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【名演技編】第三章 本性八面

0303 決定!キャラ設定変更!

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我慢して青野翼あおのつばさの無駄の多い話を聞き終わって、イズルはリカを例にケバブ店に案内した。
梅雨明けの六月、空はよく晴れていて、陽射しはまぶしい。
店のテラス席にハワイ風果物船のインテリアが飾られている。
ケバブは大盛で、濃厚の脂と芳しいソースが太陽の下できらめいて、人の食欲をそそる。
明るい環境に恵まれているのに、イズルとリカの間の雰囲気は全然明るくならない。
「……雑談しなくて、仕事のことを話し合う、ですね?」
「正しい判断です」
リカはミルクティーを一口呑んで、採点スマホで10点を上げた。
もう慣れたパターンだけど、イズルは心の中でため息をした。
「食べ終わってから話しましょう」とか言ったら、絶対何百点も減点された。
「青野翼の説明にようると、二週間後、叔父さんの博司ひろしさんはあなたの回復を祝うために、パーティを開く。そのパーティーは、あなたのCEOとしての初めての社交活動でもあるので、かなり重要視されている」
「目標は、神農しんのうグループの新しいCEOとして親戚とグループの要人たちに認められること。そして、最低限は恥を晒さないこと。間違いないよね」
リカは支給されたタブレットで青野翼からのメールを開いて、パーティー参加者の名簿を確認する。
「『最低限』、『恥をさらなない』……フン」
能力を侮辱するような目標に、イズルは不服そうに鼻先で笑った。
何が親戚の認めだ。

イズルの祖父に一人の兄と一人の弟がいる。
二人とも経営失敗して、50年前にイズルの祖父に企業を買収された。
神農グループは三つの企業で再構築されたもの。だから一見関係のないビジネス施設建設と製薬を同時にやっている。
それ以来、グループの経営権はイズルの祖父とその子供たちに握られている。祖父の兄と弟の子孫はグループでの発言権は弱い。
イズルにとって、ほとんどダメ親戚のような存在だ。
しかし、家族の死によって、そのような人たちはグループでの地位は一気に上がってくる。
不愉快だ。
だが、文句を言える資格はない。
神農グループを「諦めた」のはイズル自身だったから。

「どうしたの? 最低限の目標は難しかった?」
イズルの暗い情緒に気付いたのか、リカは聞き返した。
「『なるべく、恥を晒さない』に変更……」
「結構です。続けて」
一番ムカつくのはリカの言葉ではない、彼女の真剣な目だ。
真面目に資料を読むのはいいけど、真面目に自分を馬鹿扱いするのは余計なことだ。

青野翼の情報によると、万代よろずよ家にはリカを排除しようとする勢力がある。リカを家族から追い出すために、日々工作している。
リカの立場はかなり厳しい。
普通に考えると、リカは一時も早く支援を手に入れると焦っているはずだろう。
イズルには財力がある、万代家の望む資源を持っている、リカに積極的にアピールしている、利用されやすい甘いキャラを演じている。
こんなおいしい「支援者」は傍にいるのに、なぜ食いつかない?
自分より、減点と家庭教師の仕事の方に興味があるみたい。
家庭教師になったのは、万代家の任務のためじゃない?
自分の本心を探って、万代家に引きずらすためじゃない?
なぜ動きがないんだ?

リカの言動を遡ったら、ふっと、出会った日のリカの言葉を思い出した。
「あなたたちが気に入らない」
まさか……!
「設定」はダメだったのか?!
利用されやすいと思わせたいから、
「子犬系」「年下」「天然ボケ」「草食男子」など設定で演じてきた。
でも、リカは今も「馬鹿」を見るような目で自分を見下ろしている。
そういう設定が嫌いの可能性が高い。
頭の悪い「馬鹿」だから、利用しようとも利用しにくいと思っているかもしれない。

どうやら、キャラ設定を変えなければならない。
もともと、家族のことでショックを受けたから性格が変わった設定だったので、リカの教育によってだんだん元に戻るのも理屈に通じる。
言われた通に改善すれば、良い印象も与えられる。

イズルは脳内でキャラ設定の変更を検討する間、リカはパーティー参加者の資料を逐一に確認していた。
それぞれの人の背景を読んで、彼女が知っている裏社会の情報を加えて、頭の中で人間関係図を形成する。
パーティーの運営協力のところに「有限会社EJB」という文字を見ると、リカの動きが止まった。
はっきりとした心臓の音がした。
やはり、来たのか。
このEJB社のフルネームはEndless Joy Business。その経営者はほかでもなく、リカを陥れた張本人にあたる人物だ。
パーティーに、その本人で来る可能性が高い。

「そういえば、このようなパーティーは初めてですか?」
イズルはリカの思考を邪魔した。
「分からない」
リカはEJBのことに集中してして、イズルの無駄質問に対応したくない。適当に返事をした。
「緊張していますか? 不安とか、心配することはありますか?」 
「ない」
その人の目的は何だ。
ただ自分を見て、嘲笑いにきたのではないだろう。
自分より、イズルのほうを狙っているかもしれない。
自分はまだ万代家の人で、勝手に処分できない。
けどイズルは違う。
自分の任務は成功するかどうか、イズルの「能力」にかかっている。
イズルの「能力」が確実に存在する場合、その人はイズルを消去するのか、それとも自分より先に走ってイズルを「誘う」のか。

「今聞いているのは、無駄な話ではありません」
リカの返事に期待できないと判断して、イズルはリカからタブレットを取り上げた。
「!」
やむを得ず、リカは頭を上げてイズルに目を向けた。
「正直、わたしは親戚たちの対応に慣れています。わたしが心配しているのは、彼たちがあなたに対する態度です」
「私に対する態度?」
「親戚の中で、お節介なおばさんが何人もいます。うるさいほどわたしにいろんな女とお見合いを勧めています。しかもかなり疑心暗鬼で、こっそりわたしの女性関係を監視しています。あなたのことが知られたら、絶対彼女たちの標的になります」
そう言いながら、イズルはリカの手首を軽く掴んだ。
リカの目を見つめながら、真摯な態度で伝える。
「でも心配しないでください。わたしはあなたを守ります」
「……」
リカは困惑そう表情になった。

その表情の意味はなんだろう…イズルはちょっと積極的な方向で想像した。
子犬がいきなり立派な騎士になったことにびっくりしたのか。
加点を検討しているのか。
イズルの期待の目線のなかで、リカは眉一つも動かないまま返事をした。
「愛人、99人もいるでしょ? それでもあなたの婚約者、彼女になりたい女性は立派だと思う。そんな器の大きい人は滅多にいないから、会って見たらどう? おばさんたちの言う通りにやってくれれば、私も標的になれないで済むでしょ?」 
「……」
イズルがプライドを捨てて絞り出した誠意は瞬間に崩れた。
(自分の安全のために、オレを生贄としておばさんたちに捧げてもいいというのか。)
(青野翼の婿入り計画よりも悪質じゃない……)

「あの、守ってあげると言っていますから、わたしの気持ちを少し尊重してくれない……!!」
本音が漏れそうになる時に、イズルはリカの肩を越してある人の姿を見かけた。
30メートルほどのところに立っている体格のいい青年だ。
年齢は大体二十歳で、草色のTシャツと群青色のジンズを身にまとっている。
あちこちの方向から七、八人の青少年は彼に集まっている。
青少年たちは草色Tシャツの青年に何かを話したら、青年はみんなを率いてイズルとリカの方に近寄ってきた。

 「!!」
イズルは弾けられたように跳び上がって、片手でタブレットを、片手でリカの腕を掴んで、一番近い路地に走った。
「どうしたの? なぜ逃げるの?」
「そこにいろ!」
リカは外のことに気になって出口に近づこうとしたら、イズルは一歩前に出て彼女の進路を塞いだ。
「!」
リカはちょっと驚いた。
いつもの浮いている感が消えて、イズルは真剣に緊張しているようだ。 
リカは半歩を下げて、しばらく様子を見た。
イズルは用心深そうに路地からあの青少年たちの状況を覗く。
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