無冠の皇帝

有喜多亜里

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【06】始まりの終わり(下)

06 徹底していました(後)

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 作戦説明室の自動ドアが開くと、ちょうど一ヶ月前にも目にした光景が広がっていた。
 ――こちらを振り返り、一斉に敬礼する十人の班長たち。
 元ウェーバー大佐隊のときのように、班番順に横一列に並んでいるのだろう。モルトヴァンが視線でパラディンを促せば、彼は若干面倒くさそうに答礼した。

「待たせたね。サッとやってサッと終わらせるから、全員着席」

 〝大佐〟にあるまじき言葉遣いである。モルトヴァンは無言で焦ったが、元アルスター大佐隊の班長たちは驚いた顔はしたものの、了解しましたと答えて着席した。
 その間に、パラディンはさっさと壇上に上がり、モルトヴァンとエリゴールは壁際に並んで立った。
 初顔合わせのとき、元ウェーバー大佐隊の班長たちの表情は期待に満ちあふれていたが、今回の元アルスター大佐隊の班長たちは無表情に近い。おそらく、彼らは恐れているのだろう。アルスターが元ウェーバー大佐隊を〝第二分隊〟としたように、今度はパラディンが自分たちを〝第二分隊〟とするのではないかと。

「まずは自己紹介と行きたいが、君たちにはこれがいちばん気になっているだろうから、先に言っておこう」

 意地悪く笑いながら、パラディンは班長たちを見渡した。
 ちなみに、隊員名簿があるからわざわざ自己紹介をしてもらう必要もないのだが、そこは様式美である。

「私は君たちの隊を〝第二分隊〟にはしない」

 元アルスター大佐隊の班長たちが、はっと息を呑む。
 やはり、それがいちばんの懸念材料だったのだろう。元ウェーバー大佐隊だったらすでに手放しで喜んでいそうだが、彼らはまだ期待と不安が入り混じったような表情をしている。元ウェーバー大佐隊よりも慎重と言えるが、それだけ何度もぬか喜びをさせられてきたのではないかとモルトヴァンは思った。

「しかし、区別は必要だ。現状、一班から十班まで二重にあるからね。そこで、君たちを〝第五軍港隊〟、以前、君たちが〝第二分隊〟と呼んでいた隊を〝第四軍港隊〟とする。たとえば一班長。君はパラディン大佐隊第五軍港隊所属第一班班長ということになるわけだ」
「は、はい……了解いたしました」

 急に名前を呼ばれて、金髪の大柄な男――コリンズはたじろいだが、神妙にうなずいた。
 それにしても、初日から〝いい性格〟全開である。元ウェーバー大佐隊をあえて〝第二分隊〟と表現したところが特に。そう命名したのはアルスターで、班長たちは無関係だと思うのだが、〝第四軍港隊〟のために嫌味の一つも言ってやりたくなったのだろう。
 なお、軍港で区別するというこの単純にして公平なアイデアは、珍しいことにパラディン自身がここへの移動中に出した。以前から何となく考えていたのだそうだ。モルトヴァンだけでなくエリゴールも感心していたが、パラディンが調子に乗ってセクハラ発言をしたため帳消しとなった。

「それじゃあ、本題に入ろうか。私はパラディン。今日付で君たちの指揮官になった。よろしく頼む」

 パラディンはにっこり微笑むと、では一班から順に自己紹介してもらおうかとコリンズを見やった。
 すぐにコリンズが立ち上がり、そつのない自己紹介をして着席する。
 以降、二班から十班まで、同じような自己紹介が続いた。

(この中の誰が徹底的に出迎えしない作戦を考えたのかな……)

 モルトヴァンの目には、どの班長もそんな大胆なことを言い出すような人間には見えない。
 エリゴールなら見当をつけているかもしれないとさりげなく様子を窺ってみれば、彼は恐ろしいくらい無表情だった。
 あえて表情を殺さなければならないほど、元アルスター大佐隊に対しては思うところがあるのだろう。モルトヴァンにもそういう察しはつくようになってきた。

「それでは、今後の予定をざっくり話そう。まずは、この隊の自宅待機は明日〇時をもって解除。以降は通常どおりのスケジュールに戻ってもらう。それと、私は明日から七日間、この軍港の執務室に常駐する」

 声こそ出さなかったが、班長たちは一様に目を見張っていた。
 アルスターは第四軍港には一度も足を運ばなかったというから、パラディンがここに来るのも今日が最初で最後とでも思っていたのかもしれない。

「その七日の間に、君たちと個別面談も行いたい。まあ、そのときにはちゃんと日時は指定するから安心して」
 
 パラディンはカラカラ笑ったが、逆に安心できない。
 現に、班長たちは誰一人ほっとした顔は見せなかった。

「それから、紹介が遅れてしまったが、あちらにいるのが私の副官のモルトヴァン。そして、私の運転手兼護衛のエリゴール中佐だ。こちらに来るときは必ずこの二人を連れてくるからそのつもりで」

 壇上からいきなり手で指されてモルトヴァンは動揺したが、黙って軽く頭を下げた。
 エリゴールも同様の対応をしたが、班長たちは信じられないものを見るような眼差しを彼に向けていた。

(まさか、エリゴール中佐が運転手兼護衛だとは思ってなかったんだろうな……)

 もしかしたら、第四軍港隊を代表して連れてきた一班長だと思われていたのかもしれない。ある意味そうだとも言えるが、その権限は時としてパラディンよりも強大である。
 何はともあれ、緊急初顔合わせは終了し、モルトヴァンたちはパラディンに続いて退室した。
 自動ドアが閉まった直後、モルトヴァンはつい耳を澄ませたが、中からは何の物音も聞こえてこなかった。ここの作戦説明室は防音設備がしっかりしているか、班長たちがしっかりしているのだろう。

「さて、エリゴール中佐。第五軍港隊の班長たちの初印象はどうだった?」
 
 相変わらず無人の通路を歩きながら、朗らかにパラディンが問う。

「小賢しいですね」

 モルトヴァンのやや後ろから、エリゴールがそっけなく答える。

「徹底するなら見送りはすべきでしょう。詰めが甘い」
「なるほど。私は出迎えはいらないとは言ったが、見送りはいらないとは言っていなかったな」

 愉快そうにパラディンは笑ったが、普通、出迎えはいらないと言われたら、見送りもそうだと思いこんでしまうだろう。
 だが、もし第四軍港隊の班長艦副長フィリップスがあの場にいたら、間違いなくそのことに気づいて一緒についてきていたに違いない。そう確信させるものがあの平々凡々とした男にはある。

「まあまあ、まだ初日だ。最終日には第四軍港隊と合同訓練ができるくらい、うちのやり方を叩きこんであげよう」
「え、最終日にするんですか?」

 思わずモルトヴァンが訊ねると、パラディンは振り返ってにやにやと笑った。

「まあ、あくまで希望で目標だ。だから、彼らにもまだ言わなかった。知らなければ劣等感にも苛まれずに済むだろう?」

 実は、パラディンも第五軍港隊に好感情は持っていなかったようだ。
 しかも、第五軍港隊の面々に今の会話を盗み聞きされてもかまわないと思っている。本当に知られたくないと思っていたら、車に乗りこんでからしていただろう。

(ドレイク大佐に言われたこと、大佐もエリゴール中佐も忘れてるのかな……)

 パラディンの後を早足で歩きながら、モルトヴァンはこっそり溜め息をついた。
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