっう、う、薄暗い手元の灯りぐらいしかねえから…はっきりとは、わかんねえけどよっ!だから、俺は思わずか、か、蚊帳のアイツらを長い事、そのっ見てたんだけどよ…数分…いや、そんなになかったかも…数秒、み、短すぎたっ数十秒っ!」
「ニイ、そこの細かい部分はどうでもいいの!とにかく落ち着いて?」
ニイが複雑な顔をして、小さい唸り声を上げた。
それ以上に…私は、異世界に存在すると言われている「鳴門の渦潮」を思わせる荒波が…自分の心の中に吹き荒れていた。
何故なら、私はこの時点で、既に「ニイが見てしまったモノ」の…想像がついていたからだ。

私は一度、深呼吸した。
それから、パニくるニイの代わりに、「クライマックス」の続きを、口にした。
「つまり、キュウとシイが、蚊帳の中で…事に及んで居たという事?」
言ってる自分の口の中が、苦いモノで満たされる。
ニイは小さく頷いた。
「間違いないねえ…だけどよ…次によ…あのふたりが顔を合わせた時、シイが「掘りかけの漠の木彫り」をキュウにぶん投げてちまって…その後、キュウは『胎教に悪いから、俺は暫しの間引っ込む。容態が落ち着ちつくまでは、お前の方で預かってくんない』っつって…その、思い返せばっ、か、か、蚊帳の中で、シイが抵抗してっ…暴れていた気も…しなくもないし…シイのヤツさ、ホント何も言わねえから…その内、水も飲めねえ程、つ、つわり…つーの?酷くなって…」
「…シイは、あなたの家で今も寝込んでるの?」
ニイが再度、小さく頷いた。
「い、一応…キュウのヤツには、連絡はっ、し、したんだっ…すげえ、嫌だったけどよ。でもよ、シイが『漠の彫り物をキュウに投げつけた事』を考えると…その、ロクさんに対応してもらうのが一番だと思ってよ…経産婦だし…」
そこまで言うと、ニイは困った顔を見せて…上目遣いでチラリと、私を見た。
「…キュウは、何て言っているの?」
ニイのオーラに…興奮の色が浮かぶ。
ニイの…そのオーラを目にした私は、自分がより冷静になる必要があると考えた。
「最悪の事態」を…想定した方がいいと思ったからだ。
妊娠は病気ではない。
とはいえ、命に関わるケースもあるのだ。
今、この瞬間にも…シイの身に深刻な事が起こっている可能性も…無きにしも非ず、だ。
が、ニイが口にした事は、そんな私の心配事に…肩透かしを食らわせる内容だった。
「俺、俺…蚊帳のふたりを何秒か…ぢゃなくてっ!何十秒も見てたのに、全然分かんなくてっ…俺、だから俺、そこから逃げたんだっ!…それだけじゃねえ!翌朝、シイのヤツ俺に向かって…こう言ったんだ『ニイ、昨夜は何故、寝床に来なかった?何処で寝てたんだ』…げっそりと疲れた顔でよ…その顔見てたらよっ…俺、いっぱいいっぱいになって『行ける訳ねえだろ!そんな顔で言うなよ!』って…シイに向かって、怒鳴っちしまった。ホントは、ひでえ事されたんじゃねえかって…声をかけるべき…なんだよな…それなのに俺…ああ、さっきの会話はよ…台所で俺はシイと話してたんだよ…これまた、堪んねえんだけど…「俺とシイ」は、キュウが作ったくれた朝ごはんを前にしてよ…そんな話をしてたんだ。…っくそキザな事にさっ『また連絡する』ってメモと…ミモザの花を…シイのヤツの朝ごはんのトレイに置いてて…俺、そのメモと、蚊帳のふたりと…色々思い出してっ…色々さ、本当に分からなくなっちまって…俺自身はふたりの『邪魔者』なのか『乱暴されてたダチを見捨てた最低野郎』なのか…もう、わかんね…」
私は、「話にまとまりのない」ニイに面くらいながらも…彼の「友人を心配する優しさ」と「自己嫌悪に陥った真面目さ」に少々心を動かされ、慰める口調でニイに向かって言った。
「とりあえず落ち着きましょう、ニイ。ふたりの間の出来事の真実は不明なままでいるしかないわ…今は。あなたは悪ぶっている部分あるけど、女性に暴力をふるえるタイプじゃないから、そっちの可能性を考えて自己嫌悪になったのね?」
少し間を空けた後、ニイが頷いた。
「シイのヤツさ…俺に怒ってんのかとか、考えると、もう余計にグチャグチャになってよ…」
まだ、他に何かエピソードがあるのかしら?
私は驚いて思わず、「繰り返し悩みをぐちぐちと燻らせる」ニイの言葉を遮った。
そして、気になっていた部分である「シイのヤツさ…俺に怒って…」の部分を掘り下げた。
「容態が悪いだろ…アイツ。それなのによ、アイツ死にそうな顔しながら「漠の彫り物」熱心に作ってんだよ…俺よ、その様子をずっと見てたから…堪らなくなって、シイのヤツに、しつこく食い下がったんだ「病院行こうぜ」って…そしたら、シイのヤツ怒ってよ…『私はこの漠の彫り物」を完成させるんだっ邪魔をするな』って…」
ニイはそこまでのエピソードを披露すると、黙り込んでしまった。
なるほど、ここが「クライマックス」のエンディングらしい。
兎にも角にも、ニイは色々どん詰まり状態となり、私の所まで助けを求めに来た、という訳か。
「ニイ、あなたも色々悩んだのね…分かったわ。先ずは「具合の悪いシイ」をなんとかしましょう。」
「…すまねえな…なんか。シイとダメになったロクさんに…こんな事頼んで…。」
ニイのその様子は、情けない姿を見られ…悄気返る子供そのものだ。
力無さげに答えるニイの両手を、「ポンポン」と軽く叩いて私は言った。
「いいのよ…いいのよ。先ずは行きましょう、シイの所へ。」
ニイの手を「ポンポン」と軽く叩いた私の手の上に、ニイは、己の手を重ね、こう言った。
「今更だけどよ…俺さ、シイがロクさんを選んだ理由が、ちょっとわかった気がする…ああっ、と…別に変な意味じゃないぜ…すまねえ」
「いちいち私に…断らなくてもいいわよ…私は、その人のオーラを見て、何を考えているか…ある程度はだけれども…分かるんだもの。」
私が答えると、ニイが上目遣いで「ちろっ」っと私を見て白状した。
「じゃあさ…実は気付いてた?…シイとロクさんが付き合っていた頃、俺、ロクさんを…ちょっと「色眼鏡」で見ていたって…。」
私は、勿論気づいていた。
ニイの性格は、前に述べた通り…心の中でウジウジ悩む「根暗」だ。
そして、シイは自分が興味の無い事柄に対して、「一ミリ」も余計な詮索をしない。
そんな状態だったから、私に向けて発せられるニイの「色眼鏡」の内容について、私は中身を良く知らなかった。
そしてニイは、今回の「色眼鏡で見ていた」相手に泣きつくしか「状況打破を見込めない」といった己の状況を…自分で情け無く思っているのだ。
私はわざと、恩着せがましい声色で、ニイに言った。
「今回、付き合ってあげるんだから…「私への色眼鏡原因」について、教えてくれてもいいんじゃない?」
「うっ」とニイが小さく呻いた。
それから、ニイは少し覚悟を決めた表情を見せ、白状した。
「バツイチのコブイチ女が…」
「コブイチ…初めて聞く単語だけど?」
「あっその、「瘤がひとつ…って意味でっ…!」
ああ…そういう意味ね、単語をひとつ覚えた幼児の様に…納得した私は、ニイに話の続きを促した。
ニイは、続きを言い辛いのだろう。
少し泣きそうな表情を見せた。
続きの言葉を紡ぐ彼の声は、緊張のせいなのだろう…小さくて聞きづらい。
「シ、シっ…シイみてえな…将来有望イケメン候補の「確保」必死だなって、ロクさんの事を…そう思っていイマシタ…ス、スっスミマセンっ!」
「なるほど、ね。ひとつ訂正しておくわ。コブイチじゃなくて、コブニ、よ?」
私がさらりと訂正すると、ニイは少しだけ唇を震わせた後、私に向かって尋ねた。
「お、お…怒って…ないんっすか…?」
「ないわよ。だって、あなたの想像は、間違ってないわよ?私に、そういう側面あったことは否定しないわ。私の方こそ、失礼を承知でいうわ。私は、あなたを、女の子のボディしか見てない「頭の軽いナンパ男」と思っていたから、ちゃんと分かっているじゃないニイ、恐れ入ったわ。それはそうと、『女はあざとい生き物』よ。けどね、「最高の物件」という「あざとさ」のみ、で…シイと付き合っていたら、「今からシイの所に行きましょう」何て言葉は…出てこないと思わない?さあ、行きましょうか?」
この「ぶっちゃけ本音トーク」が功を成したのだろうか。
ニイの…私に対する態度に変化があった。
以前は…お互いの間に薄皮一枚分の「得体の知れなさ」があった。
その皮が剥けたのだ。
ニイの、私への態度は「気のおける姉御」的なモノへと…変化した。
私にとっても、それは居心地悪い物では無かった。
その意識の変化が、私のシイとの「今後の新しい関係」への「新風」になったのは確かだ。

*****

ニイに家に着くと…シイは居なかった。
シイが滞在先として使用していた部屋の机の上に、「メモ」が残されていた。

「◯×病院 直通00-0000-0000  キュウ」

********

病院のベットの上で眠るシイを、私は数十秒間見つめる。
眠りが浅いのか…シイは程なくして、目を開けた。
シイは目を開けると、目の前に私の姿がある状況に大層驚いていた。

「ロク…来てくれたの…?!」

シイを纏う…張り詰めてたオーラが、一気に崩れていく様子が見て取れた。
シイはベットで横になった状態のまま、私の手を握り締めて来た。
それからシイは、安心した様に目を瞑り…寝落ちしてしまった。
私の中で、薄い不安が過ぎる。
また、「悪夢」で目が覚めてしまうのかしら、と。

案の定だった。

シイは数十分寝落ちした後、カッと目を見開いて目を覚ました。
それは、私が見慣れた…「悪夢」から目を覚ましたシイの様子だった。

私は、シイの頭を撫でて聞いた。
ゆっくりを目を開け、私の姿を認識した時のシイの様子。
安心した表情を見せて、眠りに落ちるシイの表情。
それ等を思い出しながら、シイに尋ねたのだ。
「シイ、さっき…私の手を握りながら、寝てたわよね?「悪夢」は見たの?」
シイは…ぼーっとしながら、力無さげに答えた。
「…いいや」
私はその答えを聞き、数秒間黙ってしまった。
シイのオーラが白状している。
それは「嘘」だと。

「分かったわ…今のあなたに必要なのは、休憩よ。ゆっくり寝て。キュウを呼ぶわ。」
シイの頭を撫でながら、私は言った。
シイは何も答えず、無言のままだった。
私の中で…答えが出た瞬間だった。
シイが嘘をついた理由は、わかっていた。
分かりたく無い程、わかっていた。
私とシイの関係を、終わらせた原因がそこにあるからだ。

そうだ、そうだ。
私では、ダメだったんだ。
ニイでもダメだった。
前からそうだった。
いま、比べて分かった事だ。

シイが、仕事を引退する前の事だ。
仕事で、キュウを含む仲間達と…狭い空間で夜を明かす羽目になった事があった。
気付くと…皆寝落ちしていたそうだ。
『朝日と鳥の囀りで目を覚ましたんだ…「アイツ(悪夢)」に起こされなかったのは初だ。』
シイが珍しげに、私に言ってきたのだ。

ああ、あそこから「変化」は進んで居たのだ。

「なんかよ…結果的にキュウが何んとかしてくれたな…俺達、遅かったかな?来るのがよ~」
安心した様に「ヘラっ」っと言うニイに向かって、私は告げた。
「…遅れたんじゃないわ…要らなかったのよ。」
「へ!?」
訳がわからない。
私の言葉に対して、ニイの表情とオーラが…そう物語っている。
「行きましょう、キュウの所へ…バトンを渡しに。」
私はニイに告げると、ニイの返事を待たずに…歩き出した。

そうだ。
そうなのだ。
私が積極的に「シイを突き放さなければならない」のだ。
前に、私はシイの事を「老成した人」と言った。
それは、間違いでは無いが、正確では無い。
シイは「老成」しているが「甘え」も捨て切れない「歪な子供」なのだ。
シイは、母を知らずに育った。
本人は無自覚だが…母を知らない故に、「知らないモノ…無いモノ」を求めているのだ。
シイは幼少期の頃は…サンに執着をしていた。
サンが「母代わり」になり得ないと、判断すると…パッと彼女から離れた。
そして、私に出会い…結婚の約束を交わす程、私と親しくなった。
シイが、私に執着した事は「必然」だったのだ。
私自身が…分かり易い「母のイメージ」そのものだからだ。
そして、「恋」を知ってしまった…今のシイは「藻搔いている」のだ。
私に対して、執着する気持ちの正体…「違和感」に。

そして、私は嫌と言う程、分かっていた。
シイが、自分から「私への執着」を捨てない事を。
そして、これも…嫌と言う程分かっていた。
シイに対し、「私への執着を捨てさせなければ」と言う事を。

数メートル先に、キュウがいた。
いつもの「飄々とした表情」のキュウではなく、「何かを見透かす」様な…シリアスな表情をしたキュウが、そこには居た。
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