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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)
16 演習していたそうです(前)
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グイン、ラス、ウィルヘルムをおざなりにドレイク大佐隊員たちに紹介したフォルカスは、再び同僚となった元同僚たちに向かい、高飛車にこう宣言した。
「じゃ、今からさっそく整備始めるぞ。うちの軍艦はみんな〝改造車〟だからな。今まで見てきた軍艦と同列に考えるなよ」
「え?」
面食らうグインたちの首根っこを引っつかみ、無言で引きずっていく。フォルカスのその姿は、何も知らない子牛たちを市場へと売りにいく牛飼いのようだった。
「フォルカスさんが……ミーティングを放棄した……」
マシムにはそちらのほうがショックだったようだ。
「まあ、今は打ちあわせしようにも、打ちあわせるネタがないような状態だからな。それより早く仕事を覚えさせようと思ったんだろ」
待機室を出ていく〝整備班〟を見送りながらスミスが苦笑する。
「作戦説明もいつするんだか。ギブスンを〈旧型〉の操縦士にするならすると、早く決めてもらいたいもんだな」
「決定ですか。もう決定ですか」
実はマシムに強要されて〈旧型〉の操縦のシミュレーションを始めていたギブスンは、それでもやはり操縦はしたくないらしく、すがるようにスミスに訊ねた。
「大佐はまだ何も言ってないから決定じゃないが……このまま補充なしだと、間違いなくそうなるな」
「いつも配置図が届いたらすぐに作戦説明してるから、きっとまだ届いてないんでしょう」
脇からキメイスが口を挟む。
「両翼とも有人艦二〇〇隻にすることは早々に決定したんだから、もうとっくの昔に送信されてていいはずなんですけどね。今回の転属騒動で、殿下も二〇〇隻にすることに不安を感じたのかな」
「ああ、それはあるかもしれないな」
オールディスが何度かうなずいて、キメイスに同意した。
「ダーナ大佐のところは言わずもがなだが、アルスター大佐のところも、実はあまりうまくいってないらしい」
元ウェーバー大佐隊の同僚たちは、いっせいにオールディスを見た。
「いったいどこからそんな情報を!」
「どこって、アルスター大佐の指揮下にいる元同僚からに決まってるだろ。あえて誰とは言わないが。アルスター大佐は自分の隊を〝第一分隊〟、元ウェーバー大佐隊を〝第二分隊〟として訓練・演習を行ってるが、その〝第二分隊〟を格下に扱ってるらしい。まあ、それは仕方ないっちゃ仕方ないが、例のマクスウェル大佐隊の転属希望者は、全員〝第二分隊〟のほうに押しつけてきたとさ」
これには、元ウェーバー大佐隊員たち以外も、そろって不快そうな顔をした。
「えー、アルスター大佐って、そんな人だったんだ」
「確かに、そうしたくなるアルスター大佐の気持ちもわからないでもないが……自分が今この隊にいることが申し訳なく思えてくるな」
「その〝第二分隊〟の中はうまくいってるのか?」
スミスにそう訊かれ、オールディスは軽く肩をすくめる。
「カオス状態。共感と嫉妬と絶望が渦を巻いているそうな」
「……もしかして、アルスター大佐、元マクスウェル大佐隊員と元ウェーバー大佐隊員をまとめてふるいにかけてるのか?」
「〝これに耐えられない奴はとっとと退役しろ〟?」
「ありそうだな、それ」
「すまん。俺たちだけ、パラダイスに逃げこんじまって」
「パラダイス?」
「あー、オールディス。ダーナ大佐のほうも、今はどうなってるかわかるか?」
元同僚たちの〝持病〟を年下の同僚たちに知られることを恐れたスミスは、あわてて新たな質問を発してごまかした。
「ダーナ大佐か。こっちはまだ元マクスウェル大佐隊改造中みたいだな。今日はダーナ大佐隊と元マクスウェル大佐隊で、敵味方に分かれて演習するそうだ。元マクスウェル大佐隊のほうが勝ったら、あくまでダーナ大佐隊内部でだが〝独立〟を認めるそうな」
「それはどこから入手した情報だ。また三班長か?」
ラッセルが眉をひそめて問うと、オールディスは含み笑いを浮かべる。
「ふふふ。……秘密」
「まさかとは思うが、コールタン大佐隊やパラディン大佐隊の内情もわかるのか?」
「そっちはさすがに難しいな。護衛だけにガードが堅い。俺はマクスウェル大佐隊とはコネがないからな……」
そう言いかけて、オールディスはふとキメイスを見た。
「あ、いた」
「無理ですから。俺、ここに転属になってから、マクスウェル大佐隊とはいっさい関係を断ってますから」
キメイスは作り笑顔で右手を振った。
「うーん。となると、ダーナ大佐隊のほうから遠回りだな。しかし、護衛担当の内情を知っても、正直、うちには意味ないんじゃないか?」
「まあな。俺もそこまで知りたいとは思ってなかった。ただ、おまえの情報網の範囲が気になっただけだ」
「そんな、俺の情報網なんて狭くて浅いもんだよ。でも、コールタン大佐、パラディン大佐のとこも押さえられれば、〝大佐〟の隊はコンプリートできるな」
「コンプリートしてどうするんだ」
「自慢する」
「そんな目的か。うちの作戦に生かすとか、大佐に進言するとか、そういうのはおまえの頭の中にはないのか?」
「俺は情報屋じゃないから。基本、自分が知りたいことだけを訊く」
「ただの知りたがりか!」
「訊かれりゃ答えてるだろ」
「どうしよう……」
スミスとオールディスのやりとりを眺めながら、ティプトリーが深刻な表情で呟く。
「やっぱりフォルカスさんがいないと、ミーティングがエンドレス……」
「ちょっと行って呼んでくるか?」
キメイスがそう言ったとたん、マシム、ギブスン、シェルドンが血相を変えた。
「駄目です! 整備の邪魔されると、フォルカスさん、マジ切れします!」
「あ、そういやそうだったな」
ドレイク大佐隊内において、それはある意味、ティプトリーの女顔に言及すること以上の禁忌だった。普段、笑ってばかりいる人間に怒鳴られると、受けるダメージはより大きい。
「うーん。せめてミーティング終わらせてから整備に行かせるんだったな。……しょうがない。ここはこのまま放置して、フォルカスが整備してない軍艦に行こう。しかし、スミスさんはいいな。好き勝手言える元同僚がいて。きっと今、ミーティング終わらせることもできないほど楽しいんだろうな」
「キメイスさんにはいなかったんですか?」
何気なくシェルドンが訊ねると、キメイスは遠い目をした。
「俺はここに転属されて、初めてそういう同僚ができたな……」
「キメイスさん……マクスウェル大佐隊でいったい何が……?」
「君たち、ちょっと待ってくれ!」
こっそり待機室から逃亡しようとした五人の〝先輩〟を、ラッセルが目敏く呼び止めた。
「頼むから見捨てないでくれ!」
「いや、こうなったらもう、俺たちにはどうしようもないんで」
〝先輩〟代表として、表向きは申し訳なさそうにキメイスが言うと、「なら、俺も行く!」とラッセルは叫び、まだ何か言い争っている元同僚たちから逃れるように走ってきた。
「ラッセルさんなら止められるんじゃ……」
「いや、俺にも無理だ。あれの収拾をつけられるのは、フォルカスくんか大佐くらいだ」
真顔で断言するラッセルに、この人は〝わかっている〟とキメイスたちは思った。
こうしてミーティングを途中放棄した六人がドックに行くと、フォルカスは〈ワイバーン〉の近くで元同僚たちと立ち話をしていた。
「やった! フォルカスさん、整備してない!」
操縦士一人と砲撃手二人は、安堵のあまり歓喜して、フォルカスに駆け寄った。
「フォルカスさん!」
フォルカスはすぐに振り返り、少し不思議そうに一同を見渡した。
「何だ何だ、珍しい組み合わせだな。何かあったのか?」
「ミーティングが終わらない」
げんなりしてキメイスが答える。
「フォルカス。終わらせてきてくれ」
「またスミスさんがはしゃいじゃってるのか? しょうがないなあ」
呆れたように笑ってから、フォルカスは大きくうなずいた。
「うん、しょうがない。今日はそのまま放っておけ。気が済むまでダベらせておけ」
「フォルカス……?」
「はっきり言って、あの五人は訓練してもしなくても同じだから。今から俺たち、〈ワイバーン〉の整備始めるから、ラッセルさんとキメイスとギブスンは〈旧型〉、マシムとシェルドンとティプトリーは〈新型〉使って、シミュレーションでもしててくれ。ダベるの飽きたらあの五人も来るだろ」
六人は口々に賞賛の声を上げ、しまいには拍手まで送っていた。
その光景を見て、グインたち整備三人組は思った。
(すげえ……俺たちだけじゃなく、隊の中まで仕切ってる)
このときから、彼らの間では、フォルカスのコードネームは〝(ドレイク大佐隊の)七班長〟となった。
* * *
護衛から砲撃に転向したとき、ダーナは自分の配下の軍艦は砲撃艦に替えさせたが、自分の乗艦は護衛艦である〈ブリューナク〉のままにした。
そのことが、またいつか護衛に戻るつもりでいるのだろうと勘繰られる要因の一つとなっていたが、ダーナ自身はまったく意にも介していなかった。
――護衛でも砲撃でも、私の役目は変わらない。
乗艦のことを指摘されると、ダーナはいつもそう答えた。
――自分の配下一〇〇隻の指揮・統括。それ以外に何がある。
今回の演習にあたり、ダーナはその一〇〇隻を「連合」の左翼を模して配置した。
だが、実際の「連合」は約七〇〇隻である。どうやっても数が足りない。
そのため、ダーナは左翼の正面から左側の一部にかけてを再現し、あとは省略した。
「ま、いくらダーナ大佐といえども、そうするしかねえよな」
元七班長ヴァラクは、元マクスウェル大佐隊所属第七班第一号の艦長席に両肘を載せて寄りかかり、前方のスクリーンを眺めた。
「逆に言うと、実戦のときには、俺らにあそこを攻めてほしいってことだ。よーく頭に叩きこんどけよ。あの〝大佐〟に二度目はないからな」
「いつもなら、無人艦が盾になってくれるんですがね」
ヴァラクのそばに立っていた副長クロケルが苦笑いして受け答える。
灰褐色の髪を短く刈り上げた彼は、ヴァラクより身長も筋肉もある。外部の人間には、ヴァラクのほうが副長に見えるかもしれない。
「まさか、殿下にレンタルしてもらうわけにもいかねえだろ。無人艦は今回省略してる右側をすでに攻撃中の設定だ。間違ってもあっち側は攻めるな。……と、他の班長や副班長にあえて指示はしないがな」
「攻めてしまうと……どうなるんですか?」
「どうもしない。空気が読めない奴とダーナ大佐に思われるだけだ」
「だから、あえて指示しないんですね」
「俺はもっと班長と隊員を減らしたかった。でも、セイルにせめて半分は整列させろと説得されてな。俺が何も言わずにいたら、今頃何百人くらいになってたかな」
「六班長――いや、今は十三班長でしたか。二ヶ月前はこのまま退役してしまうんじゃないかっていうくらい落ちこんでましたね」
「どんなに面倒見てやっても、全然懐いてくれない最愛の白猫に逃げ出されたからな」
「あの……」
ふとクロケルは小声になった。
「十三班長って……やっぱりあっちの人なんですか?」
「んなわけねえだろ」
ヴァラクはさも呆れたと言わんばかりにクロケルを睨みつける。
「あっちじゃなかったから、馬鹿みてえに守ることしかできなかったんだろうが」
「あ、なるほど」
「本来なら頭のいい男なのに、フォルカス絡むと、周りがドン引きするくらい馬鹿になるんだよな。でも、フォルカスはドレイク大佐に保護されて、整備も三人受け入れてもらえた。もうここで馬鹿になることはないだろ」
「フォルカスのせいで、四班長――おっと、十二班長に水をあけられたような感じですね」
クロケルがそう言うと、予想に反してヴァラクは冷笑した。
「いつ?」
「え?」
「何が目的だったのかは知らねえが、エリゴールはドレイク大佐のところにスパイ送りこもうとして、全員見事に蹴り出されちまったじゃねえか」
「それはそうかもしれませんが……」
「あいつもキメイスに嫌われてたから、スパイとして利用はできなかったんだろ。……キメイスはマクスウェルが報告しなけりゃならなかったことを代わりに上に報告して、マクスウェルにその報告を否定されたあげく処罰された。でも、そのキメイスの直属の上官エリゴールはまったく処罰されずに済んだ。その前からキメイスはエリゴールに反感持ってたが、これで決定的になった」
「そうだったんですか? 知りませんでした……」
「これは極秘中の極秘だからな。……キメイスは確かに賢い男だったが、ずるさが足りなかった。エリゴールと交渉して、うちで引き取ってやろうかと思ってたら、フォルカスと一緒にドレイク大佐に拾われていった。あそこはああいう人間を見つけ出して採用するのも好きらしい」
「班長に似てますね」
「向こうのほうがずっと年上なんだから、俺に似てるってのは失礼だろ。おまけに向こうは〝大佐〟だ。部下はたった十六人しかいなくてもな」
「勝っているのは、軍艦と部下の数だけですか」
「そのとおりだけに、グサリとくるな」
「他も勝っていなければ、一〇〇隻の軍艦は動かせないでしょう」
「さすが、俺のアゲ要員」
ヴァラクはにやりと笑ってスクリーンに目を戻す。
「でも、今回は自分の班の二十隻しか動かさないぜ。狙うは一隻。ダーナ大佐の〈ブリューナク〉」
「じゃ、今からさっそく整備始めるぞ。うちの軍艦はみんな〝改造車〟だからな。今まで見てきた軍艦と同列に考えるなよ」
「え?」
面食らうグインたちの首根っこを引っつかみ、無言で引きずっていく。フォルカスのその姿は、何も知らない子牛たちを市場へと売りにいく牛飼いのようだった。
「フォルカスさんが……ミーティングを放棄した……」
マシムにはそちらのほうがショックだったようだ。
「まあ、今は打ちあわせしようにも、打ちあわせるネタがないような状態だからな。それより早く仕事を覚えさせようと思ったんだろ」
待機室を出ていく〝整備班〟を見送りながらスミスが苦笑する。
「作戦説明もいつするんだか。ギブスンを〈旧型〉の操縦士にするならすると、早く決めてもらいたいもんだな」
「決定ですか。もう決定ですか」
実はマシムに強要されて〈旧型〉の操縦のシミュレーションを始めていたギブスンは、それでもやはり操縦はしたくないらしく、すがるようにスミスに訊ねた。
「大佐はまだ何も言ってないから決定じゃないが……このまま補充なしだと、間違いなくそうなるな」
「いつも配置図が届いたらすぐに作戦説明してるから、きっとまだ届いてないんでしょう」
脇からキメイスが口を挟む。
「両翼とも有人艦二〇〇隻にすることは早々に決定したんだから、もうとっくの昔に送信されてていいはずなんですけどね。今回の転属騒動で、殿下も二〇〇隻にすることに不安を感じたのかな」
「ああ、それはあるかもしれないな」
オールディスが何度かうなずいて、キメイスに同意した。
「ダーナ大佐のところは言わずもがなだが、アルスター大佐のところも、実はあまりうまくいってないらしい」
元ウェーバー大佐隊の同僚たちは、いっせいにオールディスを見た。
「いったいどこからそんな情報を!」
「どこって、アルスター大佐の指揮下にいる元同僚からに決まってるだろ。あえて誰とは言わないが。アルスター大佐は自分の隊を〝第一分隊〟、元ウェーバー大佐隊を〝第二分隊〟として訓練・演習を行ってるが、その〝第二分隊〟を格下に扱ってるらしい。まあ、それは仕方ないっちゃ仕方ないが、例のマクスウェル大佐隊の転属希望者は、全員〝第二分隊〟のほうに押しつけてきたとさ」
これには、元ウェーバー大佐隊員たち以外も、そろって不快そうな顔をした。
「えー、アルスター大佐って、そんな人だったんだ」
「確かに、そうしたくなるアルスター大佐の気持ちもわからないでもないが……自分が今この隊にいることが申し訳なく思えてくるな」
「その〝第二分隊〟の中はうまくいってるのか?」
スミスにそう訊かれ、オールディスは軽く肩をすくめる。
「カオス状態。共感と嫉妬と絶望が渦を巻いているそうな」
「……もしかして、アルスター大佐、元マクスウェル大佐隊員と元ウェーバー大佐隊員をまとめてふるいにかけてるのか?」
「〝これに耐えられない奴はとっとと退役しろ〟?」
「ありそうだな、それ」
「すまん。俺たちだけ、パラダイスに逃げこんじまって」
「パラダイス?」
「あー、オールディス。ダーナ大佐のほうも、今はどうなってるかわかるか?」
元同僚たちの〝持病〟を年下の同僚たちに知られることを恐れたスミスは、あわてて新たな質問を発してごまかした。
「ダーナ大佐か。こっちはまだ元マクスウェル大佐隊改造中みたいだな。今日はダーナ大佐隊と元マクスウェル大佐隊で、敵味方に分かれて演習するそうだ。元マクスウェル大佐隊のほうが勝ったら、あくまでダーナ大佐隊内部でだが〝独立〟を認めるそうな」
「それはどこから入手した情報だ。また三班長か?」
ラッセルが眉をひそめて問うと、オールディスは含み笑いを浮かべる。
「ふふふ。……秘密」
「まさかとは思うが、コールタン大佐隊やパラディン大佐隊の内情もわかるのか?」
「そっちはさすがに難しいな。護衛だけにガードが堅い。俺はマクスウェル大佐隊とはコネがないからな……」
そう言いかけて、オールディスはふとキメイスを見た。
「あ、いた」
「無理ですから。俺、ここに転属になってから、マクスウェル大佐隊とはいっさい関係を断ってますから」
キメイスは作り笑顔で右手を振った。
「うーん。となると、ダーナ大佐隊のほうから遠回りだな。しかし、護衛担当の内情を知っても、正直、うちには意味ないんじゃないか?」
「まあな。俺もそこまで知りたいとは思ってなかった。ただ、おまえの情報網の範囲が気になっただけだ」
「そんな、俺の情報網なんて狭くて浅いもんだよ。でも、コールタン大佐、パラディン大佐のとこも押さえられれば、〝大佐〟の隊はコンプリートできるな」
「コンプリートしてどうするんだ」
「自慢する」
「そんな目的か。うちの作戦に生かすとか、大佐に進言するとか、そういうのはおまえの頭の中にはないのか?」
「俺は情報屋じゃないから。基本、自分が知りたいことだけを訊く」
「ただの知りたがりか!」
「訊かれりゃ答えてるだろ」
「どうしよう……」
スミスとオールディスのやりとりを眺めながら、ティプトリーが深刻な表情で呟く。
「やっぱりフォルカスさんがいないと、ミーティングがエンドレス……」
「ちょっと行って呼んでくるか?」
キメイスがそう言ったとたん、マシム、ギブスン、シェルドンが血相を変えた。
「駄目です! 整備の邪魔されると、フォルカスさん、マジ切れします!」
「あ、そういやそうだったな」
ドレイク大佐隊内において、それはある意味、ティプトリーの女顔に言及すること以上の禁忌だった。普段、笑ってばかりいる人間に怒鳴られると、受けるダメージはより大きい。
「うーん。せめてミーティング終わらせてから整備に行かせるんだったな。……しょうがない。ここはこのまま放置して、フォルカスが整備してない軍艦に行こう。しかし、スミスさんはいいな。好き勝手言える元同僚がいて。きっと今、ミーティング終わらせることもできないほど楽しいんだろうな」
「キメイスさんにはいなかったんですか?」
何気なくシェルドンが訊ねると、キメイスは遠い目をした。
「俺はここに転属されて、初めてそういう同僚ができたな……」
「キメイスさん……マクスウェル大佐隊でいったい何が……?」
「君たち、ちょっと待ってくれ!」
こっそり待機室から逃亡しようとした五人の〝先輩〟を、ラッセルが目敏く呼び止めた。
「頼むから見捨てないでくれ!」
「いや、こうなったらもう、俺たちにはどうしようもないんで」
〝先輩〟代表として、表向きは申し訳なさそうにキメイスが言うと、「なら、俺も行く!」とラッセルは叫び、まだ何か言い争っている元同僚たちから逃れるように走ってきた。
「ラッセルさんなら止められるんじゃ……」
「いや、俺にも無理だ。あれの収拾をつけられるのは、フォルカスくんか大佐くらいだ」
真顔で断言するラッセルに、この人は〝わかっている〟とキメイスたちは思った。
こうしてミーティングを途中放棄した六人がドックに行くと、フォルカスは〈ワイバーン〉の近くで元同僚たちと立ち話をしていた。
「やった! フォルカスさん、整備してない!」
操縦士一人と砲撃手二人は、安堵のあまり歓喜して、フォルカスに駆け寄った。
「フォルカスさん!」
フォルカスはすぐに振り返り、少し不思議そうに一同を見渡した。
「何だ何だ、珍しい組み合わせだな。何かあったのか?」
「ミーティングが終わらない」
げんなりしてキメイスが答える。
「フォルカス。終わらせてきてくれ」
「またスミスさんがはしゃいじゃってるのか? しょうがないなあ」
呆れたように笑ってから、フォルカスは大きくうなずいた。
「うん、しょうがない。今日はそのまま放っておけ。気が済むまでダベらせておけ」
「フォルカス……?」
「はっきり言って、あの五人は訓練してもしなくても同じだから。今から俺たち、〈ワイバーン〉の整備始めるから、ラッセルさんとキメイスとギブスンは〈旧型〉、マシムとシェルドンとティプトリーは〈新型〉使って、シミュレーションでもしててくれ。ダベるの飽きたらあの五人も来るだろ」
六人は口々に賞賛の声を上げ、しまいには拍手まで送っていた。
その光景を見て、グインたち整備三人組は思った。
(すげえ……俺たちだけじゃなく、隊の中まで仕切ってる)
このときから、彼らの間では、フォルカスのコードネームは〝(ドレイク大佐隊の)七班長〟となった。
* * *
護衛から砲撃に転向したとき、ダーナは自分の配下の軍艦は砲撃艦に替えさせたが、自分の乗艦は護衛艦である〈ブリューナク〉のままにした。
そのことが、またいつか護衛に戻るつもりでいるのだろうと勘繰られる要因の一つとなっていたが、ダーナ自身はまったく意にも介していなかった。
――護衛でも砲撃でも、私の役目は変わらない。
乗艦のことを指摘されると、ダーナはいつもそう答えた。
――自分の配下一〇〇隻の指揮・統括。それ以外に何がある。
今回の演習にあたり、ダーナはその一〇〇隻を「連合」の左翼を模して配置した。
だが、実際の「連合」は約七〇〇隻である。どうやっても数が足りない。
そのため、ダーナは左翼の正面から左側の一部にかけてを再現し、あとは省略した。
「ま、いくらダーナ大佐といえども、そうするしかねえよな」
元七班長ヴァラクは、元マクスウェル大佐隊所属第七班第一号の艦長席に両肘を載せて寄りかかり、前方のスクリーンを眺めた。
「逆に言うと、実戦のときには、俺らにあそこを攻めてほしいってことだ。よーく頭に叩きこんどけよ。あの〝大佐〟に二度目はないからな」
「いつもなら、無人艦が盾になってくれるんですがね」
ヴァラクのそばに立っていた副長クロケルが苦笑いして受け答える。
灰褐色の髪を短く刈り上げた彼は、ヴァラクより身長も筋肉もある。外部の人間には、ヴァラクのほうが副長に見えるかもしれない。
「まさか、殿下にレンタルしてもらうわけにもいかねえだろ。無人艦は今回省略してる右側をすでに攻撃中の設定だ。間違ってもあっち側は攻めるな。……と、他の班長や副班長にあえて指示はしないがな」
「攻めてしまうと……どうなるんですか?」
「どうもしない。空気が読めない奴とダーナ大佐に思われるだけだ」
「だから、あえて指示しないんですね」
「俺はもっと班長と隊員を減らしたかった。でも、セイルにせめて半分は整列させろと説得されてな。俺が何も言わずにいたら、今頃何百人くらいになってたかな」
「六班長――いや、今は十三班長でしたか。二ヶ月前はこのまま退役してしまうんじゃないかっていうくらい落ちこんでましたね」
「どんなに面倒見てやっても、全然懐いてくれない最愛の白猫に逃げ出されたからな」
「あの……」
ふとクロケルは小声になった。
「十三班長って……やっぱりあっちの人なんですか?」
「んなわけねえだろ」
ヴァラクはさも呆れたと言わんばかりにクロケルを睨みつける。
「あっちじゃなかったから、馬鹿みてえに守ることしかできなかったんだろうが」
「あ、なるほど」
「本来なら頭のいい男なのに、フォルカス絡むと、周りがドン引きするくらい馬鹿になるんだよな。でも、フォルカスはドレイク大佐に保護されて、整備も三人受け入れてもらえた。もうここで馬鹿になることはないだろ」
「フォルカスのせいで、四班長――おっと、十二班長に水をあけられたような感じですね」
クロケルがそう言うと、予想に反してヴァラクは冷笑した。
「いつ?」
「え?」
「何が目的だったのかは知らねえが、エリゴールはドレイク大佐のところにスパイ送りこもうとして、全員見事に蹴り出されちまったじゃねえか」
「それはそうかもしれませんが……」
「あいつもキメイスに嫌われてたから、スパイとして利用はできなかったんだろ。……キメイスはマクスウェルが報告しなけりゃならなかったことを代わりに上に報告して、マクスウェルにその報告を否定されたあげく処罰された。でも、そのキメイスの直属の上官エリゴールはまったく処罰されずに済んだ。その前からキメイスはエリゴールに反感持ってたが、これで決定的になった」
「そうだったんですか? 知りませんでした……」
「これは極秘中の極秘だからな。……キメイスは確かに賢い男だったが、ずるさが足りなかった。エリゴールと交渉して、うちで引き取ってやろうかと思ってたら、フォルカスと一緒にドレイク大佐に拾われていった。あそこはああいう人間を見つけ出して採用するのも好きらしい」
「班長に似てますね」
「向こうのほうがずっと年上なんだから、俺に似てるってのは失礼だろ。おまけに向こうは〝大佐〟だ。部下はたった十六人しかいなくてもな」
「勝っているのは、軍艦と部下の数だけですか」
「そのとおりだけに、グサリとくるな」
「他も勝っていなければ、一〇〇隻の軍艦は動かせないでしょう」
「さすが、俺のアゲ要員」
ヴァラクはにやりと笑ってスクリーンに目を戻す。
「でも、今回は自分の班の二十隻しか動かさないぜ。狙うは一隻。ダーナ大佐の〈ブリューナク〉」
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大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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