無冠の皇帝

有喜多亜里

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【06】始まりの終わり(下)

05 徹底していました(中)

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 パラディンの副官から電話が来たと班員から知らされたとき、元アルスター大佐隊所属第一班班長コリンズは驚かなかった。
 アルスターが今日付で〝栄転〟となったのは、総司令部からの通達ですでに知っている。同時に、パラディンが自分たちの新しい指揮官に任命されたことも。
 基地に帰還した直後、アルスターを拘束した総司令部は、コリンズたちにも自宅待機を命じたが、待機室は無人にはできない。それはもう不文律だ。コリンズは必要最小限の人員を通常どおり出勤させ、あとは自宅待機にした。
 その必要最小限の中には、各班の班長と副班長も含まれている。パラディンから何を命じられても、すぐに対応できるように。そして、パラディンが最初に連絡してくるのは一班長の自分にだ。
 だから、コリンズは驚かなかったのだが、コノートよりも確実に若い副官から、こちらから指示があるまで待機しているようにと言われたときには、正直、肩透かしを食らった気分になった。てっきり、今からパラディンの執務室に来いと命じられるかと思っていた。
 何はともあれ、コリンズは新上官からの命令を他の班長たちにも伝えた。彼らも意外に思ったようだが、やるべき仕事はいくらでもある。待機命令は有り難くもあった。
 それから昼を過ぎ、午後になっても、パラディンの次の指示は来なかった。これは明日に持ち越しか。コリンズがそう思った矢先、パラディンの副官から二度目の電話があったのだった。

「いや、今から顔合わせって……」

 電話が切れたのを確認してから、コリンズは思わず呟いた。
 常に沈着なコリンズの困惑した様子に、班員たちが心配げな顔をしている。アルスターの〝栄転〟が決定したときには心の底から歓喜していた彼らだが、パラディンもまた問題のある〝大佐〟なのかと不安になったのだろう。確かに、問題と言えば問題だ。

「班長。……何を言われたんですか?」

 彼らを代表して、副長のディケンズが声をかけてきた。コリンズより年長だが、自分の役目と立場をわきまえている黒髪の男である。彼を見るたび、コリンズは老練な執事を連想する。

「……今からパラディン大佐がこちらに来るそうだ。作戦説明室で班長たちと顔合わせをするから集合させておくようにと。それと、出迎えはいらないそうだ」

 気を取り直し、言われた内容を端的に伝えると、ディケンズだけでなく他の班員たちも言葉を失っていた。パラディンを常識外だと思ったコリンズの感覚は常識の範囲内だったようだ。

「それはまた……何時にいらっしゃるんですか?」

 いち早く我に返ったディケンズが現実的なことを訊ねてくる。さすがはディケンズ。しかし、こう答えたらどんな顔をするだろうか。

「それが……何時になるかははっきりしないそうだ……」

 ディケンズは褐色の目を見張ると、腰の後ろで両手を組んだまま、天井を振り仰いだ。

「それはまた……とにかく、早急に作戦説明室に集合しましょう。話し合いもそちらで」

 さすがはディケンズ。驚きながらも的確な提案を挙げてくる。コリンズは自ら班長たちに連絡をつけると、三十分後には作戦説明室に集合させ、ひとまずは全員を適当な席に座らせた。

「顔合わせに異存はないが、できれば朝のうちに言っておいてもらいたかったな」

 そう愚痴ったのは、五班長ライトだった。コリンズも含めて全員がうなずいたが、ここで文句を言い合ったところで時間の無駄だ。パラディンが何時にこの作戦室説明室に来るつもりなのかはまったくわからないのだから。

「でもまあ、待機しておけとは言ってくれてただろ。いきなりじゃないだけましだ」

 六班長クリスティが、すまし顔で両手を上げてみせる。なるほど。いきなり来ては訓示を垂れていたあの大佐よりははるかにましだ。

「で? 本当に出迎えはしないのか?」

 眉間に皺を寄せたまま、七班長セイヤーズが口を開く。真面目な男だから、いくら不要と言われても、上官の出迎えはしてしかるべきと考えてしまうのだろう。

「上官命令だ。無視するわけにもいかない」

 コリンズも悩んだが、結局、そういう結論に至った。

「〝社交辞令〟じゃないのか?」

 二班長チェスタトンが、鼻で笑って混ぜっ返す。〝社交辞令〟とはアルスター大佐隊内でよく使われていた隠語で、真に受けてはいけない上官命令を指す。その見極めができなかった者たちは、今はもう隊内には残っていない。

「パラディン大佐は、アルスターみたいな意地の悪いことはしないと思うけどな」

 その隣に座っていた三班長ベントリー――チェスタトンとは幼なじみで親友同士でもある――が、のんびりとした口調でばっさりと切った。

「そんな大佐に、あの元ウェーバー大佐隊があんなに懐いたりはしないだろ」
「懐くって……おまえ、犬猫じゃないんだから」
「しかし、一理はある」

 四班長クロフツが、自分の四角い顎を覆ったまま、しかつめらしく首肯する。

「そういえば、パラディン大佐と一緒に、元マクスウェル大佐隊員もあそこに異動してたんだよな」

 思い出したように九班長ハイスミスが言い、彼と仲のいい十班長ポーターが「あ、そういえば」と隣席で声を上げた。班長歴がいちばん短いせいか、ポーターはあまり積極的に発言しようとはしない。

「そっちは転属だと思うが……まあ、同じようなものか」

 八班長ディクスンは訂正を入れたが、すぐに撤回した。異動だろうが転属だろうが、自分たちにはどうでもいいことだと気づいたのだろう。
 パラディン大佐隊が全部で十二班あり、出撃するのはそのうちの十班だけだというのはコリンズたちも知っていた。そして今日、そこにコリンズたちが編入されて二十二班となる。
 コールタン大佐隊はすでに二十班体制となっているが、あそこは護衛だ。砲撃とはわけが違う。

「出迎えねえ……」

 クリスティが両腕を組んで独りごちる。おそらく、その頭の中ではまたとんでもないことを考えているのだろう。クリスティとはそういう男だ。

「まあ、出迎えはいらないっていうんならそのとおりにしよう。でも、やるからには徹底的にやらないか?」
「徹底的に?」

 コリンズたちが鸚鵡返しすると、クリスティは口角を上げてにやりと笑った。
 アルスターに対して最も強く反発していたのは間違いなくこのクリスティだが、アルスターの前でそんな気色を見せたことは一度もなかった。
 もちろん、コリンズも細心の注意を払ってはいた。それでも、時々本音が漏れてしまうときもあり、そのたびうまくフォローしてくれていたのが、アルスターの副官コノートだった。
 アルスターを諫められなかったとずいぶん気に病んでいたが、コノート以外の人間でも無理だっただろうとコリンズは思っている。それこそ、アルスターの唯一の上官である司令官であっても。口では何と言っていても、軍人ではない司令官をアルスターは軽んじていた。

「そう。徹底的に」

 クリスティはにやにやしながら、作戦説明室の自動ドアを親指で指した。

「たとえ俺たちが出迎えしなくても、この棟には俺たち以外の人間がいくらでもいる。あいつらがパラディン大佐と顔を合わせたら、それだけで出迎えしたことになっちまうだろうが」
「なるほど」

 言われてみればそのとおりだった。
 クリスティはいつも、コリンズたちの盲点を突く。思い返せば、アルスターを〝栄転〟に追いこむために、あえてアルスターの愚策を忠実に遂行するという手段を提案したのも、このクリスティだった。

「それじゃあ、この棟の一階は完全に人払いするか」

 意地の悪い笑みを浮かべたチェスタトンが、誰よりも先に同調する。
 無論、この男もアルスターの前では完全に猫を被っていた。

「ああ。それと〝大佐棟〟も。今はほぼ無人状態だが、万が一ってこともある」
「〝大佐棟〟? ここに直行するんじゃないのか?」

 セイヤーズがそう問い返すと、クリスティは少しだけ呆れたような顔をした。

「たぶんだが、まず〝大佐棟〟に行っていろいろ登録し直さないと、パラディン大佐はこの棟には入れない」
「なるほど」

 悔しいが、そう言うより他はなかった。

「というわけで、一班長。異論がなかったら早急に手配を頼む」
「……わかった」

 こういうときだけ自分を頼る――否、使うのかとコリンズは顔をしかめたが、現時点でこの軍港の実質的な最高責任者は自分である。コリンズが直接各方面に指示したほうが確かに手っ取り早い。

「今度は、俺たちが〝第二分隊〟にされるのかな」

 コリンズが携帯電話で指示を飛ばしている間に、ベントリーが誰にともなく呟いた。
 それにチェスタトンが投げやりに応じる。

「さあな。するつもりなら、それも今日、パラディン大佐が言ってくれるだろ」
「あの大佐はそんなことはしないと思うが、されたとしても文句は言えないな」

 クロフツが淡々と口を挟む。

「俺たちはアルスターの部下だった。たとえどんなに俺たちがアルスターを嫌っていたとしても、部下をやめなかったのもまた罪だ」

 一瞬、場が静まり返った。
 実際には、コリンズたちが退役しようが、アルスターの姿勢は変わらなかっただろう。それでも、他に何か手立てがあったのではないか。狙いどおりアルスターが〝栄転〟となった今でも、コリンズたちは考えずにはいられないのだった。

「とにかく、それもこれもパラディン大佐しだいだ」

 重苦しい空気を打ち消すように、クリスティが笑い飛ばした。

「もしかしたら、元マクスウェル大佐隊みたいに〝解体〟されるかもしれない。でもまあ、そいつも仕方がない。〝大佐〟がいなくなった隊は、どんな扱いをされても文句は言えない。……元ウェーバー大佐隊みたいにな」
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