王の剣(つるぎ) 〜冷血の雪姫と呼ばれるドS王女に首輪を付けられた主人公の逆転譚〜

リッキー

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第二王女との出会い

剣(つるぎ)なしの姫君 その2

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「正解は、初代王の剣が王の元から消える、です」

「え?」

 宗次郎は頭をひねった。

「死んでしまったんですか?」

「不明です。天修羅との戦いで負った重症により死亡したか、傷を癒すために眠りについたか。平和な時代に自身の力は不要だと、大陸の外へ旅に出たなど、いくつかの説があります」

 なぜ大陸を救った英雄である初代王の剣が姿を消したのか。

 真実がはっきりしないため、どれも憶測の域を出ない。後世に『王国記』を読んだ人々がそれぞれに解釈をしている。離別の理由は歴史学者のみならず、愛読者の間でもたびたび論争が起きるくらい定番のネタだった。

「北部にある願文がんもん市には、初代王の剣の墓がありますが、本当に墓なのかどうか」

 願文がんもん市には小さな雪山があり、その石碑には

「初代王の剣 ここに眠る」

 と書かれていて、装飾が施された施設もあることから一般的には墓だと信じられている。

「どうあれ、初代王の剣は王国を建国してすぐに歴史から姿を消しました。王宮に残っている資料、歴史書においても、以降その名が登場することはありません」

「……その別れが信頼に結びつくんですか?」

「ええ。王の剣は別れる際、初代国王に自らの刀を預けたのです。そう、我々が探している天斬剣てんざんけんです」

「……」

「剣士が自分の刀を預ける意味は、宗次郎くんにもわかるでしょう」

 言われるまでもなかった。

 刀は剣士にとって自分の命より大切なもの。それを他人に託すというのは、双方の間に山よりも高く谷よりも深い信頼関係がなければなし得ない行為なのだ。

 まして初代王の剣は天修羅を討った直後に王の元を離れたのだ。

 民からの期待もあったろう。

 他の家臣との交流もあっただろう。

 その全て置き去りにして、お互いの夢を掛けて戦った二人は別れたのだ。

「また、刀を預ける以外にも、二人は約束を交わしたとされています」

「約束、ですか」

「ええ。初代王の剣は刀を預け、国王とそれぞれの約束を交わし、姿を消しました。その約束を交わす描写が、今でも約束の儀式として残っているのです」

「あの拳をくっつけるやつですね」

「そうです」

 先日燈と交わした約束を思い出す。

 自分のできることを全力でやり、燈の命令に従う。

 初代王の剣と初代国王はどんな約束を交わしたのだろう。

「内容は伝わっているんですか?」

「それも、よくわかっていません。二人の関係には謎が多いのです。中には、初代王の剣は王国滅亡の危機に蘇り、これを救う、なんて説もあります」

 謎が謎を呼ぶ関係は、別れた当時こそ多少の混乱を生んだらしい。

 最強の戦士が刀を預けて消えたのだ。国民は困惑し、他の家臣もなぜかと初代国王を問い詰めた。

 追及に対して、国王は、行かせてやってくれ、と言ったきり何も説明もしなかったそうだ。

 わだかまりはあったものの、当時の国民は誰もが二人の関係性を知っていたため、特に追求しなかった。

「別れはあったものの、彼らの関係の根底にある絶大な信頼は人々の心を打ちました。その信頼を制度として当てはめたものが、『つるぎの選定』なのです」

「『つるぎの選定』……」

「はい。王位継承権を持つ王族はその特権として、自身が最も信頼する一人の相手を自らの剣として任命できるのです。歴史は古く、2代目国王の頃に制度として確立し、以降ずっと続いています」

「じゃあ、今の王様にも……」

「はい。もちろんいらっしゃいます。王様に限らず、王子、王女が選ぶことができますから」

 王族は王宮にて、自らと自らが最も信頼するものと二人で儀式を行う。大勢の貴族たちが見守る中、晴れて選ばれた相手は剣となり、使える主と共に過ごすこととなるのだ。

 こうした制度のおかげか、風習としての”つるぎ”という文化は残っている。例えば、王族でない貴族が自身の最も信頼する相手を剣と呼んだりする。

 ━━━今の自分にとっては、門さんが剣かな。

 気恥ずかしいが、宗次郎はそう考えた。

「なんだか浪漫のある話ですね」

「ええ。『つるぎの選定』は重要な祭事です。ただ━━━」

 上機嫌に話していた練馬は急にその顔を暗くし、うつむいた。

「燈様は、現王族の中で唯一、自らの剣をお選びになっていないのです」

 教会で罪を告白するような口ぶりで練馬は告げた。

「その、選ばなければいけないものなのでしょうか」

「必要ではありませんよ。歴史上、剣を選ばなかった王族も何人かはいましたし、選んだ後になって仲違いしたケースもありました。しかし、国王になられた王族は必ず剣を選出しています。それはそうですよね。他人を信用しない人間に人はついてこない。自明の理です。殿下もただ王族であるだけなら問題は生じないのですが━━━」

 宗次郎は練馬の話を聞きながら、ふと回想した。

 おとなになったら、君のつるぎになる。

 燈に似た銀髪の少女と、宗次郎はそう約束した。

 だとしたら━━━。

「宗次郎くん? いかがしました?」


「ああ。すみません。ついぼうっとして」

「体調がすぐれないのなら、続きは明日にしましょうか」

「いいえ、大丈夫です。続けてください」

 考えるのはあとにして、とりあえず練馬の話を聞く。

 宗次郎は意識を集中させた。

「問題点はズバリ、殿下の『初代国王を超える王になる』という目標と、『剣を選ばない』という行動が矛盾しているように見えてしまうところです。殿下は以前にも国王様より『なぜ剣を選ばぬのか』と問われ、『あんな古い制度に縛られる必要はありません』と答えました。そのときの国王様と貴族たちの有様はもう、なんというか。ええ、ひどいものでした」

 練馬は口のはしを引きつらせながら、黒歴史に触れた。

 燈は目標を口にするとき、間違いなく本気だ。その心には一切の恥も、畏れも、虚栄心もない。

 そしてこうも言った。私が信じるのは己のみだと。それがひどく悲しいことだと、宗次郎は深く印象に残っている。

 その目標と信念が日頃の生活で遺憾無く発揮された結果だろう。

「殿下は王族として、波動師として非常に優れた方です。社交界では女神のごとき美しさと気品で華になり、戦闘では常に先陣にたち指揮をとる。最年少で十二神将に選ばれた才能は伊達ではありません」

 練馬は二ヶ月前の作戦で、燈がいかに活躍したかを宗次郎に聞かせた。

 燈は三塔学院を飛び級で卒業したあと八咫烏となり、天主極楽教の捜査に務めた。当初は首都に住まう大貴族のうち、交易に携わる者が教主なのではないかという状況しかわからなかったそうだ。

 そこからわずか一年足らずで燈は教主の存在に目星をつけ、作戦を敢行。腹心である練馬にも全容を伝えず、なんと三つの重要拠点を同時に壊滅させた上で、教主まで捕らえて見せたそうだ。

「作戦の成功は殿下の名と実力を大陸中に知らしめました。武力と知略を兼ね備えた戦士である、と。一方、元から孤立気味で『冷血れいけつ雪姫ゆきひめ』とあだ名されていた孤高の印象をより決定づけてしまったのです」

 仕方がない、というように告げる練馬に宗次郎は異を唱えたかった。

 宗次郎の燈に対する印象は、初対面こそ近寄り難いものだった。女神のような美しさも、王族が持つ気品も、存在の全てが凍える威圧感となって襲ってくる。特に迷惑をかけてしまった宗次郎には態度が冷たいこともあって、余計にそう感じてしまった。

 それから燈の印象は大分変わった。道場で勝負をして、土手で話を聞いてもらい、洗面所で裸体を見て、燈の部屋で会話して、仕事を手伝って。神社で知り合ってたった四日でも、多くの時間を過ごした。

 宗次郎から言わせれば、燈は孤高なのは事実でも、ただそれだけでは済ませたくなかった。

「練馬さんはどう思っているのでしょうか」

「取るに足らない噂ですね。短い時間であっても、私は殿下を近くで見ていますから。『剣の選定』は、今や名ばかりの制度ですので、お選びにならない気持ちも理解できます」

「名ばかり?」

「はい」

 練馬はため息をつき、水を口にした。

「もちろん制度自体は大変素晴らしいものです。自身が最も信頼する相手を選ぶ。結婚より重要とされる制度ですが、一つ問題があるのです」

「問題?」

「はい。選べる主体が国王のみではなく、王位継承権を持つ王族全員であるという点です」

 宗次郎の疑問はますます深まった。

 国王が選ぶのと、王族が選ぶのと何が違うのだろうか。

「剣になる人間が多すぎて、ありがたみが薄れるのでしょうか」

「ふふ、それは面白い考察ですね」

 練馬は初めてにこやかに微笑んだ。

 宗次郎はその笑顔に既視感を覚える。門さんとよく似ている。

「本当に問題なのは、王位継承権をめぐる争いの道具として利用されてしまったことです。近年は王族のほとんどが十代前半で剣を選ぶ傾向にあります。それも大貴族の嫡子が多く選ばれるそうです」

「十代前半なんて、それじゃあ」

「はい。信頼とは名ばかりの従属にすぎません。現代において『剣の選定』は王族が最も信頼する相手を選ぶ儀式ではなく、貴族が自分に都合のいい王族に子を当てがい、後ろ盾として権力を得る儀式になっているのです。まつりごとを司っている大臣も、そうやって現国王の剣となったのです」

 宗次郎にいいしれぬ怒りが湧き上がった。

 自らの権力しか頭にない貴族に、自分の憧れた英雄を汚されたような気持ちになる。

「『剣の選定』は『天斬剣献上の儀』と同じく、王国の設立当初からある由緒正しい儀式です。そのあり方は時代とともに変遷していきました」

 宗次郎の様子に気づくことなく、練馬は講義を続ける。

「初期こそ王族は最も信を置く者を選んでいたそうです。それも初代国王に倣って、八咫烏を選ぶ事例がほとんどでした。国王の『剣』として選ばれた八咫烏は、その実力が劣っていたとしても、十二神将に選ばれますから」

 八咫烏における最高位、三本脚。その羽織をまとえる武人は十二神将か、国王の『剣』に選ばれた者のみだ。

「この制度に影を落としたのは、皮肉にも初代国王の偉業でした」

「え? 初代国王の?」

 信じられなかった。彼の偉業があったからこそ、『剣の選定』が制度として確立されたのではないだろうか。

「はい。初代国王は天修羅を倒した実績とそのカリスマを持って、一代で大陸全土を収める王となりました。必然的に、二代目以降の王は争いにより荒廃した大陸の修繕と、国土の発展に努めました。結果、この千年間で大きな争いはなく、幸運にも侵略者は現れませんでした。そのため、戦闘面において波動師たちは次第にその意義を失っていったのです」

 波動の技術は戦闘にはもちろん、日常生活でも使える。平和な時代には戦うための技術はより競技化され、生活水準の発展を目的に波動は研鑽されていった。

「代わりに台頭してきたのは、主に政治に携わる貴族たちでした。彼らは復興とともにその力を肥大化させ、やがて王権にも侵食を始めるのです。『剣』に選ばれたからといって、王宮内で重要な役職につけるわけではありません。しかし、国王はもちろん、王族から信頼を得られれば政治の面で大きな発言力を得られるのは確か。権力を求める貴族たちが『剣の選定』という格好の餌に飛びつくのは時間の問題だったのです」

 とある歴史書では国王の剣であり大臣だった男の言葉が記されている。

「私の言は国王の言である。故に従え。従わない者は王国への反逆者である」

 こうして、いつしか王族は選ぶ側から選ばされる側へと堕ちていったのだ。

「制度が貴族の食い物にされているため、殿下が自らの剣を選ばれないのも無理からぬことなのです。利用するのもされるのも、殿下には似合いませんから」

「確かに」

 燈が目的のために誰かを捨て駒にしたり、逆に手玉に取られるなんて考えられなかった。

 燈なら、なんでも自分の力で解決できてしまうんだろう。

「……私からも一つお伺いしても?」

「なんでしょう」

「宗次郎殿は、殿下のことをどう思いますか」

 いきなり何を、と口から出かかった言葉が止まる。練馬がいつも通りの真剣な雰囲気に戻っていた。

「殿下が初対面の、それも貴族の男性と一緒に過ごしたのは初めてですので。ぜひ宗次郎殿から見た殿下の印象をお聞きしたい」

「はあ」

 よくわからないが、練馬が本気で気にしていることはわかった。

「とても凄い女性だと思います。それに……」

「それに?」

「……なんでしょう。うーん」

 言葉が出てこない。急に燈をどう思うかなんて言われても困る。

「優しさと真の強さを兼ね備えた魅力的な女性だと思います」

「そうですか……では、欠点だと思うところはありますか」

 やけにグイグイくるな、と宗次郎は内心思いながら、欠点を探す。

「欠点、というと、遠いって感じることはあります。住んでいる世界が違いすぎるっていうか」

「なるほど。やはりそうですか」

 練馬は一瞬だけ無表情になった。

「貴重なご意見ありがとうございました。他に何か、気になることはありますか」

「……」

 あるといえば、ある。なぜ燈が『初代国王を超える王になる』という目標を持ったのか、だ。

 しかしその疑問を練馬にぶつけるのは、何か違う気がした。

「いえ、大丈夫です」

「そうですか。とにかく、私たちは取るに足らない噂に惑わされる必要はありません。いつも通り振る舞い、斑鳩シオンの補足と天斬剣の回収に注力しましょう」

「わかりました」 

 時計を見ると、日付が変わって一時間以上が経過していた。かなり集中して話し込んでしまったらしい。

「色々と教えていただき、ありがとうございます」

「とんでもないです。明日はお互い、頑張りましょう」

 柔和に微笑む練馬は、年齢より若々しく見えた。

 宗次郎は頭を下げ、練馬の部屋を後にした。

 布団に潜り込んだものの、練馬の話が頭の中で反芻している。

 明日も寝不足になりそうだな。宗次郎は予感しながら眠りに落ちた。

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