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【名演技編】第五章 令嬢VS悪役

0503 隊長試練

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奇愛きあが言っているピッツァの斜楼は新港公園の隣にそびえっている12階の建物。
もともと周りの住宅区を目標に、大型デパートとして開発されたものだけど、開発会社は建設の途中でいきなり倒産して、建設会社は後金を回収できなくなり、建設をそのまま放置した。
しばらくしたら、どこからの買い手は安い金額でそのビルを買い取った。
それから二年間、ずっと内部の工事をやっているようだけど、外見はコンクリートのまま。
夜になると、ビル窓に朧の光が点されて、微かな不思議な音が聞こえる。どこか寂しさと不気味を感じる。
中身はなにかのアミューズメント施設の噂があったけど、ニュースや宣伝は全く見つからない。
一体何のために建設されたものなのか、誰もはっきり分からない。

今夜、そのビルの持ち主は不本意な形でこの領地に訪れた。
8階の広いロビーは冷たい青光に照らされている。真夏の中で、寒さを感じさせる。
イズルはロープに縛られて、大理石の床に座っている。
彼は自分の不用心に悔しく思った。
奇愛のいたずらは日常茶飯事、特に慣れている。
せいぜ英子ひでこの前で自分の悪口をしただろと思って、駐車場に呼ばれても警戒しなった。
羅軌跡なおきせきたちが待ち伏せていることは、思いもしなかった。
最初はとぼけるつもりで天気の話をしたけど、30秒もないと車に入れられた。
このビルの鍵は爆発事件の前に彼は軌跡に渡したもの。
ビルの建設にいろいろ手伝ってもらうためだ。
自分を拉致するアジトにするためじゃない。

「どういう意味だ?」
夜のオオカミのような目で、イズルは彼を囲んでいる軌跡たちを見まわした。
この階層にまだ家具などが入っていない、空っぽのロビーで、エコーがよく響いた。
「隊長……本当に隊長だったら、まずお詫びをする。これは隊長の安全を確認するためだ」
軌跡は厳しい顔で返事をした。
手にはまだ使いきれなかった分のロープを持っている。
ほかの青年たちも顔を強張らせている。
疑いと不信感が満ち溢れた空気だ。

「オレの安全を確認するため? オレを不安全にしたのはお前たちだろう。余計なお世話だ」
仲間たちに拉致されたうえで、疑われている。イズルはまたとんでもない屈辱感を味わった。機嫌が悪いのは当然だ。
しかし、その反抗的な態度は青年たちの疑いを深ませた。
「隊長はこんな風に話さない」
「そうだ。爆発事件の真相はまだ分かっていない。隊長は生きているなら、絶対俺たちを連れて、必死に調査するはずだ。のこのことパーティーなんかに出るもんか!」
「あの動画を何度も見た。あんな大爆発、軽傷で生き残れるわけがない!」
「やっぱり、こいつは怪しいぜ。誰かが隊長の財産を奪うために連れてきた偽物かも知れない! 本当の隊長は、もう……」

どいつもこいつも、単細胞生物か。
この人たちと友達になったことに、イズルは初めて後悔した。
長い溜息をしたら、一字一句で言った。
 「分かった。本当のことを教えてやろう。敵は強すぎる。お前たちは役に立たない。足を引っ張るだけだ。お前たちを巻き込みたくないから、連絡に応じなかった」
「嘘だ!」
「演技にもならない!」
「だとしたら、隊長は最初から教えてくれた! 今更はない!」
「じゃ、その敵は誰だ?」
「一体どうやって爆発から逃げたんだ?!」
「……」
ああ、殴りたい。
イズルは言うことを見つからない。
奴らを思って何も言わなかったのに、素直に認めたのに、更に疑われたとは。
どうやら、こいつらは自分を偽物だと思い込んでいる。決定的な証拠を見せてやらないと。
一番憤慨そうなデブの青年に、イズルは呼びかけた。
たけし、ドリアンのピッツァを食べ過ぎないようにと何度も言っただろ? 怒りやすくなるから」
「?!」 
名前と好みが的中されたデブ青年は驚いた。
イズルはまた軌跡に向ける。
「軌跡、去年のお前の誕生日、奇愛はお前に三箱の爆弾をプレゼントした。オレが処分してやったんだ。オレとお前以外、それを知る人はいないだろ」
「……」
「お前たちの秘密、一人ずつ暴いてやろうか?」
 イズルは鋭い目線でもう一回青年たちを見まわした。
「まさか、本当に、隊長か……?」
「でも、俺たちの秘密なんて、調べればすぐわかるものだ。隊長の携帯も彼が持っている……」
青年たちは少し動揺したが、もう何か月も偽物の方向で考えたから、いきなり軌道変換はできない。
「本当の隊長かどうか、試してみれば分かる」
 軌跡は動揺しながらも元の計画を実行すると決めた。

「このビルの中身は隊長が設計したものだ。本当に隊長だったら、無事に出られるはず。でも偽物だったら、途中で命を落とすかもしれない。ここで大人しく朝まで待つがいい」
「脅かすつもり?」
イズルは鼻で笑った。
「このビルは人を死なせない。オレを解放しろ、設計図を描いて見せる」
軌跡は一つのビクトリノックスを床に投げた。
「この時代、情報類の物はすべて秘密にならない。ハッキングとかで入手して、偽物に覚えさせればいい。あるいはどこかに隠されている通信機で伝えればいい。だが、体の反応と腕前に細工するのは難しい。『隊長』はそんなに自信があれば、行動で証明してくれ。俺たちはいつものところで隊長を待っている。本当に来られたら、土下座して謝罪する」
その話を残して、軌跡はほかの人を率いてエレベーターに入った。

一人になったイズルは寂しさより怒りを感じる。
「オレ、なんでこいつらを隊員にしたんだ……」
大した手間をかけずに、イズルはビクトリノックスのナイフでロープを切った。
肩を動きまわしながら、エレベーターと緊急出口を確認する。
やはり全部ロックされた。
下への階段しか道はない。

このビルはサバイバルゲームのフィールドとして建設されたものだ。
8階以下の階層は全部ダンジョンになっている。
上と下につながる階段は正反対の方向にある。次の階層に行くために、一つのダンジョンをクリアしなければならない。
設計した時に、攻略者を困らせることばかり考えていて、困らせたのは自分自身とは到底思わなかった。
「途中で命を落とす」というのは軌跡が偽物を脅迫する話だが、ダンジョンは全てチーム攻略のために設計したものだ。道具なしの状態で、一人で攻略するのはHPぎりぎりになる覚悟が必要だ。
携帯は没収され、手にあるのはビクトリノックス一つ。
青野翼はもともと頼りに慣れない。奇愛はきっとパーティーで目くらましをして、自分を探そうとする人たちを止める。
降りるしかないか……
とイズルは観念した。
「かっこ悪いけど……幸い、オレを待っているのは仲間だ。敵じゃない」
イズルはある壁収納の前に歩いて、思い切りナイフを扉と枠の隙間に刺し、扉をこじ開けた。
仲間の代わりに敵が迎えに来ることは、彼はまだ知らない。

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