無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

13 意外と鋭い子でした

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 翌朝の、やはりミーティング中。
 ティプトリーの携帯電話に、またイルホンがかけてきた。
 今日の午後五時に、今度はフォルカス一人でドレイクの執務室に来いという。

「ということは、俺が選んだ二人は不採用になったんだな」

 特に気を悪くした様子もなく、淡々とキメイスは言った。

「何が気に入らなかったんだろうな。操縦士だったのに」

 フォルカスが腕組みをして首をひねる。それを見てキメイスは苦く笑った。

「そう。操縦士だったから選んだ。逆に言うと、それ以外に理由はない」
「操縦士だったんですか……」

 一方、ギブスンはあからさまに落胆していた。

「しかも二人……どうして不採用……」
「自分で選んでおいて言うのも何だが、俺はわかるような気がするな」

 キメイスは両腰に手を置いて天井を見上げた。

「あいつらは、うさんくさかった」
「そう思ってたんなら、最初から選ぶなよ」

 フォルカスが呆れたように眉をひそめる。

「いや、大佐なら選ばないかなと思って。……ああ、そうか。こういうところが〝上から目線〟なのか」

 珍しく、キメイスは下を向いて反省した。

「じゃあ、今度入ってくるのは整備三人か」

 自分の顎を撫でながら、スミスが話に割りこんでくる。

「よかったな、フォルカス。これでおまえの負担もかなり減るだろ」
「負担と思ったことはないですけどね。元同僚がまた同僚になるのって、複雑な気分ですね」
「まったくだ。五人もいて、どうして操縦士がいないんだ」

 スミスはそう嘆いてから、現同僚になった元同僚たちに向き直った。

「バラード、ディック、スターリング。おまえら、砲撃以外に手に職つけろ」
「何で俺ら三人限定なんだよ!」

 三人を代表して、ディックがスミスに吠えた。

「うちのでは、砲撃は一人しかできないからだ。操縦、通信、情報処理。最低どれか一つ、まともにできるようにしろ」
「くそう! 元同僚に先輩面された!」
「いや、ここでは本当に先輩だから」
「……今は操縦がいちばん必要?」

 スターリングに問われたギブスンは、無言で何度もうなずき返した。

「今日三人入ってくるなら、残り枠はあと一つということになるが……大佐はこれで採用打ち切るつもりかね」

 スミスより年上の後輩バラードは、苦言のほうは聞き流して先輩に訊ねる。

「何もなければな」
「何もなければ?」
「〝予定は未定〟。……大佐がよく言う」
「でも、ギブスンはもうあきらめて、砲撃じゃなく操縦のシミュレーション、始めたほうがいいと思うぞ」

 冷静にマシムが助言する。

「そうしないと、操縦枠さえなくなりそうだ」
「おまえ、他人事だと思って……!」
「本当に他人事だと思ってたら、こんなことは言わない」
「嘘つけ! おまえ、完全に面白がってるだろ!」
「ギブスンくんとマシムくん、仲悪いの?」

 スターリングに問われて、ティプトリーとシェルドンは即答した。

「仲いいです」
「ふーん。君らと違ってわかりにくいね」
「とにかく、この問題が早く片づいてくれないことには、自分がどこで何をさせられることになるかもわからなくて落ち着かん」

 両腕を組んだスミスは、心底困ったように溜め息をついた。

「おまえは〈新型〉操縦で確定だろ」

 少し驚いてラッセルが言うと、スミスは真剣に答えた。

「言っただろ。〝予定は未定〟だ」

 * * *

 元マクスウェル大佐隊の班長五人が呼び出されたのは、ダーナの執務室ではなく、マクスウェルの執務室だった部屋だった。
 マクスウェルが〝栄転〟してから半月あまり。開かずの間状態になっていたはずの執務室は、いったいいつのまに清掃されたのか、マクスウェルがいたときよりも整然としており、ダーナはまるで最初からこの部屋の主だったかのように悠然と立っていた。

「当分の間、一日おきにあちらとこちらの執務室を使おうと思う。……いろいろと興味深いものも残されていたしな」

 班長たちはかすかに顔を歪める。あの無能な〝大佐〟は、悪評の他に何を残していったのだろうか。

「それはさておき、昨日の報告の件だが、実際にあれで戦闘可能かどうか、確認させてもらいたい」
「……は?」
「明日、護衛をしていた私の隊を『連合』に見立てて演習を行う」

 自分の本来の隊を、わかりやすいが嫌味な言い方でダーナは表現した。

「もちろん、勝てるな? 勝てなければ、私がそちらの隊員の割り振りをやりなおす」
「もし勝てたら?」

 挑むようにヴァラクが言った。他の班長たちはあわてたが、ダーナは薄く笑って一蹴した。

「勝てて当然だろう。だが、そうだな。もし勝てれば、おまえたちのうちの誰か一人にこの部屋を与えよう。艦隊の編制上、私の隊の一部であることは変えられないが、おまえたちの隊にその誰かの名前を冠して別個に扱う。誰にするかはおまえたちの間で決めろ。勝てればな」

 あっけにとられている班長たちに、ダーナは明日の演習の具体的な説明を一方的にしてから退室を命じた。
 班長たちは敬礼し、自動ドアに向かって歩き出したが、その中で一人、セイルだけが逡巡した様子で立ちつくしていた。

「……どうした?」
「申し訳ありません。本来なら本人たちを来させるべきところでありますが、自分が代理で持ってまいりました。……大佐殿にサインをいただきたい書類があります」

 ダーナは自分より長身のセイルを見上げてから、まだ自動ドアの前にいる彼の同僚たちに、早く退室するよう目だけでうながした。
 セイル以外の班長たちが全員自動ドアの外に出る。それを確認してから、執務机の椅子――同じものは使いたくないと交換させたものの一つ――に腰を下ろした。

「転属の件か」

 不意打ちされたようにセイルはダーナを見た。が、静かに「はい」と答える。

「おまえの班の隊員が採用されたか。……何人だ?」
「三人です。ドレイク大佐より、採用の条件として、大佐殿と自分に挨拶し、その証しとして転属願にサインをもらってくるようにと指示されたそうです。このような形でご報告するのは失礼に当たるとは思いましたが、また改めてお時間をいただくのもどうかと考え、持参してまいりました」

 セイルは自分の懐から封筒を取り出すと、そこから三通の転属願を抜き出し、ダーナの前に差し出した。

「……全員、整備か。この三人の慰留はしなかったのか?」
「転属を希望している者を無理に引き留めても互いのためになりません。今回に限ってはそう判断いたしました」
「なるほど。確かにそのとおりだ。ましてや、この隊だけは選考して採用を決めている」

 そう答えてから、ダーナはセイルと同じように、転属願の余白にサインをしはじめる。

「十三班長」
「はい」
「おまえはこの部屋を自分のものにしたいか?」

 セイルは目を見張ったが、すぐに苦笑いした。

「いえ。まったく」
「まったくか」
「ここは〝大佐〟のものです。私は〝大佐〟にはなれません」
「なぜなれないと決めつける? 昔ならいざ知らず、今の殿下なら実力さえあれば〝大佐〟にしてくださる」
「その実力が私にはありません。自分で自分のはわきまえております」

 ちょうどサインをしおえたダーナは軽く声を立てて笑った。
 滅多にないことらしく、執務机で黙々と仕事をしていたダーナの副官まで仰天している。

「な……何か?」
「嘘つきめ。おまえは単に〝大佐〟にもこの隊にも興味がないだけのことだろう。本当はどこに行って何をしたい? 今ならそれが叶うかもしれないぞ。……今なら」

 含み笑う上官を、セイルは凍りついたように見下ろしていた。

 * * *

 四人の班長たちがミーティング室に到着しても、セイルはとうとう途中で合流してこなかった。

「あいつの班の隊員が、ドレイク大佐に採用されたんだな」

 椅子に身を投げ出すようにして座ってから、ヴァラクがぼそりと言った。

「え?」

 とたんにエリゴールは顔色を変え、昨日プリントアウトしておいたドレイク大佐隊への転属希望者リストをあわてて手に取った。

「あいつの班は……整備の三人しかいない」
「整備?」

 ヴァッサゴが怪訝そうに首をかしげる。

「あの隊にしては、地味な採用だな」
「エリゴール。おまえの班には八人も転属希望者がいたよな。砲撃以外バランスよく」

 揶揄するようなヴァラクの言葉に、エリゴールは明らかに動揺した気色を見せた。

「たとえ転属希望先がドレイク大佐隊でも、おまえの班から八人は多すぎるなと思ってた。……誰か一人くらいは採用されると思ってたか?」
「そんなことは……だいたい、転属を希望したのはこいつら自身だ」
「そうか? まあ、そういうことにしておこう。実際は整列してたって、転属願は出してもかまわないわけだしな」
「じゃあ、まさか……」

 ムルムスはエリゴールを一瞥してから、ヴァラクに目を向けた。

「セイルは性格的に真面目に全員整列させてたと思うぜ。でも、ダーナ大佐が転属願のことを口にしたから、ドレイク大佐に採用される確率の高い隊員三人を選んで、転属願を出させた。たぶん、その三人全員、採用されたんじゃねえかな」
「でも、どうしてこの三人なら採用されるってわかったんだ? いや、そもそも何のために転属を?」

 ヴァッサゴの問いに、ヴァラクは呆れたような笑みを返す。

「ドレイク大佐は、今いる自分の隊員の元同僚を採用するのが好きらしい。この前、採用したばかりの班長五人もそうだ。整備でドレイク大佐隊っていったら、思い浮かぶのは一人しかいないだろ?」
「……あ……」

 他の三班長は、皆一様に顔を引きつらせた。

「あいつのことだから、一人で整備は大変だろうって思ったんじゃねえのかなあ……」

 淡々とヴァラクが呟いたとき、そのセイルがミーティング室に入ってきた。

「……何だ?」

 同僚たちから哀れむような視線を送られて、セイルはたじろいだ。

「いや、今ちょうど、おまえが大佐にサインをもらわなきゃならない書類ってのは何だろうなって話をしてた」

 ヴァラクが苦笑いして適当な嘘をつく。

「ああ、あれか。実は俺の班から、ドレイク大佐隊に転属される隊員が出てな……」

 セイルはヴァラクの推測どおりのことを言ったが、二ヶ月前のときとはまるで違い、明らかに嬉しげだった。

(相変わらず、フォルカス関係では嘘のつけない男だ……)

 四人の班長たちはそう思ったが、藪蛇になることを恐れた彼らは、そのことをセイルに指摘はしなかった。
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