無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

15 笑わずにはいられませんでした

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「俺の顔に何かついてるか?」

 元同僚三人ばかりでなく、イルホンにまでじっと見つめられたフォルカスは、少し苛立ったように髪と同じ白金色の眉をひそめた。

「いや、別に!」

 期せずして四人は同じ言葉を発し、三人組はあさっての方向を見、イルホンは自分の執務机に戻った。

(本当だ……笑わないでいると、本当に美形だ……)

 あんなに綺麗な紺碧の瞳をしているのも、今、初めて知った。

(もしかして、うちで気づいてなかったの俺だけ? みんなはとっくの昔に気づいてて、ティプトリーみたいに接してた? 気になるけど訊けない! 下手をすると藪蛇になりそうな気がする!)

 そうしてイルホンが苦悩している間にも、フォルカスの不機嫌度と美形度はますます高まっていく。

「大佐ー。何で操縦士のほう採用してやらなかったんすかー? ギブスンが今、すっげー落ちこんでますよ」
増えたんだから、整備だって必要だろ。しかし、ギブスンはもう勘づいたか」
「いえ、指摘したのはスミスさんだそうですけどね。せめて操縦士一人だけでも採用しといたほうがよかったんじゃないすか?」
「うーん。あいつらとはフィーリングが合わなかった」
「こいつらとは合ったんすか?」

 フォルカスに冷ややかに睨まれて、整備三人組はびくりと体を震わせた。

「おいおい。また同僚になる元同僚にガン飛ばすなよ。俺に採用してもらいたくなかったら、最初から選ぶな」
「ま、そりゃそうですけどね。……ダーナ大佐んとこに残りたくても残れなかった奴らと、ダーナ大佐が嫌だって理由で逃げ出してきた奴らが同じ隊にいるってのも、皮肉な話っすね」

 三人組は驚いたようにフォルカスを見たが、ドレイクは苦笑を浮かべた。

「そうだな。でも、いかにもうちらしくていいだろ。俺は俺の気に入った人間しか隊員にしない。動機も含めてな」
「動機のことを言われると、何も言えなくなるな……」

 独りごち、コーヒーを啜る。

「フォルカス。明日から、おまえがスミスみたいにこの三人の面倒を見てやれ。整備の割り振りもみんなおまえに任せる。ただし、どのでも全員整備できるようにしろ。もちろん、〈ワイバーン〉も含めてだ」
「スミスさんみたいにですか?」

 今度はフォルカスが苦笑いした。
 たとえ苦笑いでも、笑うと印象が一変する。今のフォルカスは、あの人懐こくてバカ話が大好きな、いつものフォルカスだった。

「そいつは難しいっすね。あの人、元同僚相手でも、容赦なく仕切ってますから」
「じゃあ、おまえも容赦なく仕切れ。この三人はおまえのためだけに採用したんだから」
「え? の整備のためでしょ?」
「おまえが〝整備監督〟なんだから、言い換えればおまえのためだ」
「何か、ものすごく言い換えてるような気がしますけど……そっすね、いつまでも操縦士と砲撃手、こき使ってるわけにもいかないっすからね」

 フォルカスはコーヒーを一気に飲み干すと、元同僚たちに笑顔で向き直った。

「というわけで。おまえら、明日朝七時半、うちの隊のドック前集合。うちの隊員とかちあったら、すぐに『おはようございます』と愛想よく挨拶。できなければ、俺がおまえらの尻を蹴る。……わかったな?」

 フォルカスに奉仕することを密命に負った元同僚たちは神妙に答えた。

「……はい。了解しました」

 * * *

 整備三人組から転属願を回収しそこねたことにイルホンが気がついたのは、フォルカスが彼らを引き連れて執務室を出た後だった。

「どうしましょう? 今から呼び戻しますか?」
「いや、いいよ。今回は急ぐ必要ないから」

 まだソファに座っているドレイクがのんびりと応じる。

「それに、いま殿下に送ったら、絶対『あと一人足りないようだが?』って嫌味コメントされそうだ」
「ああ……殿下ならしそうですね」
「あと一人ねえ。……フォルカスは優しいな。ギブスンのために俺を責める」
「大佐……」

 思わずイルホンは声を潜める。

「まさか……大佐までフォルカスさんのことを……」
「いやいや。そういう感情抜きにして、単純にフォルカスは優しいなと思っただけ。出会ったのがマクスウェル大佐隊でさえなかったら、六班長もフォルカスと普通にお話できてたかもしれないのにね」
「六班長……お話……」
「ところでイルホンくん。君は〝いちばんましな班長〟って、どんな班長だと思う?」
「フォルカスさんたちや面接者たちにしていた質問ですね。俺だったら〝いちばん常識のある班長〟って思いますけど、じゃあ、その〝常識〟っていうのは何だって突っこまれると答えに困りますね」
「そうか。イルホンくんだと〝常識〟になるのか。……曖昧すぎたな、この表現」

 独り言のように言いながら、ドレイクはぼさぼさの頭を掻いて、さらにぼさぼさにした。

「俺はわざとそうしてるんだと思ってたんですが……違うんですか?」
「うーん。実は俺、コールタン大佐とパラディン大佐に『マクスウェル大佐隊が転属される前に、マクスウェル大佐隊の班長の中でいちばんましなのに、〝ダーナ大佐をよろしく頼む〟と言ってやってください』ってメール送信してたんだよね」
「……大佐、本当にダーナ大佐のこと、気に入ってるんですね」
「気に入ってるっていうより、気にせざるを得ないんだよ。ただの馬鹿ならほっとくけど、馬鹿正直の馬鹿だから」
「なるほど。それで、お二人の返答は?」
「そりゃあ、元護衛仲間のことだから、すぐに了解の返信はあったよ。でも、具体的にどの班長に言ったのかまでは知らせてこなかった。俺も別にそこまで知らなくてもいいかと思ってそのままにしてたんだけど、昨日の朝、その二人からメールがあったから、そのついでにどの班長に言ったのか訊いてみたんだ。そしたら、コールタン大佐は〝四班長〟、パラディン大佐は〝六班長〟だってさ」

 イルホンはしばらく考えてから、眉間に皺を寄せた。

「ええ?」
「俺もフォルカスとキメイスから話を聞いたときには〝ええ?〟って思った。マクスウェル大佐隊は、一班から五班はコールタン大佐、六班から十班はパラディン大佐の指揮下に入ってたから、コールタン大佐の〝四班長〟は納得。でも、パラディン大佐のところにはあの〝七班長〟がいる。それなのにパラディン大佐は、フォルカスにはすごく嫌われてて、キメイスには〝二番手〟ともくされている〝六班長〟」
「ちなみに、大佐はどういうつもりで〝いちばんましな班長〟って書いたんですか?」
「何しろ、マクスウェル大佐隊だからさ。――〝心の中では何を考えていようが、とりあえず上官命令には従う班長〟」
「レベル低っ!」
「最低限、それだけできればいいじゃない。実際問題、それさえできなかったのが、隊の半分占めてたんだから」
「まあ、確かに。つまり、パラディン大佐にとっては、七班長は〝いちばんましな班長〟ではなかったということなんでしょうか?」
「六班長に言ったってことは、そうなっちゃうよね。あの整備三人組と同じだ」
「あの三人は六班の人間で、フォルカスさんを守るために特別目をかけられてたみたいですから、〝六班長〟と答えても不思議はないですけど……パラディン大佐までそう判断していたっていうのは〝ミステリー〟ですね」
「そう。まさに〝ミステリー〟。パラディン大佐には、七班長がマクスウェル大佐隊でいちばんの実力者だとわからなかったのか? それとも、だからあえて避けたのか?」
「あえて避けた?」
「そんなに切れ者だったら、〝ダーナのために〟ダーナの仕事を取っちゃいそうじゃない。マクスウェルのときみたいに」
「あ……」
「まあ、ダーナはマクスウェルのようにはいかないだろうが、そんな男にわざわざ大義名分を与えるようなことはしたくないだろ。六班長が本当にあの整備三人組が言うような男なら、俺でもこっちに声をかける。あの三人だけにうちに転属願を出させたところを見ると、頭もかなり切れるみたいだしな。ただ……フォルカスの攻略には失敗しちゃったけど!」
「大佐……そんなに笑ったらかわいそうですよ……」
「そう言うイルホンくんだって笑ってるじゃない。……しかし、何だな。本当にマクスウェルは、自分の隊の管理もできないほど〝無能〟だったんだな。なまじ、七班長みたいな男がいたから、何とか〝マクスウェル大佐隊〟を維持できちまってたんだろうな。ある意味、それも不幸だ」
「……そうですね」
「七班長、六班長、四班長か。その三班長とは一度直接会って話をしてみたいもんだな。特に七班長。本当は何がいちばんしたいのか興味がある」
「俺も興味はありますが、他の隊の班長とはなかなか話す機会は作れませんからね。ラッセルさんみたいに向こうから来てもらわないかぎり」
「……ラッセルで思い出したけど、あいつも確か〝六班長〟だったな。〝六班長〟になるのはそういう奴が多いのかね」
「どういう奴……」
「報われない愛に生きる奴」
「…………」
「イルホンくん。どうせ笑うなら、声出して笑いなよ」

 イルホンは声を出すかわりに、自分の執務机を何度も殴った。

 * * *

 フォルカスと別れた後、グインたちが班の待機室に戻ると、案の定、自分たちの直属の上官が椅子に座って待機していた。

「は、班長……」

 いつからここで待機してたんですかとグインが問う前に、元六班長――セイルは腕組みをしたまま重々しく口を開いた。

「明日から、向こうで勤務か?」
「は、はい……」

 整備三人組は言われるままうなずいた。

「すまないな。俺のわがままで」
「いえ……」

 続きは三人とも心の中で呟いた。
 ――むしろ、感謝しています。向こうのほうがすごく居心地よさそうです。

「あの……うちの班員はもう帰ったんですか?」
「ああ。明日、演習があるからな。今日は早めに帰らせた」

 その返事を聞いて、三人は次に何を訊かれるか確信した。

「……会ったのか?」

 三人の顔は見ずにセイルはそう訊ねてきた。誰にかは問い返すまでもない。

「はい。ドレイク大佐の執務室で」

 その後、隊のドックの前まで一緒に歩いたが、そこは意識的に省略してグインは答えた。

「ドレイク大佐に呼び出されていて……明日から俺たちの面倒を見るように指示されていました」

 そのドレイク大佐と驚くほど気安く少々甘え気味に会話していたが、そこもグインは意識的に省略した。

「……元気そうだったか?」
「はい」

 ――ここにいたときとは別人みたいに。
 三人はよっぽどそう言いたかったが、何とかこらえきった。

「そうか。……ならいい。ドレイク大佐は部下を大事にする人らしいから、おまえらのこともにはしないだろ。少しでもあいつの負担を減らしてやってくれ」

 ――〝かわいそう〟。
 ドレイクに真実を打ち明けてすっかり心が軽くなった三人は、このとき、初めてこの〝一途〟な上官に同情できたのだった。
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