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【03】マクスウェルの悪魔たち(下)
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さんざん悩んだあげく、ダーナがひねり出したヴァラクの呼び出し理由は、〝昨日の戦闘の総括〟(だが、その実態は〝ヴァラクが紅茶を飲む姿を観賞〟)だった。
もっともらしいと言えばもっともらしいが、それは本来、作戦説明をしたときと同様、作戦説明室にヴァラク以外の班長も招集して行うべきことなのではないか。現に今まではそうしていた(さすがにこのときはダーナが自分で話していた)。しかし、それがダーナの精一杯だったのだろう。マッカラルにも他に適当な呼び出し理由は思いつけなかった。
マクスウェルの元執務室への呼び出し時刻は午後二時。午後三時では遅いと思ったらしい。メインの紅茶はもちろんのこと、ヴァラクが好むかどうかはわからないが、数種類のクッキーまで準備しておくよう命じられたマッカラルは、こんなことならクロケルにヴァラクの紅茶以外の好物は何か訊いておけばよかったと深く後悔した。なぜ〝大佐〟の副官である自分が一班長のためにこんなことまでしなければならないのかとはまったく疑問に思わなかった。上官も上官だが、部下も部下である。
お互い口には出さなかったが、何度も時計を見ながら午後を迎える。そして、ついに午後二時五分前。意外と低めなあの声が、インターホンから流れてきた。
「ダーナ大佐殿。ヴァラクです。入室許可をお願いいたします」
だが、ダーナは『ナ』のあたりで、すでに自動ドアを開けてしまっていた。ヴァラクが言い終えたときには、ドアはもう完全に開かれていたのである。
ヴァラクはインターホンを押した格好のまま、さすがに唖然としていた。その背後に立っていたクロケル――〝風よけ〟としてついてきたのだろう――もやはり驚いた顔をしている。無理もない。
「入れ」
悠然とダーナは言った。一見そっけないようだが、口元はかすかにゆるんでいる。あのヴァラクを驚かすことができたのが、よほど楽しかったのだろうか。
「はあ……」
困惑気味にヴァラクが入室してくる。続けてクロケルも入ってきたが、彼は白い巨大な枕のようなものを左の小脇に抱えこんでいた。
あれはいったい何なのか。エントランスを通って来られたのだから、危険物ではないようだが。
マッカラルは首をかしげつつも、紅茶(今日はホット)を淹れるため席を立った。
「昨日の総括とのことですが」
おざなりに敬礼したヴァラクは、見るからにやる気のない様子で言った。
ちなみに、その背後ではクロケルが緊張した面持ちでまっとうに敬礼をしている。
「うちは何も問題なかったでしょ。問題ありありだったのは左翼だけ」
マッカラルは思わず足を止めた。ダーナもクロケルも、ぎょっとしたような顔をしてヴァラクを見ている。
「殿下はきっと、今すぐ左翼の指揮官替えてやりたいと思ったことでしょうが、少なくともあと三回は、昨日の配置で突撃艦一二〇〇隻、『連合』の中央に突っこませつづけるでしょう。あれ、旧型の突撃艦の〝在庫処分〟らしいですよ。まあ、どうせ使い捨てにしてるんだから、最初から〝突撃艦〟なんて造船しなくてもいいような気もしますけどね」
「……その情報はどこから入手した?」
硬い表情でダーナが訊ねる。しかし、ヴァラクはまったく動じず、へらっと笑った。
「秘密です。それより大佐殿。ここ、来客ありませんよね?」
例によって唐突な話題転換にダーナは面食らっていたが、例によって馬鹿正直にヴァラクに答えた。
「ああ。おまえが言ったとおり、まったくない」
「じゃあ、あのソファ、来客用にはまったく使ってませんよね?」
そう言いながら、〝無駄に高級なソファセット〟を右手の親指で指す。
「……ああ。まったく使っていない」
「なら、自分が使ってもかまいませんよね?」
数瞬の間をおいてから、ダーナはぽかんとしてヴァラクを見つめた。
「……は?」
「自分は一日十時間以上寝ないと、眠気がとれないんです」
急に不機嫌になったヴァラクは、傲岸にそう言い放った。
「昨日は出撃したんで、睡眠時間、全然足りてません。ここのソファ、待機室のより寝心地よさそうなんで、少し昼寝させてください。毛布は持参してきました」
ヴァラクは今度は左手の親指でクロケルを指した。クロケルは決まり悪そうに笑いながら、小脇に抱えていた白い巨大な枕のようなものを掲げてみせる。
どうやらそれは毛布の詰まった布袋だったようだ。確かに危険物ではないが、〝大佐〟の執務室に持ちこむようなものでもない。ダーナもマッカラルもやはり呆然としていた。
「ああ、眠ってるだけで何もしませんので、気遣い無用です。座れないソファカバーとでも思って無視してください」
「いや、無視はできないだろう」
ようやく我に返ったダーナが、微妙に的外れな反論をする。そこはまず〝何を考えているのか〟と怒るところではないのか。
「どうせ誰も来ないんでしょ? ああ、ソファカバーだから、ここで何を見ても聞いても誰にもしゃべりませんから。そこは安心してください」
「それは心配していないが……本当にそこで寝るつもりか?」
「寝ます。できたら、自然に起きるまで起こさないでください。自分で言うのも何ですが、俺、すごく寝起き悪いです」
「あ……そうか。わかった」
あっさりダーナがうなずいたのを見て、マッカラルは反射的に突っこんだ。
「え!? わかってしまうんですか!?」
「よし、クロケル。許可は出たぞ。毛布出せ」
ヴァラクは満足げに笑うと、さっさとソファに腰を下ろして手早くブーツを脱ぎ、無造作に横になってしまった。どんな来客があってもいいようにと、大きめのサイズにしておいたのが仇となった。クロケルならともかく、ヴァラクなら充分昼寝できそうだ。
「いや、でもやっぱり、ここで昼寝は……」
「クロケル。……出せ」
「……はい」
クロケルは観念したようにうなだれると、慣れた手つきで布袋の中から純白の毛布を引っ張り出し、無駄のない動きでそれを広げ、ヴァラクの体にふわりとかぶせた。
おそらく、毎日のようにこれをやらされているのだろう。クロケルはやはりお守り役としてセイルに推薦されたのだと、マッカラルは改めて確信した。
「じゃ、おやすみなさい。お仕事、頑張って」
あっけにとられているダーナに、ヴァラクは真顔でそう挨拶し、頭から毛布を引っかぶってしまった。
マッカラルが今いる場所からだと、座れないソファカバーと言うよりは、座ったら殺される超横長ソファクッションのように見える。
「……申し訳ありませんが、班長起きたら電話もらえますか? 自分が迎えにきますんで」
いかつい顔をこわばらせて、クロケルはマッカラルに言った。ダーナに言うのは怖かったのだろう。
「え、あ、はい……」
つい承諾してしまえば、クロケルは大仰に息を吐き出し、抜け殻になった白い布袋を片手に提げたまま、ダーナに向かって敬礼した。
「それでは、失礼いたします!」
そう叫んだが早いか、ダーナの返事を待たずに執務室から走って逃亡……いや、退室してしまった。
マッカラルとダーナはあの日のように、自動ドアが閉まってもしばらくそこを凝視していた。
「……仕事に戻るか」
夢から覚めたようにダーナは呟くと、自動ドアから自分の端末に視線を戻した。その声で現実に引き戻されたマッカラルは、あわててダーナに向き直った。
「い、いいんですか!?」
「何がだ」
「何がって、あそこに……」
ソファの上にいる生きたソファクッションを横目で見やると、ダーナはそれを一瞥してから、あきらめの境地に達したように言った。
「マッカラル。……言っても無駄だ」
「いや、でも、〝大佐〟の執務室で班長が昼寝なんてありえないでしょう!」
「そもそも、ここは私の執務室ではない。本来なら七班長が使うはずだった。本人は〝返す〟と言っていたが、今は私に〝貸している〟のだ」
「それは屁理屈でしょう!」
「しかし、あんなところでよく眠れるな。そこは感心する」
「感心してはいけないでしょう! そこは叱責するところでしょう!」
「マッカラル。……おまえはあの男にそんな真似ができるか?」
マッカラルはこれ以上はないくらい真剣に即答した。
「大佐ができないことを、部下の私ができるはずがないでしょう!」
「そういうことだ。……起こさないように静かに仕事をしよう」
「いや、ここで無理に仕事をしなくても、向こうに戻ればいいだけのことでは?」
「……七班長をここに一人きりにはしてはおけないだろう。危険だ」
「何が危険なのかはあえて訊きませんが、とにかく向こうに戻りたくはないんですね」
溜め息をつくと、マッカラルは執務机の椅子に座り直した。昼寝をしている人間を叩き起こしてまで、紅茶を飲ませる必要はないだろう。と言うより、起こしたくない。
「七班長にもすべき仕事があると思うんですが……」
「今はとにかく眠りたいんだろう。睡眠時間十時間確保は至難だな」
「それ以前に、十時間は寝すぎでしょう。仮に朝六時に起床するとしたら、前日午後八時には就寝しなければならない計算に」
「……だから今、昼寝をしているのか」
「昼寝をするのはともかく、なぜわざわざここでしなければならないのか……」
「あのソファの寝心地を調べにきたんだろう。悪ければもう来まい」
端末を眺めながら軽くダーナはそう返したが、この執務室における〝七班長の昼寝〟が常態化するのに、さして時間はかからなかった。
* * *
「班長、怒られませんでしたか?」
元マクスウェル大佐隊第七班第一号の待機室に戻ったクロケルは、班員の一人にいかにも心配そうにそう訊ねられ、思わず苦笑を漏らしてしまった。
「ああ、班長の読みどおり、まったく怒られなかった。あんまりすんなり許されちまったから、俺のほうがビビって、走って逃げてきたくらいだ」
「何も、副長が逃げなくても……しかも走って」
「いやあ、俺はやっぱり、あの大佐は苦手なんだよなあ」
クロケルは嘆息すると、待機室の奥にあるテーブルの一角に腰を下ろした。その背後には、ヴァラク専用の濃茶のソファベッドがある。実は昼近くまで、ここでヴァラクは寝ていた。睡眠時間十時間要は決して嘘ではない。
「何か、こっちの思惑、全部見透かされてるような心地がする。班長と話してるときだけは、確かに〝馬鹿大佐〟っぽいんだけどな。六班長のことで責められたの、よっぽど応えたんだろうな」
「さすが班長。これならいけると思ったときのつけこみ方、相変わらずえげつねえ」
近くにいた別の班員が、感心したように口を挟む。
「パラディン大佐のときは、最初から無理って言ってたしな。そこんとこの見極めもやっぱりすげえ」
「パラディン大佐って言えば、昨日の九班長の〝自殺〟。やっぱ班長が言ったとおり、十班長が殺ったのかねえ」
「班長がそう言うんだから、そうなんだろうな」
その班員はクロケルに話しかけたわけではなかったのだろうが、クロケルは頬杖をつきながらぼそぼそと答えた。
「どう転んだって、九班長が自殺なんてするわけがねえ。例のあれを十班長にペラペラしゃべっちまって、口軽嫌いな十班長に、自殺に見せかけてさくっと殺られちまった。……あの十班長が〝さくっと〟そんなことするようには俺にも思えねえが、とにかくまあ、九班長がくたばってくれてよかったよ。〝他の隊に転属になったら知ったこっちゃない〟なんて言ってたが、やっぱり腹ァ立ててたみてえだからな。九班長が死んだって知ったときのあの喜びようからすると」
「班長、九班長のことは気に入ってたんじゃ?」
「そんなもん、六班長の悪口言われたら、あっというまにすっとんじまうよ。うちの班長のほとんど唯一の地雷踏むなんて、ほんとに九班長は馬鹿やらかしたな。それさえやってなけりゃ、命だけは助かってたろうによ」
「ま、俺らにはどうだっていいですけどね」
「ああ。……どうだっていい」
クロケルと班員たちは、互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。
そう。どうだっていい。ヴァラクさえ無事で、自分たちを支配してくれるなら。
「さて。班長がいない間に、こっそりコーヒー飲んじまうか」
クロケルがそう提案すると、班員たちは口々に歓声を上げた。
「やった! 久方ぶりのコーヒータイム!」
「外行きゃいくらでも飲めるけど、飲めないところで飲んでみたい! それが悲しい人の性!」
「そのかわり、後始末は完璧にしろよ。班長、うっかり床にこぼしたコーヒー一滴で、コーヒーくさいって言うからな」
「ああ……あれすごいよな……煙草も嫌いだけど、コーヒーはマジで頭痛くなるって言うもんな……」
「でも班長、あの執務室も大嫌いだって言ってたのに、何でまた昼寝なんてしようと思ったんでしょうね? 用が済んだらすぐに帰って、またここで寝ればいいのに」
若い班員にふと問われ、クロケルは再び苦笑いを浮かべる。
「さあ。班長のことだから、絶対何か狙いがあるんだろうが、それを俺らに教えてくれるかどうかは微妙だな。とりあえず、〝馬鹿大佐〟のことは気に入ってるらしい。先月まであそこにいた〝エロ大佐〟とは全然違って」
もっともらしいと言えばもっともらしいが、それは本来、作戦説明をしたときと同様、作戦説明室にヴァラク以外の班長も招集して行うべきことなのではないか。現に今まではそうしていた(さすがにこのときはダーナが自分で話していた)。しかし、それがダーナの精一杯だったのだろう。マッカラルにも他に適当な呼び出し理由は思いつけなかった。
マクスウェルの元執務室への呼び出し時刻は午後二時。午後三時では遅いと思ったらしい。メインの紅茶はもちろんのこと、ヴァラクが好むかどうかはわからないが、数種類のクッキーまで準備しておくよう命じられたマッカラルは、こんなことならクロケルにヴァラクの紅茶以外の好物は何か訊いておけばよかったと深く後悔した。なぜ〝大佐〟の副官である自分が一班長のためにこんなことまでしなければならないのかとはまったく疑問に思わなかった。上官も上官だが、部下も部下である。
お互い口には出さなかったが、何度も時計を見ながら午後を迎える。そして、ついに午後二時五分前。意外と低めなあの声が、インターホンから流れてきた。
「ダーナ大佐殿。ヴァラクです。入室許可をお願いいたします」
だが、ダーナは『ナ』のあたりで、すでに自動ドアを開けてしまっていた。ヴァラクが言い終えたときには、ドアはもう完全に開かれていたのである。
ヴァラクはインターホンを押した格好のまま、さすがに唖然としていた。その背後に立っていたクロケル――〝風よけ〟としてついてきたのだろう――もやはり驚いた顔をしている。無理もない。
「入れ」
悠然とダーナは言った。一見そっけないようだが、口元はかすかにゆるんでいる。あのヴァラクを驚かすことができたのが、よほど楽しかったのだろうか。
「はあ……」
困惑気味にヴァラクが入室してくる。続けてクロケルも入ってきたが、彼は白い巨大な枕のようなものを左の小脇に抱えこんでいた。
あれはいったい何なのか。エントランスを通って来られたのだから、危険物ではないようだが。
マッカラルは首をかしげつつも、紅茶(今日はホット)を淹れるため席を立った。
「昨日の総括とのことですが」
おざなりに敬礼したヴァラクは、見るからにやる気のない様子で言った。
ちなみに、その背後ではクロケルが緊張した面持ちでまっとうに敬礼をしている。
「うちは何も問題なかったでしょ。問題ありありだったのは左翼だけ」
マッカラルは思わず足を止めた。ダーナもクロケルも、ぎょっとしたような顔をしてヴァラクを見ている。
「殿下はきっと、今すぐ左翼の指揮官替えてやりたいと思ったことでしょうが、少なくともあと三回は、昨日の配置で突撃艦一二〇〇隻、『連合』の中央に突っこませつづけるでしょう。あれ、旧型の突撃艦の〝在庫処分〟らしいですよ。まあ、どうせ使い捨てにしてるんだから、最初から〝突撃艦〟なんて造船しなくてもいいような気もしますけどね」
「……その情報はどこから入手した?」
硬い表情でダーナが訊ねる。しかし、ヴァラクはまったく動じず、へらっと笑った。
「秘密です。それより大佐殿。ここ、来客ありませんよね?」
例によって唐突な話題転換にダーナは面食らっていたが、例によって馬鹿正直にヴァラクに答えた。
「ああ。おまえが言ったとおり、まったくない」
「じゃあ、あのソファ、来客用にはまったく使ってませんよね?」
そう言いながら、〝無駄に高級なソファセット〟を右手の親指で指す。
「……ああ。まったく使っていない」
「なら、自分が使ってもかまいませんよね?」
数瞬の間をおいてから、ダーナはぽかんとしてヴァラクを見つめた。
「……は?」
「自分は一日十時間以上寝ないと、眠気がとれないんです」
急に不機嫌になったヴァラクは、傲岸にそう言い放った。
「昨日は出撃したんで、睡眠時間、全然足りてません。ここのソファ、待機室のより寝心地よさそうなんで、少し昼寝させてください。毛布は持参してきました」
ヴァラクは今度は左手の親指でクロケルを指した。クロケルは決まり悪そうに笑いながら、小脇に抱えていた白い巨大な枕のようなものを掲げてみせる。
どうやらそれは毛布の詰まった布袋だったようだ。確かに危険物ではないが、〝大佐〟の執務室に持ちこむようなものでもない。ダーナもマッカラルもやはり呆然としていた。
「ああ、眠ってるだけで何もしませんので、気遣い無用です。座れないソファカバーとでも思って無視してください」
「いや、無視はできないだろう」
ようやく我に返ったダーナが、微妙に的外れな反論をする。そこはまず〝何を考えているのか〟と怒るところではないのか。
「どうせ誰も来ないんでしょ? ああ、ソファカバーだから、ここで何を見ても聞いても誰にもしゃべりませんから。そこは安心してください」
「それは心配していないが……本当にそこで寝るつもりか?」
「寝ます。できたら、自然に起きるまで起こさないでください。自分で言うのも何ですが、俺、すごく寝起き悪いです」
「あ……そうか。わかった」
あっさりダーナがうなずいたのを見て、マッカラルは反射的に突っこんだ。
「え!? わかってしまうんですか!?」
「よし、クロケル。許可は出たぞ。毛布出せ」
ヴァラクは満足げに笑うと、さっさとソファに腰を下ろして手早くブーツを脱ぎ、無造作に横になってしまった。どんな来客があってもいいようにと、大きめのサイズにしておいたのが仇となった。クロケルならともかく、ヴァラクなら充分昼寝できそうだ。
「いや、でもやっぱり、ここで昼寝は……」
「クロケル。……出せ」
「……はい」
クロケルは観念したようにうなだれると、慣れた手つきで布袋の中から純白の毛布を引っ張り出し、無駄のない動きでそれを広げ、ヴァラクの体にふわりとかぶせた。
おそらく、毎日のようにこれをやらされているのだろう。クロケルはやはりお守り役としてセイルに推薦されたのだと、マッカラルは改めて確信した。
「じゃ、おやすみなさい。お仕事、頑張って」
あっけにとられているダーナに、ヴァラクは真顔でそう挨拶し、頭から毛布を引っかぶってしまった。
マッカラルが今いる場所からだと、座れないソファカバーと言うよりは、座ったら殺される超横長ソファクッションのように見える。
「……申し訳ありませんが、班長起きたら電話もらえますか? 自分が迎えにきますんで」
いかつい顔をこわばらせて、クロケルはマッカラルに言った。ダーナに言うのは怖かったのだろう。
「え、あ、はい……」
つい承諾してしまえば、クロケルは大仰に息を吐き出し、抜け殻になった白い布袋を片手に提げたまま、ダーナに向かって敬礼した。
「それでは、失礼いたします!」
そう叫んだが早いか、ダーナの返事を待たずに執務室から走って逃亡……いや、退室してしまった。
マッカラルとダーナはあの日のように、自動ドアが閉まってもしばらくそこを凝視していた。
「……仕事に戻るか」
夢から覚めたようにダーナは呟くと、自動ドアから自分の端末に視線を戻した。その声で現実に引き戻されたマッカラルは、あわててダーナに向き直った。
「い、いいんですか!?」
「何がだ」
「何がって、あそこに……」
ソファの上にいる生きたソファクッションを横目で見やると、ダーナはそれを一瞥してから、あきらめの境地に達したように言った。
「マッカラル。……言っても無駄だ」
「いや、でも、〝大佐〟の執務室で班長が昼寝なんてありえないでしょう!」
「そもそも、ここは私の執務室ではない。本来なら七班長が使うはずだった。本人は〝返す〟と言っていたが、今は私に〝貸している〟のだ」
「それは屁理屈でしょう!」
「しかし、あんなところでよく眠れるな。そこは感心する」
「感心してはいけないでしょう! そこは叱責するところでしょう!」
「マッカラル。……おまえはあの男にそんな真似ができるか?」
マッカラルはこれ以上はないくらい真剣に即答した。
「大佐ができないことを、部下の私ができるはずがないでしょう!」
「そういうことだ。……起こさないように静かに仕事をしよう」
「いや、ここで無理に仕事をしなくても、向こうに戻ればいいだけのことでは?」
「……七班長をここに一人きりにはしてはおけないだろう。危険だ」
「何が危険なのかはあえて訊きませんが、とにかく向こうに戻りたくはないんですね」
溜め息をつくと、マッカラルは執務机の椅子に座り直した。昼寝をしている人間を叩き起こしてまで、紅茶を飲ませる必要はないだろう。と言うより、起こしたくない。
「七班長にもすべき仕事があると思うんですが……」
「今はとにかく眠りたいんだろう。睡眠時間十時間確保は至難だな」
「それ以前に、十時間は寝すぎでしょう。仮に朝六時に起床するとしたら、前日午後八時には就寝しなければならない計算に」
「……だから今、昼寝をしているのか」
「昼寝をするのはともかく、なぜわざわざここでしなければならないのか……」
「あのソファの寝心地を調べにきたんだろう。悪ければもう来まい」
端末を眺めながら軽くダーナはそう返したが、この執務室における〝七班長の昼寝〟が常態化するのに、さして時間はかからなかった。
* * *
「班長、怒られませんでしたか?」
元マクスウェル大佐隊第七班第一号の待機室に戻ったクロケルは、班員の一人にいかにも心配そうにそう訊ねられ、思わず苦笑を漏らしてしまった。
「ああ、班長の読みどおり、まったく怒られなかった。あんまりすんなり許されちまったから、俺のほうがビビって、走って逃げてきたくらいだ」
「何も、副長が逃げなくても……しかも走って」
「いやあ、俺はやっぱり、あの大佐は苦手なんだよなあ」
クロケルは嘆息すると、待機室の奥にあるテーブルの一角に腰を下ろした。その背後には、ヴァラク専用の濃茶のソファベッドがある。実は昼近くまで、ここでヴァラクは寝ていた。睡眠時間十時間要は決して嘘ではない。
「何か、こっちの思惑、全部見透かされてるような心地がする。班長と話してるときだけは、確かに〝馬鹿大佐〟っぽいんだけどな。六班長のことで責められたの、よっぽど応えたんだろうな」
「さすが班長。これならいけると思ったときのつけこみ方、相変わらずえげつねえ」
近くにいた別の班員が、感心したように口を挟む。
「パラディン大佐のときは、最初から無理って言ってたしな。そこんとこの見極めもやっぱりすげえ」
「パラディン大佐って言えば、昨日の九班長の〝自殺〟。やっぱ班長が言ったとおり、十班長が殺ったのかねえ」
「班長がそう言うんだから、そうなんだろうな」
その班員はクロケルに話しかけたわけではなかったのだろうが、クロケルは頬杖をつきながらぼそぼそと答えた。
「どう転んだって、九班長が自殺なんてするわけがねえ。例のあれを十班長にペラペラしゃべっちまって、口軽嫌いな十班長に、自殺に見せかけてさくっと殺られちまった。……あの十班長が〝さくっと〟そんなことするようには俺にも思えねえが、とにかくまあ、九班長がくたばってくれてよかったよ。〝他の隊に転属になったら知ったこっちゃない〟なんて言ってたが、やっぱり腹ァ立ててたみてえだからな。九班長が死んだって知ったときのあの喜びようからすると」
「班長、九班長のことは気に入ってたんじゃ?」
「そんなもん、六班長の悪口言われたら、あっというまにすっとんじまうよ。うちの班長のほとんど唯一の地雷踏むなんて、ほんとに九班長は馬鹿やらかしたな。それさえやってなけりゃ、命だけは助かってたろうによ」
「ま、俺らにはどうだっていいですけどね」
「ああ。……どうだっていい」
クロケルと班員たちは、互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。
そう。どうだっていい。ヴァラクさえ無事で、自分たちを支配してくれるなら。
「さて。班長がいない間に、こっそりコーヒー飲んじまうか」
クロケルがそう提案すると、班員たちは口々に歓声を上げた。
「やった! 久方ぶりのコーヒータイム!」
「外行きゃいくらでも飲めるけど、飲めないところで飲んでみたい! それが悲しい人の性!」
「そのかわり、後始末は完璧にしろよ。班長、うっかり床にこぼしたコーヒー一滴で、コーヒーくさいって言うからな」
「ああ……あれすごいよな……煙草も嫌いだけど、コーヒーはマジで頭痛くなるって言うもんな……」
「でも班長、あの執務室も大嫌いだって言ってたのに、何でまた昼寝なんてしようと思ったんでしょうね? 用が済んだらすぐに帰って、またここで寝ればいいのに」
若い班員にふと問われ、クロケルは再び苦笑いを浮かべる。
「さあ。班長のことだから、絶対何か狙いがあるんだろうが、それを俺らに教えてくれるかどうかは微妙だな。とりあえず、〝馬鹿大佐〟のことは気に入ってるらしい。先月まであそこにいた〝エロ大佐〟とは全然違って」
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